双子の陽子ちゃん 3
「お兄さんは変態なんだ」
「「……はい?」」
あの惨劇から一夜明けて、あたし達はとある一室でおにーさんから、そんなことを唐突に言われた。
「よく言えば子供好き、悪く言えばロリコン。俺が君たちを助け、そして過剰に固執するのは、ひとえに俺の趣向が偏っているからなんだよ」
「……おにーさん、一つ質問」
「何かな? 陽子ちゃん」
「おにーさんはあたし達に酷いことをするの? たとえば……無理矢理犯したりする?」
ジッと、あたしはおにーさんを見つめた。
正直言って、あたしはおにーさんがそんな人間でないことは分かっていた。そういった畜生であれば、あの時あたし達のために泣いたり、こうやってわざわざ警戒心を煽るような真似はしないはずだ。
それでも、これは必要な確認だ。
はずだ、とか、だと思う、という曖昧な主観ではなく、きちんと言葉にして伝えて貰う。これは絶対、必要だ。
「……そういうことは、しないよ。絶対だ。どうしても不安なら、魂を縛る契約を交わしても構わない」
「お姉ちゃんっ! もう良いでしょ!」
「……そう、だね。ごめん。ちょっと疑いすぎた」
分かっていたのに、あたしは無駄なことをした。
それはつまり……あたしはまだこの人のことを、信用できていないのだろう。
少しだけ、それが悲しかった。
4
「はい! できました!」
「……うん! 良く出来ました! 月子ちゃんは頭が良いね」
「えへ、えへへ……」
おにーさんとの暮らしは、平和そのものだった。
暖かい布団と可愛い妹が居て、3食美味しいご飯をおにーさんと食べる。
「お勉強とかつまんない。ねね、お外に遊び行こーよ」
「じゃあ、このページをやったら少し散歩しようか。その後は、美空さんの買ってきてくれたケーキでも食べよう」
「むぅ……お兄さんってば、お姉ちゃんに甘くないですか? 私だって、お兄さんと本を読みたいのに……」
その後はおにーさんと勉強したり、敷地内を散歩したり、食べたことのない甘いお菓子を堪能したり……
あまりに心地が良い生活が広がっていた。
けれど、あたしは知っている。
「おい、間宮。仕事を押し付けておいて、呑気に散歩とは良いご身分だな」
「……ご、ごめんなさい」
「いや、君に言った訳では……! あぁもう! ガキを引き合いに出すな! 卑怯だぞ!」
「ちょっとごめん、二人とも。少し美空さんとお話、してくるね」
険しい顔をした金髪の女の人は、おにーさんの先生らしい。だからこそ、女の人はいつも厳しくおにーさんを責め立てていた。
「お前が現場に出なくなって二週間。その間に、怪異絡みの事件が5件発生した。その全てを対処させられたのは私なんだぞ?」
「ありがとうございます、美空さん。お陰様で良い休暇を取れていますよ」
「はぁ……下手な演技は辞めろ。お前、ちゃんと寝れているのか?」
「……もちろんですよ。毎日ぐっすりです」
あたしは知っている。あたし達が眠った後、山積みになった書類と一人で向き合って、碌に睡眠なんて取れていないことを。
「いつまであのガキ共にかまけている? 霊力も人並みでお前のような肉体も無い。利用価値なぞないだろうに」
「そういう話じゃないんですよ。あの子達は、まだ支えてあげないと折れてしまいます。それを見捨てるなんて、俺には出来ません」
「支えるにしたって、もっとやり方があるだろう。四六時中付きっ切りでなければ壊れてしまうなんて、それこそ手遅れだ」
「それでも、俺は……あの子達を救えなかった責任を取りたいんです」
あたしは知っている。おにーさんがあたしの色を映さない瞳を見る度に、その顔を僅かに濁らせるのを。
あたし達姉妹が、未だあの地獄から帰ってこられないことに、一人責任を感じていることを。
「ごめん、お待たせ。そろそろ戻って、おやつにしよっか」
「ねぇ、おにーさん」
「ん? どうしたの?」
