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愛犬と一緒に異世界転生したら、うちの子が神獣に⁈いいえ、普通のパピヨンです  作者: kotao


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第二十三話 大神殿の記録〜神獣と契約者

灰の狩人は大神殿にも来ていた。

不安を抱えながらもエレナは記録の確認作業を続ける。

そして、古い記録の中から、ある研究者の存在が明らかになる。

 翌朝、大神殿の朝食に、鶏肉が出た。


 正確には、私たちの朝食にではない。


 ロブのために、白い皿へ茹でた鶏肉が盛られていた。


 昨日の夕食で、肉のない豆と野菜の皿をロブが私へ押し返したことは、夜のうちに厨房まで伝わったらしい。


「神獣様に、朝一番に茹でた胸肉をお持ちしました」


 食事を運んだ若い神官が、誇らしそうに言った。


「ありがとうございます」


 ロブはもう皿の前へ座っている。


 昨日、人参から顔を背けていた犬と同じとは思えない。


 背筋が伸び、耳も立っている。


 尻尾だけが床を何度も叩いていた。


「いいよ」


「わん」


 皿の上の鶏肉はあっという間になくなった。


「神獣様は、神殿からの献上をお喜びくださった」


 若い神官が胸へ手を当てる。


「鶏肉を喜んでいます」


「はい。神殿の鶏肉を」


 少しだけ意味が大きくなっていた。


 ロブにとっては、昨日聞いた口伝も、消えた記録も関係ない。


 いつもの朝と同じように、目の前のごはんに集中している。


 その姿を見ていると、私も肩の力が抜けた。


 夜のあいだ、何度も考えた。


 白き獣。


 どちらの岸にも染まらず、境界の間に立つもの。


 契り手は名を呼び、帰る岸へ道を結ぶ。


 ロブの帰る岸はどこなのか。


 私は、どちらに立っているのか。


 答えは出なかった。


 でも、ロブは鶏肉を食べ終えると、迷わず私の足元へ来た。


 口元を舐め、前足を靴へ載せる。


「もうおしまいだよ」


「くぅん」


     ◇


 朝食のあと、記録庫へ向かう途中で、ロジェ神官が足を止めた。


 大広間の脇にある応接の間から、数人の神官が出てくる。


 その真ん中にいたのは、グランツ公爵という貴族だった。


 双角山の救出作戦で、大型馬車と餌と囲いをすぐに出してくれたらしい。


「これは、騎士団長」


 公爵が上品に笑う。


「それに、エレナ殿と神獣様も。ご無事で何よりです」


 ルークが礼をした。


「双角山では、ご支援いただき感謝します。公爵家の馬車がなければ、救出にはさらに日数がかかっていました」


「王国のため、当然のことをしたまでです」


 公爵は私へ向き直る。


「三十七頭をすべて救われたと聞きました。契約者殿の働きも大きかったとか」


「私は、魔獣の様子を見て伝えただけです。みんなで助けました」


「それが難しいのですよ。一つの功績を、自分だけのものにしないことは」


 褒められているようなのに、うまく返事ができなかった。


「公爵は、大神殿へご用が?」


 ルークが尋ねる。


「北東部の古い礼拝所を修復する相談です」


「礼拝所?」


「我が領内には、王都より古い小さな神殿がいくつもあります。冬の風で屋根を傷めた場所がありましてね。神殿と費用の分担を話しておりました」


「公爵家から多くのご寄進をいただいております」


 そばの神官が言った。


「北東部の民のためです」


 公爵は当然のように答えた。


 そのとき、足元から低い音がした。


「ゔぅ……」


 ロブだった。


 公爵を見ている。


 耳が少し後ろへ倒れ、尻尾は動いていない。


「ロブ?」


 しゃがんで背中へ手を置く。


「すみません。普段は、唸ることはあまりないんですが」


 私はロブを抱き上げた。


「お気になさらず。驚かせてしまい、失礼いたしました」


 ロブは唸るのをやめた。


「エレナ殿」


 公爵が私を見る。


「北東部へお越しになることがあれば、ぜひ我が屋敷にもお寄りください。魔獣を返す土地も、必要なら用意しましょう」


