巫女のミコちゃん 3
「####???」
「……周囲に他の敵影無し。行きますよ、巫女様」
「は、はい……頑張り、ます」
「無理はしないでください。大丈夫、私が傍に居ます」
落ち着いて聞いてくれ。俺は今、ミコちゃんのお手々を握っている。
白くて柔らかい、シルクのような手触りが癖になる。一生触ってたい。今も顔の緩みを抑えるのに大変で、必死に歯を食いしばっている。
だが、今はミコちゃんの初陣の方が大切だ。そちらに集中しろ、ロリコンめ。
「では、行きますよ!」
「……っ!」
本当に名残惜しいが、ミコちゃんから手を離して肉塊に接近する。足を引っかけて、怪異に刺さった刃物を軸に地面へと叩きつけた。
今なら、覚悟さえあれば簡単に肉塊を抹殺することができるだろう。
「巫女様! お願いします!」
「や、やぁ!!!」
ミコちゃんの手には、俺の短刀が握られていた。清められたそれは、適正の無い俺のような俗物の手にあっても、魔除けの効果を得ることができる代物だ。それを本職に近い人間が振るうのだから、効果は覿面だった。
「ひっ……!?」
振り下ろされた短刀が、肉塊に突き刺さる。怪異は締められた魚のようにビチビチと跳ねると、最後には溶けて消えてしまった。
「お疲れ様です、巫女様。……巫女様?」
「はぁっ……! はぁっ……! うっ……!?」
顔が真っ青だった。冷や汗を滲ませながら、ミコちゃんは自らの手に握られた短刀を凝視していた。
「巫女様。巫女様!」
「ひぃ!? ごめんなさい! ごめんなさい!」
「大丈夫です! 私です、悠です! 落ち着いてください!」
強く声を掛けると、ミコちゃんは短刀をブンブンと振り回しながら、何かへと謝罪の言葉を口にしていた。
俺はその手を押さえて、ゆっくりと指を柄から外していった。手に爪が食い込むほど、強い力で握っていたようだ。
「巫女様! しっかりしてください、巫女様!!!」
「ぁ……ぅ……」
短刀が地面に落ちた瞬間、ミコちゃんの力もそれに倣うように抜けていった。未だ焦点の合わぬミコちゃんを起こすために、俺は何度も彼女へと声を掛け続けた。
「ゆ、う、さん……? 私は、一体……」
「はい、私は此処に居ます。少し深呼吸をしましょう。ゆっくり、息を吸って、吐いてください」
「ふぅ……ふぅ……はぁ……」
「大丈夫、大丈夫ですから」
物陰に潜み、ミコちゃんの精神を安定させていく。背中を一定のリズムで優しく叩きながら、何度も大丈夫と言い続けると、次第に呼吸が安定してきた。
「ありがとう、ございます……」
「落ち着きましたか?」
「あっ……! まだ、もう少しぎゅってしてください。お願いします……!」
流石の俺もこの状況に欲情することはできなかった。ただ、この少女の不安を少しでも取り除きたくて、俺は少女の身体を抱き寄せ続けた。
「悠、さん……私、人を殺してしまいました」
「違います。アレは人のような形をした怪異です。貴女は人殺しなどではありません」
「でも……! あの人を刺した瞬間、確かに聞こえたのです……! 『痛い』『助けて』『苦しい』『ミコちゃん、なんで』って……!」
ミコちゃんの身体はぶるぶると震えていた。俺の背中に手を回し、縋るように強く抱き着いている。全くもって不快な怪異だ。ミコちゃんの耳にそのような幻聴を流し込むなんて。
「肉を刺した感触が……死から抗うように暴れるあの姿が……離れてくれないのです……!」
泣いていた。そのか細い身体を揺らしながら、ずっと幻影に謝り続けていた。その姿はあまりに見ていられない。
あぁ……なんと情けないことか。俺は目の前の小さな女の子一人、救うこともできない。
あの時から、俺は何も変わっていない。愚かなままだった。
「…………巫女様、良く聞いてください」
「なんですか……?」
「私は、人を殺したことがあります」
口をついて出たのは、そんな俺の自分語りだった。
こんなことを語るべきではないのだろう。だが、俺の懺悔が少女の罪悪感を少しでも薄れさせるのならば……俺はいくら傷付いても構わない。
それが、俺のトラウマであろうとも。
「私には妹が居まして……とても可愛い、私なんかには勿体ない良い子でした。ですが、産まれた環境が良くなかった。妹は、産まれながらに全てを奪われていました」
今でも昨日のように思い出せる。あの日の記憶……あの時の、罪を。
「人身御供……要するに、生け贄ですね。村の信仰のため、生きたまま湖に沈める……そういう因習の標的に、妹は選ばれたのです」
「……そんな」
「もちろん、到底受け入れられる話ではありません。私は子供ながらに抗いました。その結果……同郷の人間を、何人も葬りました」
村の重鎮。神主。祟りを恐れ儀式を決行せんとする大人達。数え切れないくらい、殺した。何度も何度も、この手を汚した。そんな手では、救えるものなど無いというのに。
「巫女様のお気持ちはよく分かります。私も、初めては胃の中が空っぽになっても吐き気が収まらず、しばらく悪夢に魘されましたから」
人間、たとえ殺した相手が憎い相手であろうと、罪の意識を感じずには居られないものだった。少なくとも、俺にはその業は重すぎた。その重みを、俺は知っている。
「ですが、それを承知の上で断言します。巫女様は、人殺しなどではありません」
