双子の月子ちゃん
私はずっと、誰かのお荷物だった。
お母さんの、お姉ちゃんの……そして今は、お兄さんの重荷。ただ生きているだけで迷惑を掛け続ける疫病神。
それが、私という存在。
「なんでお前のような子が……!」
誰にも望まれず。
「ごめんね……月子」
何者にも成れず。
「大丈夫……大丈夫だよ、月子ちゃん」
その癖、一丁前に愛とか温もりなんて、そんな贅沢なものを求め続ける。
だから、私は今日も願う。
いつか……誰かに求められる私になりたいと。
1
「お兄さん」
「ん……どうしたの、月子ちゃん?」
その日もいつもと同じように、またあの悪夢を見た。お姉ちゃんが拷問されて、痛めつけられて、最後には……眼を潰される、あの時の夢。
夢だと分かっているのに、幻だと理解しているのに……私はその夢に怯え、そして喚き散らす。その度にお兄さんは私達の部屋にやってきて、一緒に添い寝をしてくれる。
私は厚かましくも、そんなお兄さんの身体に全身をピッタリとくっ付けて、決して離れないようにしがみ付くのだ。そうすれば、悪夢は見ないから。
「私、何でもするから……見捨てないで」
「……月子ちゃん」
「何でも……何でも言うこと聞くから……だから――」
「月子ちゃん」
力強いお兄さんの声に、私は身を竦める。何か間違えた? なにを? どうして? あぁ、私はいつも間違える。だから失う。私が愚かだから。私が、私が――!
「月子ちゃん」
「……っ!? お兄、さん……」
「見捨てない。月子ちゃんを置いていったりなんて、絶対しないよ」
お兄さんの意識が、全て私に向けられている気がした。
お兄さんの愛情が、全て私に捧げられている気がした。
お兄さんの何もかもが……全て私に注がれているような、気がした。
嬉しい。もっともっと欲しい。お兄さんの全部が、欲しい。
そんなことを願ってしまうのは……いけないことでしょうか?
2
「おにーさん。コレ、美味しいよ?」
「んっ……ほんとだ、色味は凄いけど、結構美味しいね」
「はい、あーん……ほら、口開けてよ」
視線の先では、お姉ちゃんとお兄さんが、仲良さげにおやつを食べさせ合っていた。
明るくて、何気なくあんなことを出来るお姉ちゃんと、ソレを少し照れながらも受け入れるお兄さん。私なんかより、よほどお似合いだった。
「――ぁ」
お兄さんの顔が、一瞬曇ったのが分かった。それは、私とお兄さんの共通の罪悪感だ。だから、私にもすぐに理解できた。
きっと、お兄さんには見えてしまったのだろう。右目に残る、機能をすっかり失った瞳と、隠しきれない火傷の痕が。
私も同じだった。お姉ちゃんのその傷跡を見る度に、拭いきれない罪科を思い知らされる。私は一生掛かっても、その罪を償うことはできないだろう。
なのに……どうしてだろう。
「……美味しいよ、陽子ちゃん」
お兄ちゃんが必死に表情を繕い、痛々しい笑顔を浮かべているのを見ると……思ってはいけないことを、思ってしまう。
「…………いいなぁ」
お兄さんに心配されて、羨ましいな。
「私も……」
お兄さんに想われて、妬ましいな。
「ああだったら、もっと見てくれたのかな」
もし、私の眼も潰されていたのなら……
お兄さんはお姉ちゃんと同じくらい、私を憐れんでくれたのかな?