「ありがとうございます」


 公爵は神官たちと大広間へ歩いていった。


 柱の向こうにその姿が消えるまで、ロブは見ていた。


「唸るほど嫌だったの?」


 ロブは私を見た。


「わふ」


 公爵から香油の匂いがしたのかもしれない。


 ロブがこの神殿で、強い香りをつけた神官から顔を背けたことを思い出した。


     ◇


 古記録庫では、王宮から来た記録官たちがすでに作業を始めていた。


 棚から一冊ずつ出す。


 目録と表題を照らし合わせる。


 ページの数、綴じ糸、後から差し替えられた紙がないかを確認する。


 神殿の記録係が読み、王宮の記録官が書き留める。


 どちらか一方だけで判断しないためだ。


 私とルークは、神獣と境界に関係しそうな資料を調べることになった。


 最初の二時間は、何も見つからなかった。


 古い祭礼の日付。


 神殿へ寄進された麦の量。


 北部の雪で祈祷の開始が遅れたという報告。


 大切な記録なのだろうが、今探しているものではない。


「六千四百十二……」


 聞いた資料の数を思わず呟く。


「今ので、百三十七点です」


 ロジェ神官が言った。


「ふぅ、減った気がしません」


「確実に減っていますよ、皆で手分けしていますし」


 ロブは私の椅子の下で寝ている。


 ごはんのあとのまったり時間、膨大な記録も資料も関係ないようだ。


「神獣様が休んでおられるうちに進めましょう」


 記録官が小声で言った。


「起きていても、手伝ってくれませんけどね」


 昼前、ルークが一冊の薄い本を取り出した。


 背表紙には『北東古祠調査覚書』とある。


「これを見てください」


 ルークが本を開く。


 表紙の裏、所有者を示す印の横に、小さな図形があった。


 三日月。その内側に、細い塔。


「同じです」


 旧鉱山の金属板。


 双角山の資料。


 百年以上前の積荷目録。


 何度も見た印と同じ形だった。


「すぐに調べましょう」


 ロジェ神官が記録官を呼ぶ。


 本は白い布の上へ移された。


 紙の年代からインク、綴じ糸、印が後から加えられたものか、一つずつ確認する。


「本は百五十年ほど前。印のインクも、ほぼ同じ時代です」


 記録官が言う。


「灰の狩人が最近つけたものではない」


 ルークが本を見下ろす。


「誰が書いたものですか」


 私は最初のページを読む。


 著者の名は、セヴラン・オルディス。


 聞いたことのない名前だった。


 でも、ロジェ神官は息をのんだ。


「第六十二代の大神官です」


「過去の大神官?」


「はい。百四十三年前、大神官を退いたあと、神獣と古代祭祀の研究へ生涯を捧げた方です」


「この印を知っていたんですね」


「少なくとも、見たことはあった」


 本には、北東部に残る石造りの祠や、土地の人から聞いた歌がまとめられていた。


 三日月と塔の印についての説明はない。


 ただ、印の横に短い文字がある。


 ――塔を囲むものは月にあらず。閉じた道の姿なり。


「閉じた道」


「境界の門でしょうか」


「断定はできませんが、調べる価値はありそうです」


 ルークが答える。


 本の後半には、オルディス大神官が王都を離れ、セレム地方に滞在していたことが記されていた。


「セレム地方には、セレム原神殿がありました」


 ロジェ神官が言った。


 北東部のセレム地方には、王国で最も古い神殿があったらしい。


 文字による記録が始まる前から、人々が祈りを捧げていた場所だった。


「セレム原神殿は、現存しているんですか」


「建物の一部は。現在は大神殿の管轄を離れ、少数の神官が管理しています」


「オルディス大神官は、そこで何を調べたんでしょう」


「神獣が最初に現れた場所を探していたようです」


 ロジェ神官が本の最後を示す。


 ――白き獣は王都へ降りず。


 ――古き祈りの地にて、名を呼ぶ者と出会う。


「名を呼ぶ者は、契約者ですか」


「おそらく」


「昨日の口伝では、契り手が名を呼び、帰る道を結ぶと言っていました」


 大神官だけに伝えられた言葉と、この覚書はつながっている。