「…………なんでもない」
でも、あたしはおにーさんの手を離せなかった。
離してしまえば、あたしの寄る辺を無くしてしまうから。
おにーさんが傷付くことを分かっていながら、あたしは今日もおにーさんの手を握り締める。
それが、酷く痛かった。
5
「う”ぁ”ぁあああぁぁあぁあ!?!?」
「つ、月子……? ねぇ月子! しっかりして!」
「やだ、やだやだやだ! いや! はなして!!!」
月子はあの惨劇を経て尚、気丈に振る舞っていた。それはあたしを安心させるためであり、何よりおにーさんという存在が、彼女にとって大きな支えになっていたからだった。
けれど、夜になればおにーさんは自分の部屋に帰ってしまう。あたし達姉妹は二人で同じベッドで眠りにつく。あの時と、同じように。
多分、それが良くなかった。
この暮らしを始めて三日目のことだった。月子が深夜、突然狂ったように叫び、錯乱し始めたのだ。
あたしがいくら声を掛けても、ただ「ごめんなさい」と言うばかりで、泣き止んでくれない。頭を抱えて、悲痛に叫び続ける。
「どうした、何があった!?」
「お、おにーさん……月子が……月子がぁ……!」
「っ……! 月子ちゃん、しっかりしてくれ! 大丈夫だ! 此処は安全だから!」
「おにい、さん…………?」
「あぁそうだ、お兄さんだ。大丈夫。お姉ちゃんも居るよ」
「お兄さん……お兄さんっ!」
それから、泣き続ける月子を二人で抱きしめ続けた。月子はずっとお兄さんの胸に顔を埋めて、ずっと謝り続けていた。
泣き疲れて月子が眠るまで、おにーさんはずっと辛そうな顔をしていた。あたしはソレを見て、また胸が痛んだ。
「ごめんなさい、おにーさん。迷惑ばっかり掛けて……」
「陽子ちゃんは何も悪くないだろう。君はとても良く頑張っている。それに、俺は君たちのことを迷惑だなんて、一度たりとも思ったことはないよ」
「っ……! おにー、さん……」
嬉しかった。こんなあたし達を助けてくれて。こんなあたし達を見てくれて。こんなあたし達を……愛してくれるのが。
それと同時に、痛くて……悲しかった。こんなあたし達のせいで、おにーさんはいつも辛そうで、立場を悪くして、色んな人に迷惑を掛けてしまっている。
それを強いてしまうのが、苦しくて仕方がなかった。
「どうすれば、良いのかな……」
おにーさんはどうしたら、幸せになってくれるのだろうか。どうしたら、月子は幸せになってくれるのだろうか。どうしたら……一体、どうしたら。
おにーさんにもっと笑ってほしい。おにーさんにもっと喜んでほしい。おにーさんに……二度と、あんな辛そうな顔をしないでほしい。
そのためには、一体どうしたら……
「あら、あらあらあらぁ……♡ こんな夜更けに出歩くなんて、悪い子ねぇ……」
「――え?」
その日も、いつもと同じ日だった。
朝起きて、おにーさんとお勉強して、遊んで、散歩して、ご飯を食べて……そして、夜中に月子がトラウマを発症して、おにーさんが申し訳なさそうな顔をして…………その顔を思い浮かべていたら、眠れなくなってしまった。
だから一人、おにーさんの部屋に向かおうとしていた。おにーさんの顔を見て、少し甘えれば、きっと眠れるだろうから。
そんな浅ましい考えを持ったあたしの前に、その怪物は現れた。
「貴女、アレでしょう? 悠君のお気に入りの姉妹の子。確かに、あの子が好きそうな顔してるわね」
「だ、誰、ですか……?」
この世の者とは思えない美しさだった。
月夜に煌めく銀髪は、まるで宝石のようにキラキラしていた。甘い匂いと、不思議と眼を奪われる金色の瞳。その全てが、不自然なほど完璧だった。
完璧なのに、不自然。整い過ぎているが故に、違和感。そんな矛盾した女は、うっとりとした顔をしながら、私の問いに答えた。
「私……? 私はね……悠君のカミサマ、かなっ♡」




