双子の陽子ちゃん 2
「はっ……はっ……はっ……!」
「おねぇ……ちゃん……! 早い、よぉ……!」
「ごめんね、月子……! 少しだけ、我慢してね!」
薄暗い蛍光灯を頼りに、あたし達は廊下を走っていた。月子の手を引きながら、必死に出口を探し続けた。
けれども、出口は全然見つからない。もう数十分は走り続けているような気もする。風景が変わらないから、同じところをグルグルと回っているみたいだ。
「なんで……? この場所、こんなに広いはずないのに……」
そして……私達は息も絶え絶えのまま、終わらない廊下でついに立ち止まってしまった。汗がボタボタと垂れて、喉が痛かった。
「おねえ、ちゃん……ここ、さっきも通った、よね……?」
「そ、そんなはずは……」
終わらない無限回廊。そんな超常現象を前に、あたしは焦りを深めていった。
元居た部屋に戻れるかも分からない状態で、既にあたしと月子の体力は限界だった。いつまでもこうしていたら、いつか部屋にあたし達が居ないことがバレて、すぐに捕まってしまう。
でも、脱出方法が分からない。あたしはこれまでの惰性を恨んだ。もっと、この場所の構造を見ておくべきだったのに、あたしは何もしてこなかった。それがこの状況を招いたのだ。
「おね、え、ちゃん……ねぇ、足音がするよ……」
「っ……!? い、いくよ月子!」
そんなあたし達を追い打ちするように、やけに響くカツカツという音が聞こえてきた。
あたしは分かった。これは母の足音だ。まるで自分の存在を誇示するかのように、わざとらしく足音を立てる母のものだ。
既にバレている……!? なら、早く逃げないと……!!!
「無駄よ。供物が勝手に外へ出るなんて、そんなの許されるはずないわ」
「な、なんで……?」
「ほんと、お前達のような子供はバカよね。自分達が何処に監禁されているのかも、知らないのだから」
「何、言ってるの……!? 分かんないよ……!」
それまで後ろから聞こえていたはずの足音は、瞬きの間にあたし達の目の前に現れていた。そうしてあたしの手首を掴むと、そのまま物を扱うかのようにあたしを引き上げた。
「っぅ……! い、痛い……!!!」
「お前らは既に我が神の腹の中よ。産まれた時から、ずっとずっとずーっと、ね」
「辞めて! お、お姉ちゃんを離して!!!」
「チッ……! おい、大人しくしなさい。どうせお前達は捧げられるのです。往生際が悪いですよ」
「が、ぁ、ぁ……!!!」
子供とはいえそれなりに重さのあるあたし達を、教祖様は片手で持ち上げ、とある一室へと入っていった。饐えたの臭いのするそこは地面に黒い染みが広がっており、壁には何に使うかを考えたくない道具が揃っていた。
「さて、と……供物達、良く聞きなさい。我が神は怒っております。供物となる栄光に泥を塗ったこと、その身を持って禊ぐのです」
「やだ……いや、離して……!」
「辞めてください教祖様! 罰なら、あたしが! あたしが受けますから!」
「ふむ……そうですか。では、こうしましょう」
教祖様はあたしと月子を椅子に拘束し、顔をいくつものベルトで固定した。お互いを見合うように設置し、その中心に立った教祖様は、棒のようなものを取り出した。
「これが何だか分かりますか? はんだごて、という簡単な溶接などに使う器具です」
「は……? な、何を……」
「ほら、先端がとても熱くなっているでしょう? 肌などに触れたら、とても熱いでしょうね」
「ぁ、あ”ぁ”ぁぁぁああぁぁあ!?!?」
「ふはは……! なんです、その声。まるで家畜みたいですよ」
じゅうっと……鉄杭が左手を焼いた。暴れようにも、身体は拘束されて動かない。ただ涙を流しながら、痛みに耐えるしかなかった。
「やめてよ! おねえちゃんをイジメないで!」
