↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
愛犬と一緒に異世界転生したら、うちの子が神獣に⁈いいえ、普通のパピヨンです  作者: kotao


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
7/30

第七話 神獣を狙う者

契約者という存在に戸惑うエレナ。そんなエレナをある人物が元気づけてくれた…

大神殿から帰った翌日、私は窓辺の椅子に座り、何度目かわからないため息をついた。


 窓の外には、穏やかな王宮の庭園が広がっている。庭師のガレドさんが花壇の手入れをし、遠くでは侍女たちが洗濯物を干していた。


 私の足元では、ロブが気持ちよさそうに昼寝をしている。


「契約者かぁ」


 フェリアス大神官が言った言葉を思い出す。


 神獣が自ら選び、心を預ける人間。神獣の声を聞き、人へ伝える者。人の恐れを、神獣へ伝える者。


 立派な話だ。でも、私にできる気がしない。


「契約者なんて無理…」


「わふ」


 ロブは寝たまま返事をした。


「ロブ、気楽そうじゃん。私もただ、ロブのごはんを考えて、散歩に連れて行ってるだけの毎日を過ごしたいよ…」


 ロブは後ろ足を一度だけぴくりと動かした。


 夢の中で走っているのかもしれない。


 そこへ、アレクシス王子が訪ねてきた。


「入る。休んでいるところだったか」


「ロブは休んでます。私は、考えすぎてます」


 王子はロブを見て、少しだけ表情をやわらげた。


「大神官の話だな」


「はい。神獣の契約者だなんて、急に言われても」


「エレナは、すでにロブと心を通わせている」


「それは飼い主としてです」


「それで、十分ではないだろうか」


 私は顔を上げた。


 王子は窓の外を見ながら、静かに続ける。


「契約者という言葉があれば、皆はお前に特別な役目を求めるだろう。だが、ロブが信じているのは肩書きではない。怖いときに抱いてくれる人。嬉しいときに一緒に笑ってくれる人だ」


 ロブは王子の声に気づいたのか、目を薄く開けた。


「わん」


「起こしたか」


 ロブは起き上がると、王子の手を舐め、また私の足元へ戻った。


 王子が微笑む。その横顔は絵画のように美しい。完璧だ。


 実は私は王子の顔が好きだ。王子に会う機会はあまりない。今日はしっかりこっそり見ておこう。


 私は王子に気づかれないようにそっと彼を盗み見る。一見冷たそうに見える王子の微笑み、尊い。


「か、顔がいい」


「古文書の写しは、私の執務室に用意してある。ロブも連れて来い」


「はい」


 ハッとして我に帰り、私は何事もなかったように頷いた。


    ◇


 アレクシス王子の執務室は、スッキリと整っていた。


 大きな机の上には書類が何段にも分けられ、壁際の棚には分厚い本が隙間なく並んでいる。明るい光が差し込む窓際には小さな鉢植えが置かれていた。


 ロブは早速、部屋を探検しはじめる。


 机の脚をくんくん、椅子の下をくんくん。王子の上着が掛けられたコートハンガーの前で立ち止まる。


「ロブ、勝手に入らないでね」


「わん」


 返事をしてから、ロブは再び机の下へ潜った。


「神獣様は、何かを探しておられるのですか」


 王子の秘書官が、緊張した声で尋ねる。


「たぶん、匂いチェックです」


「匂い……」


 ロブは次に、壁際のサイドボードの前で鼻を上げた。そこには小さな袋が置いてある。


「あれは何ですか?」


「乾燥させた薬草だ。眠気覚ましに茶へ入れる」


 王子が答える。


 ロブは薬草の匂いを嗅いで、くしゃみをした。


「へくし」


 秘書官が息をのんだ。


「神獣様が、薬草へ反応を」


「ただのくしゃみです」


「ですが、何か悪しきものを感じ取られたのでは」


「ただ、鼻がむずむずしただけでしょう」


 アレクシス王子が口元を押さえた。笑っている。


「笑いました?」


「いや、咳だ」


「……(笑顔、いただきましたぁ、ナイスです、秘書官様)」


 ロブがようやく私の椅子の足元へ戻ってきた。前足を揃え、文書のほうを見ている。


「もう匂いチェックは終わったの?」


「わふ」


 私は慎重に古い文書の写しを開いた。


 そこには、三百年前の契約者の日記の一部が記されていた。


 王子は日記の写しを手に取り、先ほどより真剣な表情で言った。


「契約者は神獣へ何かを命じる者ではない。むしろ、神獣が何を伝えようとしているのかを、人が取り違えないようにする役目だったらしい」


「取り違えないように」


「神獣が足を止めたとき、周囲の者は『敵がいる』『危険がある』と考える。だが契約者は、神獣の表情や行動を見て、傷ついた者がいるのではないか、怖がっている者がいるのではないかと考えた」


