#76 怪異調査依頼
ある日突然、冒険者ギルドから一通の手紙が届いた。
中身を確認すると、どうやら我が『キューピッド』に直接依頼したい調査があるとの内容が書かれていた。
「わざわざ手紙を送ってくるなんて、何事だろうね」
今までなかった出来事のため、ランティアが不思議そうに首を傾ける。
とにかく、詳しい話を聞いてみないことには何も分からないため、自分たち一行はギルドへと向かった。
ギルドに到着するや否や、いつもの受付ではなく奥にある立派な応接間へと通された。
その部屋で椅子に腰掛け、待ち構えていた人物が一人。
この町の冒険者ギルドで一番偉い人、ギルド長その人だった。
「……この度はC級パーティーである自分たちをわざわざ指名して、一体どのようなご用件でしょうか?」
恐る恐る尋ねる自分に、ギルド長は不敵な笑みを浮かべて一枚の書類を差し出してきた。
「C級? いやいや、君たちは本日付けで『B級』だ。まずは昇格おめでとう、キューピッドの諸君」
「えっ、本当ですか!?」
「やったー」
「わーい!」
ルピナスが表情を輝かせ、ホオズキやナグサたちが突然の昇格を無邪気に喜ぶ。
その一方で自分やランティア、ムスカリといったある程度察しの良いメンバーは、一様に冷ややかな反応だ。
まだ見ぬ不穏な気配を察知して、自分の胃がきりきりと痛み出す。
自分は引きつった笑みを浮かべたまま、本題を切り出した。
「……それでは、B級なったばかりである自分たちへの依頼とは、どのような内容ですか?」
「うむ。実は『世界怪異』の目撃情報があがっていてな。その調査をぜひ君たちに任せたい」
「せ、世界怪異ですか……」
あまり関わりたくないワードの登場に、ついため息が出そうになる。
「それはもっと上の……A級パーティーなんかに頼むべき内容なのでは?」
縋るような思いで食い下がる自分に、ギルド長は真剣な眼差しで答えた。
「君たちは過去に二度も世界怪異と相対し、そのどちらでも無事に生還している。それだけの経験と実績を持つパーティーは、君たちをおいて他にいないのだよ」
パーティーを評価してもらえるのは有り難いが、その成果は全て優秀なメンバーたちの手柄だ。
戦闘力が貧弱な自分にとっては、ただの死刑宣告に等しい。
できれば断りたいが、ギルド長直々の指名と突然の昇格。
おそらく拒否権など最初からないだろう。
ランティアやムスカリにダメ元で視線を送ったが、二人は静かに首を横に振る。
やはり、受けるしかなさそうだ。
「……分かりました、お受けします」
こちらの返答に満足したようで、ギルド長が話を続ける。
手付金代わりに、先ほどのB級昇格。
そして無事に調査が終われば、報酬として500万フラが支払われるらしい。
「それで、目撃された世界怪異についてはどんな情報が?」
「うむ。まだ怪異だと確定したわけではないが……なんでも見たら『発狂する』とも『目を覚まさなくなる』とも言われている」
「発狂に……昏睡? どちらか片方だけではなくですか?」
「そうだ。とある田舎町の周辺で、どちらの被害も極端に増えている。分かっている情報は、現在のところそれだけだ」
あまりにも情報が少なすぎる上に、両方の被害を起こしそうな都市伝説や怪異が思いつかない。
この世界独自の何かが原因なのだろうか?
それから一旦家に戻り、自分たちは作戦会議を開くことにした。
集めたメンバーは自分とランティア、ムスカリの三人。
他のメンバーは昇格祝いの買い出しに出かけ、自宅の警護としてホオズキの召喚獣たちが庭で散歩している。
まずは三人で、世界怪異の中で『見てはいけない』ような存在について確認していく。
ランティアに魔獣や怪異、伝承などを選び出してもらうと、その種類は実に様々だった。
長時間見てはだめなもの。
一瞬でも視界に入れてはだめなもの。
大人数で見てはだめなもの。
逆に、一人でのみ見てはだめなもの。
それらおおよその共通点として『裸眼で直接見てはいけない』ということだった。
そこで対策としてとりあえず、メンバー全員分の『黒眼鏡』を用意することが決まった。
そこで自分は、ついでに気になったことを二人に尋ねてみる。
「そういえば、召喚獣たちには必要ないのかな? 黒眼鏡。あの子たちももしかしたら怪異を見ちゃうわけだし」
自分の突飛な質問に、ランティアとムスカリは顔を見合わせ小さく笑った。
「召喚獣が発狂したなんて情報は聞いたことはないねぇ」
「彼らは我々や魔獣とはまた違った特殊な存在だ。気にする必要はないだろう」
「それならいいんだけどさ……」
どうやら自分の心配し過ぎらしい。
強いだけでなく、耐性もバッチリな召喚獣が正直羨ましい。
数日後。
自分たちはお揃いの黒眼鏡(防具工房制作)を装着し、目撃情報のある田舎町へと向かっていた。
道中、ホオズキやナグサ、ケージュといった面々が、やたらと楽しそうにポーズを決めている。
