巫女のミコちゃん 6
「くっそ! 失敗した!!!」
「おいでおいでおいでこっちにおいで」
「がぁああぁあ!!! 数多すぎだろ!」
俺は一人、校舎を爆走していた。
廊下を全力疾走しているというのに、風景が全く変わらない。同じ教室、同じ水道、同じ窓の傷ばかりが広がっている。
この手の無限ループの解決法は、単純に端を目指し続けるか下手人を仕留めれば解除が可能だ。だが、問題はそこでは無い。
この現象は、明らかに木っ端の怪異が為せる所業ではなかった。それはつまり、この異界でも力を持つ怪異が既にこの学校を手中に収めている……ということだ。
つまり、山の怪異が直々に出張ってきているのだろう。そうでなければ、幾つもの霊や妖怪、都市伝説が襲ってくることに説明がつかない。
「ちくしょう……! 全部読まれてた! あの大量の怪異はそういうことだったのかよ……!」
山の怪異の脅威はその不透明さにある。
アイツは山の怪異であり、山の怪物であり、山の神でもある。あの怪異は、この異界限定ではあるものの、何にだってなれる。
あの怪異が新美村に古くから伝わる神だと自称すれば、この世界では本当にその存在と同一として扱われてしまうのだ。
もちろん、神である以上簡単に下界……つまりは人里には出てこられないという制限はあるものの、その力は絶大だ。大量の怪異を差し向けられるのが良い証拠だろう。
「っ……! 邪魔だ!」
だからこそ、俺は怪異の側から存在を決定付けるような真似はしないと踏んでいた。山の怪異は不定形の存在だからこそ、その対処が困難なのだ。その利便性を自ら損なう理由は無い……はずだった。
予想とは裏腹に、山の怪異はあえて学校の怪異へと姿を変えた。俺達が対処可能な怪異へと存在を確定させる前に、このフィールドを我が物にしてきた。こうなると、俺達はまた後手へ回るしかない。
「がっ……! この、二宮金次郎に何させてんだ……! お前が持ってるのは本だろ! なんでグローブしてんだ!?」
いや、むしろ悪化したまである。村という広大な範囲に比べ、学校は閉鎖的で怪異にとっても好ましい立地だ。恐怖を刺激する方法なんて、いくらでも湧いてくる。コイツはちょっと違うけれど。
何とかこの場所を怪異の住処から子供達の学び舎へと戻さなければ……!
「悠さん! こっちです!!!」
「っ……!? 巫女様!」
「早くこちらに来てください! さぁ!」
襲いかかる怪異を退けながら走っていると、奥の教室からミコちゃんが手を伸ばしていた。俺は一瞬気を抜き――そしてすぐに違和感に気付いた。
ミコちゃんの巫女服が左前だ。反転している。あれでは死に装束になってしまう。
「ドッペルゲンガーか! クソ、厄介なモン連れてきやがって……!」
俺の前に現れたということは、恐らくはミコちゃんのところにも似たような怪異が向かっているはずだ。マズいな、騙されていなければ良いが……!
「ユうサん!? は矢くコっちにキテくダさい!」
「悪趣味なんだよ! 二度と巫女様の真似事なんてすんなよ!」
走る。立ち止まれば、怪異に呑まれてしまう。それは駄目だ。俺がミコちゃんの足を引っ張る訳にはいかない。
「よし……! やっと端まで届いた……!」
俺は急いで階段を降り、ミコちゃんの居る教室へと飛び込んだ。
「巫女様! ご無事―――え?」
「動かないでください。貴方が本物の悠さんか確かめますので」
白刃が、俺の首元に添えられていた。目の前の少女がその手を引けば、容易く動脈を切り裂ける場所だった。
俺は反射的に手を上げ、その身体をピタリと止めた。そんな俺に対し、ミコちゃんはゆっくりと近づき、すんすんと鼻を揺らした。
「良かった、本物ですね♡ 怪我はありませんか? 一人で大丈夫でしたか?」
「え、えぇ……何とか振り切りました」
先ほどまでのチビりそうになる殺気は何処へやら、潔白を知ったミコちゃんはいつもの雰囲気へと戻っていた。
明らかに13歳の少女が出せる気迫じゃなかった。なんて末恐ろしい子なのだろう。
「悠さん、今この学校に居る怪異は一体何ですか?」
「恐らくは山の怪異かと。先手を打たれてしまい、大変申し訳ありません」
「貴方が謝ることではありません。それに……むしろ好都合でしょう。あちらからやってきてくれたのですから」
「……ですが、山の怪異が何の怪異に化けているのかが分かりません。まずはソレを特定しなければ」
考えろ。相手は狡猾で、ずる賢い。そんな怪異が何の考えもなく、自分の依り代となる妖怪や怪談を選ぶとは思えない。
つまり、今のミコちゃんを取り込む算段がある程度あり、それでいて権能も強く、保険も掛けられるような怪異……それは一体なんだ?