 私は黒牙狼を思い出した。


 騎士たちが剣を抜いたとき、ロブは黒牙狼に尻尾を振っていた。


「私は、ロブが普通の犬だと思っているから、そう見えるだけだと思うんですが」


「それは悪いことではない」


 王子の声は、静かだった。


「私は最初、ロブを伝承の神獣として見た。国を救う存在か、国を揺るがす存在かを見極めようとした。だが、お前は最初から、ロブが怖がっていないか、腹を空かせていないかを見ていた」


「それは、飼い主ですから」


「そうだ。だが、その当たり前を忘れる人間は多い」


 王子は視線を日記へ落とした。


「契約者という言葉に、お前が押し潰される必要はない。ロブの飼い主でいればいい。私たちは、そのお前の声を聞く」


 胸の中にあった重いものが、少しだけほどけた気がした。


 ロブは私の足へ顎を乗せる。


「ロブは、契約者なんて考えてないよね」


「わん」


「考えていない顔だな」


 ――人は、牙を向ける獣を恐れる。だが神獣は、その牙の奥にある痛みを先に聞く。


 ――神獣は傷ついた魔獣の声を最初に聞く。ゆえに、我らは神獣が足を止めた理由を、決して急かしてはならない。


 指先が少し震えた。


 傷ついたドラゴン。


 庭園に現れた黒牙狼。


 罠にかかっていた狐の魔獣。


 ロブはいつも、傷ついている子のところへ最初に行った。


「ロブは、何も考えていない顔をしていますが、傷や恐怖を感じ取っているのかもしれません」


「それでも、ロブが足を止めるときには意味がある。俺たちは、その意味を見落とさないようにしよう」


 王子は文書を丁寧に畳んだ。


「エレナが、ロブの普段を知っているからこそ、違う行動にも気づけるのだ」


 私は、うとうとし始めたロブの背中を撫でた。


 契約者になれるかどうかは、まだわからない。


 でも、ロブが何を怖がり、何を喜ぶかを見失わないようにしたい。


 それなら、私にもできると思った。


     ◇

 

