双子の陽子ちゃん
その場所は埼玉県の某所に存在する。
この地域には有名な神社が存在し、現在も参拝者の多い土地である。それ故、此処は怪異の温床としては最適な場所であり、そして俺達にとっても恩恵のある土地だった。
“本部”と呼ばれるそこは、巫女や霊力を持った存在の総本山であり、最後の要所とも言える場所だ。
もしこの場所が怪異によって落とされるようなことがあれば、多くの犠牲が予想されるとても重要な拠点である。
「おにーさん♡ まだ動いちゃだーめ♡」
「……お願いします。そこを何とか」
「おにーさんっておばかさんなの? よーこちゃんがそんなこと、許すと思う?」
「くっ……! もう一回お願いしますっ!!!」
「え~? なんか喜ばれると嫌だなぁ♡ やぁん♡ おにーさんに視姦されちゃう♡」
「グギギ…………!!!」
そんな本部にて、俺は一人の少女に揶揄われていた。
本部専属の霊能力者であり、俺が一生を掛けて責任を取らなければならない少女。
「相変わらずくそざこだねぇ♡ おにーさんっ♡」
黒いメッシュが一本入った白髪で右目が隠されたその子……最近メスガキ化の激しい陽子ちゃんであった。
1
「すみません、悠お兄さん。姉さんがまた無礼を働いたようで」
「そこは全く問題ありません。むしろもっとして欲しいくらいです」
「だから言ったでしょぉ♡ おにーさんはへんたいさん♡ なんだよ? よーこちゃんは需要を満たしてるだけなんだから♡」
「ふぉっ!? 耳元は辞めてください興奮してしまいます!」
「そ、そのようですね……」
陽子ちゃんとは対照的に穏やかで、白いメッシュが一本入った黒髪で左目を隠した少女。陽子ちゃんの双子の妹である月子ちゃんは若干頬を赤らめながら、こほんと咳払いをした。
「悠お兄さん。私達は怒っています。その理由は、分かっていますね?」
「そうだよぉ~♡ まーたおにーさん、危ないことしたんでしょ? ほんと、心配させないでよね♡」
前門を正座した月子ちゃん、後門をこちらにしな垂れかかってくる陽子ちゃんに挟まれ、俺は情緒を乱しまくりながら必死に言い訳を考えていた。あ、やめて陽子ちゃん! 耳に息吹きかけないで!
「報告書を読みました。他にも色々言いたいことはありますが、問題はここです。異界で自決をした、というのは本当のことですか?」
「ふぅ~~♡♡♡」
「ひゃい!? じ、事実、です……」
「……姉さん、少しジッとしていてください」
「ふふっ♡ はぁい、ごめんなさーい」
陽子ちゃんはそうは言ったものの、今度は背中からぎゅっと抱き着くと、すんすんと鼻を鳴らし、俺の首元を嗅ぎ始めたのだった。ヤバい、集中できん……!
「その行為が自殺行為であるのは、分かっていますよね?」
「は、はい……っ!?分かって、いました……ぅぃ!?」
「ふんふん♡ はぁ……♡ くっっっさ♡♡♡」
「……反省、していますか?」
「はい……! 反省、していま、っ、す……!」
次第にその表情を怒りから苛立ちへと変えていく月子ちゃん。明らかに異界での行為よりも、目の前で揶揄われ続ける俺に対してイラついているように思えた。
冤罪です! 悪いのは背中に張り付いたメスガキなんですよ!
「じゃあ、もっと反省してください。それまで、この部屋を出るのは許しませんよ」
「なぁっ!?!? ちょちょちょ、月子ちゃんっ!?」
「姉さんばっかり構って……私は除け者ですか……?」
なんと、月子ちゃんはジトっとした眼をしながら、俺の前面に抱き着いてきた。
後ろからは変わらず陽子ちゃんの抱擁、前からは自分の存在を誇示するかのように、月子ちゃんからのハグ。
その柔らかさと心地よさと鼻腔をくすぐる甘い香りはまさに天上の極楽と言っても過言ではないだろう気持ちよさが―――
「おにーさん♡」
「悠お兄さん……」
「…………ぁ」
ブチっと……頭の中で、何かが切れた音がした。
2
「あれれ……? おにーさん、失神してない?」
「はぁ……ほんと、意気地無しですね」
「しょーがないでしょ? この人はいつもそうなんだから」
あたしは溜め息をつきながら、残念そうにその顔をおにーさんの胸にうずめる妹を窘めた。
月子はあたしと違って、真面目で直情家で、それ故に不器用な子だ。端的に言えば、甘え方が押せ押せしか存在しないのである。おにーさんはそうすればするほど、引いてしまう人なのに。
「むぅ……私も、姉さんみたいにすれば良いのかな……?」
「え、辞めてよ。コレはあたしの特権なんだからさ」
「ズルいよ、姉さん! わ、私だって悠お兄さんにもっと甘えたいのに!」
「あー聞こえない聞こえない。つきちゃんの声なんて聞こえなーい」
あたしはおにーさんに抱き着きながら、つきちゃんと他愛ない口喧嘩をした。
こんな風に妹と穏やかな時間を過ごせるなんて、3年前までは夢にも思っていなかった。それも全て、このおにーさんのおかげだ。
でも……あたしは、後悔している。
だって、あたし達はおにーさんを傷付けてしまった。その心に二度と癒えぬ楔を、打ち込んでしまった。
