#82 愛する娘への贈り物
ミズナラさんとセージさんを図書館に放置し、自分たちは里の中にある一軒の食事処に入った。
「さぁ、遠慮せずに頼め頼め」
「……いいのかな?」
「気にしなくていいよ。父さん、格好つけたがりだからさ」
「じゃあ、肉食べたいっす!」
「お肉ー」
「ケージュ、ホオズキ……少しは遠慮した方がいいですよ」
「いいのいいの、ルピナスちゃんも遠慮しないで好きな物頼んじゃって。これからもランティアがずっとお世話になるんだから」
夕食をランティアのご両親にご馳走になった後、里の外にて携帯式ハウスを展開した。
今夜、この家に宿泊するのは自分たちキューピッドのメンバーのみ。
ミズナラさんはセージさんとまだ語り足りないようで、彼女から誘われて家にお泊まり。
シサスさんとルナリアさんは「エルフの宿泊施設に興味がある」とのことで、今日は里のホテルに宿泊するらしい。
自分は上司である愛の女神様へ仕事の報告を終え、自室のベッドで一息ついていた。
そこに遠慮がちなノックの音が響き、返事をすると少し照れくさそうにランティアが入ってきた。
手にはお酒だろうか、小さな瓶を携えている。
「さっき父さんと母さんから、アタシの『成人祝い』に用意してたお酒を渡されちゃってさ。まぁアタシの成人なんて、もう数十年も前に過ぎちゃってるんだけどね……。どうだい? アンタも飲まないかい?」
ランティアはケラケラと笑いながら小瓶を揺らす。
「そんな大切なお酒なのに、ご両親と飲まないのかい?」
「いいんだよ。この歳で親がイチャイチャしてるの見させられるのもしんどいし、それに……」
ランティアは少しだけ困ったように眉を下げた。
「父さんからも母さんからも、世話になってるアンタと二人で飲むようにって念押しされたんだ。まったく、あの二人はまだアタシがちっちゃな子供だと思ってるのかね……」
少し複雑そうに呟くランティア。
けれど彼女は、すぐに真っ直ぐな瞳を自分に向けて優しく微笑んだ。
「まぁ、これも数十年ぶりの親孝行みたいなもんさ。アタシの我が儘だと思って、付き合っておくれよ」
流石にそこまで言われては、これ以上遠慮するわけにはいかない。
自分は彼女とご両親の気持ちを受け止め、晩酌に付き合うことを決めた。
お酒が苦手だが、少し口を付けるくらいなら大丈夫だろう。
自分たちは小さなグラスにその琥珀色の液体を注ぎ、静かにグラスを合わせた。
「それじゃ、乾杯」
「乾杯、クローバー」
一口、グラスを傾ける。
驚いたことにそのお酒は甘く、芳醇な果実の香りが鼻腔を抜けて大変飲みやすいものだった。
お酒が苦手な自分でも、これなら問題なさそうだ。
「――美味しいじゃないか」
「この味なら、塩辛いおつまみの方が合うかな?」
「いいねいいね。出しとくれよ」
なんて言葉を交わしながら、夜は更けていき――。
その夜、自分はひどく鮮明な夢を見た。
暗闇の中、自分とランティアが至近距離で見つめ合い、互いに甘く愛を囁き合っている。
吸い寄せられるように唇を重ね、深く貪り合うと二人の間に粘液の橋が架かる。
彼女の小さな身体を優しく抱き上げ、そのままベッドへと運び、押し倒して――。
――翌朝。
目が覚めた自分は、頭を激しく抱え込んだ。
別に思春期の学生という歳でもなく、恋人もいて欲求不満でもないのに、なんて夢を見てしまうのだろうか。
自分はあまりの恥ずかしさと罪悪感に、一人猛省する。
ふと隣に視線を向けると、ランティアと視線が合った。
どうして彼女が隣にいるのだろうか……。
ランティアは自分に微笑むと、甘い声で昨夜の感想を伝えてくる。
「おはよう、クローバー。情熱的なアンタも……その、素敵だったよ」
その言葉を聞いた瞬間、自分はすべてを察した。
あれは夢なんかではなく、紛れもない現実だったのだと。
一人パニックに陥る自分を前に、ランティアは顔を赤くしながらシーツを胸元まで引き上げ、上目遣いで誘ってきた。
「それでさ……その、アンタさえよかったら、もう一回……しないかい?」
「それは……っ」
しかし、今更拒んだところでもう手遅れなのだろう。
自分は結局、彼女の誘いにそのまま乗ってしまうのだった。
数刻後。
リビングの床には、額を床に擦り付けて土下座を決めるクローバーの姿があった。
その隣には、満足そうな表情で髪を整えているランティアが佇んでいる。
クローバーは正面に座る恋人三人に向け、消え入りそうな声で謝罪した。
