巫女のミコちゃん
「はぁっ……はぁっ……」
息が苦しかった。肺は絶えず動き続け、喉からはひゅうひゅうと喘息のような音が漏れ出ていた。足も腕も全て痛くて、それでも走り続けていた。
そうしないと、死んでしまうから。
「#########!?!?」
「ひっ……!?」
あまりに悍ましいナニカが、私を追いかけていた。
腕が沢山生えていた。ブヨブヨとした塊をいくつも引っ提げていた。黒い不気味な液体をまき散らしながら、周囲の木々を巻き込んでこちらに向かってくる。
アレに捕まると、普通に死ぬよりも辛い地獄が待っている。だって、アイツから生えている手や肉は、全てアイツに捕まった村の皆のもので――
「――きゃっ!?」
そんな余計なことを考えていたからだ。私は躓いて、バランスを崩した。地面を転がって大きな大木に身体を打ち付けた。起き上がろうとして、足が全く動かないことに気が付いた。
「いや……やだ……」
身体はとうの昔に限界を迎えていた。それでも走っていたのは、死んでたまるかという自棄っぱちにも似た根性で、無理矢理に身体を動かしていたからだ。
だから、一度止まってしまえばもう動けない。本当ならもう動かないはずなのだから、当然のことだった。
「やだ……やだやだやだ……!」
ドン、ドン……地鳴りのような音を鳴り響かせながら、その異形はゆっくりと近付いてきた。
近くで見ると、この異形の悍ましさが直に伝わってくる。
腕は人間の可動域を無視してゴリゴリと歪な音を立てて動いている。肉の塊は、よく見れば人間の瞳や口、人体のパーツが無造作に浮かんでいて気持ちが悪い。不快な声は、この異形に取り込まれた人間の苦悶と怨嗟の声がいくつも重なっているようだった。
そんな奇怪な異形の手が、私に向かってくる。子供のような手や、朽ち木のような手、血管の浮かんだ筋肉質なものまで。全て、私に向かってきた。
「誰かっ……! 助けてぇ……!!!」
「あぁ、任せろ」
チリン……鈴の音と共に、低い声が聞こえた。
それと同時に私の身体は何かに引き寄せられ、がっしりと抱きかかえられた。久方ぶりに感じた、人の体温だった。
「チッ……! しつこい奴め。そんなに巫女様が欲しいか」
黒いシャツを着たその人は、自動車のような素早さで山を駆けていた。けれど、それに追従するようにあの異形も向かってくる。
「まぁ、渡さんけどな」
「#######!?!?!?」
「出直してきな、ゴミ虫め」
そんな追いかけっこは、異形が唐突にその動きを止めたことによって終わりを迎えた。何か、見えない壁のようなものが、異形の侵攻を食い止めていた。
「ふぅ~……とりあえず、逃走成功だな」
「あ、あの……貴方は……」
「おっと! 大変申し訳ありません。神聖な巫女様に穢れた手で触れたこと、お許しくださいませ」
「いえいえそんな! あの、貴方は、一体……」
見た目は20代前半のように見える。手には黒革のグローブ、顔以外の素肌が隠されたその姿は、蒸し暑いこの山の中では奇異に映ってしまう。
男はにこりと、眼を細めながら和やかに笑う。うやうやしく私の前に跪くと、そのまま私の眼をジッと見つめてきた。
「私は通りすがりの変態です。ご迷惑でなければ、詰っていただけませんか?」
「……はへ?」
キラキラとした満面の笑顔で、彼はそんなことを宣うのだった。
1
俺はロリコンである。俗に言う、変態だ。
15歳以下の少女に対して、途方もないほど神聖さと美しさを感じてしまう。厳密にいえば違うのかもしれないが、分かり易くここではロリコンとしておく。
ともかく、俺は人格破綻者だ。未成年に劣情を抱き、その年頃の少女から向けられる好意、尊敬の眼差しから、ゴミを見るような冷酷な視線、罵倒、暴力に及ぶまでを喜びと感じる。
自分で言っていてとても気持ちが悪い。だが、これが俺の性だ。抑えることはできない。
有名な漫画でも言っていたことだ。人は自らの意思で手の爪を伸ばすことを止められない。俺はこの悪性を肯定し、尊重して生きていかなければならない。
だが、現代でこの欲望を満たそうとすれば、きっと何処かで犯罪を犯してしまう。未成年に手を出すということは重罪で、許されざることだ。
それでも、俺はロリを愛でたい愛したい!
