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#8 いざニゲラ!

ベリーナさんの説得が終わり、パーティーメンバーと合流してからは早かった。

というより、一刻も早く『運命の相手』を確かめたいベリーナさんに、めちゃくちゃ急かされてしまった。


ここからニゲラ村まではかなりの距離があるため、自分たちはすぐに馬車を手配し、現在は目的地へ向かって街道を走らせている最中である。

道中は、スライミーなどのザコ敵に数回遭遇したぐらいで、基本的には平和そのものだった。


あまりに平和過ぎて暇を持て余したのか、馬車内の女性陣は、いつの間にか怪談話のようなことまで楽し気に話し始めている。

自分は御者台で馬車の操作をしているため、あまり本格的には会話の輪に混ざれていない。


新入りのハートが『御者台の操作を代わります』と健気に申し出てくれたのだが、彼女はまだパーティーに加入したばかりだ。

できれば馬車の中でルピナスやヘリオ、そして同行者のベリーナさんと親睦を深めてほしいと思って、自分は笑顔でそれを断ったのだった。


――ただ、御者台まで漏れ聞こえてくる、この世界の都市伝説のような話は、自分の背筋をゾクゾクさせる。


どうやら、この世界の人たちも怪談話は好きらしい。

自分も前世からホラーは苦手ではあるのだが、怪談や都市伝説といった類の話には、ついつい興味を持ってしまう性質だった。




太陽が沈み、あたりが完全に暗くなった頃、自分たちは街道の脇に馬車を止めてキャンプをすることにした。


ヘリオが近くで倒れていた倒木を素手でへし折って薪にし、ルピナスが火打石を使って火を起こす。

その焚火を使って、自分とハートは二人で手際よく夕食の料理を始めた。


パチパチと心地よく爆ぜる焚火を囲みながら、皆で干し肉や温かいスープを口にする。


「よし……それじゃあ、そろそろ見張りの順番を決めて、交代で休もうか。最初の見張りは自分がやるから、みんなは先に馬車の中で休んでいいよ」


正直、貧弱フィジカルの身としては、一日の馬車の運転で既にへとへとであった。

けれど、一応これでもパーティーリーダーなのだ。

残り僅かな体力を振り絞り、彼女たちの前で格好をつけてみせた。


その後は、幸いにも何事もなく見張りの時間を終え、次の見張りのルピナスと交代。

馬車の荷台の隅へと移動した自分は、横になった瞬間に、泥のように深い眠りへと落ちていくのだった。




――深夜。

焚火の火が、小さくなりかけた頃。


静まり返ったキャンプ地で、一人の人物が音もなく静かに動き出した。


その人物は、クローバーの規則正しい寝息をじっと確認すると、静かに彼の隣へと這い寄った。


そして、無防備に眠るクローバーの首元へと、ゆっくりと自分の顔を寄せ――。


「――スー……ハァァ……」


限界まで、深く、深く深呼吸をした。


「あぁ……やっぱり、素晴らしい匂いです、ご主人様……♪」


ハートは狐耳をうっとりと寝かせ、至福の表情を浮かべた。

彼女はその後も、彼の髪や、胸元、耳など、様々な部位の匂いを隅々まで恍惚の表情で堪能し続けるのだった。


クローバーは、まさか自身が寝ている間に限界まで匂いを吸い尽くされているとは夢にも思っていない。

当のクローバー本人は現在、ものすごく怖い悪夢を見てはいるが……。




――翌朝、クローバーの目覚めは、お世辞にも良いとは言えなかった。

顔色の悪さにルピナスやヘリオが心配そうに声をかけてくる。


「どうしたんですか、クローバー? あまり元気がないようですが……」


「風邪……?」


「う、ううん。大丈夫だよ……。ただちょっと、夢見が悪くてね……」


自分が生気のない声で答えると、すぐ側から血色の良い、肌もツヤツヤとしたハートが元気よく進み出てきた。


「まぁ、それは大変ですご主人様! 昨日の疲れが残っているのでしょう。朝食の準備はすべてこの私が作りますので、どうか馬車の中で横になって休まれていてください!」


「……ありがとう、ハート。それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうかな」


