#66 アキメネスとアセビ②
自分たちの気配を察し、目の前の生物が不気味に蠢きだした。
前衛の三人が対応して前に出る。
「ランティア、あれの正体はわかるかい?」
ランティアは本をめくり、顔をこわばらせた。
「……カンカーダラ。世界怪異の一種だね。認識されたら最後、逃走は不可能。討伐しない限りは確実に殺されるよ。討伐するには、アイツが身に着けている『鈴』を壊すことだね」
どうやら逃走してはいけない類の敵らしい。
意地でもここでなんとかしなければ。
ーーチリン。
「ルピナス、ヘリオ、ハート! 奴は鈴が弱点みたいだ!」
「了解です!」
自分の合図と同時に、三人が鈴を狙おうと前へ飛び出す。
瞬間、怪異が巨大な蛇の尻尾をしならせた。
空気を切り裂く轟音とともに、三人をまとめて叩き潰さんと凶悪な質量が襲いかかる。
ヘリオが盾を構え、正面からその一撃を受け止める。
凄まじい衝撃音が洞窟内に響き渡った。
並大抵の相手なら、そのまま押し返せるはずだが、相手の力も尋常ではないようだ。
怪力のヘリオですら、膠着状態に持ち込むのが精一杯の様子だった。
衝撃の余波で、中衛の自分たちの元へ無数の石礫が襲ってくる。
「ランティア、自分の後ろに!」
自分は彼女を背後に庇いながら、飛来する石礫を弾き飛ばした。
膠着状態の隙をついて、ルピナスとハートが動く。
狙うは怪異の胴体にある鈴。
しかし、怪異も黙ってはいない。
巨大な両腕を狂ったように振り回し、二人の接近を阻む。
「わっ……!」
ルピナスの反応が一瞬だけ遅れ、怪異の凶悪な爪が彼女の左腕を魔術籠手ごと掴み取る。
かなりの力が込められているのか、魔術籠手からミシミシと不吉な音が響いた。
「私の大切な武器に、何するんですか!!」
ルピナスが怒声を上げ、即座に右腕の魔術籠手を怪異の腕へと押し当てた。
「末精霊よ、かの者の傷を癒したまえ。――『セラペイア<癒し>』!!!」
唱えたのは、攻撃魔術ではなく回復魔術。
直後、怪異の腕が内部から膨れ上がり、肉と骨をまき散らして派手に弾け飛んだ。
『ャァァァァァッ!?』
肉体を内部から破壊され、大きく体勢を崩す怪異。
その絶好の好機を、従者は見逃すはずもなかった。
「やぁぁぁぁぁぁ!!」
ハートが武器を流れるように大剣へと変形させ、鋭い一閃を怪異の残された腕へと振り下ろす。
直後、その腕が綺麗に両断された。
あまりの痛みに、膠着していた尻尾を引っ込める異怪異。
自由になったヘリオが、怪異の胴体に向けて杭双盾に内蔵されている杭を射出し、一気に距離を詰める。
怪異は抵抗しようにも、すでに両腕を失っていた。
ヘリオが怪異の弱点である『鈴』の目の前に立ち、叩きつけるように杭を撃ち込む。
鼓膜を震わせる金属音と共に、その一撃は見事に鈴を粉砕した。
のたうち回り、徐々に発火していく怪異。
その身を包んだ青白い炎は不気味なほど静かに、そして急速にすべてを灰へと変えていった。
自分は大きく息を吐きながら、全員に視線を走らせる。
「三人とも、怪我はない?」
「はい、大丈夫です!」
「......ボクも平気」
「何も問題はありません、ご主人様」
幸い、三人とも軽傷を負った程度で大きな怪我は見られなかった。
ハートとランティアに回復をお願いし、戦闘前に身を隠すよう伝えていたのアキメネスとアセビを回収した。
これでアセビを生贄として差し出す必要はもうどこにもない。
そう安堵して、自分たちはアキメネスの家へと急ぎ足で戻った。
しかし、彼の家へと近づくにつれて、怒号が耳に飛び込んでくる。
「おい! よそ者を匿っているのは知っているぞ!」
「早く出ていけ!」
アキメネスの家は、松明を手にした大勢の村人たちに包囲されていた。
その物々しい群衆の前に、家を守っているのはホオズキと召喚獣たちだ。
「みんなー、やれー!」
彼女が合図を出すと、召喚獣たちが空に向けて大火力の魔術を放った。
夜空を彩る火炎、雷、暴風、氷塊、土塊、水柱。
少女と小さな召喚獣たちを舐めていた村人たちが、悲鳴を上げて一斉に後退する。
「まだやるかー」
追撃するように、ホオズキや召喚獣たちが鋭く威嚇した。
「ちょっと皆さん、何の真似ですか!」
自分が声を荒らげながら割り込むと、群衆の先頭にいた村長らしき老人がこちらを振り返った。
そして、自分の後ろに隠れているアセビの姿を見つけるや否や、老人は顔を般若のように歪め、激しい足取りで詰め寄ってきた。
「お、お前たち……! なぜそのガキを連れている!?」
「なぜって――」
「誰が連れ出した! そいつをアレに捧げねば、この村は終わりなんだぞ! 余計なことをしおって、この部外者どもがァ!!」
村長の容赦ない罵倒が、夜の村に響き渡った。
とにかく怪異は討伐したため、もう生贄は必要ない。