「悠さん悠さん、一つ質問をしても良いですか?」
「っ……はい、なんでしょう」
「私のところには悠さんの姿を真似た怪異がやってきました。ソレを斬っても異界から出れないということは、アレは山の怪異では無い、ということですよね?」
「えぇそうです。性質としては、村にいた人型の肉塊などと同じものですからね。戦力を削ぐことはできても、本命には傷一つ付きません」
相手のリソースは有限ではあるが、あの怪異は村の人間を多く取り込んでいる。そんな山の怪異から分かたれた怪異をいくら祓おうとも、事態が解決することはないだろう。
「そこで疑問なのですが、どうして村の怪異と学校の怪異は明確に違うのでしょう? 村に居たのは、もっと単純な怪異でしたよね」
「――それは……」
確かにそうだ。村の怪異は刃物が突き刺さった肉塊、翼の生えたナニカ、虫のような怪異など、ミコちゃんの潜在的に嫌うトラウマや生き物がフィードバックされた、名も無き怪異達だった。
だが、この学校に現れる怪異は明らかなモデルが存在している。現れるものは、どれも学校の怪談や都市伝説などを踏襲していた。それも複数のものを。
明らかに山の怪異であった頃と比べると、手下の質が向上している。怪異としての格は下がっているはずだから、それは単純な力が上がった、という訳ではない。
「……もしかして、そういうことなのか?」
一つ、思い当たる節を見つけた。それは、わざわざ山の怪異が学校の怪異へと格を下げた理由だ。
しかしそうすると……この怪異を祓うのは思った以上に困難だ。なるほど、相手も本格的に王手を掛けに来た、ということだろう。
「巫女様、お願いをしても構いませんか?」
「もちろんです。何でも言ってください」
「ありがとうございます――では、今から言うことを守って頂けますか?」
それは一種の賭けだった。上手くいけば、一気に盤面をひっくり返せる、ハイリスクハイリターンな一手。ベットするのは当然、俺の命だ。
だが、最も危険なのは俺であることから、ミコちゃんは俺の提案に難色を示してしまった。
「貴方という人は……! どうしてそうも自分を犠牲にしようとするのですかっ!?」
「失敗するとは決まっていません。それに此処は異界。この世界で死ぬことは、現実での死を意味しません」
これには少し嘘が含まれていた。
確かに、異界で死のうとも現実世界の身体が死ぬ訳ではない。だが、その死の体験はあまりにリアルで、痛みと苦痛を伴っている。
脳がそれを本当の死と誤認し、心臓や重大な臓器の活動を止めてしまえば……間接的にではあるが、死ぬリスクは十分にあるのだ。
もちろん、そんなことをミコちゃんに話すつもりは無い。それを知ればきっと、ミコちゃんは絶対にこの作戦を認めてはくれないから。
「一瞬だけ、貴女の傍から離れることをお許しください」
「っぃ……! 馬鹿! 悠さんは大馬鹿です!」
「そうなんです。大変気分が良いので、もっと罵ってください」
そんな顔をしないで欲しい。貴女を助けるには、これが最も勝率が高いのだ。
どうか、呑み込んでくれ。
「そんなに私は、頼りないですか……? 貴方の隣に立つには、相応しくないですか……?」
「違います、巫女様。貴女はとっくの昔に、私のことを追い抜いていますよ」
「なら……! 私はこれ以上進めなくても良いです! 元の世界になんて、帰りたくない!」
「……巫女様」
ミコちゃんは俺に依存している。この世界で唯一頼れる大人と離れることに、潜在的な脅威を感じている。怪異は必ず、そこに眼を付ける。
手遅れになる前にそんな弱点は潰すべきだ。だからこそ、俺はあえてミコちゃんを突き放すような言い方を取ることにした。
「巫女様がこの世界に留まり、怪異に存在を取り込まれたのなら……この村の人間も、お友達も、ご家族も……みんな死んでしまいます」
「私は怪異に負けたりなんてしません!」
「巫女様であれば、そうなのかもしれませんね。ですが、もし怪異が貴女から他の人間……例えば、私などに目標を入れ替えたのなら、結果は火を見るより明らかですよ」
「っ……! そ、れは……」
心苦しいなんてレベルではない。今すぐ自決して、ミコちゃんを悲しませた罰を償いたいほどだ。
だが、ここで立ち止まる訳にはいかない。全ては、ミコちゃんを元の世界に帰すため……必要なことだ。
「貴女は強い人です。私の力添えなんて、本当は必要ないのです」
「そんなことないっ! 私が無事なのは、悠さんが助けてくれたからじゃないですか!」
「初めはそうだったのかもしれませんね。ですが、もう巫女様は一人前です。もう、コレは必要ない」
「あ……」
俺はミコちゃんの手から短刀を取った。貴女の手に、いくら清めようとも拭いきれぬ血生臭い短刀なんて、似合わない。
「巫女様、お願いします。どうか私を……俺を信じてください」
「ずるい、ですっ……! こんなの、卑怯ですよ……!」
「えぇ、大人はズルくて卑怯なんです。貴女はどうか、こうならないでくださいね」
伝えるべきことは伝えた。俺は、ミコちゃんを信じる。
さぁ、悪知恵比べをしよう。負けた方が命を奪われる、生死を賭けたゲームをしよう。
生憎と俺は、その勝負に負けたことが無いんだ。
「気を強く持ってください。恐怖に負けてはいけません。私はいつでも、巫女様と共にあります」
俺は短刀を両手でに握り、そのまま……
「――え?」
自らの喉元へ、深く突き刺した。




