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#75 天国の先生

ケージュが明かりの消えた携帯式ハウスに戻り、玄関の扉をそっと開ける。

すると、正面の薄暗い廊下にハートが待ち構えていた。


「……迷惑はかけねぇよ。荷物だけ回収したら、すぐに出てい――」


「ケージュ様。夜の庭を散歩されたようですが、外は随分と蒸し暑いですからね」


ハートはケージュの言葉を遮り、淡々と言葉を紡いだ。


「衣服に汗が染み付いてしまっています。一度、ご入浴をされてはいかがでしょうか?」


「……あ?」


目の前の少女はそれ以上何も言わず、ただ優しく風呂場の方向を指差した。

ケージュは決して頭が良くないが、あえて言葉を濁していることぐらいは流石に分かる。


多少の返り血が付着している上に、ハートは同じ獣人だ。

たとえ返り血が付いていなくても、匂いだけで人を殺めてきたことくらいバレているはずだ。

それなのに彼女は一切そのことに触れようとしない。


仕方なく、言われるがままに風呂場で血と匂いを洗い流すケージュ。

入浴を済ませると、着替えが用意されていた。


あの従者が独断でここまで行動するほど、彼女との関係は深くない。

恐らくはあのお人よしの指図だろうと察し、ケージュはクローバーの部屋を訪ねる。


加入して日が浅いとはいえ、これでも多少の恩は感じている。

迷惑をかけないうちに、パーティーからの脱退を伝えて去るつもりだった。


力強くノックをして、ガチャリとドアが開く。


「あぁケージュ、散歩から帰ったんだね。寝る前に帰って来てくれて良かったよ」


ところが、クローバーはケージュが口に出す前に、いつもの顔で言葉を被せてきた。


「明日からは、いよいよラフロー王国への長い帰路が始まるからね。朝が早いからしっかり頼むよ」


「ボス、オレは――」


「ほらほら、明日眠いって文句を言いだしても知らないよ? それじゃあ、おやすみ」


クローバーはそのまま、彼女を部屋の外へと押し出しドアを閉めてしまった。

静まり返った廊下で、ケージュはただ呆然と立ち尽くす。


当初は敵対していた上に、勝手についてきた身だ。

関係も浅く、本来なら向こうから追い出されたって文句は言えない立場だ。

それなのに彼らは自分を糾弾するどころか、見て見ぬふりをしようとしている。


「……どいつもこいつも、本当にお人好しな連中だな」


ケージュは前髪を掻きむしり、どこか憑き物が落ちたように自室へと歩き出す。




それから数日。

引き取った三人の孤児たちは環境の違いに驚きながらも、表情に明るい変化が見られるようになってきた。

そんな彼らのお世話係だが、多数決でケージュが任命されていた。


「おい、あんまり引っ付くんじゃねぇ」


「ケージュおねえちゃん、だっこー!」


「あぁ!?」


文句を言いながらも、ケージュはメンバーたちに助力してもらいながら子供たちの相手をしている。

彼女のそんな姿を見て、自分は馬車の御者台で小さく微笑んだ。


しばらく馬車を走らせ、国境近くの町を通過しようとすると。


「おい、そこの馬車! 止まりなさい!」


行く手を阻むように、数人の衛兵たちに馬車を止められる。

ケージュの身体が強張るのが、背後からでも伝わってきた。


恐らく、あの施設長の遺体が発見され犯人を捜索中のため、検問が厳しくなっているのだろう。

自分は御者台から下り、何食わぬ顔で対応した。


「何かあったんですか?」


「実はとある孤児院で人が殺されてね。その犯人を捜しているんだよ」 


「それはご苦労様です。私どもの馬車にはそんな不届き者はいませんが、どうぞ中を確認していただいて問題ありませんよ」


「うむ、済まないね。……ん? そこの子供たちは?」


衛兵たちが馬車の中を覗き込み、ケージュの後ろに隠れるようにしている孤児たちに目を留めた。

すかさず、自分は懐から一枚の書類を取り出して差し出す。


「ああ、その子たちは例の孤児院にて正式に引き取った子たちです。ほら、これがその時の証書ですよ」


衛兵が書類を受け取り、じっくりと目を通す。

そこには確かに殺害された男の名が書かれており、正式な印もしっかりと押されていた。


「ふむ……なるほど。偽造でもなさそうだし、特に問題はないな……。君たち、怖がらせて悪かったね」


正式な手続きによる譲渡だと確認でき、衛兵の警戒心が解けていく。

自分は世間話を装い、言葉を続けた。


「それにしても、人が殺されるだなんて恐ろしい話ですね。……もしや、私の支払った金を狙った『物取り』の仕業でしょうか?」


衛兵はため息をつきながら軽く首を振った。


「いや、それが現場には大金がそのまま残されていたらしくてね。恐らくは、どこかからの相当な『恨み筋』による犯行だろうと言われているよ。だが殺された男、随分と色んなところから恨みを買っていたようでな……」