「……おにーさん」
そのことを、あたしはこれから一生、後悔し続けるのだろう。
3
あたし達の産まれは、とても恵まれていたとは言えなかった。
だって、お母さんは新興宗教の教祖様で、あたし達はそんな母さんから産まれた、不義の子だったのだから。
「お前達は私の子ではありません。神に捧げる供物なのです」
その宗教では子供は神への供物であり、それは教祖様であろうと変わりはなかった。そうでなくとも、私達は性に奔放だった母さんの不手際によって産まれた双子。人間扱いなんて、されなかった。
「12の頃、お前達は壺に詰められるのです。それはとても幸福なことなのですよ?」
「……はい。とても嬉しい、です」
「…………」
「月子、どうしましたか? どうして黙っているのですか?」
「やだ……わたし、そんなの、やだよぉ……」
あたしは既に諦めていた。子供にできることなんて無い。無知で無力なあたしには何もできない。だからせめて、従順になって可能な限り苦しまないようにしよう。だから、母の言葉にもはいはいと、ひたすらに肯定をしていた。
でも、月子は違った。この子は自分の心に嘘がつけない子だった。
「月子! お前はまたそんなことを言うのですね!? こっちに来なさい!!!」
「いたい……! いや、たすけて、おねえちゃん!!!」
「辞めてください、教祖様! 罰ならあたしが受けます! だから辞めて、月子には手を出さないで!」
「うるさい……! うるさいうるさいうるさいっ! ピーピー泣くな! 供物が私に口答えするんじゃない!!!」
殴られる。叩かれる。蹴られる。ひとしきりあたし達に暴力を振るって、最後には真っ暗で何も無い部屋に修練として数日閉じ込められる。もちろん、水も食べ物も与えられない。
「ひっぐ……! いたい……いたいよ、おねぇちゃん……」
「ごめんね、月子……あたしのせいで、痛かったよね……」
「ううん……わたしのせいだよ。ごめんね、おねえちゃん……わがままいって、ごめんなさい……」
毎日が絶望だった。どうして死んでいないのだろうって、眼が覚める度に思った。
それでも自殺や餓死を選ばなかったのは……月子が一人残された時、全ての矛先が大好きな妹に向くのかと想像したから。
そんな無責任なこと、できなかった。
「はい、それでは供物の捧げ方について、お勉強しましょう! これはとても光栄なことなのです!」
「ひっ……!」
「どうかしましたか? ん? なんだ、言ってみろ?」
「なんでもありません! 信徒様のお邪魔をして、申し訳ありませんでした!」
「そちらの供物は礼儀が良いですね! 大変よろしい! それではお勉強を続けましょうか!」
机の上に置かれた巻物のようなモノには、あまりに惨たらしい情景が描かれていた。
女の手を千切る様子。血がべったりと付着したギザギザの刃で足を刻む様子。そうして胴体と頭のみとなった女が、最後には眼を潰されて壺の中に納められていた。
恐らくは、これが母の言う『壺に詰める』という行為なのだろう。背筋がゾッとしたのは言うまでも無い。
だが、目の前のニコニコと笑う男を怒らせれば、またあの暗い場所へ戻される。それどころか、今度は本当に殺されてしまうかもしれない。
「はい! 今日も感謝の心を忘れず、立派な供物になりましょうね!」
「あ、ありがとう、ございます……神様の供物になれること、とても嬉しく思い、ます……」
「ありがとう、ござ……います」
既にあたし達は11歳になっていた。後少しで、この巻物の女性のように、無惨に殺される。
あたしはどうなっても構わない。でも、妹だけは……月子だけには、死んで欲しくない。あたしが……あたしが、何とかしないと。
そんな風に焦っていた時だった。蜘蛛の糸は、ゆっくりとあたし達の前に垂れ下がってきたのは。
「……あれ。なんで開いて……」
その日はいつものお祈りの後、あたし達は監禁場所へ戻された。二人で薄い毛布にくるまって眠っていると、何故か独りでに扉が開いたのだ。あたしは警戒しながら、扉の外を覗いた。
「…………人は、居ない」
チャンスだと思った。このまま部屋で縮こまっていても死ぬだけだ。なら、僅かでも逃げられる可能性に賭けるべきではないか。そんなことを、考えてしまった。
「月子……ねぇ月子、起きて」
「んにゅ……? なに、おねえちゃん……」
「何でか分からないけど、扉が開いてる。今なら逃げられるかも」
「えっ……!? で、でも大丈夫なの……? 見つかったら……」
「このまま此処に居ても死ぬだけでしょ。なら、捕まったって結果は同じ……そうでしょ?」
今ならばその違和感に気付けたはずだ。扉が勝手に開くはずは無いし、後もう少しで儀式をするというタイミングで、みすみす肥えさせた家畜を手放す訳が無い、ということになんて。
そんな所在の知れぬ糸になど、縋るべきではなかったのだ。
「はぁ……やはり逃げましたか。悪い供物ですね」
蜘蛛の糸は、最後に切れてしまうものなのだから。