「虐める……? はて、何のことでしょうかね」
「がぁ”あぁぁあ"ぁあぁ!!!!」
今度は右手。教祖様はその顔を見たことのないほど恍惚に歪ませながら、私の苦しむ様を楽しんでいた。
此処は地獄だった。あたしは感じたことの無い苦痛に声が枯れるほど叫び続け、そんなあたしを見て月子は絶叫する。
教祖様はあたし達の声を、高尚なオーケストラでも聞くかのように楽しんでいた。鼻歌を口ずさみ、菓子を摘まむような手軽さであたしの手を焼き、邪悪に笑う。
「やだ! やめて! やめてよ! やめて、よぉ……!!!」
「お前はあの供物が大切なんでしょう? ならば、罰はお前が二人分。全てを一人で禊ぎなさい」
「ぁ…………ぃ…………」
目の前が霞んでいた。強制的に自分を守るため、意識を朦朧とさせていた。
けれど……教祖様は半分失神しているあたしを見て、つまらなそうに舌打ちをした。そしてあたしの髪を引っ張ると、熱気を発するその杭を眼の方へゆっくりと近づけていった。
「本来であれば瞳を潰すのは仕上げなのですが、我が神が更なる苦痛を所望しています。なぁに、少々生活が不便になるだけです。お前なら、耐えられますよね?」
ニコリと、教祖様はあたしに産まれて初めて笑い掛けてきた。
ちっとも、嬉しくなんて……なかった。
「まずは右目から……その次は左目です。艶のある声を、期待しています」
「おねえちゃんっ! ――ぇ――、――――!!!」
じゅく……じゅくじゅく、じゅう……
今までの比にならない熱と痛みが、あたしの右目の中で弾けた。
4
一言で言ってしまえば、それはとても簡単だった。
運が悪かった。ツイていなかった。時期が悪かった。
けれど、そんな言葉で片付けれるほど、彼は物事を割り切れる性格ではなかった。
もっと早く行動していれば。もっと早く気付いていれば。もっと自分に……圧倒的な力があったのなら。そんな益体の無いことばかり、考えてしまう。
それは四国地方のとある団体。――――(削除済み)という創設して間もない新興宗教の本部にて行われていた。
彼ら彼女らの思想は過激で、常軌を逸していた。しかし、構成員が固く口を閉ざし、供物と称した子供らも自らの子、あるいは行き場のない孤児が流入していたことから、事件の発覚まで酷く時間が掛かってしまった。
それまでの間に多くの子供の命が奪われた。手足をもがれ、瞳を奪われ、それでも死ねず、藻掻き苦しんだ亡骸が幾つも、団体施設から見つかった。
本件の生存者は、僅か二名のみ。
右目から色を失い、視力を喪失した少女と……その妹らしき、錯乱状態に陥った少女。
「すまない……本当に申し訳ない。俺がもっと早く、君たちを助けられていたら……こんなことにはっ……!!!」
「…………どうして、貴方が泣くの?」
「っ……! ごめん、ごめんなぁ……! 本当にごめん……!」
少女は不思議そうに、男を見つめていた。
不思議な人だった。先ほどまで、異形と化した母だったものを刻んでいた人には全く見えない。それに、どうしてこの人が悲しんでいるのか、少女にはその理由が分からなかった。
「おい、間宮。いつまで拗ねているつもりだ? さっさと執務室に来い。次の仕事の話をするぞ」
「……すみません、師匠。しばらく……しばらくの間で良いんです。少し、休ませて貰えませんか?」
「あ”ぁ……? このクソ忙しい時に何を言っ――」
「一ヶ月……一ヶ月だけ、時間をください。その間に、折り合いをつけます」
「…………ふん。後で覚えておけよ。ウチに労働基準法なぞ、存在しないからな」
金色の髪をした、男の上司らしき女はそう言って部屋を出て行った。
後に残されたのは、暗い顔をする男と……そんな彼の行動が理解できない、少女達だけだった。




