#74 買える命と買えない命
海での魔獣騒ぎから数日経過して、楽しかったバカンスにも終わりが見えてきた。
やり残したことはないかとメンバーに確認すると、ケージュが真面目な顔で手を挙げた。
「この国を離れる前に、孤児院の先生に会っておきたい」
彼女の希望に反対するメンバーは誰もおらず、馬車の進路が決まった。
移動中、自分たちはケージュに孤児院との関係を尋ねてみた。
「まぁ、ただの小さな孤児院さ。オレを含めて、獣人のガキばかりが数人程度のな。いっつも貧しい生活だったけど、先生は優しかったし、それなりに楽しくもあったけどな。それから何年かして、オレの運の強さを気に入ったカジノに引き取られたんだ。だからもう、先生に十年は会ってない」
「良い先生だったんだね」
自分が温かい気持ちになっていると、ケージュは呆れたように首を振った。
「優しいのは間違いねぇけど、獣人のオレらを見てハァハァ興奮してるヤバい先生だったけどな」
「……危ない先生でもあったんだね」
そんな話をしながら馬車を進めることしばらく。
ケージュの案内で到着した孤児院を、自分たちは驚きと共に見上げることになった。
「……マジかよ」
案内した本人であるケージュが、一番呆然と立ち尽くしている。
彼女の話にあった「貧しく小さな孤児院」の面影はそこにはなく、目の前にあるのは随分と綺麗で立派な建物だった。
戸惑いながらも、ケージュが建物の中へと足を踏み入れた。
「おや? どちら様でしょうか」
奥から現れたのは、ケージュの言っていた『先生』ではなかった。
仕立ての良い上等な服を身にまとった、一人の男性が怪訝そうな顔で自分たちを出迎えた。
「おい、先生はいるか?」
ケージュがずいっと前に出て、その男性に問いかけた。
だが上等な服を着た男性は眉をひそめ、首を傾げるだけだった。
「先生? 申し訳ありませんが、私にはどなたのことか……」
「若い女で、一人称が『オレ』の、シスターのくせに酒もタバコも大好き人だよ」
ケージュがシスターの風上にも置けない特徴の数々を説明すると、男性はポンと手を打った。
「あぁ、あのシスターのことですか。 彼女でしたら、別の孤児院へ移られましたよ。もう数年は前のことです」
「どこの孤児院だ?」
「そこまでは存じ上げません。何せ、急なことでしたからねぇ……」
男性の言葉に、ケージュは深くため息をついて肩を落とした。
せっかく会いに来たというのに、空振りになってしまった。
「ちっ……。まぁ、いないんじゃ仕方ねぇな。ボス、用は済んだ。帰ろうぜ」
「あ、待ちなよケージュ。……あの、突然すみませんでした」
自分が代わりに男性へ頭を下げ、その場を立ち去ろうとした時だった。
施設長らしきその男性が、自分たちの身なりを観察すると、人当たりの良い笑みを浮かべて声をかけてきた。
「お待ちください、折角おいでいただいたのです。よろしければ、施設を少し見学していかれませんかな?」
恐らく、寄付金でも期待しているのだろう。
ケージュは既に興味を失ったようで、顔で帰りを促す。
「……まぁケージュ、せっかく案内してくれるって言うんだ。少しだけ見ていかないかい?」
自分の提案を、ケージュは拒否して馬車へと戻っていった。
仕方がないため、大半のメンバーたちには彼女の慰めをお願いし、自分とハート、そして顧問役としてランティアの三人で見て回ることにした。
施設長の後ろに付いて歩きながら、自分たちは室内の様子を観察した。
外観だけでなく、内部の廊下や壁もピカピカに磨き上げられており、非常に清潔感がある。
「こちらが、私どもが保護している子供たちの部屋になります。あいにく今は人数が少ないですが、どうぞ会ってあげてください」
案内された部屋の扉が開く。
そこには、獣人の子供たち三人、静かに座っていた。
施設長に促され子供たちが整列するが、どの子も表情は酷く暗い。
