巫女のミコちゃん 5
「そうと決まればあの怪異を始末しましょうか」
「そうですね……今の巫女様であれば、勝機はあると思います」
「むぅ……必ず勝てるとは言ってくれないのですね」
ミコちゃんの装備はほぼ万全となっている。ボロボロだって巫女服は取り替えられ、その内側にはいくつものお守りと御札が備えられてた。もはや、下手な神域よりも強固になっている。
また、取り揃えた武器も強力だ。俺が持ち込んだ短刀に、分社に納められていた神楽鈴、そして腰に下げた霊刀。ここに破魔矢などあれば、純粋な力比べでは怪異に負けるはずが無いラインナップだったろう。
けれども、怪異の脅威はそういった暴力性ではない。
「怪異は狡猾です。それ故、簡単には祓われてくれない。巫女様も、どうか真実を見失わないよう注意してください」
「分かっています。少し怖いですが、私、頑張ります」
怪異が厄介なのはその性質にある。奴らは人から産まれ、人を取り込む。それ故、その悪意に際限は無く、精神攻撃は奴らの十八番と言えるだろう。
俺はそのために居る。心を落ち着け、平静を保ち、自分の芯を強固に固めるのだ。そうすれば、もはや怪異など取るに足らない雑兵と変わらない。
「では、行きましょう。まずは山の麓……旧新美分校へ参りましょう」
旧新美分校。東新美村から少し離れた、山の入り口付近に建てられた木造三階建ての校舎は、現在は使用されていない廃校である。
ミコちゃんの親世代であれば此処が母校である人間も居るが、廃校となって既に十数年。取り壊されることもなく、今は朽ち果てた廃墟となってしまっている。
「しかし……どうして学校に行くのですか? 怪異は、私の家の神社……新美神社に居るというのが、悠さんの推測でしたよね?」
「奴らは山の怪異です。だからこそ、異界化なんていう面倒で大掛かりな手段を使わなければ、山から出ることすら叶いません。ですがそれ故、異界化した山は何があるか分からないのです」
妖怪であれば、代表的なもので天狗であったり、神であれば大山祇神などが存在する。山は古くから人里から隔絶された異界であり、そこに巣くう怪物の例はいくらでも散見されるだろう。
作られた異界の中であれば、怪異はそんな数多くの異形や神を真似て、その力を振るうことができる。大自然が相手となるのだから、そこに絶対は存在しないだろう。
「神を真似られたのなら、偽物とはいえその力は神のものです。いくら巫女様の力が強力であろうと、神を相手取るのは些か分が悪い」
それでも、ミコちゃんならどうにかしてしまいそうな気迫はある……が、懸念点は可能な限り潰してしまいたい。
「ですので、今からすることは怪異の存在を確定させる作業です」
「そんなことができるのですか?」
「この異界は巫女様の世界でもあります。ですから、巫女様が確証を持ってアレはこうだ、怪物の正体はコレだ、と認知すれば、その影響は怪異側にも表れるでしょう」
少なくとも、全く無関係な神や妖怪などの権能を使うことは不可能となる。それに、学校という場所も重要だ。
山の怪物よりも、学校の怪異の方が当たり前だが格が下がる。それに、学校は子供の居場所だ。ミコちゃんのテリトリーである、という風に認識できたのなら、奴らを祓うのはもっと楽になるだろう。
「しかし、敵の総本山に近いということは、当然……」
「っ……!悠さん! 沢山来ました……!」
「手分けをしましょう。私は怪異を転ばせていきます。巫女様はトドメを」
気が付けば、奇怪な姿をした怪異達に囲まれていた。村で見掛けた刃物の肉塊から、羽の生えた異形、虫のようなナニカ。気味の悪い怪異が勢揃いしていた。
「えい! やぁ!!!」
「よっと……! 巫女様! お願いします!」
「はいっ! せぇーの!!!」
人型は注意を引き、飛行型は石を投げて落としていく。ミコちゃんは刀をまるで舞うように振るい、怪異達を祓っていく。ここが異界であることを加味しても、恐ろしい鬼才っぷりだった。
ものの数分で、怪異は殲滅された。ミコちゃん、マジ強い。俺がちょろちょろしてる間に全部終わっていた。
だが、相手もかなり本気だ。すぐに怪異の増援が現れ、俺達を取り囲んできた。
「巫女様! 正面突破です! 学校まで走りますよ!」
「分かりました。よいしょ、と!」
シャンシャンと……ミコちゃんが神楽鈴を振ると、目の前の怪異がバタバタと倒れていく。流石は本職の人間だ。使い方を間違えている気はするが、効いているのだから良し!