「オルディス大神官は口伝を知っていた」


「歴代の大神官ですから」


 オルディス大神官に話を聞ければよかったが、百年以上前の大神官だ。


 すでに亡くなっていた。


 せっかく名前に辿り着いても、本人には会えない。


 けれどロジェ神官は、覚書の巻末に注目した。


「待ってください。これは本人の追記ではありません」


 最後のページだけ、文字が新しい。


 ――本覚書および研究資料を、セレム原神殿の管理者へ移す。


 ――研究の継承者、第六十七代大神官エルヴィン・サレス。


 日付は十二年前。


「大神官?」


「現在の大神官の前任です」


「ご存命ですか」


「はい」


 ロジェ神官は驚きを隠せない様子だった。


「フェリアス大神官にお伝えしてきます」


 フェリアス大神官がすぐに記録庫に来てくれた。  


「前任のサレス様は体調を理由に退任されました。静養のため故郷へ戻ると」


「退任後お会いしたことは」


「いいえ。まさかセレム原神殿へ移り、オルディス大神官の研究を継いでいたとは」


「神殿にも知らせていなかった?」


「正式な報告はありません」


「連絡は取れますか」


「年に一度、安否を知らせる手紙が届きます。最後の手紙は三か月前です」


「なら、話を聞けるかもしれない」


 前大神官エルヴィン・サレス。


 三日月と塔の印を知っていた人物の研究を継ぐ者。


 北東部に移り住み、王国最古の神殿を調べている。


 灰の狩人が先回りしているなら、この人に危険が及ぶかもしれない。


「すぐ王宮へ知らせましょう」


 ルークが立ち上がる。


 そのとき、椅子の下でロブが寝返りを打った。


 前足が本を包んだ白い布の端へ当たる。


 布が引かれ、本の下から薄い紙が滑り出した。


「ロブ、待って」


 本に触れる前に抱き上げる。


 ロジェ神官が紙を拾った。


「覚書に挟まっていたようです」


 折り畳まれた紙だった。


 表には、オルディス大神官の研究を写したもの、とある。


 中には短い文章と、二人の人間の絵が描かれていた。


 一人は、こちらの世界の服を着ている。


 もう一人は、形の違う服を着ていた。


 私が日本で着ていたスーツと、少し似ている。


「これ……」


 指が震えた。


「異界より渡りし者についての記述です」


 ロジェ神官が古い文を読む。


「空に裂け目なく、召喚の陣なく、ただ前の生を覚えたまま現れる者あり。彼らを渡り人と呼ぶ」


「前の生を覚えたまま……」


 私は死んだのだろうか。


 事故の瞬間は、今もはっきり思い出せない。


 強い光。


 ロブを抱きしめた感触。


 次に目を覚ましたとき、知らない森にいた。


 この世界へ転生したのだと思っていた。


 でも、体も記憶も、着ていた服まで前のままだった。


「渡り人は、昔にもいたんですか」


「公的な記録にはありません」


「では、これは何を元に?」


「セレム地方の口承、とあります」


 文章は続いていた。


 ――渡り人は一人にて来たらず。


 ――境を越えるべきものに、名を結ばれしとき、その傍らへ落つ。


「一人で来たんじゃない?」


 ロブを見る。


 私たちは一緒に来た。


「境を越えるべきものは、ロブのことですか」


「可能性はあります」


 フェリアス大神官が答える。


「エレナ様は神獣様に名をつけましたか」


「はい。日本で家族になったときに」


「それが『名を結ぶ』ことなら」


「私がロブと一緒に来たのは、偶然ではない?」


 誰も答えなかった。


 答えられる人はいない。


 でも紙に書かれた言葉は、私たちが来たときの状況と重なる。


「過去の神獣と契約者も、違う世界から一緒に来たんでしょうか」


 私は尋ねた。


 ロジェ神官は、別の箱から神獣巡行の記録を取り出した。


「いいえ。少なくとも、残っている三組の記録は違います」


「三組?」


「神獣は三百年前の一頭だけではありません。詳しい記録が残るのは、千年ほどの間に三度。姿は異なりますが、それぞれこの世界へ単独で現れ、その後、この世界に生まれた人間を契約者として選びました」