彼女の言葉に甘え、自分はもう少しだけ荷台の中で休ませてもらうことにした。


初めての神様からの依頼なのに、リーダーの自分がへばっていて申し訳ない……。




朝食を終え、自分たちは再び馬車を走らせた。

昨日と同じでこれといったトラブルは起こらなかったため、昼過ぎには目的地のニゲラ村へと到着した。


村が見えてからというもの、ベリーナさんの振動が止まらない。

一刻も早く、ターゲットの村人であるペルシャンさんを探さねば。


自分たちは第一村人を見つけ、丁寧にペルシャンさんの居場所を聞き出した。

どうやら、少し離れた小屋で、薪割りをしている青年がペルシャンさんであるらしい。


村人にお礼を言って、自分たちは彼がいる方向へと歩みを進めていく。


あと百メートルほどの距離まで近づいたところで、自分はそばを歩くベリーナさんへ向けて、静かに説明を始めた。


「ベリーナさん、あそこで薪を割っている彼が、あなたの『運命の相手』の、ペルシャンさんです」


「かっ、彼が……私の、そうなのね……っ」


ゴクリ。

ベリーナさんが過度の緊張から唾を呑み込む音が、周囲にまでハッキリと聞こえてくる。


徐々に近づいていって、残り三十メートル。


(どうか、あのペルシャンさんが、ベリーナさんの望む通りの運命の相手でありますように……! もし違ったら、自分は完全に消されてしまう!)


ベリーナさんとは全く違う緊張感が、自分にも走る。


残り十メートル。

薪を割っていたペルシャンさんが、こちらに近づいてくる見慣れない一団の気配にようやく気が付いた。

彼は手を止め、こちらに顔を上げる。


そして、残り三メートル。

ベリーナさんとペルシャンさんの、お互いの視線が真っ直ぐに合った――その瞬間。


――カーンコーン、カーンコーン……♪


突如として、出会いを祝福するかのような美しい教会の鐘の音が周囲に鳴り響いた。


「あ……」


ペルシャンさんは手に持っていた薪割りの斧をドサッ、と地面へ落とし、ベリーナさんは吸い寄せられるように、一歩、また一歩と彼の方へ歩み寄っていく。

近づいた二人は、どちらからともなく自然にお互いの手を固く『恋人繋ぎ』に結び合わせると、完全に二人だけの世界に入り、うっとりと見惚れ合っているようだった。


どうやら自分は、社会的にも物理的にも消されないで済むらしい。

よかった!


「あぁ……! 君はなんて美しい瞳をしているんだ。今まで見た、どんなものよりも美しい……! ちょっと仕事で疲れているのかな? でも、そんな風に少し疲れを感じさせる君ですら、なんて可憐なんだ……!」


「あなたも……! 今まで出会ったどの男性よりも素敵よ! 周りの同期たちの惚気地獄に耐え続けた日々も、全てこの瞬間のためにあったのね! 私の心は今、誰よりも熱く燃え上がっているわ!」


「僕もだよ、ベリーナ!」


一体、自分たちは何を見せられているんだろうか。


目の前の二人が完全に二人だけの世界に没入した瞬間、一気に周囲の空間が、ケーキの上に砂糖や蜂蜜をこれでもかとブチまけたかのように、恐ろしいほどに甘ったるくなった。


いや、自分だって別に、他人の幸せを純粋に妬んだり、「リア充爆発しろ」などと不謹慎な呪いを吐くつもりは毛頭ない。


ただ……真昼間ののどかな村で、人目もはばからずに、目の前で全力でイチャイチャされると、もの凄く、ものすごーーく気まずいのだ。


「わぁぁ……! これぞ運命的な出会いですね! なんてロマンチックな……」


ルピナスが年頃の少女のように目を輝かせ、イチャイチャしている二人を本気で羨ましそうに見つめていた。

一方でヘリオはあまり興味がないようで、自分の隣でいつも通りの気だるげな表情を浮かべている。

側で控えているハートは、ただただ満足そうにニコニコとした笑みを浮かべていた。


あっ、二人がキスをしそうな雰囲気になっている。

これ以上は見ていられない。


自分は引きつった笑みを浮かべながら三人を引き連れ、逃げるようにその場を後にした。


『愛の神』の特別依頼 ベリーナ×ペルシャン 任務達成

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