そう事実を伝えたが、村人たちはさらに怒り狂うだけだった。
「ふざけるな! 嘘をついて誤魔化す気か!」
村人たちから物を投げつけられ、自分も避けきれずに当たってしまう。
村人たちのあまりの態度に、こちらのメンバーが武器を構え臨戦体制を取る。
「どうやら、さっきよりも強力な魔術が見たいようですね」
「......ボクは別に戦ってもいい」
「我が主への愚行、その身をもって償っていただきます」
自分たちに勝てる自信があるなら。
そう付け加えて、メンバーが殺気を放ちだす。
先ほど召喚獣たちの強さを確認したこともあり、村人たちが怯えざわつき始める。
しかし村長はなおも自分を睨みつけ、怪異と村の関係を暴露し出した。
「何も知らんよそ者が! あの怪異がいたからこそ、この村は魔獣や野盗に襲われずに済んでいたのだぞ!」
「……そのために、村の子供を生贄に差し出すっていうんですか?」
自分は隠しきれない嫌悪感をそのまま声に乗せた。
すると、村長はあざ笑うように鼻で笑った。
「ハッ! どうして我が村の大切な子供を捧げねばならんのだ!」
「……?」
「捧げていたのはな、外部からやってきた旅人や難民だ! そこにいるアセビも、幼子の時に親とこの村を訪れたよそ者よ! あと数か月もすれば、その子娘も両親のところに行けたものを!」
老人は吐き捨てるように言葉を続ける。
「……流石に冒険者が相手では分が悪いと思って、村から追い出すだけで済まそうとしていたのに、余計なことをしおってからに――」
そこまで言葉が出た瞬間。
自分の中で、何かが切れてしまった。
「――っ!」
気付けば、自分は村長の胸倉を掴み上げていた。
「そんなことのために……! 彼女の両親を、たくさんの無関係な人たちを、生贄にしていたっていうんですか!?」
柄にもなく頭に血が上り、怒鳴り散らす。
だが、村長はなおも悪びれる様子もなく、歪んだ顔で言い返してきた。
「村を守るためだ! 我が村の血は一滴たりとも流していない!」
「無関係な人々の血を沢山流してるだろうがッ!!」
怒号の直後、自分は魔術銃を突き上げ一発、空に向けて放った。
夜の村に、鼓膜を裂く爆音。
怯む隙さえ与えず、自分は即座に村長の眉間へ銃口を突きつけた。
「この引き金を引けば、貴方も多少は人の痛みがわかるかもしれないですね」
引き金にかかる指が、怒りで激しく震える。
背後で、メンバーたちが自分の怒りように息を呑むのが分かった。
……だが、自分は引き金から指を離した。
そのまま薄汚い老人を地面へ突き飛ばす。
「……自分に裁く権利はない。もちろん、アセビちゃんにも手は汚させない」
地面に這いつくばった村長は、痛む腰をさすりながらなおも醜くあざ笑った。
「綺麗事を! たかが一介の冒険者風情に、この村をどうこうできる権力などあるまい!」
彼の言う通り、自分はそんな権力など持っていない。
高をくくる老人の前に、ヘリオとナグサが静かに進み出た。
「……ラフロー王国上級貴族、バイオレット家が嫡流、ヘリオトロープ。ボクが彼の証人になる」
ヘリオは冷徹な眼光で村長を見下ろした。
「ラフロー王国中級貴族、キャンベル家のナグサが、彼の証人となります。村ぐるみでの重大犯罪、しかと見届けました」
続くナグサの凛とした声が、凍りついた夜の空気へと染み渡っていく。
予想していなかった貴族の名乗りに、先ほどまで勝ち誇っていた村長の顔から血の気が引いていった。
アキメネス、彼の母親、アセビの三人を馬車へと乗せ、自分たちは足早に村を後にした。
あのまま残れば、逆上した村人たちが何をしてくるか分からなかったからだ。
目的地は、自分たちが活動拠点にしている工房都市。
そこでアキメネスの母親を治療し、三人の生活が安定するまでは、自分たちで責任を持って支援するつもりだった。
揺れる馬車の中で、自分は静かにアセビの前に膝をついた。
「アセビちゃん。さっきは勝手なことをして、ごめんね」
「え……?」
「君のご両親の仇だったのに。自分の勝手な都合で、君が直接手を下す機会を奪ってしまった」
冷静になってから、ずっと気になっていたことだった。
部外者の独断で、彼女から復讐の機会を奪ってしまった。
しかし、アセビは小さく首を振るとそっと微笑んだ。
「気にしないでください。……私、ずっと一人ぼっちだと思っていましたから。私を愛してくれた両親が、ちゃんといたんだって分かっただけで、本当に……嬉しいんです」
アキメネスが、そっと彼女の手を握りしめる。
その温かさに触れ、アセビの瞳から涙がこぼれ落ちた。
まずは、ここから一番近い街へ立ち寄ろう。
そこでギルドと衛兵に、あの村の真実をすべてぶちまけ、後の対処は任せる予定だ。
貴族であるヘリオとナグサが証人だ。
あの醜悪な村の大人たちには、相応の罰が待っていることだろう。




