第十二話 森と村のあいだ
人間と魔獣、どちらも守りたいと決意するエレナ。その横でロブはのんきに枝遊び?
ぱきり。
乾いた枝を踏む音がした。
ロブが毛布から顔を上げる。ルークはすでに剣の柄へ手をかけ、見張りの騎士が指を二本立てていた。
二人いる。
黒牙狼も頭を上げる。そのそばで、蛍尾リスの尻尾が不安そうにチカチカ光った。
「誰だ。武器を置き、両手を見せて出てこい」
「待ってくれ! 俺たちは村の者だ!」
茂みから、泥だらけの男二人が現れた。
「魔獣を探してたんだ。夕べ、村の近くで鳴き声がして、家畜が暴れた。尾の光る小さな魔獣を見た者もいる」
蛍尾リスがロブのそばから顔を出す。
「それだ」
若い男の顔から血の気が引いた。
「それ……魔獣だろ。危険だ!」
蛍尾リスが黒牙狼の後ろへ逃げ、若い男が鉈に手を伸ばす。ルークがそれを止めた。
「黒牙狼も蛍尾リスも人に捕まり、傷つけられた。怖いのは、魔獣も同じだ」
二人は、近くのリーネ村から来た森番のトーマと、甥のニルだといった。
焚き火を起こし直し、村の話を聞く。
トーマさんはカップを両手で持ち、何度も森の奥を振り返った。ニルさんは黒牙狼から少しでも遠ざかろうと、焚き火の反対側へ座っている。
黒牙狼も二人を警戒していた。傷ついた後ろ足を体の下へ隠し、いつでも立てるように頭を上げている。
しかし、その前へロブが座ると、張っていた耳がわずかに緩んだ。
「神獣様が押さえているのか?」
ニルさんが小声で聞いた。
「押さえてはいません。ロブにそんな力はないです」
「でも、あの狼は神獣様の言うことを聞いているように見える」
「ロブも、黒牙狼の言うことを聞いています。嫌がったら近づかないし、歩くのが遅ければ待ちます」
決して従わせているのではない。お互いに様子を見て、同じ場所にいるのだ。
それが伝わったのかはわからないが、それでもニルさんは鉈から手を離し、少しだけ肩の力を抜いたようだった。
ひと月ほど前から魔獣が森から出て、家畜や動物が怯えている。近くの村では、魔獣が家を壊して人を傷つけたこともあったらしい。
「うちの村では、まだ人は襲われていません」
トーマさんは言った。
「だが羊が柵へぶつかって怪我をした。牛は乳の出が悪くなった。夕べの魔獣の鳴き声で、子供たちは怖がって眠れなかった」
「北の村を襲った魔獣は、どんな姿でしたか」
「岩みたいな大きな体だったそうです。夜だったから、本当に魔獣だったのか、何頭いたのかもわからない。ただ、家を壊されたのは本当だ」
岩角熊かもしれない。けれど、今は決めつけられない。薬を使われていたのかも、灰の狩人に追われていたのかも、確かめた人はいないのだ。
被害を受けた人にとって、事情は関係ないのかもしれない。家が壊れ、家族が傷つけば、魔獣を恐れるのは当然だった。
「森の奥では、街道もないのに荷車の音がする。黒っぽいローブを着た人影を見た者もいるんだ」
「人影が現れた時期は?」
「魔獣が村へ近づき始めたころだと思う」
追われた魔獣が人里へ近づき、怖がった人々は武器を持つ。苦しんでいるのは魔獣だけではなかった。
「これは魔獣と人間の争いじゃない。誰かが両方を傷つけているんです。だから、両方を守らないと」
魔獣を村へ入れず、人を守ることも必要だ。でも、理由を知らずに魔獣を倒せば、奴らの思いどおりになってしまう。
「神獣が魔獣と人をつなぐ存在なら、私はロブが見つけたものを皆さんに伝えたいです。」
ロブは焚き火のそばへ落ちていた小枝の匂いを一生懸命嗅いでいた。私の話など興味ないのか。
神獣の話をしているのに、枝をくわえて私の膝へ置く。
「遊びたいの?今?」
「わん」
「かなり大事な話をしてたんだけど」
ロブは前足で枝を押した。
ニルさんが、こらえきれないように笑った。
「神獣様も、普通の犬みたいなことをするんですね」
「普通の犬ですから」
「神獣なんですよね?」
「神獣でもある、ということでしょうか」
私にも、まだうまく説明できない。