彼らの顔を見て、自分の胸の奥が騒めくように何かを感じた。
「頭をなでさせていだたいても?」
施設長から許可を取り、一番手前にいた獣人の少女へとそっと手を伸ばす。
その瞬間、少女の身体がビクッと跳ね上がった。
彼女はギュッと目を瞑り、酷く怯えながら頭をなでさせた。
(これは……)
自分の想像が正しければ、この施設は――。
施設長から応接間に案内されて、彼が話を始める。
「もしご希望であれば、貴方様のご趣味に合いそうな子をお譲りすることもできます。もちろん、金額次第ではありますが……」
どうやら従者を連れている自分を、どこぞの貴族の道楽パーティーだと誤解しているらしい。
お金に対する嗅覚は確かに鋭いようだが、残念ながら自分は”元”貴族だ。
背後に立つハートは表情こそ崩していないが、その額には青筋が浮かび上がっていた。
「……ちなみに、おいくらほどで?」
自分はあえて話に興味がある風を装い、金額を確認する。
「一人80万フラといったところでしょうか。それだけ出していただければ、痛めつけるも、ご自身の寝所に連れ込むのも、あとはご自由に」
胸糞悪い話だ。
自分は傍にいるランティアに、密かに確認した。
「シイド共和国では奴隷は合法だ。ラフロー王国出身のアタシらからしたら忌避感が強いけど、どうしようもないね」
つまり、彼のしていることは合法。
自分が購入しなければいずれは誰かに買われ、あとは購入者次第の命だ。
自分は先ほどの子供たちの表情が忘れられず、メンバーには怒られるだろうなと反省しながら回答する。
「いいでしょう。全員引き取らせていただきましょう」
「おお! 全員ですか!」
施設長は上機嫌で顔を綻ばせ、契約書を準備し始めた。
ハートとランティアに事後報告で視線を向けるが、予想通りというような顔をしていた。
それから自分は、世間話のつもりで施設長に話しかける。
「そういえば、先ほどはうちのケージュが失礼しました。まだ新入りでして、礼儀が悪くて大変申し訳ない」
「いえいえ、お気になさらずに。獣人の奴隷は覚えが悪いから大変でしょう? それよりも――」
ケージュは自分の奴隷ではないのだが、彼女がボス呼びだったために勘違いしているのだろう。
訂正する間もなく、施設長は上客となった自分に対し、声を潜めて密かに耳打ちしてきた。
「上客である貴方にだけは特別にお教えしますがね。さっきあの狼女が探していたシスター、彼女はもうこの世にはおりませんよ」
「……ほぉ?」
まさかのカミングアウトに、つい変な声が出そうになってしまった。
そんな自分の事など気にせず、施設長は勝ち誇ったように言葉を続けた。
「数年前にこの孤児院を買収したのですが、あのシスターがビジネスの邪魔してきましてね。少々おいたが過ぎるということで、とある場所で事故にあってもらったのですよ」
目の前の人物が、ケージュの恩人に手を下した悪党であることが判明してしまった。
だが、もう数年も前のことだ。
彼が行ったという証拠は何も残っていないだろう。
やがて引き渡しの証書が完成し、自分は個人資金から代金を支払う。
施設長は満面の笑みで金を受け取ると、子供たちを引き渡してきた。
こうして取引は無事に終了した。
怯える三人の子供たちを、自分たちは馬車へと案内する。
「クローバー、その子たちは?」
突如子供たちを連れて帰ってきた自分に、馬車で待機していたメンバー達が驚きの声をあげる。
しかし、事情を説明すると彼女たちは納得し、怒りに表情をこわばらせた。
夜になり、孤児院から少し離れた場所に携帯式ハウスを展開した。
三人の子供たちと食事を済ませ、リビングにて今後のことについて話し合う。
「保護したのはいいけれど、アタシたちの本業は冒険者だからね。ずっと同行させるのは流石に厳しいよ」
ランティアの言う通り、危険や移動の多い自分たちの旅に、自らの意思で同行していない子供たちを連れていくわけにはいかない。