よほど黒眼鏡という未知のアイテムを気に入ったのだろう。
気に入る分には嬉しいが、緊張感がいささか足りていない気がして不安になる。
早くも先が思いやられてくるが、そんなメンバーたちに追加のアイテムを披露する。
それは、ムスカリが新たに開発してくれた『万能ポーション』。
以前から実験を進めていたが、ようやく完成した一品だ。
効果としては毒や麻痺、石化といった多種の状態異常を治癒してくれる。
自分たちのパーティーには、状態異常の解除手段が乏しい。
昏睡はともかく、発狂に効果があるかは未知だが……、万が一の保険として切望していたため、開発が間に合って一安心だ。
まぁ、このポーションを開発するにあたり、助手兼実験台の自分は地獄を見たのだが……。
これは割愛するとしよう。
自分はメンバーたちに万能ポーションを配っていく。
すると、ホオズキが好奇心に負けたのかいきなり口を付けてしまった。
「……うっ」
次の瞬間、ホオズキは無言のまま目から大粒の涙を流し始めた。
「ホオズキ!?」
まさかポーションに副作用でもあったのだろうか。
自分が慌てて駆け寄ると、ホオズキは震える声で呟いた。
「マズいー……」
どうやら、あまりの不味さにショックを受けて泣いただけらしい。
今の出来事で、自分はポーションがマズくて正解だったと確信した。
もし美味しく仕上がってしまっていたら、いざ必要な場面で飲み干している光景がまじまじと思い浮かぶ。
「いいかいみんな、緊急時以外は絶対に飲まないようにね」
「クローバー、そんなことをするのはホオズキだけですよ」
「……間違いない」
「危ない時も飲みたくないー」
「それはダメ」
自分がそう釘を刺すと、ホオズキは不服そうな顔をした。
そんなやり取りをしながら、目的地の田舎町へと到着した一行。
まずは怪異についての更なる情報が欲しいため、三人ずつのグループに分かれて情報収集を行うことにした。
自分の班は、ヘリオとホオズキとの組み合わせ。
ヘリオは万が一の戦闘要員、自分はホオズキのお目付け役。
三人で町の冒険者ギルドへ聞き込みに向かうと、館内はひどく閑散としていた。
とりあえず受付の職員から情報を得ようと試みたが、新しい情報は何もなかった。
ここでの情報収集は空振りかと落胆していると、一人の人物が話しかけてきた。
「君たちも世界怪異を調べに来たのですか?」
低く落ち着いた知性を感じさせる声で、大きなコートと中折れ帽子を身に着けた老齢の男性。
さながら紳士という言葉がぴったりな人物だった。
その老紳士は穏やかな笑みを浮かべながら、話を続ける。
「実はね、私も調査に来ているんだ。もしよければ、協力させていただけないだろうか?」
どうやら、自分たち以外の冒険者も調査に来ていたようだ。
対象が対象だけに、人数は多い方が頼もしい。
自分は喜んで協力をお願いする。
それからお互いに自己紹介を行い、老紳士の名前はチューベローズさんだということが分かった。
長年ソロで活動しているベテランらしく、穏やかな物腰の奥に並々ならぬオーラを感じる。
「自分はクローバー。キューピッドというパーティーでリーダーをしています」
続いて、ヘリオが口を開く。
「ボクはヘリオ。彼のお嫁さん」
「将来的には考えていますが、まだ恋人です」
相変わらずヘリオは気が早い。
だが最近は自分もこのやり取りに慣れてきており、訂正がかなりスムーズになってきた。
「それは残念ですね。お二人の空気感から、てっきりもう夫婦なのだとばかり思っていました」
「クローバー、この人信頼できる」
ヘリオの人を信頼するしないの基準が分からない。
すると、ヘリオに便乗してホオズキも自己紹介を始めた。
「わたしはホオズキ。わたしもお嫁さんー」
「彼女は違います。ただのパーティーメンバーです」
「違わないー」
ホオズキが頬を膨らませ、背中をポカポカと叩いてくる。
そんな自分たちのやり取りを見て、老紳士は目元を和らげた。
「なるほど。皆さん大変仲がよろしいようで」
「お恥ずかしい限りです……」
老紳士は楽しげに微笑みながら、手帳に何かメモを取っていく。
その後、別行動していた他のメンバーと合流し、それぞれ集めてきた情報を話し合うことになった。
自分たちの空振りとは裏腹に、ルピナスたちの集めてきた情報はどれも背筋が凍るような内容ばかりだった。
「近隣の山で活動していた山賊たちが、正気を失った状態で見つかったそうです」
「山に入った狩人や住民が、ここ数ヶ月眠ったまま目を覚まさないらしいんだよねぇ」
「人だけではなく、山に生息している動物や魔獣までもが、眠ったままの状態で発見されているようですね」
自分は腕を組み、深く考え込む。
「とにかく、近隣の山に怪異がいるということで間違いなさそうだね」
こうして自分たちと老紳士を合わせた計十名は、山へと向かうことになった。