そんな俺にとって、この仕事は天職であった。
「……なる、ほど。つまり悠さんのお仕事は、霊力を持った子供を守るお仕事なのですね?」
「えぇ、まぁ……他にも色々やりますが、概ねその解釈で間違っていません」
「あ、あの……私、重くありませんか?」
「とても軽いですよ。それに、私にとってはこれもご褒美ですから」
この世界には霊力と呼ばれる力が巡っている。それは信仰や逸話、伝説や噂話を媒介として人々に牙を剥くことがあるのだ。
だが、基本的に霊力を持った存在が人間を害することは殆ど無い。何故なら、霊力そのものが基本的に人間から生み出されるものだからだ。
普通に生活していれば、霊力を持った存在……怪異に付け込まれることは殆ど無い。だが、そんなことは怪異も本能で理解している。
だからこそ、怪異は襲う相手を選ぶ。精神的に未熟であり、それでいて潤沢な生命力を持った存在……そう、子供を念入りに襲うのだ。
「事情は理解出来ましたか? 巫女様」
「はい……とりあえずは、何とか……」
他にも儀式によって強力な怪異が出来上がってしまう事例、地元の信仰が怪異に乗っ取られて数十年スパンで周囲一帯を飲み込んでしまう事例。
その他色々とインシデントは存在するが……どの事例においても、子供という存在が垂涎もののご馳走であることに変わりは無い。
俺……間宮悠の仕事は、そんな怪異から幼気な子供達を守ることだ。他意はめちゃくちゃある。あるに決まっている。
「ありがとうございます、悠さん。私を助けてくれて」
「っぅ……! も、勿体ない言葉です……!」
「え、えぇ!? な、なんで泣いているのですか!?」
「すみ、すみません……あまりに……! 嬉しくて……!」
だって、考えてもみろ。仕事で必要とはいえ、こうしてロリをおんぶし、あまつさえ感謝されるんだぞ!? こんなの、ご褒美以外の何物でもないだろう!?!?
他にも色々と、役得は存在する。恐怖に錯乱した少女に殴られたり、罵詈雑言を浴びせかけられたり、怪異に乗っ取られた護衛対象に殺されかけたり……とてもとても幸せな一時を過ごすことができるのだ!
今回の護衛対象……東新美村の巫女、新美ミコちゃんのように純粋な感謝を伝えられるのも涙が出るほど嬉しい。もうほんと最高。
「大変失礼しました……罰として一発叩いてください」
「駄目ですよそんなこと!?」
「そうですか……残念です」
「え、えぇ……? どうして落ち込むのですか……?」
おかしいな。本部で保護しているあの姉妹ならば、ニコニコ笑みを浮かべながら腰の入った良いビンタをお見舞いしてくれるのだが……まぁ、ミコちゃんは良い子そうだし、そういうことは出来ないのだろう。そういうところも可愛い。
「おっと……そうこうしていたら山を抜けますね。よく頑張りました、巫女様」
「あの異形は……もう襲ってこないのですか?」
「アレは山のモノですからね。人里には基本入ってこれな――いや、すみません。少々、厄介なことになりました」
「……っ!? 村がっ……!?」
この現代において、未だレトロな姿を残していた東新美村。その姿は赤黒い肉塊とドロドロに溶けた人型のナニカが往来する、異形の村へと変貌を遂げていた。