 机に三枚の図が並べられる。


 犬に似た獣。


 角を持つ大きな鳥。


 水面を歩く銀色の獣。


 その隣に、それぞれ違う契約者がいる。


「契約はどうやって結ばれたんですか」


「神獣が現れたあと、互いに心を通わせた者を神殿へ迎え、契約の儀式を行いました」


「儀式?」


「神獣と人が同じ器から水を飲み、互いの名を告げる。大神官が二本の白い紐を結ぶと、契約者の手首へ一時的に印が現れたとあります」


 自分の手首を見るが、もちろん印はない。


 そんな儀式をしたこともない。


「私は、してません」


「はい」


「でも、大神官様は私を契約者だと言いました」


「ロブ様があなたを信頼し、あなたがロブ様の反応を人へ伝えていたからです。過去の記録と役割が一致していました」


「役割は同じ。でも、契約は違う」


 ルークが整理する。


「過去の契約者は、神獣がこの世界へ来たあとで選ばれた。エレナは来る前からロブと一緒にいた」


「儀式も、選ばれた覚えもありません」


 ロブが私を選んだと言われても、いつのことかわからなかった。


 初めて家へ連れて帰った日か。


 事故のとき、私が名前を呼んだ瞬間か。


 あるいは、もっと何でもない朝だったのか。


「では、私は契約者ではないんですか」


 そう言ったものの、少し胸が苦しい。


 契約者という立派な名前に慣れたつもりはないし、何度も重すぎると思った。


 でも、その役目を否定されることは、ロブとの間にあるものを否定されるように感じてしまう。


「いいえ」


 フェリアス大神官はっきり答えた。


「過去と同じでないことは、契約がないという意味ではありません」


 紙の最後に、一行残っていた。


 ――後より結ぶ者を契り手と呼ぶ。先より名を結び、共に渡る者を、共渡りと呼ぶ。


「共渡り……」


「過去の三組には確認されていない形です」


 フェリアス大神官は慎重に答える。


「過去の契約者は、この世界側に立ち、神獣の帰る道を結びました。ですがエレナ様は、ロブ様と同じ境を越えている。どちらか一方の岸で待つ者ではありません」


「じゃあ、帰すことができない?」


「反対かもしれません。共に渡ったからこそ、どちらの岸へもロブ様の名をつなげられる可能性があります」


 日本。


 この世界。


 どちらにも、私とロブの記憶がある。


 ただ、この世界へ来たことが偶然ではないなら、別の怖さが生まれる。


「誰かが、私をロブと一緒に転生させたんでしょうか」


「召喚の術式はなかった、と記述されています」


「なら、誰も選んでいない?」


「わかりません」


 ロブが境を越えるとき、私との結びつきが私まで連れてきたのか。


 境界そのものが、ロブだけでなく私を必要としたのか。


 灰の狩人が関わっていたのか。


 事故より前から計画されていたとは考えたくない。


 でも、相手はロブが現れる前から準備していた。


「ロブを鍵にするなら、私も必要なんでしょうか」


 声が震えた。


 灰の狩人は、ロブだけでなく私の行動も観察していた。


 契約者が神獣の帰路を結ぶと知っているなら、私を無視するはずがない。


「その可能性を前提に守ります」


 ルークが言った。


「エレナもロブも、一人にはしない」


 守られるだけではいけないと思いかけた。


 でもルークの言葉は、私の役目を奪うものではなかった。


 地下で、ロブ一頭へ背負わせなかったのと同じだ。


 私も一人で背負う必要はない。


「前大神官へ、すぐ連絡を」


 ルークがロジェ神官に言う。


「普通の伝書ではなく、信用できる者を直接向かわせてください。到着まで、目的は知らせないほうがいい」


「承知しました」


「王宮へ戻り、北東部へ向かう準備をします」


 三日月と塔の印。


 王国最古の神殿。


 異界から来た者についての口承。


 前大神官エルヴィン・サレス。


 探していた答えは、北東部へ集まり始めていた。


 双角山からの帰りの馬車で、ロブが突然見つめた方角と同じだった。


     ◇


 大神殿を出たとき、日はまだ高かった。


 王宮からの迎えの馬車に乗り、私は王都の街並みを窓から眺めていた。


 露店のテントが風に揺れている。


 果物を積む店、湯気の立つ鍋、色とりどりの糸を吊るした布屋。


 子供たちが笑いながら走り、その後ろを母親が追いかけていた。


 大神殿の中で古い文字ばかり見ていたせいか、街の色がいつもより明るく見えた。


「少し、街を見てみますか」

 

