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愛犬と一緒に異世界転生したら、うちの子が神獣に⁈いいえ、普通のパピヨンです  作者: kotao


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第十五話 集められた声

 私たちは、再び旧鉱山を訪れた。


 岩山の姿は昨日と変わらない。


 灰色の斜面、草に半分埋もれた道、正面の坑道。


 けれど今日の私たちは、昨日と同じではなかった。


 王宮から応援の騎士が六人と、古い術式に詳しい魔術師が二人到着している。鉱山で働いた経験のある人も同行してくれた。


 正面入口の罠を調べる隊と、山の斜面にある鉄の扉から入る隊に分かれ、万一のときに連絡を取るための魔術具も用意した。


 坑道の古い地図、長い縄、予備の灯り、崩落に備えた道具類、そして負傷した魔獣がいた場合に備えた小型の檻と治療道具。


 それから、ロブのものを入れた鞄。


「ロブの荷物、ちょっと多くありませんか」


 私は鞄の中を見た。


 干し肉、茹でた鶏肉、水、折り畳みの器。体を拭く布や予備のリード、毛布まである。


「神獣様の健康維持も重要な任務です」


 荷物を確認した騎士が真面目に答える。


「鶏肉は必要ですか? 今日は日帰りの予定ですよね」


「予定が変わる可能性があります」


「毛布も?」


「坑道内は冷えます」


「……」


 少しでも荷物が減ればと思ったが、結局、鶏肉も毛布も残った。


 その足元で、ロブは落ちていた細い枝を大事そうにくわえている。


「ロブ、それは持っていかないよ」


「わふ」


「荷物はもう十分だよ」


 枝を置かせようとすると、ロブは顔を逸らした。


「自分で持つならいいけど、途中で飽きても私は持ってあげないよ」


「わん」


 ロブは枝をくわえたまま歩き出したが、十分後には道端へ落とし、振り返りもしなかった。


 もちろん私は落ちた枝を無視した。

 

