#65 アキメネスとアセビ①
春は出会いの季節、などと世間ではよく言われる。
自分たち一行は今、愛の神から受けた特別依頼のため、山奥にある隠れ里へと向かっていた。
依頼書に目を通す。
今回『直接対面』させるべき二人のターゲットは、どちらも同じ村に住んでいるらしい。
(同じ村に住んでいるのに、どうして顔を合わせる機会がないんだろう?)
あーだこーだとメンバー間で予想は飛び交うが、正解は分からない。
そうこうしているうちに、自分たちは目的の村へと到着した。
まずは情報収集だ。
村に入ってすぐ、一人の少年が目に留まる。
声をかけ、名前を尋ねてみた。
「オレはアキメネスだけど……。何か用?」
いきなりターゲットの一人、アキメネス本人だった。
自分は幸先が良いと喜びながら、もう一人のターゲットについて尋ねる。
「この村に、アセビっていう女の子はいないかな?」
「アセビ? ……そんな名前の子供、この村にはいないよ」
少年の口から出たのは、予想外の否定だった。
愛の神は確かに、この村に二人がいると言っていたはず。
一体どういうことだろうか。
あの少しドジな女神の勘違いか、それとも――。
「ねえ、お兄さんたち。村を案内してあげようか? ……もちろん、タダじゃあないけどね」
考え込む自分に、アキメネスが不敵に笑って手のひらを差し出してきた。
なかなかにちゃっかりした少年だ。
自分は苦笑しながら、要求された案内料を支払う。
小銭を手に入れた少年は、約束通り村を案内してくれた。
一通り見て回ったが、どこにでもある普通の村、という印象しか抱けない。
少年に案内してもらいながら、他の村人にもアセビについて聞いて回った。
しかし、得られる情報は皆無だった。
「アセビ? 知らん知らん! よそ者はさっさと出ていきな!」
酷く邪険にされ、まともに口をきいてすらもらえない。
単に部外者が嫌いなだけなのか、それとも『アセビ』という名前に何か理由があるのか。
一体、アセビはどこにいるのだろうか。
行き詰まる自分たちの前で、ムスカリがアキメネスに尋ねた。
「なぁ君。もしかしたら家に、重い病人がいるんじゃないかい?」
唐突なムスカリの指摘に、少年の顔がこわばる。
「どうしてそれを……。オレの唯一の家族の、母ちゃんがずっと病気で寝込んでるんだ」
「何、簡単なことだよ。我がパーティーには嗅覚の鋭い仲間がいてね」
ムスカリが視線を向けた先で、狐獣人の従者であるハートがニコリと笑った。
どうやら彼女のおかげで分かったらしい。
自分たちはアキメネスに案内してもらい、彼の自宅へと向かった。
寝たきりの母親を、ムスカリが診察する。
確かに重症らしいが、工房都市のような街であれば十分に治療できる病気らしい。
「本当に……? 母ちゃん、治るの……?」
少年は涙を浮かべて感謝し、診察料として先ほど渡した案内料を返そうとしてくる。
足りなければ、何としてでもお金を用意するとまで言い切った。
「お金は返さなくて大丈夫だよ。自分たちが勝手にやったことだから」
自分たちが笑顔で首を振ると、アキメネスは驚いたように目を見張った。
やがて、彼は何かを決意したように声を潜めて話しだす。
「……お兄さんたちになら、教えるよ。この村の大人たち、なんか変なんだ」
「変?」
「数日に一度くらいの頻度かな、何人かの大人が食料を持って森の奥に入っていくんだよ。オレは入ったことがないから、そこに何があるかは知らないけど……」
大人たちの奇妙な行動。
そこに、探している少女『アセビ』のヒントがあるのだろうか。
とにかく森の奥を確認してみようと、自分たちの意見は一致した。
アキメネスに道案内を頼む代わり、彼の母親の看病と護衛を仲間に任せることにする。
残るのは容体を確認できるムスカリ、ホオズキとその六匹の召喚獣。
そしてお目付け役として、幽霊のナグサだ。
前衛は不在だが、召喚獣たちの火力があれば大抵の魔獣は心配いらないだろう。
少年の案内で森の奥へと進むと、鬱蒼とした木々の間に一軒の家が見えてきた。
だが、何かがおかしい。
入口のドアには外から頑丈な鍵がかけられ、窓には太い鉄格子がはめられている。
家というよりは、まるで牢屋だ。
自分は息をひそめ、鉄格子越しに中をのぞき込んだ。
薄暗い部屋の隅に、一人の少女が座り込んでいる。
驚かせないよう慎重に、優しく声をかけた。
「……ねえ君、突然で申し訳ないけど名前を教えてもらえるかい?」
「……ア、アセビ、です……」
ようやく見つけた。
彼女がもう一人のターゲットだ。
どうしてこんな場所に閉じ込められているのか理由を尋ねると、彼女は怯えた声で答えてくれた。
「……物心がついたときから、ずっとここです。……私は、この村の生贄、だからって……」
同じ村に住んでいるはずのアキメネスが、彼女の存在すら知らなかった訳だ。
「とにかく、ここから出してあげるよ」
自分はヘリオに合図を出し、彼女は即座にドアを破壊した。
……鍵を壊してくれるだけで十分だったんだけどなぁ。
生まれて初めて外の世界へと連れ出され、怯えながら周囲を確認するアセビ。
怯える彼女の視線が、案内してくれたアキメネスと真っ直ぐに交錯した。
瞬間。
――カーンコーン、カーンコーン……♪
周囲の空間に、祝福音が響き渡る。
いつもの、二人が恋に落ちた音だろう。
初々しく自己紹介を始める二人はさておき、生贄とはなんとも悪趣味な風習だ。
このままでは、せっかく解放したアセビもまたすぐに大人たちに捕まってしまうだろう。
何とかして元凶を絶たなければ。
アセビに確認すると、どうやらさらに進んだ先にある洞窟に、その『生物』がいるらしい。
「危ないから、自分の後ろにいてね」
二人を連れて、自分たちは森の最奥にある不気味な洞窟へと足を踏み入れた。
ひんやりとした空気の漂う洞窟の奥。
自分たち一行は、ついにその悪習の元凶を視界に捉えた。
それは、上半身が妖艶な人間の女性、下半身が巨大な大蛇という、畏敬の姿をした異形だった。




