巫女のミコちゃん 終
「ん、んぅ……?」
「おはようございます、巫女様。ご無事で何よりです」
「ゆ、う、さん……? っ……!? 怪異は何処に!?」
「大丈夫です。既に怪異は祓われました」
メラメラと燃える校舎から離れた、ベンチの上。俺は無事に目覚めたミコちゃんを宥めながら、ゆっくりと現状を説明し始めた。
「……どうして校舎が燃えているのですか?」
「少々乱暴な方法で申し訳ありません。怪異を弱体化させるには、こうするしかありませんでした」
山の怪異は学校の怪異へと姿を変えた。だが、奴の権能は傍から見れば明らかにスケールアップしていた。その理由は何故か。
恐らく、それは奴が『学校の怪異』という概念そのものに扮装したから、ということだと思われる。
不定形の存在であり、それでいて山の神よりも限定的ではあるものの、その力を強く振るえる。中々に面倒な一手であった。
「そう考えれば下っ端の質が向上したことも説明がつきます。何せ、奴は『学校の怪談』そのものなのですから。学校にまつわる怪異を作り操ることなど、造作もありません」
「概念そのものを殺す……そのために、貴方は学校を燃やしたのですか?」
「えぇ、そうです。学校が燃えてしまえば、『学校の怪異』という存在があやふやとなってしまう。上手くいって良かったです」
異界で自決したのも、それが理由だ。あの世界で死ぬことにより、無理やり異界から逃れた。一応ミコちゃんの見えないところで死んだのだが、そこを見逃す山の怪異ではないだろう。
恐らくは怪異による改変があっただろうが、ミコちゃんにそんなものは一切効かない。後は学校に火を付けるだけだった。
もちろん、ただ燃やすだけでは意味がない。ミコちゃんへ学校が燃えていると無意識に擦り込むのは俺の役目だった。
外から学校が焼けていく様子を観察し、それをミコちゃんへ伝達する。その影響は先ほどの通りだ。
「何だか……身体が重いです」
「異界は夢の中に似ていますからね。巫女様でも重い刀を振るえていたのは、そういった理由です」
「では、私にはもう何の力も無いのですね」
「それは違います。むしろ貴女の霊力は増しているでしょう」
そもそもが霊験のある家系の産まれなのだ。そんなミコちゃんは直接怪異と対峙し、触れ、それを祓ったのだ。
一度死の淵に立った人間は霊力だけでなく、意思の力も強まるものだ。彼女はきっと、強い巫女になるだろう。
だが、それはこれまで以上に怪異へ狙われることを意味していた。
「巫女様。今から貴女には選択をして貰わなければなりません」
「……はい」
「一つは、霊力を封じることです。貴女の力を神へ捧げ、普通の人へ戻ることが可能です。少々霊力による霊視など弊害は残るでしょうが、大人になるにつれ、それも薄れていくはずです」
俺の雇い主や神と呼ばれるモノなどからすれば、ありえないと非難されかねない選択肢である。けれど、俺はこれほど救いのある選択など無いと思ってしまうのだ。
巫女として生きるというのは、辛く苦しいものだ。怪異の類いに常に命を狙われ、常人には理解出来ぬ異常現象へ立ち向かわなくてはならない。そんな未来は、この平和な世にあってあまりに苛烈過ぎるだろう。
「私としては、巫女様には普通の人生を歩んで欲しいと、そう思っています」
「……もう一つの選択とは何ですか?」
「もう一つは……その力の使い方を学び、神秘と現実との均衡を保つ役割を担うことです」
現代において、霊力という力は年々弱まっている。それは科学が台頭し、あらゆる物事や現象に理由が付けられ、段々と俗説や信仰、オカルトが衰退していることが原因だ。
だが、人々が少しでも霊や神の存在を信じる限り、怪異が消え去ることは決してない。霊力の多い人間を攫い、人の世を害そうとする。その均衡を保つ存在は必要なのだ。
「巫女様の力はお強い。きっと優れた霊能力者になるでしょう。ですが……その道を選べば、それ以外の可能性は閉ざされてしまいます」