     ◇


 山の斜面に着くと、空気が変わった。


 昨日、鉄の扉を見たロブは、私の腕の中で震えていた。


 今日は自分の足で歩いている。


 けれど斜面を上り始めると、尻尾が少しずつ下がった。


「無理しなくていいからね」


 私はロブの前へしゃがんだ。


「ここで待つこともできるよ」


 入口の外には騎士と魔術師が残る。ロブを安全な場所へ置いていく準備もしていた。


 ロブは私を見た。


 鉄の扉を見る。


 耳は伏せている。それでも、逃げようとはしなかった。


 一歩、私のほうへ近づく。


「一緒に行く?」


「わふ」


 小さな返事だった。


 怖くなくなったわけではないだろう。


 怖いまま、私たちと歩くことを選んだのだ。


「離れないからね」


 白い背中を撫で、リードを短く持つ。


 鉄の扉の前では、ミラたちが隠蔽の魔法陣を調べていた。


「侵入を知らせる術は、すでに起動しています」


 ミラが言った。


「昨日、一部を解除したときです。今さら触れずにいる意味はありません」


「扉の内側に、別の罠は?」


「確認できる範囲にはありません。ただし、奥までは探れません」


 ルークが全員を見回す。


「扉を開けても、全員で一気に入らない。先行するのは俺と盾を持つ騎士二人、ミラ。安全を確認してから、次の組が入る」


「エレナ様と神獣様は?」


「最後だ」


 マルクが尋ね、ルークが即答した。


「最後」


 私は繰り返した。


「何か問題が?」


「ありません。約束しましたから」


 ルークは少しだけ驚いた顔をした。


「成長しましたね」


「昨日も言われました」


「何度でも確認が必要です」


 心配されているのか、まだ信用されていないのか。たぶん、両方だ。


 ミラが術を解く。


 錆びた金具が、低い音を立てた。


 騎士二人が取っ手を掴み、ゆっくり引くと、鉄の扉が開いた。


 昨日聞こえたような音はしなかった。


 何かが動く音も、巨大な息遣いもない。


 扉の向こうには、暗い通路が続いているだけだった。


 ルークたちが中へ入る。


 灯りが角の向こうへ消えた。


 待つ時間が長く感じる。


 ロブは通路を見つめ、鼻先を動かしていた。震えてはいない。けれど、足は私の靴へ触れるほど近い。


 やがて魔術具が淡く光った。


 先へ進んでよいという合図だった。


 マルク、ディート先生、王宮から来た魔術師が先に入り、私とロブ、最後尾の騎士が続く。


 通路は狭く、天井が低かった。


 壁には古い道具で削った跡がある。鉱山で働いていた人が使った横道を、灰の狩人が補強して利用していたらしい。


 さらに進むと、急に天井が高くなり、私たちは足を止めた。


 灯りが大きな空間を照らす。


 巨大な魔獣はいなかった。檻も人影もない。


 そこにあったのは、広い石造りの空間と、床一面を覆う巨大な魔法陣だった。


 円は王宮の円卓より大きい。


 何重にも重なった線が床を走り、壁際から中央の一点へ集まっている。円の周囲には、人の腕ほどの太さがある金属の柱が十二本立っていた。


 昨日感じた、重い魔力。


 それは生き物ではなかった。


「何も、いない」


 マルクが呟いた。


 どこかで、空気が流れる音がした。


 ごう、と低く響く。


 全員が身構えたが、音は一度で止まった。


 ミラが灯りを天井へ向ける。


「換気孔があります」


 岩の隙間に、縦へ続く細い穴が開いていた。


「昨日の音も、地下から空気が漏れた音でしょうか」


「そう聞こえなくもありません」


 扉を一部開けたことで空気の流れが変わり、坑道の奥から冷たい空気が押し出された。


 巨大な何かが息をしたように聞こえたのは、それだけだったのかもしれない。


 でも安堵するには、何かが引っかかる。


 私は足元のロブを見る。


 尻尾は下がり、床の魔法陣へ足を踏み出そうとしない。


 昨日の音がただの空気なら、なぜロブはあれほど怯えたのだろう。


 この部屋には、まだ見えていない何かがある気がした。


「魔法陣へ触れないでください」


 ミラの声が空間へ響いた。


 魔術師たちは円の外側から術式を調べ始める。


 私はロブと一緒に、線のない壁際へ移動した。


 近くで見ると、十二本の金属柱にはそれぞれ違う模様が刻まれている。


 黒牙狼の牙を思わせる印。


 角鹿の枝分かれした角。


 翼蛇の鱗。


 岩角熊の爪。


 これまで捕らえられた魔獣と似た特徴だった。


「種類ごとに分けている?」


 柱の根元には、小さな受け皿がある。


 その中へ、羽、鱗、毛、角の欠片が置かれていた。


 地下の収容所で見つけた紙包みと同じだ。


 魔獣から少量ずつ採取し、反応を比較していた。


 その結果を使い、ここへ配置したのだろうか。


「この柱は、魔力を取り出すためのものです」


 王宮から来た魔術師の一人が言った。


「完全ではありませんが、毛や鱗には持ち主の魔力が残ります。それを受け皿へ置き、元の個体と術式をつないだ」


「離れた場所から、魔力を奪うんですか」


「奪うというほど強いものではないはずです。ただ、捕らえた個体を柱の近くへ置けば、流れを作れる」


 魔術師が床の線を指で追う。


 十二本の柱から伸びた術式は、すべて中央へ向かっていた。


「複数の魔力を一点へ集める装置です」


 捕らえた魔獣は、研究するためだけに集められていたのではない。


 その魔力を、この場所へ集めるためだった。


「何のために?」


「まだわかりません」


 魔法陣の中央には、黒い石が埋め込まれている。


 表面は滑らかで、灯りを近づけても光を返さなかった。


 すべての線が、その石の下へ吸い込まれている。


「地下に何かあるんでしょうか」


「あるいは、この石を通じて別の場所へ送っている」


 ミラが古い文字を写し取る。


「魔力を蓄える術と、流れを一つへ束ねる術。それから……」


 言葉を止めた。


「何です?」


「反応を待つための術式があります」


「反応?」


「何かへ魔力を送り、その何かが応じるか確かめる。そういう構造に見えます」


「召喚ですか」


 ルークが言った。


「断定できません。何かを呼び寄せる術にも見えますが、物をこの場へ移すための線が足りない。遠くにあるものを目覚めさせる、こちらへ注意を向けさせる、あるいは単に同じ魔力を探す。いくつかの可能性があります」