でもニルさんは、さっきより近い場所からロブを見ていた。黒牙狼ではなくロブを見ることから始めれば、魔獣への見方も少しずつ変わるのかもしれない。
「村長に話します。ただ、俺一人じゃ皆は信じない」
「我々も一緒に行きます」ルークが立ち上がった。
◇
リーネ村に着くと、ちょうど朝の鐘が鳴った。
村の市場は、焼きたてのパンの香りや行き交う人々の声で賑わっていた。
「いい匂い〜」
「わん!」
眠そうだったロブが急に元気になった。
「ロブも朝ごはんの時間だね」
「神獣様の能力は、食事に関して最も安定していますね」
ミラが笑った。
「もしかして……神獣様?」
村人の一人が話しかけてきた。
「王都から来た商人が話していたんです。小さな白い犬の姿をした神獣様がいるって」
しかし、黒牙狼が村の入り口に姿を見せると、村人たちは子供を隠し、棒を手に取った。
「負傷した魔獣です。村へは入れません。騒いで囲まず、距離を取ってください」
ルークが言った。
村の人々の会話のどこにでも、魔獣の噂が混じっているようだ。
「昨日も森で光を見た」
「北の村みたいになったらどうする」
「騎士がいるうちに、森の魔獣を追い払ってもらえ」
大半の人にとって、魔獣は怖いものだった。王宮で神獣として守られるロブを見ているだけでは、わからなかった。
私は、みんなに怖がらないでとは言えなかった。
黒牙狼の牙は大きい。薬で我を失った魔獣なら、本当に人を襲うかもしれない。
必要なのは、近づいてはいけないとき、逃げ道を作るべきとき、騎士を呼ぶときを、一緒に考え対策を立てることなのだと思った。決して恐れるなと命じることではない。
村の外では、ディート先生が黒牙狼の傷を診ていた。人が近づくと唸る黒牙狼も、ロブが隣へ座ると治療を受ける。
それを遠くから見ていた村人の一人が、水の入った桶を置いていった。
まだ触れない。けれど、追い払う以外の選択をしてくれた。
小さな変化だった。
朝食を終えたロブは、広場の井戸へ向かった。
井戸のそばでは、三人の子供が木の輪を転がして遊んでいる。ロブは転がる輪を見つけると、迷わず追いかけた。
「ロブ、勝手に参加しないの」
木の輪が倒れる。ロブは前足で押し、動かないとわかると、今度はくわえて運ぼうとした。
「神獣様が遊びたいって!」
子供たちは喜んでいる。けれど、その母親は森の端にいる黒牙狼を見て、不安そうに子供の名を呼んだ。
私はロブのリードを短く持った。
「ここから先へは行かせませんから」
母親は少し迷い、子供たちへ井戸の周りだけで遊ぶよう言った。
ロブは木の輪を追い、子供たちは笑いながら逃げる。
「神獣様は、子供を守っておられるのでしょうか」
マルクが感心したように言った。
「一緒に遊んでるだけですよ」
「遊びながら守る。高度な方法です」
「普通に遊んでます」
ミラまで真剣な顔で頷いた。
「神獣様の行動には、複数の意味が」
「ないです」
ロブは木の輪をくわえようとして、真ん中の穴へ鼻を入れた。抜けなくなったと思ったのか、輪をつけたまま首を振る。
子供たちだけでなく、周りの大人も笑った。
朝から魔獣の噂ばかりだった広場に、明るい村の声が戻ったようだった。
ロブは木の輪から顔を抜くと、褒めてもらえると思ったように尻尾を振った。
こうして人を笑わせることも、ロブが人と魔獣の間に作る小さな道なのかもしれない。言い過ぎか。
そのとき、集まった人々の後ろから、しわがれた声がした。
「以前は、この森の魔獣は人を襲わなかった」
杖をついた老人が前へ出る。
「人は森へ入りすぎず、魔獣は畑まで下りなかった」
「共存していたんですか」
「そんな立派なものかは知らん。互いに、相手の場所へ入りすぎなかっただけだ」
「変わったのは、いつごろですか」
「ひと月ほど前だ。夜に馬と荷車の音がして、木を切った道ができた。森の魔獣が人を襲うようになったんじゃない。誰かが、森の決まりを壊したんだ」
老人は杖で地面を突いた。
灰の狩人が動き始めた時期と重なる。
魔獣と人が一緒に暮らしていたわけではない。しかし互いの領域を守り、近づきすぎないことで争いを避けていた。
