#79 知らなすぎた男
ケージュが町に出かけた翌朝。
我が家に衝撃的な知らせが届く。
「ケージュが殺人の容疑者……!?」
昨日、上機嫌で出かけていったケージュは帰ってこなかった。
てっきり孤児院にでも泊まっているのかと思っていたが、まさか殺人の容疑で捕まっているとは……。
とにかく、本当に彼女がやったのかを確認するため、自分たちは衛兵所に向かった。
自分たちが到着すると、牢屋の中にいるケージュは鉄格子を掴みながら無実を訴えた。
「だから、昨日は誰も殺してねぇって言ってんだろ!」
「昨日は? まさかお前、他にも誰か殺してるんじゃないだろうな」
ケージュのあまりに軽率すぎる発言に、立ち会っていた衛兵が眉をひそめる。
(ケージュのおバカ……)
自分は内心で冷や汗を流しながら、すかさずフォローに割り込んだ。
「『山賊などの悪人を』殺していないという意味です。冒険者稼業ですと、そういった輩に絡まれたり討伐依頼が入ったりもしますので」
「あぁ、そういう意味か」
「はい。言葉が足りず、大変申し訳ありません。彼女は頭の方がその、あまりよろしく……」
「……君も色々と大変なんだな」
衛兵が同情的な視線をこちらに向けてくる。
この工房都市では、自分たちキューピッドはそれなりに名前が売れている。
そのため、衛兵が親身に対応してくれて助かった。
まぁ実際のところは自分たちの名声以上に、ヘリオの父親であるサルビアさんの圧力が効いているのが大きいのだろうが。
「ボス、オレは何もしてねぇよー。信じてくれよー」
「もちろん信じているよ。とにかく、昨夜について何か思い出せることはないかい?」
自分が尋ねると、ケージュは気まずそうに視線を泳がせ頭を掻いた。
「……泥酔してたから、全く覚えてないです」
「……」
これには、自分たちも揃って頭を抱えざるを得なかった。
彼女は頭は良くないが、気軽に殺人を犯すような人物でもない。
恐らく、真犯人がいて利用されたのだろう。
だが本人の記憶が綺麗さっぱり抜け落ちている以上、状況証拠だけで言えばケージュは圧倒的に不利だ。
事態を打開するため、自分たちは衛兵に掛け合い、ケージュが犯行に及ぶところを見たという『目撃者』に話を聞かせてもらうことにした。
別室へと現れたのは、事件現場近くにある酒場の常連だという一人の男性。
「間違いありません。私は見たんです! あのケージュという男が、路地裏で一人の女性と激しく口論をしていて、揉めた末に腰の剣で刺し殺すところを!」
男は興奮気味に、身振り手振りを交えながら熱弁する。
自分は男の言葉に違和感を覚え、さらに踏み込んで尋ねてみた。
「その二人が口論していた内容について、何か覚えていることはありますか?」
「ええ、確か……男の方が別れ話を切り出されて、逆上した様子でした!」
男はこれ見よがしに言い放ち、ふんと鼻を鳴らした。
自分たちは男にひとまずお礼を伝え、部屋の外に出る。
すぐにランティアとムスカリに視線を送り、今後の動きについて小声で話し合う。
「アタシは酒場に向かって、今の男が本当に常連なのか裏を取ってくるよ」
ランティアが不敵に笑う。
ムスカリはランティアから伝えられた情報から、あの男に鍛冶師の父親がいるという部分に目をつけた。
「私は鍛冶屋に行ってみよう。恐らく凶器について、面白い話が聞けるだろうからね」
自分は衛兵に事情を話し、半日後となる今日の夕方に再度あの男性から証言を聞きたいとお願いした。
再び衛兵所に、呼び出された男性がやってきた。
彼は自分たちの姿を見かけると、不思議そうな顔をした。
「それでは、証言の再確認を始めます」
衛兵たちの立ち会いのもと、自分、ランティア、ムスカリ、そしてあの男性で事件についての証言を聞く場が設けられた。
男は相変わらず、男女関係のもつれで揉めた末の犯行だと、さも見てきたかのように語る。
そこで自分は一歩前に出て、真っ直ぐに男を見据えた。
「……貴方の証言には色々と、無理があります。確かにケージュは男前の上に一人称は『オレ』ですが、彼女はそもそも女性です」
「えっ……おっ、女……!?」
男が目を見開くが、自分は気にせず言葉を重ねる。
「それに、ケージュはまだこの町に来て一月程度の新参者ですが、大酒飲みと荒っぽさから酒場中で知らない人はいないほどの有名人です。悪い意味でね。そんな彼女の性別を、酒場の常連であると言ったあなたが知らないわけがない。つまり、あなたが酒場の常連だという話自体が、嘘ですよね」
「だ、だからなんだ! 見間違いってことだってあるだろ! あいつが剣で女を刺し殺したのは間違いねぇんだから!」
必死に声を荒らげる男に、自分は凶器についての疑問をぶつけた。
「では、どうしてケージュはわざわざ『剣』を使って被害者を刺したんですか?」
「そ、そりゃあ、あいつが腰に剣を差してたからだろ! そんなの普通に考えりゃ分かるじゃねぇか!」
男は鼻で笑うように答える。
そんな彼に、追加の事実を伝える。
