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怪異蔓延るこの現世にて、ロリコンは依存される  作者: 椿


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2/13

巫女のミコちゃん 2

 異界化。それは、怪異達の悪辣な捕食方法。標的を精神世界へと送り込み、その世界で捕食対象の心が折れるまで、何度も何度も嬲り続ける。


 痛みと苦しみ、トラウマと恐怖を幾度となく刺激し、最後にその魂を取り込む手法だ。あの怪異、やけにあっさりと引いたと思ったが、二の矢を用意していたのか。


 「悠さん……これは、一体……」


 「巫女様、落ち着いて聞いてください。この世界は、現実ではありません。ですが、限りなく現実に近い世界ではあります」


 「それはどういう意味ですか?」


 「この世界で傷付こうとも、現実世界の私達が怪我をすることはありません。ですが、人間は思い込みで受けてもいない傷を作り出してしまう生き物です」


 この世界は幻に過ぎない。だからこそ、怪異達は本来手出しできないはずの空間にまで踏み入り、荒し、改変することができる。


 幻は所詮空想にすぎない。けれども、突き詰めた贋作というものは本物と遜色違わないリアリティが存在する。痛みや不快感は、現実のソレと何ら変わりないのだ。


 「この世界でいくら傷付こうとも、死にはしません。ですが、死なないだけです。私達が人である以上、害されたのならばそれなりの苦痛を感じてしまう」


 「なるほど……分かりました。肝に銘じておきます」


 「なぁに、心配は要りません。私が道を切り開きます。貴女には指一本触れさせはしない」


 ミコちゃんは本当に綺麗な子だ。眼はぱっちりしていて、髪は黒いロングヘアーでとても美しい。裂かれた巫女装束から覗く足は健康的で、アレで踏まれたらかなり気持ちが良いことだろう。後でやってもらお。


 だからこそ、隠しきれない痛ましい傷が本当に許せない。こんな幼気な子を痛めつけて、苦しめて、楽しんでいる。これだからリョナ趣味持ちとは何があろうと分かりあえないのだ。まぁ、分かり合うつもりもないが。


 この子は絶対に、何があっても守り通す。そしてあんなことやこんなことを頼むのだ!


 「え、えへへ……何だか照れちゃいます」


 「っ……!? い、今のもう一回! カメラに収めますから!」


 「辞めてくださいよ!?だめ、スマホ向けないで!」


 「本当にすみません。叶うならば一眼で撮影をしたいのですが、生憎と置いてきてしまって……ですがご安心を! 最近のスマホも中々侮れないものですから!」


 「そういうことを言っているのではありません!」


 うへ、なにその顔可愛い。撮っちゃお。


 「あ……! 今撮りましたね!? やだ、消して!」


 「本当に申し訳ありません。巫女様のお願いとあらば、どんな願い事も叶える所存ではありますが……! これだけは……! これだけはどうか……!!!」


 「そ、そんなに私の写真が欲しいのですか……?」


 「それはもう! 家宝に致します!」


 ちなみに、現在家宝は296点あることは内緒だ。


 「…………なら、良いですよ。ヘンタイ」


 「ふぇっ!?!? いいいいいまなんと!?!?」


 あまりに驚きすぎて、脳がショートしてしまった。あのミコちゃんだぞ!? 清楚清廉を体現したかのようなミコちゃんの口から、そんなご褒美が飛び出すなんて!