今、その境を誰かが壊している。
罠で魔獣を追い、荷車を森へ入れ、薬で恐怖を強める。魔獣が村へ出れば、人々は魔獣を憎むようになる。
灰の狩人が調べている「反応」と、村で広がる恐怖は別のものなのだろうか。
「村の近くで、見慣れない罠を見た方はいませんか」
パン屋の女性が手を上げた。
「昨日、息子が森の外れで鉄の輪を見たと」
◇
罠は、畑が終わり森が始まる境界線にあった。
落ち葉の下には、黒牙狼を捕らえたものと同じ鉛色の罠があった。
「村の人が置いたものではないんですね」
「こんな罠は使わない。子供や犬がかかったら大変だ。知っていれば外していた」
誰が、いつ仕掛けたのか。村人は誰も知らず、見慣れない旅人もいなかったという。
罠は森の奥へ向けられているのではなく、村へ続く獣道へ仕掛けられていた。
「魔獣を森から追い立て、ここで捕らえるつもりだったのでしょうか」
私が尋ねると、ルークは罠の鎖を調べた。
「その可能性はある。あるいは、村へ逃げ込んだ魔獣が人と争うことまで計算しているのかもしれません」
罠には人の足も入る。子供が落ち葉を踏んでいたら、無事では済まなかった。
ミラが魔術で仕組みを止め、騎士たちが罠を外す。村人は作業を見守りながら、何度も知らないと繰り返した。
犯人が村に紛れている様子はない。誰にも見つからず、森側から来て罠を残したのだ。
地下の収容所より、こちらのほうが人の暮らしに近い。
洗濯物が揺れ、子供の声が聞こえる場所に、敵の手が届いていた。
罠の周りには、細い枝で地面を掃いた跡があった。足跡を消すためだろう。
けれど、完全には消えていない。追跡役の騎士が、木の根元に残った靴の跡を見つけた。
「一人ではありません。少なくとも二人。片方は重い荷を持っていたようです」
「罠を運んできた者と、見張る者か」
ルークが森を見る。
「村へ通じる道を知っている。偶然ここを通った者ではない」
「でも、村では誰も見ていない」
トーマさんの声が低くなる。
「森に道を作ったんだ。俺たちが知らない道を」
地下の収容所へ続いていた、荷車が通れる細い道。灰の狩人は村や街道を避け、森の中に自分たちの道を作っている。
その道がどこまで続いているのかは、まだわからない。
騎士たちは外した罠を布で包んだ。王宮へ持ち帰れば、以前見つけた罠と金属や作り方を比べられる。
「この罠にも印はありませんね」
ミラが表面を調べる。
「印があるものと、ないものがあるんでしょうか」
「罠は見つかることを前提に、印を消しているのかもしれません。薬瓶や魔法陣は、仲間内で区別しているのかも」
三日月と塔の印が何を意味するのか。
工房なのか、組織なのか、それとも実験そのものの印なのか。
手がかりは増えたのに、相手の姿はまだ霧の向こうにある。
ロブが罠の匂いを嗅ごうとした。
「だめ。近づかないで」
呼ぶと、すぐ私の足元へ戻る。
その素直さに胸が痛んだ。
白い布へ書かれていた、警戒心、低、という文字を思い出したからだ。
相手は、この素直さまで利用しようとしているのか。
ロブを誰も信じない犬にしたくはない。でも、知らない手から差し出されたものには近づかないことは覚えてもらわなければならない。
「ロブ。知らない人についていっちゃだめだからね」
「わん」
「本当にわかってる?」
ロブは返事の代わりに、私の指を舐めた。
たぶん、わかっていない。
私がロブの隣にいる理由が、また一つ増えた。
村へ戻る途中、ロブが道端の家へ目を向けた。庭先には、茶色い垂れ耳の犬がいる。
二頭が鼻を寄せた。ロブが相手の後ろへ回り、お互いの匂いを確認する。
茶色い犬はバルという名前だった。
ロブが前足を低くし、お尻を上げる。バルも同じ姿勢になり、二頭は庭をぐるぐる走り始めた。
「ロブ、さっきまで眠そうだったのに」
「わん!」
ロブが急に向きを変えたため、バルは止まりきれず、干してあった布へ顔から突っ込んだ。
飼い主の女性は笑ったが、マルクは真剣に布を外そうとした。
