#70 渚のバカンス?
季節は夏。
自分たち一行は今、ラフロー王国の隣国であるシイド共和国を訪れていた。
片道およそ二十日。
馬車に揺られる大移動の末にたどり着いた、念願のバカンス先だ。
「わぁ……っ! 見てください! 海です、本物の海ですよ!」
馬車から身を乗り出し、ルピナスが声を弾ませる。
視線の先に広がっていたのは、視界を全て埋め尽くすほどの圧倒的なコバルトブルー。
ラフロー王国では決して見ることのできない、どこまでも続く水平線と白く輝く砂浜だった。
「……大きい」
「後から泳ぐのが楽しみですね」
初めての海にどこか緊張しているヘリオと、耳をパタパタとせわしなく動かすハート。
この広大な海を前に、彼女たちも好奇心が隠せないようだ。
「早く泳ぎたいー」
「まだだよホオズキ、泳ぐのはホテルにチェックインしてからだからね」
「それじゃあこのまま、賭博都市に向かおうか」
ランティアの言葉通り、愛の女神様から贈られた超一流リゾートホテルは、その賭博都市のど真ん中にそびえ立っていた。
早速ホテルへと到着し、フロントでチェックインの手続きを済ませる。
チケットを提示し、問題なく使えるそうだ。
自分は差し出された宿泊名簿に名前を記入した。
だが、自分の名前を確認した瞬間、受付の顔が強張った。
不穏な沈黙の中、受付が裏に声をかける。
直後、奥からゾロゾロと黒服姿の男たちが現れて自分たちを包囲した。
状況が分からないまま、自分たちは街一番の巨大カジノへと案内される。
そしてカジノの地下へと連行された次の瞬間、自分は頑丈な鉄格子の檻の中へと放り込まれていた。
「ご主人様に何をするんですか!」
「……壊す」
色めき立つハートや、檻を壊そうと構えるヘリオたち。
黒服の男たちの前に、一人の支配人らしき男と、護衛であろう獣人が冷酷な笑みを浮かべて進み出た。
「おや、暴れるのはお勧めしませんよ。クローバーさん。貴方のお父様が、貴方の名義で多額の負債を作っていかれましてね。その額、じつに三億フラ」
三億フラ。
自分たちからすれば、天文学的な金額だった。
「さ、三億……!?」
頭の中が真っ白になる。
どうやら自分の命を狙っている父親が、嫌がらせの一環として自分名義の膨大な借金を作っていたようだ。
支配人は、冷え切った目で檻の中の自分を見下ろした。
「ですからねクローバーさん。このまま負債が返済されない場合……貴方には裏のオークションに商品として出品されていただくか、あるいは見世物としてデスマッチにでも参加していただくことになりますね」
「ふざけないで下さい! 彼と父親は、もうとっくに他人なんですよ!」
ルピナスが檻の前に立ち塞がり、支配人を激しく睨みつける。
「おやおや、家庭の事情などこちらには関係ありませんよ。書類に彼のお父様のサインがある、それが全てです」
冷淡にあしらう支配人の態度に、ヘリオが静かに構えた。
「……クローバー、今助ける」
「ちょっと待ちな、ヘリオ」
動き出す前衛陣を、ランティアが鋭い声で制した。
「ここはラフロー王国じゃない。下手に暴れると、アタシたちは全員シイド共和国のお尋ね者だ。流石に一国を敵に回すのはマズすぎる」
「ではどうするんですか! 三億フラなんて大金、今から稼ぐ時間なんてとてもありませんよ!」
ルピナスの悲痛な叫びが地下室に響く。
すると、支配人が低く笑い、芝居がかった仕草で両手を広げてみせた。
「ふむ、そこまで彼を助けたいのでしたら一つ、面白い提案をしてあげましょう。救済のチャンスです」
「……提案だって?」
「ええ。そちらのメンバー全員の身柄を賭けて、私の部下である『ケージュ』と賭博勝負をしていただきましょう。貴方たちが勝てば、三億の負債は全て帳消しにして差し上げますよ」
ランティアが返事をする前に、自分は檻の中から声を上げた。
「自分のことはいいから、みんなは早くここから逃げて」
自分のせいで、大切な仲間たちの未来を壊されてはたまらない。
しかし、そんな自分の言葉を遮るように、ケージュと呼ばれた獣人の女性が檻に近づいてきた。
「おい、テメェは黙ってろ」
鋭い眼光で凄まれ、自分は思わず言葉を詰まらせる。
「我が主に何て無礼を」
「……叩き潰す」
ハートとヘリオから一触即発の殺気が膨れ上がる。
だが、その二人をランティアが制した。
「――支配人さん。その勝負ってのはどんな内容なんだい?
「ポーカーの三本先取でいかがですかな。ルールはゲームごとに新しいカードの使用すること。それと、イカサマをした者は即敗北。これぐらいですな」
「なるほどね。その勝負を受けるかどうか、少しだけアタシたちに考える時間をおくれよ」
「ええ、どうぞどうぞ。時間はたっぷりありますからね」
支配人は余裕の笑みを浮かべ、ケージュと共に数歩下がった。
「みんな、ちょっと集まりな」
ランティアが低い声でメンバーを呼び寄せる。
相手からのあまりに有利な提案。
よほど勝てる自信があるのだろうと、ランティアはスキルでケージュの情報を密かに調べ上げた。
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ケージュ 狼獣人/女 24歳
職業:賭博師 冒険者ランク:E
能力値(最大数値10)
筋力:7
耐久:7
魔力:1
知力:1
俊敏:7
器用:5
運命:10+++++
成長:2
所持スキル
豪運、スキル封印(賭博)
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「……なるほどね、道理で自信満々なわけだ」
ランティアが苦虫を噛み潰したような声を出す。
ケージュは運の能力値が極端に高いらしい。
つまり相手はイカサマなどせずに、単純にケージュの異常な強運だけで、こちらを叩き潰せる確信があるのだ。
「とすれば、相手はむしろこちらのイカサマを最大限に警戒してくるはずだね……」
ランティアの視線が鋭く光る。
思考を巡らせていた彼女は、やがて何かを思いついたようにナグサの耳元へと顔を近づけた。
ひそひそと、二人だけの秘密の作戦を耳打ちする。
隠し事が苦手な他のメンバーたちには、余計な情報を与えないよう敢えて内緒にするらしい。
「よし、話はまとまったよ」
作戦会議を終えたランティアが、ゆっくりと支配人の正面へと歩み出た。
「支配人さん。その賭博勝負――アタシたちが受けて立つよ」




