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#77 紳士と怪異

山にて怪異を捜索中、自分はチューベローズさんと並んで歩いていた。

女性ばかりの我がパーティーにおいて、彼のような男性同行者は大変貴重だ。

日頃から男一人で肩身の狭い思いをしている自分にとっては、こうした状況は素直に嬉しい。


「それにしてもクローバー君。君に三人も恋人がいるとは驚きましたよ」


「……一人に決められず、不甲斐なさを恥じるばかりです」


自分が肩を落とすと、チューベローズさんは言葉を続けた。


「責めているわけではありませんよ。皆さん了承済みのようですし、責任も取るのでしょう?」


「それは当然取ります。もちろん、彼女たちが変わらずに望んでくれたらではありますが」


「それでしたら、気にする必要なんてありませんよ。本人たちが納得しているのですから、それでいいじゃないですか」


そういってチューベローズさんは、また手帳に何かメモを始めた。

こうして会話をしている最中、合間合間に彼はメモを取っている。

一体何を書いているのだろうか?


手帳も気になるが、彼と出会ってからずっと疑問に思っていたことがある。

自分は我慢できずに、老紳士に尋ねてみる。


「あの、チューベローズさん。その恰好……暑くはないんですか?」


今の季節は容赦ない日差しが照り付ける真夏。

自分たちでさえ薄着をして、それでも額に汗を浮かべている。

それだというのに、彼の衣装は中折れ帽子と仕立ての良いコート姿。

見たところ、汗をかいている気配はないが本当に平気なのだろうか。


尋ねられた老紳士は、足取りを緩めることなく微笑んで返してきた。


「ええ、全く問題ありませんよ。むしろ涼しいくらいです」


「涼しい……?」


紳士の余裕に満ちた返答を聞き自分は合点がいった。

おそらく彼の着ているコートには、気温調整のような機能が込められているのだろう。

自分たちが冬に着ていたあのコートのように。


さすがは長年ソロで活動しているベテランだ。

使用している装備も一流品が多いのだろう。


そんな話をしていると、突然後ろから何かが倒れるような音が響いた。


「……?」


振り返ると、女性陣が全員地面へと倒れ伏していた。

慌てて彼女たちのもとへ駆け寄ろうとすると。


「待ちなさいクローバー君。今は近づかない方がいい」


横から伸びてきたチューベローズさんの腕に、肩を掴まれて制止された。

紳士は倒れた彼女たちを見つめ、冷静なトーンで言葉を続ける。


「安心しなさい。ただ寝ているだけですよ」


「寝ている……? あっ!?」


すると木々の隙間から、大きな袋を背負った一人の老人が姿を現した。

状況から考えて、おそらく老人の仕業であり、彼が探していた怪異なのだろう。


とにかく、よろしくない展開になってしまった。

戦力的に貧弱極まりない自分と、実力が未知数の老紳士。

戦闘可能なのは、僅か二人だけだ。


サングラス越しに目前の怪異を睨みつけ、どう立ち回るべきか思考を巡らせる。

しかし、隣に立つ老紳士は冷徹な笑みを浮かべると、怪異に向けて語りかけた。


「ようやく見つけましたよ」


「はっ? なんじゃお前」


老紳士の言葉に、怪異は不思議そうに首を傾げた。

どうやら怪異の方は、紳士に覚えがないようだった。


「これでも見覚えがないとは言わせませんよ」


チューベローズさんはそう言うと、羽織っていたコートを豪快に脱ぎ捨てた。

次の瞬間、自分と怪異は同じタイミングで驚愕の声をあげた。


「「なっ――!?」」


無理もない。

なぜなら、彼はコートの下に何も着ていなかったのだから。

しかもその露出した身体は、およそ老人のものとは思えないほど凄まじく鍛え上げられていた。

はち切れんばかりの大胸筋、美しく割れた腹筋、丸太のように太い腕。

そこにあったのは、ボディービルダー顔負けの圧倒的な肉体だった。


正直な話、メンバーが眠らされていて本当に良かった。

自分は不謹慎ではあるが、心の中で怪異に感謝した。

一方、ドン引きしている怪異は唖然としながら首を横に振った。


「いや……えっ? なんで服着てないんじゃ……?」


「これでも、まだ思い出せませんか!?」


チューベローズさんはそう叫ぶと、丸太のような両腕を頭の後ろで組み、大胸筋を膨らませて見事なポーズを決めた。

対する怪異は、きっぱりと首を横に振る。


「いや、だから本当に知らんて。頼むから服を着てくれんか……」


話が前に進まない。

自分としても、これ以上全裸高齢男性の隣に立っていたくなかった。

精神的な限界を感じたため、強引に二人の会話へ割り込むことにした。