「神獣様のご友犬をお助けします」
「大げさ!」
バルは布から抜けると、何事もなかったようにまたロブを追いかけた。
犬同士には、失敗を笑ったり、神獣だから遠慮するなんてことはないらしい。
女性が言った。
「バル、最近、森へ散歩に行きたがらないんです。十日ほど前から、炭焼き小屋への分かれ道で動かなくなって」
魔獣以外の動物も何かを感じているのだろうか。
「その場所へ案内してもらえますか」
バルは、ロブと並んで歩いたが、森に近づくにつれ速度を落とした。
二股の道で止まり、低く唸る。ロブも、そこに残る何かの匂いを探した。
「見てください、煙です」
ミラが木々の向こうを指した。
朝霧の上へ、細い煙が上がっている。
向かうと、空き地では荷車が燃え、灰にはまだ熱が残っていた。
ルークの指示で、騎士たちが木々の間へ散った。
人影はない。けれど、火をつけた者が遠くまで逃げたとは思えなかった。
風が枝を揺らすたび、誰かが動いたように見える。
ロブは焼けた荷車へ近づき、すぐに鼻を背けた。薬品の匂いが残っているらしい。
「ロブ、何かわかる?」
耳が北東へ向く。
けれど、どれほど遠いのか、何がいるのかまではわからない。ロブの力は、答えを教えてくれるものではない。
だからこそ、痕跡と地図と、村での調査が必要だった。
「深追いはするな。周囲を調べろ」
ミラが灰から青いガラスの欠片を見つけた。マルクは焦げた板の下から金属の留め具を拾う。
煤を拭うと、印が現れた。
三日月。その内側に、一本の塔。
地下の魔法陣、青い薬瓶、焼かれた荷車が、同じ一味へつながった。
「団長!」
空き地の端から、新しい車輪の跡が森の外へ続いていた。
「北東です」
ルークが地図を広げる。
「二里ほどで北街道へ出る。その先には村が二つ。さらに進めば、旧鉱山地帯の東側につながる」
灰の狩人たちは、もう次の場所へ移った。
また逃げられた。そう思ったとき、ロブが私の膝へ鼻先を押しつける。
「うん。でも、今度はどっちへ行ったかわかるね」
ロブが感じる方角と車輪の跡を重ねれば、進む道になる。
騎士たちは周囲をさらに調べた。
焼けた荷台には、檻を固定したらしい金具の跡が残っている。
「地下の収容所から荷を運び出した荷車でしょう」
ルークが言った。
燃えた車輪とは別の轍が、灰の外から始まっていた。追跡されたとき、同じ車輪の跡をたどられないためなのだろう。
そこまで準備していた相手が、青いガラス瓶や金具を残している。
急いでいたのかもしれない。
私たちが思ったより早く地下を見つけたから。
「私たちが近づいたことに、向こうも気づいたんでしょうか」
「ええ」
ルークは森の北東を見た。
「今までは追っても相手を見失っていた。今は、相手も我々を警戒している」
それは前進なのだろう。
けれど、素直には喜べなかった。追い詰めれば、相手は証拠だけでなく、捕らえた魔獣まで処分するかもしれない。
「急いだほうがいい。でも、急ぎすぎてもだめなんですね」
「難しい注文です」
マルクが言った。
「神獣様に道を尋ねてみますか」
全員がロブを見る。
ロブは焦げた木のそばへ落ちていた松ぼっくりを転がしていた。
「今は忙しいみたいです」
「重要な調査でしょうか」
「たぶん、噛めるか確かめてます」
ロブは松ぼっくりを口へ入れ、とげが痛かったのか、すぐに吐き出した。
「調査結果が出ましたね」
「食べられない、です」
張りつめていた騎士たちから笑いが漏れた。
敵が近くにいる。だからこそ、怖さに飲み込まれないための息継ぎも必要だった。
◇
その夜、リーネ村の外れに小さな火がともった。
村の人たちとの話し合いは、簡単には終わらなかった。
黒牙狼を今すぐ森の奥へ追い返すべきだという人もいた。騎士がいる間に討つべきだという声さえあった。
私は安全だと言い切れなかった。
黒牙狼は傷つき、人を恐れている。囲まず、子供を近づけず、逃げ道を塞がないこと。騎士を置き、何か変化があればすぐ知らせること。
できることを一つずつ決めた。
