#81 ミズナラとセージ
シルバームーンに向かう道中、母親のルナリアは娘のランティアの隣に並び、楽しそうに談笑していた。
「ところでランティア、彼とは普段どんな風に過ごしているの?」
「クローバー? そうだねぇ、ちょっと疑問を思ったことを話し合ったり、仕事の計画を練ったり、晩酌に付き合ってもらったりしてるよ」
ランティアは声を弾ませ、楽しそうに語っていく。
その様子を見たルナリアは、クスリと笑い核心に触れた。
「それじゃあ、もうお付き合いも?」
「……好意は伝えてるんだけど、恋人が既に三人もいるからって彼どうにも消極的でさ。一時期は強引に襲っちゃおうかとも考えてたんだけど……」
ランティアはそこで気まずそうに視線を泳がせた。
「その、体格差もあるから怖くなっちゃって……。結局そのまま……」
大人になっても、肝心なところで昔と変わらず臆病な部分を強く残している我が娘。
ルナリアはそんなランティアを微笑ましく思いつつも、心の中で苦笑するのだった。
一方で、父親のシサスは馬車の手綱を握っているクローバーに話しかけていた。
「クローバー君。臆病な娘を外の世界へ連れ出してくれたこと、感謝するよ」
「いえ、大したことしていませんよ。自分がいなくても、ランティアならそのうち自力で里を出られたはずですから」
自分は偶然そうなっただけだと説明する。
するとシサスは一転して表情を険しくさせ、声を潜めて切り出した。
「……時に君。すでに恋人が三人いると聞いたんだが、どうだ? うちのランティアもその輪に入れてみる気はないか?」
「えっ!? いや、それはさすがに……」
予想外な提案に、自分は慌てて首を横に振って否定した。
その態度を見たシサスは妖精の小柄な体で詰め寄り、低く凄みのある声で睨みつける。
「なんだ? ランティアは魅力的ではないとでも言うつもりか?」
「ち、違います! ランティアは大変美しくて知的な、ものすごく魅力的な女性です! それに自分には、責任を取らなければいけない相手がすでに三人もいるんです」
「知ってるよ。それで?」
「彼女には自分なんかより、もっと相応しい一途な相手がきっと見つかりますよ!」
自分は冷や汗を流しながら、必死に言葉を紡いだ。
シサスはなおも鋭い眼光で凄んでいたが、クローバーの発する言葉の端々から彼が娘のことを大切に扱っているかが伝わってきた。
屈強な自分と違ってナヨナヨとした頼りない男ではあるが、娘の幸せを願っているのは確かなようだ。
「……フン。ひとまず見逃してやる」
シサスは圧をかけながら、クローバーの肩をポンと叩いた。
自分はとりあえず、無事に生き延びたことに胸を撫で下ろす。
二人から話を聞き終えて合流したシサスとルナリアは、夫婦で集めた情報を突き合わる
「そっちはどうだった?」
「彼に強く惹かれているわね。きっかけさえあれば、いつでも飛び込んでいきそうな勢いよ」
「だろうな、見てたらわかる」
「そうね。彼の恋人である三人ともお話をしてみたけど、関係を持ったからって険悪になる心配もなさそうよ」
シサスは腕を組み、真面目な顔で頷いた。
「あいつも少なからずランティアのことを大切に想っている。それと、責任感だけは人一倍強そうだったな。きっかけさえあればアイツも腹を括って、責任を取ってくれるだろう」
夫婦はそこで顔を見合わせると、微笑みながら一本の小瓶を取り出した。
それは、いつか大人になった娘に贈ろうと用意しておいたお酒。
「本当は、結婚式の時にでも渡そうと思っていたのだけれど……」
「あいつらの背中を押すには、今が使い時かもしれないな」
二匹の妖精は不敵に笑い、彼らの会話を聞いていた友人のミズナラは、やれやれと首を振るのだった。
シルバームーンに到着し、自分たちはエルフの里へと足を踏み入れた。
里にオークが入ることを嫌がるのではと懸念していたミズナラさんだったが、そういった問題はここ数十年で大分緩和されたらしい。
確かに里の中を見渡すと美しいエルフたちだけでなく、人間や獣人、果ては仲が悪いはずのドワーフの姿も見かけた。
「へぇ、随分と開かれた里なんだねぇ」