「残念ながら、彼女の愛用している武器は剣なんかじゃありません。トンファーです」
「だからどうしたんだ……?」
「彼女は極度の面倒くさがり屋でもあり、獣人特有の鋭い爪を持っているから、剣やナイフなんて手入れの必要な刃物は持ち歩かないんです。大抵のものは、自分の爪で切り裂けるので。だから、彼女が剣で人を刺すということ自体が、根本的におかしいんですよ」
自分の言葉にようやく意味を理解した男は、顔から血の気が引いていく。
「この凶器となった剣、貴方の物だったりしません?」
「わっ私の物なんかじゃない! そんな剣、見たことも触ったこともない!」
「本当に?」
「あぁ!」
「間違いなく?」
「しつこいな!!」
「そうですか、残念です。衛兵の皆さん、今の言葉を忘れないでくださいね」
自分はため息交じりに呟くと、おもむろに証拠品である剣のグリップを握り、力任せに捻った。
カチリと小さな音が響き、グリップが外れて金属の『茎』が剥き出しになる。
自分はそれを、立ち会っていた衛兵たちに差し出して見せた。
それを見た衛兵たちは一様に息を呑み、男に対して不快感と軽蔑の視線を向けた。
訳が分からないといった様子の男に、自分は凶器の茎を突きつけながらとある事実を告げる。
「あなたの父親は、この町の鍛冶師だそうですね。彼は悪戯好きな性格で、武器の茎に『持ち主の名前』をこっそり刻むという、困った癖があるそうで」
「なっ……!?」
男が慌てて茎を確認すると、そこには男自身の名前が深く刻み込まれていた。
「さて、一度も触れたこともないはずの剣に、どうしてあなたの名前が刻まれているんでしょうか? 納得のいく説明をお願いします」
「……あああああああーーーっ!!」
完全に逃げ場を失った男は、突如として獣のような叫び声をあげた。
そして自分の側にいたムスカリへと向かい、人質にしようと手を伸ばす。
自分は腰から魔術銃を引き抜き、男へ向け引き金を引いた。
銃口から風魔術弾が放たれ、男の身体を容赦なく吹き飛ばし壁へと叩きつけた。
「がっ……!?」
床に転がり、悶絶する男。
すかさず衛兵たちが押さえ込んで捕まえる。
自由を奪われた男は、もはや呪詛を吐くしかなかった。
「お、覚えてろよ! お前らの人生、めちゃくちゃにしてやるからな!!」
床に組み伏せられながら醜く吠え続ける男。
自分はそんな男を見下ろしながら、笑みを浮かべ近づく。
「貴方、あまりにも色々なことを知らなすぎです。ケージュのことも、自身の家族のことも――」
男の目の前で屈み込み、その瞳を正面から見据えた。
出来るだけ笑顔を崩さず、静かに語りかける。
「――あと、私がどれほど怒っているかということも」
「ひっ……!?」
「これ以上仲間に危害を加えると言うのなら、死んでもらいましょうか」
「……あっあわわわわ!?」
「おっ、おいお前! 早く謝れ! 謝るんだ!!」
何故か衛兵の人たちまで慌てているが、男はそのままガタガタと歯を鳴らして黙り込んでしまった。
そのまま奥に連れていかれる男を眺める。
こうして真犯人が捕まったため、ケージュは無事に牢屋から解放された。
「いやー、マジで助かったー」
「お酒を飲むのは構わないけど、今度からはほどほどにね」
「なぁケージュ。アンタもこの際、家で飲むようにしたらどうだい?」
ランティアが呆れたように提案するが、ケージュは懲りもせずに笑い飛ばす。
「いやいや、やっぱ酒は酒場で飲んでこそだろ!」
「やれやれ、先が思いやられそうだね」
「まぁとにかく、家でみんなが待っているから帰ろうか」
無事に仲間が戻ってきたことに安堵し、みんなで家に帰ろうとしている最中だった。
ランティアが何かを思い出したように手を叩き、歩みを止めた。
「あぁ、忘れるとこだったよ。ケージュ、アタシに金返しな」
「なんでだよ」
「アンタ、昨日の酒代払ってないだろ? アタシが裏取りに行った時に店主から請求されて、立て替えといたんだよ」
「あ”っ……」
どうやら、ランティアが飲み代を立て替えてくれていたらしい。
とはいえ、今回ばかりはケージュに非はないだろう。
何せ彼女は、泥酔中に連れ出され、真犯人に利用されてしまったのだから。
「ちなみに、金額は86,000フラだよ」
「分かったって、今返すから………………あっ、やべっ」
「やべっ?」
自分が嫌な予感がして聞き返すと、ケージュは気まずそうに視線を泳がせながら語りだした。
「今回の報酬、気前よく孤児院のガキたちへのお土産とか、先生への酒やタバコを買うのに使っちゃって……。金が足りねぇ」
どうして彼女は、いつも所持金以上に飲んでしまうのだろうか……。
自分が頭を抱えていると、ケージュが申し訳なさそうに頼み込んできた。
「あのー、ボス? ちょっとだけお金、貸してくれません?」
「……彼女はもう少し、牢屋で反省させてた方がよかったんじゃないかい?」
ムスカリの冷ややかな言い分が、なんだか正しい気がしてきた。
自分は深い溜息を吐きながら、財布を取り出すのだった。