「そうなんですか……。早く犯人が捕まると良いですね」


「ああ、まったくだよ。とにかく確認は終わりだ、協力感謝する。先へ進んでいいぞ」


「ありがとうございます。それでは」


自分は一礼し、再び馬車を走らせた。

検問を通り抜け衛兵たちの姿が遠ざかると、ケージュの緊張が解けたようで大きなため息が漏れ聞こえてくる。


自分はラフロー王国へ向けて、馬車の速度を少しだけ上げるのだった。




それから長い旅路を終えた自分たちは、工房都市へと帰還した。

三人の孤児たちはすっかりケージュに懐いた様子で、彼女の側から離れようとしない。

ケージュも口では文句を言いつつ、尻尾をパタパタと揺らして満更でもない様子だ。


「よし、到着したよ」


自分が馬車を止めたのは、街の片隅にある孤児院の前。

早速中に入り、応対してくれた施設長の女性に保護した子供たちを預かってもらえないかと相談する。

その女性はシスターの格好をしており、よく見ると片腕と片足を失っているようだった。


「ふぅん……事情は分かった。それで? その子供たちはどんな子なんだい」


「少々お待ちを。ケージュ、あの子たちを連れてきて」


「あいよ、ボス」


建物の外で待機していたケージュが、三人の孤児たちを担ぎ上げて中へと入ってくる。


「ほらお前ら、挨拶しな――」


その瞬間だった。

孤児たちの姿を視界に捉えたシスターの目が、カッと見開かれた。


「あぁぁぁぁ!!! なんて愛らしい獣人たちなんだ! 耳! 尻尾! 最高じゃないかっ! なんで子供が獣人だって早く言わないんだい!? ぜひともウチに預けな!!」


あまりの豹変っぷりに、周囲の空気が凍りつく。

自分や異変を察知して駆け付けたルピナスたちがドン引きする中、ケージュの動きがピタリと止まった。

彼女は信じられないものを見るかのように、シスターを凝視している。


「……先生……?」


ケージュの口から、声がぽつりと漏れ出た。


「……あ? なんだいお前、オレの知り合いかい?」


呆然としているケージュを前に、シスターは不思議そうに首を傾げた。

どうやら大人の獣人は趣味から外れているらしく、ケージュが誰か気づいていない様子だった。


「先生! オレだよ、ケージュだよ! 昔、シイドのボロ孤児院で世話になってたろ!」


ケージュが必死に昔のことを説明すると、先生はしばらく考えた後に手を打った。


「あぁ! あのクソ生意気だったケージュか! ずいぶんとデカくなっちまったなぁ!」


「当たり前だろ!? あれから何年経ったと思ってんだよ!」


「いやー、昔はあんなに可愛かったのに時間は残酷だねぇ……」


「ったく、先生の方は相変わらず……相変わ……らず……」


呆れを通り越したケージュの目から、涙が溢れた。

彼女は子供のように声を上げ、シスターの胸へと抱きついた。




それから少しして。

孤児院の庭では自分たちが連れてきた子供たちや施設にいる子、そしてキューピッドのメンバーが一緒になって遊んでいた。

その賑やかな様子を、ケージュと先生は少し離れたベンチに二人で座り、静かに眺めていた。


「――ふぅ。なるほどねぇ。あの頼りない優男が、今のお前の『ボス』かい」


先生が紫煙をくゆらせながら、庭で子供たちに遊ばれているクローバーの姿を見て笑う。

ケージュから近況を聞き、楽しんでいるようだ。


「まだ煙草、吸ってんすね」


「あのなぁケージュ、コレと酒がなきゃ人生の半分は損しちまうんだ。止められる訳ないだろう?」


そんな昔と変わらない先生を見つめながら、ケージュは視線を落とし声を漏らした。


「……なぁ先生。オレさ、バカだからさ」


「あ? なんだい急に。アンタがバカなのは昔から知ってるよ」


「さっきまでオレの事忘れてたじゃねぇかよ。……そうじゃなくてオレ、先生の仇だと思って、あの施設長を殺しちまったんだ」


先生はタバコを指に挟み、自身の欠損した腕をそっとさすりながら静かに呟いた。


「……相変わらずバカだねぇ、アンタ」


自身の行いを否定されたように感じて、ケージュは拳を握りしめて落ち込んだ。

しかし先生は小さく笑うと、タバコを灰皿に押し付け、彼女の頭をごしごしと乱暴に撫で回した。


「まぁでもアイツ、オレの天国を奪った上に腕と足まで持っていきやがったボケカスだからね。今思い出してもすっげームカつくし、よくやったよ。ケージュ」


「――っ」


その言葉を聞いた瞬間、ケージュの瞳から再び涙がボロボロと溢れ出した。




その後のケージュは、パーティーの前衛として活躍してくれるようになった。

我がパーティーの総合的な戦力がアップし、かなり心強い。


……まぁ、私生活の方はかなりの問題児だったが。


「ボスー。酒が切れたんで、持ってきてもらっていいっすかー」


暇さえあれば昼間から酒を浴びるように飲み、部屋は衣類やゴミが散らかしっぱなし。

まさに自堕落という言葉を絵に描いたような生活を送っている。


そんな彼女だが、まとまったお金が入るとふらりと姿を消すことがある。

行き先は聞かなくても分かっている。

きっと、あの先生と子供たちのいる孤児院に顔を出しているのだろう。


あれから我がパーティーでも、件の孤児院には継続的な支援を行っているのだが……。

わざわざ自分のお金を使って会いに行くあたり、彼女もお人好しなのだろう。


「あの……ボス、ホンットにすいません。ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、お金貸してくれません? いや、最初はオレも賭けで巻き上げりゃあ大丈夫と思ってたんですけど、誰も勝負してくれなくなっちゃって……」


だが、その後に飲み過ぎて支払いができなくなり、自分に泣きついてくるのだけは本当にどうかと思う。

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