 その頃、ルークは騎士団詰所で、罠の捜査を進めていた。


 王都の鍛冶師たちへ確認した結果、似た作りのばねを何度も注文した人物がいることがわかったのだ。


「注文は三か月前から。月に一度、十組から二十組ずつ」


 鍛冶師バルドが、帳面を指で叩いた。


「顔は隠していた。声も低くしていたから、男か女かもわからん。ただ、代金はいつもきっちり払った」


「名前は?」


「偽名だろう。『灰の狩人』と名乗った」


 ルークの目が鋭くなる。


「ほかに覚えていることは」


 バルドはしばらく考え込み、やがて自分の右手を見た。


「右手だ。手袋を外して銀貨を取り出したとき、手の甲から指にかけて大きな火傷の痕があった。古い痕だが、ひどいものだった」


「火傷の痕」


「ああ。鍛冶仕事の火傷とは違う。火に巻かれたような、広い火傷痕だった」


 ルークはすぐに、記録係へ命じる。


「王都の治療所、鍛冶場、兵士の名簿を確認しろ。右手に大きな火傷の痕がある者を探す。ただし、本人へ悟られるな」


「承知しました」


「『灰の狩人』が次に来たら、必ず知らせろ。追跡は俺が行う」


 夕方、ルークはその報告をエレナへ伝えに来た。


 エレナはちょうどロブのブラッシングをしていた。ロブは耳の付け根を梳かされ、気持ちよさそうに目を閉じている。


「火傷の痕がある人ですか」


「ええ。まだ、それだけです」


「でも、罠を作らせていた人がいるんですね」


「人為的であることは、ほぼ間違いありません」


 ロブが前足を伸ばして、あくびをした。


「ふあぁ」


 事件の話をしていても、ロブは変わらない。


 それが救いでもあり、少しだけ怖かった。



 夕食時、王宮の料理長がロブ専用の夕食をわざわざ持ってきた。


 鶏肉を細かくほぐしたもの。温野菜。煮たかぼちゃ。そして、食後用の小さな焼き菓子。


「先日の森の調査でお疲れになった神獣様へ、心を込めて」


 ロブは立派な皿を確認したあと、鶏肉から食べ始めた。


 料理長はその様子を、まるで神聖な儀礼を見守るように見つめている。


「神獣様は、まず肉を選ばれた」


「ロブは鶏肉が大好きなので」


「次に野菜を残されるかどうかで、明日の献立を」


「野菜も食べます。かぼちゃは好きです」


 ロブはその通り、かぼちゃをきれいに食べた。


 料理長が感極まったように胸へ手を当てる。


「神獣様は、王宮の畑で育った恵みをお認めくださった」


「普通に甘いから好きなんです」


 私は、何度目かわからない説明をした。


 ロブは、私のパンを小さくちぎったものまで食べると、満足そうにお腹を見せた。


 料理長は静かに皿を下げながら言った。


「神獣様がよくお休みになれますよう、今夜は鶏の骨を煮た香り袋をお部屋へ…」


「それは興奮して、逆に眠れなくなると思いますっ」


 私は慌てて止めた。


 ロブは私の横で、すでに寝る準備を始めていた。


 事件が迫っていても、食べて、寝て、撫でてもらう。


 その当たり前を、私は守りたい。


 誰かがロブの力を知ったら。


 誰かが、ロブを利用しようとしたら。


 私は守れるだろうか。



 その夜、王宮は静かだった。


 昼間の暑さが抜け、窓から入る風は少し冷たい。私は眠れず、ベッドの上で何度も寝返りを打っていた。


 ロブはクッションで眠っていたはずだった。


 けれど、突然、ロブが低く唸った。


「……ロブ?」


 今まで聞いたことがない声だった。


 ロブは窓の前に立っている。耳を伏せ、背中の毛を逆立て、闇の向こうを睨んでいた。


「ゔう……」


 遊びたいわけでも、怖いわけでもない。明らかに、何かを警戒している。


 私はすぐにベッドから降り、ロブのそばへ行った。


「どうしたの? 何がいるの?」


 窓の外には、夜の庭園がある。


 月明かりに石畳が白く浮かび、噴水の水がかすかに光っている。見張りの騎士が遠くを歩いているだけで、ほかに人影は見えない。


 それでもロブは唸り続ける。


「騎士団長を呼んでください」


 私が扉の外の護衛兵へ声をかけると、すぐにルークと騎士たちが来た。


「エレナ、無事ですか」


「私は大丈夫です。でもロブが。外に向かって唸っているんです」


 ルークは窓の外を確認し、騎士たちへ短く命じた。


「庭園と外壁を調べろ。灯りを増やせ。見つけても単独で追うな」


 騎士たちが散っていく。


 ルークはロブの前へしゃがんだ。


「ロブ。何か匂いがするのか?」


 ロブはルークを見ることもなく、外を見ている。


 やがて、小さく鼻を鳴らした。


 それから私の足元へ戻り、震えるように体を寄せた。


「大丈夫だよ。一緒にいるからね」


 私はロブを抱き上げた。


 しばらくして、騎士たちが戻ってくる。


「異常はありません。庭園にも、外壁にも侵入者の痕跡はありませんでした」


 ルークは険しい顔で、窓の外を見つめていた。


 何もいない。


 でも、ロブは確かに何かを感じていた。


「今夜は、警備を増やします」


「ルーク……」


「大丈夫です。誰にも近づかせません」


 その声は低く、力強かった。


 ロブはルークの手を一度だけ舐め、私の腕の中で目を閉じた。


     ◇

 

 王宮の城壁の外。


 木々の影に、黒いローブの人物が立っていた。


 王宮の灯りを、遠くから見つめている。


 右手には、月明かりの下でもわかる、歪な火傷の痕があった。


 ローブの人物は、窓のひとつを見上げる。


 そこに、小さな犬の影が見えた。


「見つけた」


 低い声は、夜の風に溶けた。


 ――第七話おわり

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。