 マジで尊い。これだけで三日間寝ずに戦える。


 「もう! ほら、早く行きますよ!」


 「あぁ、少しお待ちを! あまり傍を離れては――っ!」


 「…………え?」


 ざくりと、凶刃が俺の腕を貫いた。錆び付いたそれは、肉や神経を無遠慮に傷付け、その度に激しい痛みを生じさせる。やはり、異界化は厄介だ。


 何も無いところから、こうして外敵がやってくる。大抵、躱すことのできない一撃を伴いながら。


 「……ぁ……ぇ?」


 「お怪我はありませんか? 巫女様」


 「わ、私より貴方の方が……!」


 「私は大丈夫です。慣れていますから」


 「慣れてるって……そんな……」


 出刃包丁を手首から引き抜く。包帯で軽く止血をして、俺は敵を見据えた。


 体中に刃物が刺さった人型の肉塊だった。包丁や鎌、ナイフやハサミ。恐らくはこの村に存在するあらゆる刃物を身に纏ったそれは、唸り声を上げながらこちらを睨んでいた。


 「よっと……まぁ、やっぱり効かないか」


 懐から短刀を抜き、怪異を斬りつける。だが、斬った場所はすぐに元に戻り、全くもって効いていないように見えた。


 「巫女様、ここは一時撤退をしましょう。この場所の敵は、私では祓えない」


 「ど、どうすれば……!?」


 「少し、御御足を失礼致します」


 「ひゃ――!? ひゃあぁああぁあ!?!?」


 「舌を噛みますので、口はなるべく閉じておいてください」


 素早くミコちゃんを抱きかかえ、その場から跳躍する。ここは現実と大差ない幻の世界。俺が現実でも行えることは、この世界でも可能なのだ。


 「巫女様。貴女がこの街で安心する場所は何処ですか?」


 「え……? お家、でしょうか」


 「……申し訳ありません、それ以外でお願いします」


 確かに、自宅というものは真っ先に思い浮かぶ安置である。だが、そんなことは怪異側も百も承知だ。彼女の家は既に、汚染されている可能性が高い。


 「でしたら、ここから数キロ行った先に喫茶店があります。『リュラ』というお店です」


 「喫茶店……なるほど、そこならば……」


 この異界は、あくまでミコちゃんの内包するものを元にして作られている。ミコちゃんが怖いと感じるもの、不快と感じるもの、トラウマを刺激するものを厳選しているのだ。


 だが、一方的すぎる空間の構築には不備が生じる。この世に完璧なものが存在しないように、全てを害悪で埋め尽くすことはできない。必ず、どこかに怪異が介入できない場所が産まれてしまう。


 それこそ、ミコちゃんが居心地の良い場所……今回であるならば、喫茶『リュラ』という訳である。


 「よいしょっと……お怪我はありませんか?」


 「大丈夫です。ありがとうございます」


 良い笑顔。ちょー可愛い。


 「あ……でも、閉まってるみたいですね」


 「それならば……よっと!」


 「あ! 駄目ですよそんなこと!」


 「安心してください、此処は異界です。鍵を壊そうとも、現実世界に影響はありません」


 薄暗く、人気のない店内は不気味ではあるものの、外のように異様な肉塊に蝕まれてはいなかった。良かった、此処はまだ浸食されていないようだ。


 「ごめんなさい、芝山のおじいさま。お店、少しお借りします」


 「少し奥を見てきます。巫女様は、少しお休みになってください」


 「…………あ」


 「ん……? あぁ、お見苦しいものを見せてすみません。大丈夫ですよ。痛くありませんので」


 ミコちゃんは俺の血が滲んだ手をジッと見つめていた。恐らく、気に病んでいるのだろう。本当にこの子は良い子だ。右手が血に染まってなければ沢山ヨシヨシしたいくらいである。


 「よし……裏口も閉まっていますし、誰もいません。此処は安全です」


 「では、治療をしましょう。応急箱が確かここに……あった!」


 「それは巫女様が使うべきで――」


 「駄目です! ほら、早く手を出してください!」


 有無を言わせぬその態度に、俺は思わず手を差し出した。包帯を解き、未だ赤黒い血で汚れた傷跡を見ると、ミコちゃんの顔は少し青ざめてしまう。


 「ごめんなさい……痛かったですよね」


 「巫女様を守るのが私の仕事です。貴女が気に病む必要はないのですよ?」


 「それでも、私は悲しいです。傷付くことに慣れてしまうなんて、とても酷いことだと思います」


 彼女の処置は丁寧だった。生き残っていた水道で血を洗い流し、消毒を行ってから包帯を巻く。俺の表情は全くもって変わらないというのに、その代理を務めるかのように、ミコちゃんの顔は歪んでいった。