13歳の少女に、世界の安寧のため人柱になれと宣告する。そんなのはあまりに惨い所業だと、俺は思う。
「貴女に才があるからといって、その道に進まなければならない理由にはなりません。どうか、巫女様のなりたいものになってください。貴女の幸せを、私は心から願っています」
「…………そんなの、決まっています」
メラメラと校舎が燃える音を聞きながら、俺はミコちゃんを見つめていた。既にその瞳に揺らぎはなく、ジッと俺を見つめ返していた。
「私は悠さんに救われました。今度は私が、貴方を救ってあげたい。そのためにこの力が必要なら、私は喜んでその道を選びます」
「後悔しませんか?」
「しません。私は新美神社の巫女、新美ミコです。その道を否定するつもりはありません」
「そうですか……では、参りましょう」
俺はミコちゃんの手と取り、学校に背を向けた。
しばらくすれば消防団が到着し、警察の捜査が進められるだろう。ここから先は行政と、俺の上司の仕事だ。
全ては闇に消え、真実は覆い隠される。いつものことながら、俺は罪悪感を感じずにはいられなかった。
ミコちゃんの命は助かった。けれど、ミコちゃんの平穏な暮らしはもう戻ってこない。この先の道は暗く、決して真っ当な道とは呼べない。
そんな暗がりに引き込んだ俺は、果たして彼女を救えたと……本当に言えるのだろうか?
5
恐怖!? 東新美村集団失踪事件。17名の所在、未だ知れず。
××××年、8月8日。○○県△△市東新美村にて、複数名が突如として失踪する事件が発生した。全13名の行方は知れず、遺体なども一切が見つかっていない。
被害者は村の地主や□□山付近に住む中年男性、土着の神社を管理する神主一家などであったが、被害者の住む場所が人里離れた場所であることなどから、捜査は難航。目撃者もおらず、多くの謎は未だ解明されていない。
地元の人による聞き取り調査においては、事件当日に黒いシャツを着た見慣れぬ若い男を東新見村の最寄り駅で見掛けた、という証言はあるものの、男性は発見に至らず。駅や周辺店舗の監視カメラにおいても、黒いシャツの男性が見つかることは無かった。
失踪した人物が□□山の近くに住む人物が多かったこと。その山に作られた新美神社近くに住んでいた新美夫妻とその娘、新美ミコちゃん(13)が揃って失踪したことから、地元の人間は口々にこう語る。
あの人達は山に連れて行かれた。そうでなければ、死体すら上がらない理由がつかない。
□□山に住むナニカに、皆食べられてしまったのだ……と。
また、同日□□山の入り口付近に存在する旧新美分校から不審火による火事により、校舎が全焼。火元から放火であると断定されたが、失踪事件との関連性は不明。その犯人もまた、見つかっていない。
全てが闇に包まれたまま、今も捜査は続けられている。一刻も早い事件解決を願うばかりだ。
6
「ふむ……お前にしては上手くやったな。戦力を一人確保したのも良い。だが、放火とは些か感心せんな。消防の到着がもう少し遅れていれば、山火事になっていたかも知れないのだからな」
「……大変、申し訳ありません」
「そう落ち込むな。上手くやったと、そう言っている。こちらとしては寂れた地方の一つ程度、無くなっても仕方ないという想定だったのだからな」
「そういった物言いは控えてください。巫女様の命はもちろん大切ですが、だからといって、一般人の安全を軽視して良い理由にはなりません」
「はぁ……何度も言うが、我々は正義の味方ではない。全てを救うことなど、叶うはずもないのだ。何せ、私達は人間なのだからな」
「分かっています」
「なら良い。お前は使える弟子だ。今後とも、よろしく頼む」
「はい……失礼します」
「…………面倒な奴め。お前の大好きな子供は助けられたのだがら、もう少し嬉しそうな顔をすれば良いのに、アイツはまた……」
「……私では、駄目なのだろうな。全く、何とも歯痒いものだ。教え子が藻掻く様を、眺めているしか出来ないというのは」




