#72 渚のバカンス!
ケージュが強引に加入してから二日後。
自分たちは賭博都市から離れた、海辺のとある町を訪れていた。
先日は厄介なトラブルに巻き込まれてしまい、せっかくのバカンスだというのに大変な目にあってしまった。
今度こそ、念願のバカンスを堪能する予定だ。
メンバーたちは初めての海を今まで我慢し続けていたため、早く泳ぎたくて仕方がない様子。
到着するや否や、海辺の更衣室へと駆け込んでいく。
自分もさっと着替えを済ませ、更衣室の外でメンバーが出てくるのを待つ。
(それにしても、どうしたものか……)
砂浜にぽつんと立ち尽くしながら、自分は盛大なため息をついた。
実はメンバーたちには秘密にしていたことがある。
自分は泳げない。
それどころか、底が見えない深い水が大の苦手な、いわゆる『海洋恐怖症』なのだ。
あのどこまでも暗く底知れない光景は、見ているだけで足がすくんでしまう。
なんとか波打ち際で遊ぶ程度で誤魔化し、深い場所には近づかないようにしないと……。
そんな作戦を脳内で組み立てながら、メンバーの着替えを一人待つ。
少しして、更衣室から水着に着替えたメンバーたちが次々と出てきた。
「クローバー、どうでしょうか……? 似合ってますか?」
トップバッターは、顔を赤くしたルピナス。
彼女は快活な赤いボーイレッグ水着。
健康的な白い肌と赤のコントラストが、彼女の可憐さを引き立てている。
「……ボクは、これ」
次に前に出たヘリオは、少し大人っぽい紫のハイネック。
無表情ながらも、どこか誇らしげに胸を張る姿が愛らしい。
「ご主人様、私の水着はいかがでしょうか」
ハートは黄色のレースアップ水着。
弾けるような笑顔と、嬉しそうにパタパタと動く狐耳と尻尾が最高のアクセントだ。
「三人とも、すごく似合ってるよ!」
自分が褒めると、恋人三人は嬉しそうに顔を綻ばせた。
「わたしはー?」
続いてホオズキが前に出る。
彼女は橙色のオフショルダー。
フリルが揺れる様子がとても可愛らしい。
「アタシのはどうだい?」
大人の余裕を漂わせながら出てきたのは、ランティア。
白のホルターネック水着。
彼女も大変似合っているのだが……、同時に思わず息を呑んでしまう。
彼女は妖精という小柄な体格に似合わず、とある部分が随分と豊かだ。
自分は基本的に慎ましい方が好きなのだが、主張の激しい圧倒的なボリューム。
つい視線が引き寄せられそうになるが、必死の理性で引き剥がす。
誤魔化すように、すぐさま次のメンバーへと視線を移した。
「まぁ、一応ね」
ムスカリは青色のラッシュガード。
彼女らしく、機能的で知性的な印象だ。
「じゃじゃーん!」
ナグサは藍色のクロス・ホルター。
幽霊ながらエネルギッシュな彼女に、雰囲気がとてもマッチしている。
「オレもか……?」
最後に、頭を掻きながら出てきたのはケージュ。
黒色のレイヤード水着だ。
お店で買ったシンプルな水着だが、すらっとしたモデル体型な彼女のプロポーションにはよく似合っていた。
「うん、みんなもよく似合っているよ。それじゃあ準備もできたようだし、海へ行こうか」
砂浜にシートやパラソルを設置すると、待ってましたと言わんばかりにメンバーたちが海へと飛び出していった。
自分は最初の「荷物番」を買って出ることで、なんとか海を避けることに成功する。
ホッと胸を撫で下ろし、楽しそうに波飛沫を上げる彼女たちをパラソルの下から眺める。
底が見えない深さは怖いが、陽の光を浴びてキラキラと輝く浅瀬の海は息を呑むほど綺麗だった。
のんびりとそんな景色を見ていると、少し離れた砂浜で子供たちが集まっているのが目に入る。
見れば、ウミガメに酷似した生物を囲んでいじめている最中だった。
「こら君たち。生き物をいじめちゃ駄目だよ」
流石に見過ごすわけにはいかず、自分は近づいて子供たちを優しく注意した。
素直に散っていく子供たちを見送り、怯えていたカメをそっと逃がしてあげる。
(なんだか、浦島太郎みたいな展開だな……)
まさか竜宮城からお迎えが来るわけでもあるまい、と内心で一人苦笑する。
シートに戻ってしばらくすると、ケージュが海から上がってきた。
「ボス、荷物番交代してやるよ。さっさと泳ぎに行ってきな」
「ありがとうケージュ。でもまだ大丈夫だよ? そんなに気を遣わなくても」
遠慮する自分に、ケージュは荷物の隙間からちらりと覗くお酒のビンを指差す。
「オレはただ、酒が飲みたいだけなんで」
なるほど。
どうやら我がパーティーに、大酒飲みが増えてしまったようだ。
「ほら、行った行った!」
ケージュにバシバシと背中を叩かれ、自分は問答無用でパラソルの外へと送り出されてしまう。
その様子を見ていた、恋人である三人が自分に駆け寄ってきた。
楽しそうな笑顔に囲まれ、そのままぐいぐいと腕を引っ張られてしまう。
「クローバー、やっと来ましたね! 早く一緒に泳ぎましょう!」
「……こっち」
「さあさあご主人様、早く海に入りましょう!」
目の前に迫る、真っ青な海。
流石に、これ以上は誤魔化しきれそうにない。
「ごめんね三人とも。実は秘密にしてたんだけど……、泳げないんだ」
観念して泳げないことを白状した。
さらに、深い水が苦手な『海洋恐怖症』であることも付け加える。
「そうだったんですか!?」
「……知らなかった」
「ご主人様、海が怖かったんですね……」
三人は驚いたように目を見張った後、すぐに何かを話し合い、そのまま砂浜の向こうへと走っていってしまった。
置いていかれたのかと呆然としていると、彼女たちが何かを持って戻ってくる。
「お待たせしました! はい、これを使ってください!」
ルピナスが差し出してきたのは、海の家でレンタルしてきたという『水中呼吸の魔道具』だった。
「これがあれば、水の中でも溺れる心配はありませんよ!」
「……安心、安全」
「深いところには、行かないようにして遊びましょう」
彼女たちの健気な優しさに涙が出そうになる。
自分は魔道具を装着し、三人に手を引かれながら、恐る恐る海の中へと足を踏み入れた。
「――苦しくない……」
試しに顔を水につけてみても、地上とまったく変わらずに呼吸ができた。
水中で呼吸ができるという安心感のおかげか、ある程度の距離までであれば海にも入ることができた。
「ありがとう、これなら大丈夫そうだよ」
自分の言葉に、ルピナスたちがパッと顔を輝かせる。
その後は、底が見えなくなるような深瀬にだけは近づかないよう注意を払いながら、三人や他のメンバーたちと一緒に時間を忘れて海を満喫した。