 馬車の隣を馬で付いていたルークが言った。


 馬車を先へ返し、私たちは街を歩いた。少し離れたところに護衛騎士が二人しっかり付いていた。


 ロブは歩き始めると、すぐに元気になった。


 ロブは街なかを散歩するのが好きだ。


 今も、石畳の匂いを嗅ぎ、露店の脚を調べ、行き交う人の間を縫おうとする。


「離れないで」


 リードを短く持ち直す。


 ロブはわかっているというように振り返り、その直後、焼いた肉の匂いがする方角へ曲がった。


「道もわからないのに」


「目的地は、わかっているようだ」


 ルークが言う。


 ロブの目的地は串焼きの店だった。


 香草を振った肉が火の上で焼かれている。


 朝に鶏肉を食べたロブが、初めて食事を見たような顔で座った。


「ごはん食べたじゃん」


「朝食から、かなり経っています」


「ルークはロブに甘くなってませんか」


「おやつにはちょうどいい時間かなと」


 味をつけていない端の肉があるか、店主に聞いてくれる。


 少しだけ買い、冷ましてからロブへ渡した。


 ロブは機嫌よくがっついた。


 私たちも串焼きを一本ずつ買った。


 歩きながら食べる。


 こんな風にのんびり街を歩いたのは久しぶりだ。


 考えなければならないことは多い。


 北東部へどう向かうか。


 前大神官が無事か。


 私がロブと一緒に来た意味。


 でも、今は焼きたての肉を堪能したい。

 

 ロブは石畳の隙間が気になるのか、同じ場所を何度も嗅いでいる。


 ルークは、私が人へぶつからないよう通り側を歩いている。


 広場では、小さな楽器を弾く人がいた。


 速い曲に合わせ、子供たちが輪になって回っている。


 ロブが足を止めた。


 耳を立て、首を右へ傾ける、次に左へ。


 曲が速くなると、尻尾も同じくらい速く動いた。


「踊りたいの?」


「わん」


 ロブが輪へ入ろうとする。


「待って、リードが絡まる」


 子供の一人がロブに気づいた。


「白い犬だ!」


「神獣様じゃない?」


 子供たちが集まってくる。


「触っていい?」


「一人ずつね。先に手を見せてあげて」


 大神殿の神官たちへ教えたのと同じことを伝える。


 小さな手が差し出される。


 ロブは匂いを嗅ぎ、自分から頭を寄せた。


 撫でられる。


 次の子にも、その次の子にも。


 ロブは神獣として契約者を選んだわけではない。


 少なくとも、過去の神獣と同じ方法では。


 私たちは儀式をしていない。


 神殿で名を告げ合ってもいない。


 日本にいたころから、私はロブの名を呼び、ロブは私の声を聞いていた。


 契約より前に、家族だった。


 それが私たちの始まりだ。


 私がロブを大切に思う気持ちまで、誰かに決められたものにはならない。


「エレナ」


 ルークが呼ぶ。


 気づくと、ロブは子供たちと一緒に輪の中を走っていた。


 リードを持った私まで引かれる。


「わぁ転んじゃうよ!」


「手を」


 ルークが差し出してくれた手を掴んだ。


 みんなで輪になって踊る。


 曲が終わったとき、私は息を切らし、ルークは笑っていた。


 沈みかかっていた気持ちが、少しだけ軽くなっていた。


 ロブは前足を私の靴へ載せ、舌を出している。


 水を飲ませるため、広場の端へ移動した。


 水を飲むロブの背中を撫でる。


「共渡り、か」


 新しい呼び名は、まだ自分のものに思えない。


 契約者でも。


 共渡りでも。


 飼い主でも。


 家族でも。


 名前がいくつ増えても、私とロブの間にあるものは変わらない。


 水を飲み終えたロブが顔を上げる。


 鼻先についた雫が、私の手へ落ちた。


「帰ろうか」


「わふ」


 次は、北東部へ向かう。


 過去の契約とは違う、私たちの始まりを知るために。


 ――第二十三話おわり

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