そんな最低なことを、懸想してしまう。
3
「ん、んぅ……? あれ……? お姉ちゃんは……?」
夜、いつも感じていた体温が消えていることに気が付いて、眼が覚めた。
まだ微かに暖かい。けれど、私は一抹の不安を払拭できず身体を起こした。
部屋の外は真っ暗で、ほんの少しだけトラウマが刺激される。足がすくんで、その場で立ち尽くしてしまった。
「違う……ここは安全な場所。大丈夫……」
「あら、本当にそうかしら?」
「ひっ……!?」
一歩踏み出せずにいた私の横から、いきなり息が吹きかけられる。私は呼吸を詰まらせ、隣に突如として湧いたナニカに眼を向けた。
「確かに此処に怪異は居ないわ。けれどね、私のような紛い物なら、すぐ傍に居たりするものよ」
「貴女……誰、なの……?」
「私は悠君の妹のマコト。もしくはマコトに取り憑くカミサマ。あるいは愛すべき人間達の隣人。そのどれもが私で、私ではない」
「ど、どういうこと……?」
「本当は定めて欲しいのだけれど、悠君が認めてくれないのよ。だから私は私であって、私ではない」
その意味を理解できずに首を傾げていると、銀髪の少女はフッと笑った。
「つまり、私は私自身が何者なのか、まだ決められていないの。居ても居なくても変わらない、煙みたいな存在。彼には煙たがられているから、有害と言っても良いかもね」
「……そっか」
馬鹿な私には、その言葉の真意を読み取ることはできない。けれど、その表層や意味だけならば、自分なりに解釈することはできる。
「私と、同じだね」
「ふ、ふふっ……! またしても予想外だわ……!」
居ても居なくても変わらない。むしろ有害な存在。居るだけで心労を掛ける災いの元。
この人も私と同じなのだと、そう思った。
「貴女、随分と歪んでしまっているのね。あぁ、可哀想に」
銀髪の少女は私を慈しむように、その双眸から涙を流した。
けれど、その口元は三日月に歪み、堪えきれない笑みが溢れていた。私はその歪な顔に、自らと似たナニカを感じた。
悲しいのに、嬉しい。痛いのに、気持ちいい。嫌いなのに、好んでいる。
「ふ、ふふっ……あはは……!」
お兄さんが悲しそうにしていると私も悲しい。でも、その憐憫が私に向けられていると、私は嬉しいと感じてしまう。
お兄さんが痛そうにしていると、私も心が痛い。なのに、その痛みの原因が私であるなら、私の身体はゾクゾクと、得体の知れない快感に支配される。
お兄さんが嫌いなものは、私も嫌い。それでも、その忌み嫌うものが私にあるのならば……私はソレを、好んでしまう。
あぁ……なんだ。ようやく、分かったよ。
「ねぇ、貴女……悠君のために、全てを捧げられる? 一生残る傷跡を、彼に刻み付けられる?」
「そんなの……そんなのって……!」
私は自分の頬が吊り上がっていることに気付いた。顔が熱くて、身体が火照って、息が荒くなる。こんな最低なことで、最悪な感情で、私は――
「すっごく、気分が良い、でしょうね……♡」
感じたことの無い甘い悦楽に、酔いしれてしまっていた。
4
「私はね、お姉ちゃん。もうお兄さんを手放すなんて……考えられないんだよ」
私はお姉ちゃんの右目を見つめた。
色を失い、もう二度と景色を写さぬその瞳は、しかしお兄さんの胸の中で、永遠に消えぬ後悔となって生き続けるだろう。
そしてお兄さんはお姉ちゃんを見る度に傷付き、お姉ちゃんもまた、自らが痛みの原因であると気付き、傷付く。
でも、お姉ちゃんはお兄さんを突き放せない。その行為がさらにお兄さんの心を抉り、そして自分すらも自傷することになるから。
こういうのを、ハリネズミのジレンマ、というのだろうか。近付けば痛いと知っているのに、お互いを求めずには居られない。あぁ、なんて……なんて……!
素敵なんだろうか……!!!
