#78 怪異の正体
怪異を引きずりながら山を下りている最中、自分はふと疑問に思ったことをランティアに尋ねた。
「そういえばランティア。結局、コイツはなんて名前の世界怪異だったのかな?」
「……へっ?」
ランティアは、目を丸くして間抜けな声をあげた。
どうやら彼女も寝起きで頭が上手く働いておらず、怪異の正体を確認し忘れていたことに今更気がついたらしい。
「ちょっと待ってね、今調べてみるよ……」
ランティアはスキルを発動し、出現した本をパラパラとめくる。
数秒の沈黙の後、ランティアから驚きの声が漏れ出た。
「え”っ……」
「どうかした?」
「……あいつ、世界怪異なんかじゃないよ。『ザントマン』って名前の、ただの妖精だ」
「えっ?」
「「「えええええええーーーっっっ!!!?」」」
メンバーたちの驚きに満ちた絶叫が、静かな山中に木霊した。
確かに、よく考えてみればおかしい。
ザントマンは相手を眠らせる能力しか使っておらず、事前に聞いていた『発狂する』という特徴とは結びつかない。
ということは、本物の世界怪異はまだ別に……。
そこで自分は、一つの可能性が頭に浮かび上がった。
メンバーに聞かれないよう注意しながら、チューベローズさんに話しかける。
「チューベローズさん。この山の近隣で、山賊などの悪人と遭遇されたりしました?」
「ああ、会ったとも」
彼は爽やかに微笑みながら、肯定した。
「……その人たちも、さっきみたいに退治されました?」
「もちろん、町の住人も困っていたからね」
チューベローズさんが眩しい笑顔を輝かせた。
その瞬間、自分の頭の中で点と線が綺麗に繋がる。
ギルド、街の人々、そして山賊たち。
目撃情報として騒がれていた世界怪異は、間違いなく目の前にいる彼だろう。
直接見たら発狂するという事前情報も、”彼がコートを脱いでいる時に”という条件を付け足せば成立する。
彼が奥さんの仇を探している最中、出会った悪人も退治していた影響で、世界怪異が出現したとの噂になってしまったのだろう。
彼が自身のことを、世界怪異だと認識しているのかは不明だが。
本物の怪異は判明したが、自分としては彼を討伐しようだとかそんな気持ちは湧かない。
コートの下は全裸の変質者かもしれないが、彼はただ愛する奥さんのために行動していただけ。
悪人以外には何もしていないし、それも困っている住人のために行った人助けだ。
このまま自分が黙っていれば彼の正体は秘密にできるだろうが、スキルで情報を調べられるランティアは別だ。
自分はランティアに内密で相談を持ち掛ける。
彼女は最初こそ老紳士の正体に驚いていたが、「二人だけの秘密だね」とはにかみながら承諾してくれた。
町へ戻った自分たちは、冒険者ギルドにザントマンを引き渡した。
ギルドに今回の元凶として説明し、世界怪異は関わっていなかったと報告しておいた。
場合によってはギルド長からの事後報酬はパーになるかもしれないが、まぁ仕方がない。
その後、自分たちは昏睡被害者たちに万能ポーションを服用させて回った。
深い眠りについていた人々が、次々と目を覚ましていく。
被害者の救済も終え、町の外。
自分はチューベローズさんに向き直った。
「今回は色々とありがとうございました。これは、奥様分の万能ポーションです」
差し出したポーションを受け取り、彼は感謝を込めて微笑んだ。
「ありがとう。これで、ようやく妻を救い出すことができるよ」
「お役に立てて何よりです。もし追加のポーションが必要な際は、工房都市を訪ねていただけたらご用意できますので」
「覚えておくよ。困っている人がいたら、頼りにさせてもらうかもしれないからね」
老紳士はそう告げると、自分に握手を求めてきた。
「クローバー君。君のような若き紳士と出会えたこと、私は嬉しく思っているよ」
「自分も、チューベローズさんのことは忘れられそうにありません」
「それではキューピッドの皆さん、お元気で」
一礼を交わし、老紳士は軽やかな足取りで愛する妻が待つ家へと帰っていった。
工房都市へ戻り、ギルド長に報告する自分たち。
今回の騒動に世界怪異は関わっていなかったと伝える。
報告を聞いたギルド長は納得した様子で、事後報酬として500万フラを渡してきた。