 「……どうすれば、笑ってくれますか?」


 「……え?」


 きっと、痛くないと言ってもミコちゃんの気持ちは晴れないだろう。かといって、気の利いた言葉一つすら、俺は吐き出せなかった。


 なんと情けないことか。慰めたい相手に、どうやったら慰められるのか聞くだなんて。


 「私は巫女様の笑顔が好きです。貴女が笑ってくれるのなら、私も幸せです。巫女様には、いつも幸せでいて欲しい」


 本音を言えば巫女様の部分がロリに変換されるのだが、今はそんなことはどうでも良い。とにかく、曇った顔なんて俺は嫌いだ。


 子供には子供らしく、無邪気に笑っていて欲しい。


 「では……約束を、してください」


 「何なりと命じてください」


 「今後、自分の身を顧みないような行動は慎んでください。たとえ、それが私に危険が及ぼうとでも、です」


 「……それ、は」


 あまりに承服しかねる内容だった。こんな痛みなど、俺は本当に造作もない。そんなことよりも、ミコちゃんが苦しみ藻掻く姿を見る方が百倍は辛いのだ。


 だが、そうやって俺が身を削れば、ミコちゃんの顔が曇ってしまう。それは駄目だ。


 「…………分かりました。可能な限り、怪我をしないよう務めます」


 「本当ですね? 約束、守ってくれますね?」


 「巫女様の勅命とあらば、必ずや」


 「では、指切りげんまん、です。嘘ついたら祟りますよ?」


 「……しょ、承知しました」


 ミコちゃんが言うと洒落にならない。実際、この子が人を本気で呪おうとしたのなら相当な被害になってしまうだろう。まぁ、そんなことは絶対にさせないが。


 「ありがとうございます。お陰様で怪我も良くなりました」


 「嘘です。ただの応急処置ですよ、こんなの」


 「とんでもない。巫女様にしていただいた処置で治らない怪我など、怪我をしている方に非があるのです」


 ここは異界。たとえ現実で数ヶ月を要する傷であろうとも、手当てをした、休息を取ったという行動の効力は絶大だ。誇張でもなんでもなく、俺の怪我はもう問題ない。


 「さて、巫女様。これからのお話をしましょう」


 「はい……どうにかして、この村から出ないとですね」


 「……方法は、三つあります」


 持久戦、撤退戦、決戦。そのどれも、デメリットとメリットが存在する。


 「まず一つ目は、ひたすら村を逃げ回ることです。怪異といえど、その力は有限。いつかは尽き果てる定めです。問題は、そのタイムリミットがこちらからは分からないということですね」


 相手のガス欠を狙うのは間違いではない。此処がミコちゃんを軸に作られた異界であるが、作っている側の負担が大きいのは当然のことである。


 だが、これには大きな問題がある。相手はミコちゃんを捕まえ、取り込めばゲームセットである一方、俺達には明確な勝利条件が存在しない。


 終わりの見えない逃走というのは、思った以上に気力を割かれるものだ。悪辣なバケモノとトラウマが跋扈するこの異界では、ミコちゃんへの負担はあまりに大きい。


 「二つ目。東新美村から脱出すること。異界は常識の通用しない世界ではありますが、出られない訳ではありません。必ず出口が存在し、抜けることができます」


 これの問題点は言うまでも無く、この異界を作っているのが怪異側である以上、脱出口の決定権はあちらにあるということだ。


 駅や隣町への県道など、ある程度の条件は存在するものの、どれが出口となっているかは行ってみるまで分からない。


 その場所を集中的にあのバケモノで固められていたらもう終わりだ。一度出てしまえばそれで勝ち、というメリットはあるが、ハイリスクである点は変わらない。


 「三つ目……これは、あまりオススメできません」


 「……? 何ですか、言ってください」


 「それは……あの山に巣くう怪異を祓うことです。異界を作っているアレが消滅すれば、全て解決です。ですが……そのためには、巫女様のご尽力が不可欠となります」


 「私の尽力……ですか」


 異界はミコちゃんの精神世界とも呼ぶべき場所だ。ミコちゃんの知る東新美村をベースとし、ミコちゃんを追い詰めるためだけの悪辣な箱庭。だが、それ故にこの世界でミコちゃんは唯一あの怪異に対抗することができる。


 トラウマを克服し、恐怖を律し、痛みに耐える。この空間においても尚、折れない意思を保ち続けられたのなら……あの怪異がミコちゃんをどうこうすることはできない。


 だが……それを13歳の少女に望むのは、あまりに酷なことだろう。少なくとも俺は、そんなことをこんな幼い少女に強要すべきではないと思う。


 「……そうすれば、悠さんはこれ以上傷付かずに済みますか?」


 「私のことは心配しないでください。巫女様を守ることが私の仕事ですので」


 「教えてください。私は、貴方に報いたい。貴方が傷付かないよう、できることは何でもしてあげたいのです」


 そう言って、ミコちゃんは俺の手をきゅっと握った。ミコちゃんマジ天使。なんて可愛くて優しい子なのだろう。好き、ホント好き。


 だからこそ、こんな現実を彼女に強いたくはなかった。こんな、業の深いことを。


 「……この村を徘徊する肉塊は、全て巫女様の恐怖を象徴するものです。巫女様の手でなら、その恐怖を打ち壊すことができます」


 「つまり……私なら、あの怪物を倒すことができるのですね?」


 「そういうことです。できますか?」


 恐らく、大人や刃物といったものに対しての恐怖だろう。幼少期にそれらへの何かトラウマを抱えているのかもしれない。そんな存在を、自らの手で葬る。


 「……やってみます。お手伝い、してくれますか?」


 「もちろんです。巫女様には指一本、触れさせません」

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