「だからね、お姉ちゃん。私は、お兄さんにもっと想ってもらえるよう、できることは何でもすることにしたんだ」
あの銀髪の少女は、私に素敵な贈り物をくれた。凄く辛くて、痛くて、苦しかったけれど……お姉ちゃんやお兄さんのことを考えれば、我慢できた。
「見て、この左目」
「っ……!? どうしたの、ソレ……!?」
「千里眼って、あの人は言ってたかな。コレがあれば、いつでも何処でも、お兄さんを見つけられる。お兄さんをずっと、見ていられる」
私は血に塗れた手を左目から離して、ぼやける視界でお姉ちゃんを見た。
あの少女も随分とオマケしてくれたな。だって、目玉一つで私にこんな力を授けてくれたのだから。本当に感謝したいくらいだ。
「ねぇ、お姉ちゃん」
このままでも、お兄さんはきっと心を砕いてくれるだろう。何にも悪くないのに、自分を責めて、苦しんで、私に滾るほどの愛を注いでくれるはずだ。
でも、その寵愛を一人で受け取るなんて、そんな真似はしたくない。
「お姉ちゃんも一緒に、お兄さんの傷になろ? 一生癒えない爪痕を、あの人の心に刻み付けよう?」
「そんなの駄目よ! そんなこと、許されない……!」
「じゃあ、お姉ちゃんはお兄さんに捨てられちゃっても良いの? 見向きされなくなっても、しょうがないって諦められるの?」
「それ、は……」
そんなの不可能だ。私達はもう甘露な愛を知ってしまった。
今更それを手放すなんて、理性が望んでも、本能は嫌だと叫ぶだろう。
「私達は姉妹だもん。お姉ちゃんの思ってること、分かるよ。お兄さんが自分のせいで辛そうにしてるの、嫌だなって思ったよね。でも、同時にこうも思ってた。私のことをもっと心配してほしいって」
「やめて……! あたし、そんなこと思ってない……!」
「もっと見て欲しい。もっと慈しんで欲しい。もっともっと……愛して欲しい」
「違うっ! あたしは、そんな、こと……!」
「嘘は駄目だよ、お姉ちゃん」
お姉ちゃんは優しいから、進んでお兄さんの傷を抉るようなことはしない……本当にそうだろうか?
だって、お姉ちゃんが自分の右目を不用意にお兄さんへ見せるなんてこと、ワザとじゃなきゃするはずない。
それはつまり、お姉ちゃんは……
「心配してくれるお兄さんが、見たかったんだよね?」
「……っ!? ぁ……!」
「罪悪感を感じて心を痛めるお兄さんが、見たかったんだよね?」
「ち、ちがう……そんなんじゃ、ない……」
自ら進んで、お兄さんの罪悪感を刺激していたのだ。隠そうと思えばいくらでもできたのに、その配慮を怠った。
それが無意識でも、計画的であろうとどっちでも良い。お姉ちゃんにそういう願望がある、ということだけで十分だ。
「それにね、これはお兄さんのためでもあるんだよ? 私達が力を得れば、お兄さんのお仕事を助けることができる」
「……おにーさんの、ため……?」
「いつまでもずっと一緒には居られない。なら、できるだけ一緒になれるよう、努力しようよ」
「力が、あれば……おにーさんと、一緒に居られる」
「そうだよ、お姉ちゃん。これはお兄さんのため。二人でお兄さんを助けよ?」
私達は姉妹だ。私は自分に嘘がつけなくて、お姉ちゃんは自分の気持ちを押し殺せる。でも、それは裏を返せばお姉ちゃんにも、隠していた本音があるということだ。
それはきっと、私と同じもの。私と同じ、愛に飢えた獣性。
「おにーさんの、ため……おにーさんを、助ける、ため……」
「大丈夫。私はいつでも一緒だよ」
「月子……」
私がするのは、その手を取って一緒に堕ちること。あの日、お姉ちゃんが引っ張ってくれたように、今度は私がお姉ちゃんを先導するのだ。
「おにーさんは、私達のものだよ」
「……あたし、は」
お姉ちゃんはゆっくりと、私の差し出した手を――




