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#71 賭博勝負

檻の中の自分が胃を痛めながら見守る中、カジノ場の中心に特設された勝負席で、ランティアとケージュのポーカー勝負が始まった。


周囲は「公平性を保つため」という名目で集まった、大勢の見物客に囲まれている。

異様な熱気と、カジノ特有のギラギラとした緊張感が空間を支配していた。


ケージュは席についた瞬間から、すでに勝負は決まっていると言わんばかりの退屈そうな態度だ。


第一回戦。

観客たちが見守る中、ディーラーによってお互いに五枚のカードが配られる。


「二枚、交換を頼むよ」


ランティアが手札を伏せて差し出す。

対するケージュは、配られた手札を一瞥しただけでニヤリと笑った。


「交換はナシだ」


オープン。

ランティアの手札は、ただのワンペア。

しかし、ケージュが晒した手札は――フォーカード。


「おい見ろよ、最初から出来上がってやがる……!」

「相変わらずの強運だな、あの狼女」


観客席からどよめきが沸き起こる。


最初から格の違いを見せつけられ、自分の背中に冷や汗が流れた。

だが、ランティアは眉一つ動かさず、平然とした顔で負けを受け入れた。


何かイカサマでも仕掛けてくるだろうと身構えていたケージュは、完全に肩透かしを食らった形だ。

チッ、と短く舌打ちが響き、新しいカードと交換するためにすべて回収される。




第二回戦。

ルール通り、ふたたび未開封の新しいデックからカードが配られた。


「三枚、交換だね」


ランティアの手札交換。

そしてケージュは、またしても不敵に笑って手札を豪華なテーブルに叩きつけた。


「当然、チェンジはナシだ」


結果は残酷だった。

ランティアが揃えたのは、またしてもワンペア。

対するケージュの手札は――ロイヤルストレートフラッシュ。


「ロ、ロイヤルストレートフラッシュだぁ!?」

「二連続でチェンジなしかよ! 今日のケージュはかなり調子がいいぞ!」


カジノ場が割れんばかりの歓声と叫び声に包まれる。


確率の壁を無視した神がかり的な豪運。


これで二連敗。

ランティアたちは、もう一歩も引けないところまで追い詰められてしまった。


「ハッ、呆気ねぇな。なぁテメェら、仲良くオークションに出荷されるか、それとも仲間同士で殺し合うか、今のうちに話し合っておいた方がいいんじゃねぇか?」


観客たちの嘲笑が混ざる中、ケージュの下卑た煽りが響き渡る。

ルピナスたちが怒りに拳を握りしめる中、ランティアだけは、相変わらず暢気な顔で、次のデックが用意されるのを確認していた。




――ケージュ視点


第三回戦。


新しくカードが配られる。

相手の動きをじっと観察していたが、やはりイカサマをした形跡はどこにもない。

身を挺して勝負を挑んできたからには、何か奥の手でもあるのかと期待したが、どうやらハズレだったらしい。


(……つまんねぇな)