「あの……チューベローズさん。もしかして、ご家族があの怪異の被害に遭われていたりされます?」


「その通りですよクローバー君!」


紳士はサイドチェストの姿勢を取ったまま、真剣な眼差しで自分に振り返った。

こっちに体を向けないでもらいたい。


「我が愛しの妻が、眠ったままずっと目を覚まさないのです」


「なるほど、奥さんが……」


ようやく話が繋がった。

すると、怪異はやれやれと肩をすくめて吐き捨てた。


「フン、アホかお前。眠らせたヤツでさえ覚えてないのに、関係者など知るわけなかろうが」


「我が麗しの妻を覚えていないですと!?」


「ほざけ。妻の前にまず服を着ろ、服を」


なぜだろう。

諸悪の根源である怪異の方が、正論を言っているような気がしてならない。


「これは紳士の服装です」


「何が服装じゃ、何も着てないじゃろうが! ええい気色悪い。ならばお前も夫婦仲良く眠らせてやろう!」


怪異が不気味な笑みを浮かべ、背負った大きな袋の紐に手をかける。

すると老紳士は、深いスクワットの姿勢を取った。


紳士と怪異の両者が見合う。

まるで西部劇の早打ち勝負のような、謎の緊張感が周囲に流れる。


怪異が袋の紐をバッと解いた、その瞬間。

気合いの掛け声とともに、老紳士が腰を激しく躍動させながら怪異に向かって突進していった。


自分側からは老紳士の背中しか見えないため、何が起きているのか正直よく分からなかった。

だが正面にいた怪異の視界には、紳士の下腹部で尋常ならざる挙動を見せる『何か』が、否応なしに認識されていた。


その刹那。

怪異は目を見開き、うつろな表情のまま笑い続けるようになってしまった。

彼はそのまま虚空を見つめ、その場にへたり込む。


「……あひゃっ…………あひゃひゃ…………」


「どうやら片付いたようだ、クローバー君」


こちらに振り向いて、戻ってくるチューベローズさん。

もちろん彼は、今もなお最重要部分を隠そうとはしていなかった。

老紳士は気にせず、眠ったまま目覚めないルピナスたちを不思議そうに首を傾げた。


「しかし、元凶を倒せば目を覚ますと思ったのだが……違ったようですね」


「恐らく、あの怪異がまだ生きているからではないでしょうか」


自分は老紳士の下半身を視界に入れないように目を逸らしながら、推測を語った。

それを聞いたチューベローズさんは、顎に手を当て悩んでいる。


いくら最愛の妻のためとはいえ、抵抗できない相手の命を奪う気にはなれない様子だった。


「一つ、試してみたいものがあります」


自分はそう言うと、懐から一本の小瓶を取り出した。

ムスカリ特製の『万能ポーション』。

様々な状態異常を治癒できるこの薬なら、怪異の昏睡にも効果があるかもしれない。

だがこの薬を試す前に、どうしても優先しなければならないことがあった。


「チューベローズさん、そろそろコートを着用していただけますか?」


「そうでしたね。紳士たるもの、矢鱈と淑女に肌を見せるのはマナー違反ですからね」


全裸男性にマナーについて語られ、自分は複雑な心境になってしまう。


「クローバー君。君も素晴らしい気配りができる紳士だ」


「はやく着てください」




自分は倒れている彼女たちの口元へ、万能ポーションを次々と流し込んでいった。

少しして効果があり、メンバーたちは次々と目を覚ましていく。

まだ状況が上手く読み込めずも、ふらふらと起き上がる。


「クローバー……? 私たちは、一体……」


首を傾げるルピナスたちに、これまでの経緯を分かりやすく説明した。


みんなが世界怪異によって眠らされてしまったこと。

怪異を戦闘不能へ追い込んだこと。

そして、万能ポーションを使ってみんなを起こしたこと。


一通りの説明を終えると、ランティアが自分とチューベローズさんを交互に見つめてきた。


「二人だけで、あの怪異をどうやって倒したんだい?」


「あ、いや……それは、その……。チューベローズさんが、色々とね……?」


自分は言葉を濁してとにかく微笑んだ。

全裸の老紳士が、腰をくねらせながら相手を精神崩壊させた。

なんて口に出そうものなら、こちらの正気が疑われてしまう。


「とにかく、万能ポーションが怪異の眠りを解除できることが証明された」


自分が強引に話を逸らすと、ムスカリが小さく頷いた。


「やはり、作成しておいて正解だったようだね」


山にいた怪異が無害な置物と化している現状、次は眠り続けている被害者たちを救うべきだろう。

自分たちは哀れな怪異を回収して、急ぎ山を下りることにした。

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