魔獣を守るために人へ我慢を押しつけるのではない。人を守るために魔獣を傷つけるのでもない。
両者が今夜を無事に越えるための距離を話し合った。
騎士たちは森と村の境へ縄を張り、子供が越えないよう目印の布を結んだ。村人は交代で水を運び、ディート先生は黒牙狼の傷をもう一度診た。
黒牙狼と小さな魔獣たちのため、村人が場所を作ってくれた。
水と木の実、古い毛布も置かれている。
最初、水桶を運ぶ役を引き受ける人はいなかった。
やがてトーマさんが一つ持ち、パン屋の女性がもう一つを持った。
「ここへ置けばいいのかい」
「それ以上は近づかないでください」
ルークが答えると、女性は黒牙狼を見ないように水桶を置いた。
戻りかけたとき、蛍尾リスが木の陰から出てきた。女性は足を止めたが、逃げなかった。
「あれが、息子の見た魔獣なんだね」
「はい。人里には近づかない、おとなしい魔獣だそうです」
「あんなに小さいのに、俺たちは鉈を持って探したのか」
トーマさんが苦い顔をした。
「怖かったなら、仕方ないです」
「仕方ないで済ませていたら、いつか本当に傷つけてしまう」
彼は蛍尾リスを見つめた。
「次は、先に様子を見る。近づかず、騎士を呼ぶ。それくらいなら俺たちにもできるよ」
私たちが強要したのではない。
トーマさん自身が、魔獣の対する行動を決めたのだ。
私は火のそばへ戻り、ロブの首に結ばれた白い護符を直した。
神獣と契約者。
その言葉は、王宮にいたときより重くなっている。
私が特別な魔法を使えるようになったわけではない。ロブの感じるものが、すべてわかるようになったわけでもない。
今も、ロブが森を見た理由を、耳や尻尾から推測しているだけだ。
でも、村の人は私の話に耳を傾け、騎士たちは私の判断を尊重してくれるようになった。
契約者として何をすべきかかは、正直まだわからない。
私にできるのは、毎日ロブを見てきた私が、ロブの行動の意味を見逃さず言葉にすることだ。
もしそれが間違っていれば、ルークや先生、みんなと確かめればいい。
「エレナ」
ディート先生が、考え込む私を呼んだ。
「ロブちゃんが、あなたの夕食を見ているよ」
横を見ると、ロブの視線が私のパンへ固定されていた。
「今、契約者について考えてたんだけど」
「わふ」
「パンちょっとだけだよ」
私には、難しい謎より先に、目の前の飼い犬の食欲と向き合う必要があった。
パンも食べ満足したらしいロブは、不安など感じていないような顔で私の足元へ伏せた。
その温かい背に触れると、答えはまだ遠くても、この子と同じものを見ながら一緒に進めばいい。そう思えた。
子供たちが、少し離れた場所から、小さな魔獣へ木の実を一つ転がした。
ロブが実を追い、近づく。
「ロブ、それは食べちゃだめ。リスさんにあげたの」
ロブは私を見た。木の実を見る。また私を見る。
「そんな顔してもだめ。ロブの分はこっち」
干し肉を見せると、迷いはすぐ消えたようだ。
蛍尾リスが木の実を拾うと、子供がうれしそうに笑う。
大人たちも、黒牙狼には近づかず、遠くから見ていた。
「あの小さいの、木の実を食べるんだな」
「黒いのも、今は眠ってるだけだ」
恐れは残っているだろう。でも村人は、魔獣を一頭ずつ見始めていた。
バルも飼い主とやってきた。ロブは私のそばを離れ、バルの横へ座る。
白い小さな背中と、茶色い大きな背中。二頭は並んで森を見ていた。
風が畑を渡り、蛍尾リスの尾が淡く光った。村の灯りと森の暗闇の、ちょうど間にある小さな光だった。
遠くから、遠吠えが聞こえた。
村人たちは沈黙し、森を見る。
バルが立ち上がる。黒牙狼も傷ついた足を庇いながら顔を上げた。
ロブは耳を前へ向ける。
遠吠えは一度途切れ、さらに北東から、もう一度響いた。
苦しむ悲鳴ではない。敵意のある唸りでもない。遠くにいる何かが、こちらの声を探しているようだった。
「北東」
焼けた荷車の跡と、同じ方角。
ロブが立ち上がる。白い護符が夜風に揺れた。
森と村のあいだから、ロブは遠い声をじっと聞いていた。
――第十二話おわり