ケージュは退屈そうに溜息を吐き捨てた。


ランティアが一枚のカードを交換し、ケージュの番が回ってくる。


今回配られた手札に、初めて目を通した。

『エースのファイブカード』だ。

相手がどんな役だろうと、負けるはずがない。


「交換はナシだ。さっさと終わらせようぜ」


自身の勝利は揺るぎない。

まずは相手が手札をオープンした。

役を確認する。


……役なし。


あまりにも面白くない相手だったと鼻で笑い、ケージュも自身のカードを豪快にテーブルへと晒した。


「ファイブカードだ。オレの勝ちだな――」


ドッと一瞬だけ、会場から割れんばかりの歓声が上がった。


しかし。

その歓声は、次第に困惑を含んだどよめきへと変わっていく。

ざわざわと、会場全体に不穏な空気が充満し始めた。




――ランティア視点


「ケージュ。それがアンタの手札で間違いないのかい?」


「あ? 見て分からねぇのか。ファイブカードだぞ、オレの完全勝利だろ」


ケージュは自信満々に胸を張る。


その答えを聞くと、ランティアはケージュから視線を外し、支配人へと声をかけた。


「――だそうだよ、支配人さん。イカサマをした者は即敗北。そのルールだったね? じゃあアタシたちの勝利だ。さっさとウチのリーダーを解放しな」


「な、何を言って……!?」


ケージュは未だ状況が理解できないまま、勝ち誇るランティアを睨みつける。

そんな哀れな強運の持ち主を見つめながら、ランティアは邪悪に口元を歪めて言い放った。


「アンタ、自分の運に溺れて頭まで犬並みになっちまったのかい?」


「んだとコラァ!?」


「――このゲームはジョーカー抜きのポーカーだ。なのに、どうしてアンタの手札に、エースが『五枚』もあるんだい?」


ケージュはそこで初めて、己の致命的なミスに気がついた。


テーブルに並ぶカードを、血の気の引いた顔で見つめる。

確かに、どこをどう見てもそこにはエースが五枚あった。


観客たちのどよめきが、冷たい非難の視線となってケージュに突き刺さる。

あれだけ大見えを切ってカードを晒してしまったのだ。

今更訂正しても通用するはずもない。


(だが……おかしい。相手の動きはすべてこの目で完璧に監視していたはずだ)


ディーラーの配ったカードには、誰も近づいていない。

対戦相手であるあの妖精も、仲間の五人も動いてなどいない。

だというのに、どうして自分の手札に存在しないはずの五枚目のエースが――。


ケージュが混乱に陥る中、背後で怒り切った支配人の怒声が飛ぶ。

流石に三億フラという金額を、本当にチャラにされるとは思っていなかったようだ。


「使えん犬っころめが! おい、お前ら! さっさとそいつらを捕まえろ!」


どうやら、最初から約束など守る気はなかったようだ。


「チッ、約束を破るのは主義に反するが、ボスの命令じゃ仕方ねぇ……。テメェら、覚悟しな!」


ケージュも即座に二本のトンファーを構え、凶暴な笑みを浮かべて肉薄してきた。

カジノ中の黒服たちが、一斉に武器を抜いて襲いかかってくる。


しかし、ランティアは慌てるどころか、待ってましたと言わんばかりに不敵に笑った。


「――だそうだよ、みんな! 相手から約束を破ってくれたんだ。なら、遠慮はいらないねぇ!」


ランティアが鋭い声で戦闘の合図を出す。




そこからは、まさに一方的な蹂躙だった。

最初は女の、それも少女や幼女の集まりだと甘く見ていた黒服たちだったが、一瞬でその認識を改めることになる。


「……これ、ちょうどいい」


ヘリオがカジノの重たいルーレット台を片手で軽々と持ち上げ、そのまま黒服の集団めがけて豪快に投げ飛ばす。

突進するルーレット台に巻き込まれ、黒服たちがボウリングのピンのようにまとめて吹き飛んだ。


「クローバーを閉じ込めた罪は、重いですよ!」


ルピナスが魔術籠手で数人を殴り飛ばしたかと思うと、即座に詠唱を開始。

前方向に向けて放たれた広範囲魔術が、殺到する黒服たちを容赦なく薙ぎ払う。


「我が主への無礼の数々、絶対に許しませんッ!」


ハートは武器を双剣に変形させ、怒気を剥き出しにして黒服の群れへと斬り込んだ。

彼女の斬撃が、黒服たちを次々と切り払っていく。


中には後方にいるホオズキやムスカリを狙おうとした黒服たちもいたが、彼らの前にはすでに可愛らしくも凶悪な召喚獣たちがスタンバっていた。


ハチドリ(シルフィード)が羽ばたきで強烈な竜巻を起こして黒服を巻き上げ、シマエナガ(カイオネウス)が巨大な氷塊を降らせ、アルマジロ(テュポーン)が土人形で黒服を囲み、ハリネズミ(サンダーバード)が多くの黒服を電気で痺れさせ、ヒヨコ(ガルーダ)が猛烈な炎を吐き散らす。