 一体、何をしようとしているのか。


 その答えは、魔法陣に残っていなかった。


 ロブが低く鼻を鳴らす。


 魔法陣ではなく、部屋の奥を見ていた。


「まだ何かある?」


 ロブは進まない。ただ、耳だけを奥へ向けている。


 私は壁際を見回した。


 十二本の柱から少し離れたところに、小さな石の棚がある。


 棚には青い瓶が並び、その隣に蓋のついた銀色の箱が置かれていた。


 ミラが箱の周囲に罠がないことを確かめ、ルークが蓋を開く。


 中には、白い毛が入っていた。


 一房ではない。


 何度も集めたように、細い束へ分けられている。


 どれもロブの毛に見えた。


 ロブの毛だとしたら、どこでこんなに集めたのだろう。


 王宮で体を拭いた布から取ったものか。


 庭へ落ちたものか。


 誰かの服について運び出されたものか。


 ほかの魔獣の羽や鱗は、柱の受け皿へ置かれているのに、白い毛だけは、別の箱へ収められていた。


「ロブは、ほかの魔獣とは別、ということ?」


「そのようです」


 箱の内側には小さな文字が刻まれていた。


 ――基準個体。直接接続は未実施。


 ――反応の安定後、最終段階へ移行。


「基準個体って何」


 誰へ聞いたのでもなかった。


「ロブは個体じゃない!」


 あの記録を思い出す。


 白い毛。


 雄。小型。


 警戒心、低。


 異界の女に強く執着。


 相手の記録にあるロブは、私の知っているロブではない。


 朝、必要のない枝をくわえ、十分後には忘れたロブ。


 怖ければ私の腕へ逃げ込み、それでも一緒に来ると決めたロブ。


 ごはんを食べた直後に、何ももらっていない顔をするロブ。


「ロブを、実験対象みたいに扱わないで!」


 私は銀色の箱を振り上げた。


 箱を壊し、そのまま床の魔法陣も壊してしまいたかった。二度と使えないように。


「エレナ」


 ルークが私の腕を掴んだ。


「今、壊してはいけません」


「離して!これでロブや魔獣から魔力を集めてるんですよね。だったら、残しておく理由なんて」


「まだ捕らわれている魔獣とつながっている可能性があります」


 その言葉に、動きが止まった。


「装置を急に壊せば、流れている魔力が逆流するかもしれない。魔獣の命に危険が及ぶ可能性もあります」


 ルークの手は強かった。


 でも、私を押さえつけようとしているのではない。


 私が見失いかけたものを、立ち止まって見せるための手に思えた。


 私たちは魔獣を助けるために来た。


 怒りに任せて装置を壊し、その魔獣を傷つければ、灰の狩人と同じように自分の目的しか見ていないことになる。


「……ごめんなさい」


「謝る必要はありません」


「あります。ロブのことを考えたら、ほかの子のことが見えなくなりました」


 ルークはゆっくりと、私の腕から手を離した。


「だから、俺たちは複数で来ています。一人が見えなくなっても、ほかの者が見るために」


 私は一度、深く息を吸った。


 ロブが私の足へ鼻先を寄せる。


「大丈夫だよ」


 言いながら、自分にも言い聞かせる。


「壊すんじゃなくて、止める方法を探そう」


 ミラが頷いた。


「流れを一つずつ切り離します。どの柱が、どの魔獣につながっているかを確認してからです」


 銀色の箱は証拠として布で包み、ロブから見えない場所へ移された。


     ◇


 魔法陣の調査には時間がかかった。


 十二本の柱すべてに違う術式があり、中央の黒い石は、地下へさらに線を伸ばしている。


 その線がどこへ届くのかは、床を壊さなければわからない。


 王宮から来た魔術師たちは、術式の一部を紙へ写し、何度も見比べた。


「やはり、魔力を集めるだけではありません」


 一人が言った。


「中央から外へ向かう線があります」


「反対向きに流すんですか」


「魔力そのものではない。信号のようなものです」


 集めた魔力を使って何かへと、合図を送っているのだろうか。


「魔獣の魔力を集めれば、その何かが答える?」


「おそらく」


「ロブは基準個体と書かれていました」


 私は布に包まれた箱を見る。


