双子の陽子ちゃん 4
「神様……?」
「そう、カミサマ。といっても、具体的な名称とか、自慢できるような逸話とか、そういうのは無いのだけれどね」
不思議と納得できた。なるほど、これが神か。確かに、人じゃないというのなら、この見ているだけで頭の奥が揺さぶられる感覚も、直感が警鐘を鳴らし続けているのも合点が行く。
「私はね、美しいものが大好きなの。姿形が均一だったり、単純に色味や景色が綺麗っていう訳じゃない。人の心や魂、命の発露にこそ私は真の美を見いだす」
足音もせずに、神はあたしに近付いてきた。そしてあたしの右目を見ると、恍惚とした顔でその顔を歪めた。
「あぁ……なんて綺麗なの。やはり人間というのは尊いわね。貴女、悠君と同じくらい美しいわよ」
「……おにーさんのアレは、痛ましいって言うんですよ」
「ふふ……貴女の瞳には、そう映るのね。とっても興味深いわ」
少し言葉を交わしただけで分かった。この神とは、決して分かり合えない。根本的な部分から何かが違う。そういう雰囲気だった。
「あぁ、困ったわ。本当は貴女達を殺すつもりだったのだけれど、惜しくなってしまったわ。どうしたものかしら」
「っ……!? な、なにを言って……」
「だって、貴女達が居るから、悠君は立ち止まってしまっているのでしょう? なら、私はあの子のカミサマとして、彼の背中を押してあげるべきじゃない?」
まるで、邪魔な石を蹴り飛ばすくらいの気軽さだった。殺意なんて微塵も感じない。だって、この神にしてみれば人の命なんて、それこそ路傍の石と変わらないのだから。
「ん~……あっ、そうだ。良いことを思いついたわぁ♡」
「ひっ……!」
「貴女、その潰れた右目を私にくれないかし――」
「その子から離れろ、空空!」
神の手があたしの右目に触れようとしたその瞬間、その小さな身体は横へ吹き飛んでいった。そしてあたしの身体は、見知った体温に包まれていた。おにーさんだ。
「大丈夫か、陽子ちゃん!」
「お、おにーさん……うん、平気だよ」
「良かった……本当に良かった」
心底安心したという顔で、おにーさんは顔を綻ばせた。そうしてあたしをぎゅっと抱きしめると、いつものように頭を撫でてくれた。
嬉しい。嬉しくって仕方がない。おにーさんがこんなにもあたしのことを思ってくれる。おにーさんはあたしのことが大好きなんだ。嬉しい。もっともっと、心配して欲しい。愛して欲しい。
……なんて、そんな浅ましいことを思ってしまう。あたしはダメな子だ。
「あらあらあら……そんな名前で呼ばないで頂戴。前みたいにマコトって呼んでよ、お兄ちゃんっ♡」
「……うるさい。マコトは……俺の妹は、そんなこと言わない」
「私はマコトだよ? お兄ちゃんの妹のマコト。顔も声も魂の形も……全部同じなのに、どうして認めないのかなぁ?」
「黙れ……! マコトは死んだんだ! お前はその死体を操っている過ぎない!」
険しい剣幕で、おにーさんは神を罵った。神はそんなおにーさんを見て、心底悲しそうな顔をしていた。それだけは、ほんの少しだけ人間味があったような気がした。
「何故、分かってくれないのかしら……あぁ、悲しい。悲しいわ……」
「…………行ったか」
「あの……おにーさん」
「ごめん、陽子ちゃん。俺はまた、君を守れないところだった」
おにーさんはまた強く、あたしを抱きしめた。欲しかった温もりに安堵すると同時に、あたしの心は変わらず棘が突き刺さったままだった。
面と向かって始めて、邪魔だと言われた気がした。分かっていたことなのに、改めて突き付けられたその事実は、あまりに痛い。おにーさんから与えられる全てのことに対して、罪悪感を抱くほどに。
「本当に一人で大丈夫? 俺も二人の部屋の近くに――」
「大丈夫だよ。お仕事があるんでしょう? 早く終わらせて、おにーさんも寝た方が良いよ」
「……分かった、でも警戒はしておく。絶対に二人を守るから、安心してくれ」
そう言って、おにーさんは自分の部屋へ戻っていった。その背中が見えなくなるまで、あたしはずっとその姿を見つめていた。
おにーさんは自分のことを不甲斐ない、とか思っているのだろう。そんなことを思わせてしまうのが腹立たしくて、悲しくて……自分の無力を痛感させられる。
どうしたら……良いのかな? どうしたら、おにーさんの力に、なれるのかな。
「お姉ちゃん」
「っ……!? 月子!?」
「……私、ね。ずっと後悔してるの」
「どうしたの、月子……?」
自分の部屋に入ると、月子が正座して待っていた。驚くあたしとは裏腹に、月子は淡々と、自らの気持ちを吐露していった。
「私はずっとお荷物で、役立たずで、無意味な存在……なのに、私ばっかり、いつも助かってしまう」
「そんなこと無い。月子は大切な妹だし、あたしだっておにーさんに救われたよ」
「……じゃあ、なんでそんなに苦しそうなの?」
客観的に見れば、あたし達は恵まれている。そんなの、分かっている。
でも……その幸せがおにーさんの苦痛の上で成り立っていることを、あたしは素直に喜べない。月子は、そんなあたしの思いを見抜いていた。
「私、今の生活が大好きだよ。お姉ちゃんが居て、お兄さんが居て、暴力に怯える必要も無い。私は、これからもこうして三人で居たいよ」
「それは……ずっとは、無理だよ。おにーさんはあたし達だけのおにーさんじゃない」
「じゃあ、私達だけのお兄さんにすれば良いよね?」
ゾクッとした。それは、かつて教祖様に感じたような――
「私はね、お姉ちゃん。もうお兄ちゃんを手放すなんて……考えられないんだよ」
月子の潜在的な脅威に、あたしは恐怖していた。だって、その瞳は……
あの人と同じように、昏く濁っていたのだから。