「巫女様、こちらです!」
「はぁ……! はぁ……! あれ、追ってこない……?」
「此処を包囲するつもりでしょうか? とにかく、まずは安全を確保しましょう」
校内に踏み入ると、そこは埃っぽい古めかしい場所だった。カビの臭いと、籠もった空気から長い間打ち棄てられてきたのが分かる。
「巫女様はこの教室で待っていてください。私は侵入経路を塞いできます」
「分かりました……早く戻ってきてくださいね?」
「えぇ、3分で終わらせます」
校舎の中は古びていたものの、窓ガラスやドアなどは壊れていなかった。一応、必要最低限の処置は行われているようだ。
さて、ここからが正念場だ。俺は一室一室を確認していきながら、これからについて考えていた。
あの人間が混じりあったような怪異。アレを学校の怪談や妖怪、幽霊に当て嵌めて怪異の格を落とす。多少こじつけでも構わない。とにかく、神の類いではないと落とし込む。それが前提だ。
「よし……鍵は閉まっているし、怪異の気配も無い。すぐに準備を――」
4
「ふぅ……悠さん、遅いですね……」
驚くほど、学校内は静かでした。時折、何かが動くような音は聞こえるものの、後は窓が風で軋む音や、自分の息遣いが聞こえるのみです。
まるで別世界。なるほど、確かに此処は村とも山とも違う、一種の異界でした。
「すぅ~……はぁ……これから、あの怪異と対峙するのですね」
山の中を追いかけてきた、大きな肉の塊。村の人間の顔が沢山浮かんだあのバケモノを相手にするのは、本音を言うと少し怖い。
けれど、やらなくてはなりません。恐怖を克服するのです。大丈夫、私は一人じゃありません。
悠さんが傍に居てくれる。あの人の協力があれば、私はどんな相手とだって戦える。
「お待たせしました、ミコちゃん。出入り口は塞いでおきました。この学校は安全です」
「…………そうですか。では、早速怪異を確定させるのですか?」
「はい、少し迷いましたが、今回は『こっくりさん』を選びました。儀式を行い、この学校へ呼び出します」
悠さんが私を安心させるように、にっこりと笑いました。その声は優しく、全てを鵜呑みにしてしまいそうになります。
「私は何をすれば良いのでしょう?」
「道具は職員室から拝借してきました。作法は知っていますか?」
「えぇ。50音などを書いた紙に十円玉を置いて、こっくりさんを呼ぶ……そういう儀式ですよね?」
「そうです。そうしてこっくりさんを呼び出したのなら、すぐに十円玉から手を離してください。相手に何かをさせる前に、トドメを刺しましょう」
画用紙のようなA4の紙には、50音と鳥居、そしてそれらを取り囲むように謎の言語が書かれていた。恐らくは、鏡文字。何と書いてあるかは良く分からなかった。
「これで全て終わります。頑張りましょう、ミコちゃん」
悠さんは私の手を取ると、十円玉を手渡してきた。その瞬間、抑えていた感情が爆発した。
「――それ以上、その人の顔を騙らないでください」
「ハ―い――?」
ぼとり。悠さん……いや、悠さんの姿を真似るナニカの手は、容易く私の短刀で切断された。だというのに、そこから血が溢れることは無かった。
「なんでバレた? 全部間違いなく真似したはずなのに、ナゼ?」
「悠さんは私のこと、巫女様って呼ぶのです。一度だって、名前で呼んでくれたことはありません。それに――」
私はスンと無表情になった怪異の姿を睨みました。私達は学校まで走ってきたのです。当然、私も悠さんも汗をかいていました。
だというのに、目の前のコイツからは汗の臭い一つしません。ここ数日、悠さんの体臭は毎日嗅いでいました。その私が、悠さんの香りを間違えるはずがありません。
「私の大好きな人は、もっとカッコいいですから」
「######!?!?!?」
刀を引き抜き、怪異を袈裟斬りにします。斬った場所から怪異の身体は崩れいき、塵になって消えていきました。
「……どうやら、先手を打たれてしまったようですね」
悠さんの話では、あの山の怪異は新美神社に居るはずです。ですが、私の前には実際に外で出会った怪異とは悪質性が違う、明らかに知恵を働かせている怪異が現れました。
これはつまり、山の怪異以外の第三勢力が居るか、もしくは……神社からわざわざ降りてきて、私達を罠に嵌めようと待ち構えていたかのどちらかです。
「どちらにせよ、悠さんと早く合流した方が良いですね」
悠さんは私と違って、この異界の怪異を祓うことができない。大丈夫だとは思うけれど、それでも心配です。早く助けに行こ……
「……焦っていますね。私もまだまだです」
二重遭難、ということもあります。もどかしいですが、この学校が敵の手の内である以上、無闇に探すのはリスクが高いです。
落ち着いて……大丈夫です。悠さんなら、きっと無事です。
だから、私が今することは……待つこと。私は、悠さんを信じます。
「早く……来てくださいね」