「ほかの魔獣の反応が安定したら、ロブをつなぐつもりだった。ロブの魔力を使えば、もっと強く反応するものがある?」


「可能性はあります」


 ミラは慎重に答えた。


「神獣様の魔力が特別だからか、神獣様とほかの魔獣の関係を利用するためかは、まだわかりません」


 何かを呼び寄せる。


 何かを目覚めさせる。


 あるいは、遠くにいる何かへ。


 どれも想像にすぎない。


 ただ、灰の狩人が集めているものは、魔獣の体ではなかった。


 魔獣が持つ、それぞれ異なる魔力が十二本の柱に集められた。


 そして最後に、別に保管されたロブの毛でロブの力を使おうとしているのか。


「神獣様をここへつなぐことが、最終段階」


 マルクの声が低くなる。


「ならば、相手が我々をここへ誘導した理由も」


 ロブを連れてこさせるため。


 その可能性に気づいた瞬間、部屋が急に狭く感じた。


 私たちは装置を見つけたのではない。


 装置の中へ、自分から入ってきたのかもしれない。


 ロブが顔を上げた。


 部屋の奥から、かすかな音がした。風角鳥の鳴き声だった。


 籠の中で、傷ついた翼を動かしている。


「どうしたの?」


 ディート先生が籠を持ち上げる。


 風角鳥は魔法陣ではなく、部屋の奥へくちばしを向けていた。


 そこには金属柱の影があるだけに見える。


 ミラが灯りを近づけると、壁と柱の間に細い隙間があった。


「通路です」


 人一人が通れる幅しかない細い通路が、岩壁と同じ色の布を垂らし、正面から見えないように隠されていた。


 布をどけると、冷たい空気が流れてきた。


 床には何本もの爪痕が残っている。


 小さな爪痕、大きな爪痕。無理に引きずられ、石へ食い込んだような跡もある。


 壁の一部は黒く焦げていた。


 火を使った跡ではない。魔力が何度もぶつかり、石そのものが変色しているようだ。


「魔獣を、この奥へ運んだ」


 ロブが低く鳴いた。


 風角鳥も籠の中で翼を動かす。


 この鳥は、奥から逃げてきたのだろうか。


 灰色の粉をつけられ、感覚を失いながらも外まで。


 ルークが先頭に立ち、細い通路へ入る。


 私とロブは入口で待った。


 すぐに、ルークの声がした。


「檻があります」


 安全が確認され、私たちも奥へ進む。


 通路の先には、小さな部屋があった。


 壁に沿って鉄の檻が並んでいたが、すべて空だった。


 扉は開いたままのものもあれば、内側から歪んだものもある。


 床には羽と毛が散り、乾いた血が残っていた。


 つい最近まで魔獣がいたように、生温かな匂いがする。


「移動させたのでしょうか」


「我々が村へ戻ったあとに」


 ルークが檻の鍵に触れた。


「新しい傷がある。急いで開けた跡のようだ」


 魔獣はどこへ運ばれたのか。


 正面入口から別の坑道へ移したのか。それとも、まだ地下のどこかにいるのか。


 いちばん奥には、ほかより大きな檻があった。


 天井まで届きそうな大きさだった。


 床には鎖が一本だけ残されていた。


 檻の前の石板には、文字が刻まれていた。


 ――収容枠、十二。


 ――接続枠、十一。


 ――最終枠、未収容。


 最終枠は、ロブのために空けられていたのだろうか。


 ロブは檻を見ることなく、私の足元へ体を寄せ、通路のさらに奥を見ている。


 床には、人間の靴跡があった。


 灰が薄く積もった上へ、はっきり残っている。


 私たちのものではない。


 靴跡は部屋の外ではなく、奥を向いていた。


「新しい足跡です」


 追跡役の騎士がしゃがむ。


「今日ついた可能性があります」


 誰かがこの坑道に残っている。それだけは確かだった。


 そして、その人物が私たちが来たことを知っている可能性もある。


 逃げた灰の狩人を追っていたはずの私たち。


 最初から、待ち伏せされていたのか。


 そのとき、魔法陣の部屋から高い音が響いた。


 きん、と金属を叩くような音。


 続いて、床の線が一斉に青白く光った。


「術式が起動しました!」


 ミラの声がする。


 私たちは急いで大部屋へ戻った。