「…………っ! でも……! でもっ!!!」
「――それに、巫女様が本当に人を殺してしまったのなら、私も同罪……いや、もっと重罪ですね」
「え……?」
俺が、そうなるように仕向けた。俺が、ミコちゃんが肉塊を殺せるように誘導した。俺が、ミコちゃんの殺人の手伝いをした。
彼女が未成年である以上、その幇助をした俺は同罪なんてレベルではない。法律には詳しくないが、それなりの処罰が下ることだろう。
「巫女様だけの罪ではありません。私も一緒です。貴女は何も、悪くない」
「そんなの……! 理不尽じゃないですか!」
ミコちゃんは俺の手を強く握り締めると、ボロボロと涙をこぼした。その手はまるで、祈りを捧げているようだなんて、そんなことを思った。
「悠さんは私のこと、ずっと助けて、守って、傍に居てくれたのにっ……! どうして私の分まで罪を背負わなければならないのですか!?」
「それが私の仕事ですから」
「貴方の手は、こんなにも温かくて、安心して、優しいのに……! なんで、そんなことを言うのですかっ……!?」
「…………巫女様」
自分のこと以上に、ミコちゃんは俺のことを悲しんでくれた。本当に、この子は優しい子だ。だからこそ、泣いてほしく無い。その顔を涙で濡らすなんて、あってはならない。
「……ありがとうございます、巫女様。私なんかのために、巫女様は悲しんでくれるのですね」
「ぐすっ……! なんかじゃ、ないですっ! 悠さんは、悪い人じゃありません!」
「……悪い大人ですよ、私は」
俺は涙を流すミコちゃんの姿を、美しいと感じてしまう。ミコちゃんの優しさが俺に向けられていることに、堪らない幸福感を感じてしまう。俺はそういう人間だ。
「……貴方は、そういう人なのですね」
「はて、何のことでしょうか。私はただの変態ですよ」
「良いです、分かりました。えぇ良く、とっても、凄く理解できました」
ミコちゃんは顔を乱暴に拭って立ち上がると、一瞬の葛藤の後、地面に刺さったままの短刀を引き抜いた。
もう、手の震えは微塵も生じていなかった。
「悠さん。私の罪を、貴方は背負ってくれるのですか?」
「はい、もちろんです」
「……なら、私も貴方の分を……一緒に背負っても良いですか?」
スッと、白い手が差し出される。その手は少し、あの肉塊の血で汚れていた。
「私の罪は私だけのも――」
「駄目です。そんなの、許しません」
その手は強く、俺の手を掴んだ。指を互いに絡ませ、絶対に離さないとばかりに力が込められていた。俺が動揺していると、ミコちゃんはその顔を紅潮させ、僅かに頬を上げていた。
「悠さん。この手を絶対に離さないで。私のこと、見捨てないで。そうしてくれるなら……きっと、私はもっと頑張れますから」
「み、巫女様の頼みならば」
「ふふ、嬉しい。約束、ですからね?」
俺は何処か大人びたミコちゃんの変化に戸惑いつつも、その手がにぎにぎと俺の五指を刺激する感動に流され、その違和感を忘却した。
しょうがない。だって、ミコちゃんが過去一可愛いのだから。うん、これは仕方の無いことだ。
「行きましょう、悠さん。私、もう迷ったりなんてしませんから」
「巫女様、それは良かったのですが……どうして、指を絡めるのですか?」
「……えっち。私の口からそんな破廉恥なこと、言わせないでください」
あぁもう、場所が場所でなければいますぐに抱きしめてしまいたい! 何だこの可愛い生き物は!? アレか!? これは異界が作った俺の妄想の具現化なのか!?
「――ふふっ♡」
俺は若干崩れかけているポーカーフェイスを必死に維持しながら、異界を進むのだった。その間、ミコちゃんはずっとニコニコして、俺のことを上目遣いで見ていた。えっぐい可愛い。
ちなみに、ミコちゃんはその後覚醒して怪異をぼこぼこにしていた。凄ぇな、何かビームみたいなの出てたぞ。
3
可哀想に。この人は、自分のことを愛してあげられない人なのだ。
あぁ、なんて可哀想。なんて不憫なのだろう。なんて……可愛い人なのだろう。
愛おしい。この人の全てが、愛おしくて仕方が無い。
その感触を確かめるように、私は彼の手をにぎにぎ、ぎゅっぎゅっと刺激する。その度に、彼は軽く肩を震わせ、手のひらに汗を滲ませるのだ。
いやらしくてごめんなさい。でも、こうしていると私は頬の緩みを抑えられないのです。だって、それは彼が私をそういう眼で見ていることの、何よりの証明だから。
もっと私を見て欲しい。もっと私を触って欲しい。もっと私に……欲望をぶつけて欲しい。
ねぇ、悠さん? 私、実は欲深いのですよ? 欲しいと思ったものは、何年掛けてだって手に入れたい。好きなことについては、何だって知りたいのです。
悠さん。こんな世界で、私の傍に居てくれる人。私は、貴方が欲しいです。
ずっとずっと、傍に居てください。この手を離さないでください。その代わりに、私の全部をあげます。
貴方が望むこと。貴方が欲すること。貴方が叶えたいこと……何だってしてあげます。
絶対離しません。絶対逃がしません。絶対絶対……責任、取って貰います♡
「悠さん」
「はひぅ!? ななな、なんでしょう巫女様……!」
「呼んだだけです♡」
「そそそ、そうですか……! 大声をあげて大変申し訳ありません!」
ふふふ……えへへ……♡ ほんと、可愛い人♡