「……本当に申し訳ありません。ランティアに手を出してしまいました」
ひたすら謝罪を繰り返すクローバーを見つめるルピナス、ヘリオ、ハート。
だが三人は必死に縮こまる彼を見て、一様にきょとんとしていた。
ランティアはその様子を気にする風もなく、三人に向けて声をかける。
「ってことで、今日から恋人仲間としてよろしくねー」
「よろしくお願いしますね! ランティア」
「……うん、よろしく」
「一緒にご主人様を支えていきましょう」
こうして、お嫁さん(予定)は四人へと増員されてしまった。
そうしたやり取りをしていると、我が家に来客があった。
「邪魔するぜー」
「あら、お取込み中だったかしら」
「二人とも、勝手に入るのは……」
「だっ、大丈夫なのでしょうか?」
シサスさんにルナリアさん、ミズナラさんにセージさんと勢揃いだ。
何となく状況を察したシサスさんは、ニヤニヤと笑いながらランティアに話しかけた。
「どうだったランティア? 例のアレは効いたろ」
「父さん。アレ、ただのお酒じゃないだろ」
「ただの酒だよ。男女の仲を深めるな」
どうやら、ランティアもどんなお酒なのかは知らなかったらしい。
まぁ、両親から贈られたお酒を調べるのも無粋かもしれない。
自分は今回の根本的な原因である、シサスさんを恨めしく見つめることにする。
「おいおい、そんな目でこっちを見るなよ。俺だって昔ルナリアに使われた手口なんだから――」
「アナタ、少し喋り過ぎよ」
コキャ
軽い音とともに、シサスさんが静かになってしまった。
ルナリアさんの恐ろしさから、自分とランティアはただ震えて抱き合うしかなかった。
「……友人夫婦のそういった裏話を聞くのは、複雑ですね」
ミズナラさんとセージさんも、何とも言えない表情をしている。
なんとか気を取り直して、四人揃って何用かと尋ねる。
すると、ルナリアさんが気を失っているシサスさんを無理やり起こした。
「そうだったわ。アナタ、起きなさい」
「んぁ? 俺、なんで気を失って……」
「それはいいから例の話、早く」
「あっ、あぁ……。俺たち今から、この里の近くにある遺跡を調べに行こうと思ってな。だからお別れを言いに来たんだ」
「もうですか!?」
せっかく数十年ぶりにランティアと再会できたというのに、お別れが早すぎないだろうか。
自分は心配になり、ランティアの様子を確認する。
「そっか、気を付けてね。それならアタシたちは工房都市に戻るとするよ」
「大丈夫なのかい? ランティア」
「アタシももうガキじゃないんだ、平気だよ。今はアンタやみんなもいるしね」
「まぁ……」
ルナリアさんが娘の成長に感激していると、ミズナラさんが改めてお礼を伝えてきた。
「キューピッドの皆さん、今回は大変お世話になりました。おかげでこうして、また友人と一緒に調査ができます」
「俺らだけじゃないだろうが、この色男」
「……そうでしたね。今は彼女も一緒です」
「フィールドワークは初めてなので、緊張しますね」
ミズナラさんがシサスさんに茶化されるが、セージさんは初めての遺跡調査に興奮状態でそれどころではないようだ。
「まぁという訳で、娘の事は任せた。ちなみに、一度でも泣かせたりしたらぶっ殺すからな。肝に銘じておけよ」
「……」
シサスさんにそう言われ、自分が呪術で死にかけた時のランティアを思い出してしまう。
しかし、その反応が良くなかった。
「なんだオマエ、その反応は。まさかテメェ……」
シサスさんに胸倉を掴まれ、前後に激しく揺さぶられてしまう。
「ウチの可愛い娘を、既に泣かせてるのかぁオイコラァ!?」
「ぐぅえぇぇぇ」
「あっちょっ、クローバーになにすんだクソ親父!?」
「教育的指導だよ教育的指導! コイツが二度とお前を泣かせないようにだな」
「それじゃあ、アナタへの教育的指導はアタシの役目ね」
「……なぁルナリア? 俺は何も悪いことはしてないじゃないか。だから俺に指導は必要ないんじゃ――」
「そんなことないわよ? 娘の彼氏をいじめてるじゃない。アナタのせいで二人が別れたら責任とれるの?」
「愛してるよハニー」
「あら嬉しい」
コキャ
そしてまた、シサスさんは無言になった。
「それじゃあランティア、元気でね」
「母さんもね。何かあったら、アタシらは工房都市にいるから」
「機会があったら、ぜひお邪魔させてもらうわ」
手を振る三人と抱えられた一人を見送る自分たち。
こうして、自分たちは今回も無事に女神様からの仕事を終えた。