「この様子でしたら何も心配はありませんね」
ランティアやハートも感心した様子で周囲を見つめている。
それではと、自分たちは本題であるミズナラさんの運命の相手『セージ』さんを探すことにした。
住人の話によると、彼女は里の大きな図書館にいるらしい。
さっそく向かってみると、静まり返った館内の奥で一人の美しいエルフの女性が本を探している姿が目に入った。
彼女こそミズナラさんの運命のご相手、セージさんだろう。
自分はミズナラさんに説明したのだが、彼はその場で怯んでしまった。
「やはり私には無理です……! 彼女は確かに息を呑むほど素敵な女性だ。だが、エルフとは美しいものを至高とする種族。きっと、私のような厳つい顔と大きな肉体を持つオークなど、醜いと忌み嫌うに決まっています……!」
「そんなことありません! 男性は外見だけじゃありません!」
「ミズナラさん、自分に自信を持たれてください」
ルピナスや自分たちが必死になって説得するが、ミズナラさんは大きな身体を縮こまらせて頑なに首を横に振る。
その様子を見ていたシサスさんとルナリアさんが、深くため息を吐いた。
「仕方ねぇなぁ……」
「行くわよシサス」
二人は怯えるミズナラさんを無視して、セージさんへ話しかけた。
「やぁエルフのお嬢さん。こんにちは」
「あっ……はい、こんにちは。妖精の方が図書館にご用とは珍しいですね」
「アタシたちも学者なのよ。遺跡とか調査するね」
「そうなんですか!? もしよければ、少しお話でも……」
「だったら向こうにもう一人、友人の学者がいるんだけどアイツもいいか? 紹介するよ」
同じ学者仲間だと自己紹介をして警戒を解き、彼女をこちらへと連れてきてしまった。
ミズナラさんは背を向けたまま、セージさんがすぐ後ろまで来ていることに気付いていない。
そこで、セージさんが不思議そうにミズナラさんへ声をかけた。
「あの、あなたがご友人の方でしょうか?」
「はい?」
ミズナラさんが声をかけられたため振り向く。
その瞬間、二人の視線が交錯した。
カーン、コーン……カーン、コーン……カーン、コーン……。
恒例の祝福音が鳴り響き、二人が恋に落ちたのが見て取れた。
セージさんはミズナラさんの知的な瞳に釘付けになり、ミズナラさんもまた、彼女の美しさに魂を奪われたように固まっている。
しかし恋に落ちたからこそ、相手に嫌われるのが怖くてたまらないミズナラさんはガタガタと震え出した。
そんな彼の葛藤など露知らず、セージさんは気にした様子もなく嬉しそうに自己紹介を始めた。
「私はセージ。この里で古代の歴史を研究しています。あなたは?」
「私、は……ミズナラと申します。オークの身でありながら、同じく歴史の研究を生業としております……」
ミズナラさんは極限の緊張の中、持ち前の礼儀正しさで精一杯の返答を返した。
そこからの二人は共通の話題が見つかるや否や、それぞれの種族の成り立ちや失われた文明について、セージさんは子供のように目を輝かせて嬉しそうに語りだす。
ミズナラさんも徐々に緊張が解け、深い知識でそれに応酬していく。
すると、熱を帯びて語り合っていたセージさんが、ふとミズナラさんの分厚い胸板を見つめ、ポツリと呟いた。
「それにしても……素晴らしいですね。ミズナラさんのその肉体」
「えっ……? み、醜くありませんか?」
「まさか! 私たちエルフには絶対にない、その筋肉質の身体……とても興味深いです。少しだけ、触らせてもらってもいいですか?」
「は、はい!? あ、どうぞ……、構いませんが……」
ミズナラさんが驚きながらも許可を出す。
セージさんは歓声を上げながら、ミズナラさんの太い腕や大胸筋を遠慮なく触りまくり始めた。
ミズナラさんは顔を真っ赤にして恐縮しているが、その表情はどこか嬉しそうだ。
あの雰囲気であれば、もう何も心配はいらないだろう。
「おい見ろよアイツの顔。鏡を見せてやりたいね」
「はいはい、邪魔者は出ていくわよ」
ルナリアさんがシサスさんを引っ張りながら外に出る。
自分たちもお邪魔虫にならないよう、二人の後ろについていく。