多少嘘をついているため後ろめたいが、実際に調査は行っているのでありがたく頂戴することにする。
これで話は終わりかと思えたが、ギルド長からまだ話があると声がかかる。
また厄介ごとを押し付けられるのではないかと身構えていると、ムスカリの開発した『ポーション』についての相談だった。
現在、商業ギルドに卸している『回復ポーション』と新たに開発した『万能ポーション』。
これらを冒険者ギルドでも正式に取り扱いたいらしい。
しかし、ポーションはムスカリが一人で生産している現状、どうしても生産量を増やすのが厳しい。
そう伝えると、ギルド長から冒険者ギルド、商業ギルド、そしてキューピッドの三者で話し合い、ポーション生産の工場を作らないかと誘われる。
確かにそんな工場があれば、ムスカリに無茶な生産をお願いせずに済む。
そして何より、彼女のやりたい研究開発にしっかりと時間を当てられるようになるはずだ。
ムスカリに意見を確認してみたが、彼女も賛成のようだった。
三者での話し合いを了承し、具体的な日程については後日の連絡待ちということになった。
ようやく自宅に戻った自分たちは、さっそくリビングにて報酬の分配を行う。
分け前を手にして、一気に懐が潤ったケージュは嬉しそうに街へと出かけて行ってしまった。
残りのメンバーはリビングに滞在し、お茶を飲みながらあの老紳士について語り合う。
「物腰が柔らかくて優しい人でしたね!」
「愛する奥様のために、頑張っていらっしゃったんですよね。奥様は一体、どのような人なのでしょうか?」
ルピナスやハートたちが楽しそうに語り合っていると、ヘリオがふと静かに呟いた。
「……奥さん。羨ましい」
ガシャン!
自分はヘリオの言葉を聞いて、手に持っていたカップを落としてしまった。
まさか、自分よりもチューベローズさんに惚れて――。
「……結婚、羨ましい」
自分の心配とは違っていたが、場の空気が静まり返ってしまった。
恋人であるルピナス、ヘリオ、ハート。
さらに他のメンバーたちの視線が容赦なく自分へと集まる。
その視線には、『無言の圧』が満ち満ちていた。
別に自分は、結婚から逃げているわけではない。
ただ彼女たちと交際を始めてから、まだ半年も経過していない。
前世の感覚からしても、さすがにスピード婚は避けたいと考えているだけだ。
「もちろん、将来的には正式に責任を取るつもりだよ。ただ、恋人期間が短すぎるのもどうかな……ってね?」
引きつった笑みを浮かべながら、自分はそう返すのが精一杯だった。
自分の回答に恋人三人組は満足したようで、それぞれ頬に手を当てながら幸せそうに喜んでいる。
すると、今度は恋人ではない四人が不満そうに口を開く。
「わたしもお嫁さんー」
「なぁその……アタシも……」
「君は私の助手だろう?」
「クローバー君、私はー!?」
自分は四人をなだめながら口を開く。
「自分にはもう三人も恋人がいるんだ。これ以上の浮気はさすがに色々と……」
自分の、男としては既にボロボロの倫理観から振り絞った発言だったが、それを聞いた恋人三人組がきょとんとした顔をした。
「私たちは別に、増えること自体は反対していませんよ?」
「……うん。別に気にしない」
「ご主人様は責任を取ると言ってくださいましたし、何より好きな人が被ってしまった私たちにも非があります」
「それに、後から好きになってしまったらもう手遅れだなんて……私だったら耐えられません」
ルピナスが悲しそうな表情で声に出す。
恐らく、ヘリオやハートよりも出会いが遅かったことで思い当たる部分があるのだろう。
「もちろん、誰でも彼でも大丈夫というわけではありませんよ? そこまでは流石に、私たちだって嫌な気持ちになります」
「お互いに気の知れた方であれば、私は問題ありません」
「……家族は、多い方が楽しい」
どうやら彼女たちの許容力は、かなりの高レベルに仕上がっているらしい。
だが正直な話、彼女たち三人を相手するだけでも体力はカツカツなのだ。
これ以上相手が増えたりしたら、確実に自分の身が持たない。
そんなわけもあり、自分がこれ以上手を出すことはありえない。
自分は心の中で、固く決意する。