しまいには、ペンギン(レヴィアタン)が空に向けて極太のウォーターカッターを発射した。

高圧の水流は、カジノの頑丈な天井にまで巨大な穴を開けてしまった。


「ギャァァァァァッ!?」


悲鳴と怒号が響き渡り、瞬く間に全滅する黒服たち。

床一面に黒服が転がる中、ケージュだけは不敵に笑っていた。


「いいねいいねぇ! 予想以上の強敵じゃねぇか……ッ!」


トンファーを構えてヘリオに挑むケージュ。


しかし次の瞬間、彼女の顔面にヘリオの拳が突き刺さった。


「ぶべっ!?」


ワンパン。

カジノ自慢の賭博師は、白目を剥いて気絶した。


静まり返るカジノ場。


ランティアはゆっくりと、腰を抜かして一人残された支配人を見下ろした。


「さて……支配人さん。まだ抵抗するかい?」


流石に自分の命は大事なのだろう。

支配人は泣く泣く鍵を取り出し、自分を開放しようとした。

しかし。


「……遅い」


待てないヘリオが檻の鉄格子を素手で掴み、飴細工のようにぐにゃりとねじ切って自分を開放してしまった。

鍵の意味がまるでなかった。


その周囲では、ホオズキがヒヨコ(ガルーダ)に指示を出し、自分名義の借用書を燃やしていた。


「さ、さぁ解放したんだ! 頼むから今すぐ、この都市から出て行ってくれ!」


床に這いつくばったまま、支配人が叫ぶ。


愛の女神様から貰った高級リゾートホテルは惜しいが、これ以上この街に留まって面倒ごとに巻き込まれるのも御免だった。


「ご主人様、別の街へ移動してバカンスを仕切り直しましょう!」


ハートの提案に、自分も深く同意した。




しばらくして、自分たちは馬車に揺られながら別の街へと移動していた。

車内が落ち着いたところで、自分は仲間たちへと感謝を伝える。


「それにしてもみんな、本当に助かったよ。自分のためにあんな無茶な賭けに乗ってくれて、ありがとう」


気にするなと返してくれるメンバー達。

それにしても、ずっと気になっていたことがあった。


「ランティア。結局、どうやってケージュの手札をエース五枚に変えたんだい?」


自分の疑問に、ナグサがふわりと浮き上がりながら笑った。


「ふふーん、私のおかげだよー! 私がずっと透明化状態で使用済みのカードからエースを盗み出して、それを丸ごと相手の手札とすり替えておきましたー!」


どうやら幽霊であるナグサを利用したトリックだったらしい。

彼女もだいぶ盗賊のようなことができるようになってしまった。


「なるほどねぇ。道理でオレがイカサマに気付けなかったわけだ」


「うんうん、私スゴ――って、えええっ!?」


納得がいったように会話に混ざってきた声に、自分たち飛び上がって驚いた。

見れば、いつの間にか馬車の後方に対戦相手のケージュが、頭の後ろで腕を組んで座っていた。


「いつの間にっ……!」


ルピナスたちが即座に武器を構え、馬車の中に一気に警戒心が張り詰める。


「ちょっと待てって。こっちはもう戦う気はないんだからさ」


ケージュはめんどくさそうに手を振った。

どうして付いてきたのか問い詰めると、彼女はふんと鼻を鳴らす。


「いやー支配人のヤツが全責任をオレにかぶせようとしやがったからさ。責任だのなんだの面倒じゃん? だから逃げてきたんだよ」


あっけらかんと言い放つケージュは、自分を見つめた。


「オレを倒した奴らのリーダーがアンタなんだろ? ってなわけで、今日からアンタがオレの新しい『ボス』だ。よろしくな、ボス!」


「はい?」


「ボスー、ボスー」


ホオズキが面白そうに、ケージュの言葉を復唱し始める。

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