 十二本の柱へ光が走り、中央の黒い石へ集まっている。


 魔力を集めているのではない。


 外へ合図を送る線だけが光っていた。


「侵入を知らせる術です」


 ミラが杖で流れを止めようとする。


「昨日の扉だけではなかった。魔法陣の近くへ神獣様が入ったことを感知して、別の術が起動しました」


 ロブがここにいる。その情報が、どこかへ送られた。


 灰の狩人は、もう知っている。


 私たちが鉱山へ入り、ロブを装置の前まで連れてきたことを。


「全員、撤退だ」


 ルークが迷わず言った。


「術式と証拠の写しだけを持て。装置には触れるな。正面入口の隊へ知らせ、予定の退路から出る」


「でも奥に人がいるのでは」


 マルクが言う。


「わかっている。しかし、人数も位置もわからない相手を、この坑道で追わない」


 ここで戦うために来たのではない。


 装置の正体を調べ、捕らわれた魔獣の居場所を探すために来た。


 待ち伏せがわかった以上、敵の望む場所で戦ってはいけない。


「エレナ」


 ルークが私を見る。


「戻りましょう」


 私はすぐに答えた。


 空の檻を見つけた。


 奥に誰かがいるかもしれない。


 それでも、今はルークに従おう。


 怒りに任せて装置を壊そうとしたばかりだ。同じ間違いを繰り返してはいけない。


 魔術師たちが紙と証拠をまとめ、騎士が順番に細い通路へ向かう。


 私はロブのリードを短く持った。


「ロブ、帰ろう」


 ロブは動かなかった。


「ロブ?」


 大きな耳が、空の檻とは違う方角へ向いている。魔法陣の中央でもない。


 岩壁の下、何もない床の隅を見つめていた。


「何かいるの?」


 ロブが突然走り出そうとした。


 リードが張る。


「待って!」


 前足が床を掻く。


 灰色の粉と魔術に感覚を惑わされ、旧鉱山へ近づいてからは方角さえ定まらなかったロブではない。


 今は、床の一点をはっきり見ている。


「あそこなの?」


「わん!」


 強い返事だった。


 けれど、すぐに声が変わる。


「くぅん」


 悲しそうな声だった。


 怖がっているだけではない。


 置いていけないと訴えるように、何度も同じ場所へ進もうとする。


 私はロブの前へしゃがんだ。


「感じるの?」


 ロブは答えない。


 白い体が小さく震えている。


 昨日、鉄の扉を前にしたときの震えとは違う。


 恐怖の中にも、誰かを心配する焦りがあるように見えた。


「地下です」


 ミラが床へ杖を近づけた。


「中央の石の下とは別に、空間があります。この部屋より、さらに深い」


「入口は?」


「ここからはわかりません」


 ルークがロブの見ている床と、撤退路を見比べる。


 敵へ侵入を知られ、奥には新しい人の足跡がある。


 ここへ留まるほど、危険は増える。


 それでも、ロブは初めてはっきりと何かを感じ取った。


 魔獣の感覚を妨げる術が、侵入装置起動のため一瞬弱まったのかもしれない。


 次に同じ声を感じられる保証はない。


 私は床へ耳を近づけた。


 何も聞こえない。


「エレナ、離れてください」


 ルークに腕を引かれる。


 その直後だった。


 岩の下から、細い声が聞こえた。かすかで、途切れそうな鳴き声。


 昨日の巨大な息遣いとは違う。


 空気が通る音でもない。


 はっきりと、生き物の声だとわかった。


 一度。少し間を空けて、もう一度。助けを求めるように、地下深くから響いてくる。


「まだ、いる」


 私の声が震えた。


 空の檻から運び出された魔獣とは別に。


 魔法陣の下にある巨大な何かとも別に。


 本当に助けを求めている命が、まだこの鉱山の奥にいる。


 ロブが床へ向かって、もう一度悲しそうに鳴いた。


「くぅん」


 その声へ応えるように、暗い地下から魔獣の鳴き声が返ってきた。


 ――第十五話おわり

再び調査に向かった旧鉱山には、巨大な装置が。エレナの怒りが爆発する。

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