話し合いの末、工房都市で信頼できる施設を探し、そこに彼らを預けて生活を支援していく方向で意見が固まった。
そんな中、部屋の隅で腕を組んでいたケージュだけが腑に落ちないといった様子で口を開いた。
「おい、なんであんなガキどもを大金払って助けた上に面倒なんて見るんだ? 無関係なんだから、放っておきゃいいだろ」
ケージュの言葉に、三人の孤児たちが怯えて身体を小さくした。
他のメンバーが子供たちを慰める。
これ以上の話はここでは出来ない。
自分はケージュ、そしてハートとランティアを伴い自室へと移動した。
「まず、あの子たちを助けた理由だけどね。単に自分が見捨てられなかった、それだけだよ」
部屋に入り、自分がそう説明するとケージュは鼻で笑った。
「はっ、随分とお人好しなリーダーサマだ」
「誉め言葉として受け取っておくよ」
ハートがケージュの小馬鹿にした態度を咎めようとしたが、自分は手で制止する。
彼女には今から、辛い話をしなければいけない。
「……ケージュ、君の先生のことなんだけど」
自分の声のトーンが落ちたのを察し、ケージュの獣耳がピクリと跳ねる。
「彼女はもう……亡くなっている」
「――おいボス。いくらアンタでも、その冗談はタダじゃおかねぇぞ」
「本当の話だよ。あの施設長が、すべて自分から話してくれた」
自分は応接室で男が口にした内容を、包み隠さず全て伝えた。
彼が孤児院を買収したこと。
シスターが彼のビジネスに邪魔だったこと。
事故に見せかけて、シスターを亡き者にしたこと。
「あの野郎ッ!!」
ケージュが怒りと殺気で立ち上がる。
彼女はそれ以上言葉を紡ぐこともせず、荒々しい足取りで部屋から飛び出していき激しくドアが閉まる。
静まり返った部屋で、自分はランティアへと視線を向けた。
「ランティア。あの施設長はトラブルが多い人物だったみたいだね?」
「スキルで確認した限り、様々な方面から恨みを買っているようだね」
ランティアが神妙な顔で肯定する。
自分は次に、ハートへと問いかけた。
「ハート。ケージュはこれからどうすると思う?」
「……まだ知り合って日が浅いので、確実とは言えませんが」
ハートはそっと自分を見つめ、推測を口にした。
「おそらく、敵討ちに行かれるかと」
「……だろうねぇ」
自分もランティアも、その推測は間違っていないだろうと確信していた
「二人とも、今のことは他のメンバーには内密に」
自分は二人を見据え、静かに言葉を続ける。
「万が一の責任は、全部自分が取るから。ケージュの自由にさせよう」
深夜の孤児院。
応接室では施設長の男が大金を前に、ほろ酔い状態で笑っていた。
「ハハッ! あの鬱陶しいシスターが消えてからというもの、すべてが順調! すべてが思い通りだ!」
一人ごちて極上のワインを喉に流し込む。
その至福の時間を切り裂くように、部屋の蝋燭が不自然に揺らめいた。
「……随分と楽しそうだな」
暗闇から静かに、恐ろしいほどの殺気を孕んだケージュが姿を現した。
「なっ!? お前は、昼間の獣人奴隷……!?」
夜叉のような彼女の顔を見て、男の血の気が引いていく。
「何か、言い残すことはあるか?」
ケージュは獣の爪を鋭く研ぎ澄ませ、一歩、また一歩と男へ近づいていく。
「ま、待て! そっそうだ、金をやる! あのガキどもの代金も、それ以上の金も出す! だから――」
「いらねぇよそんなもん」
ケージュの瞳が、暗闇の中でギラリと光る。
「――あの世で、先生にたっぷり詫びてこい」
ケージュの鋭利な爪が、男の首筋を容赦なく切り裂いた。
「が、……あぁ……っ」
男の悲鳴が喉の奥で血の泡となって消え、ドサリと重い音を立てて床へ倒れ込む。
次第に冷たくなっていく男。
ケージュはその骸を冷え切った目で見下ろした後、静まり返った孤児院を後にする。




