#64 同じもの、違うもの
本日は草花感謝祭。
大地に芽吹く草花と、神の恵みに感謝する世界的な祝日だ。
大きな街ではパレードやコンテストなども催される賑やかなお祭りで、当然のように娯楽好きなメンバーに連れられて自分も参加していた。
中央広場のステージでは現在、民族的なダンスが華やかに躍られている。
前回のお祭りでは、怪異のトラブルに巻き込まれて大変だった。
今回は防犯の意味も込めてパーティー全員で固まって行動していた。
一軒目で地元の美味しい食事を味わい、二軒目で甘味をこれでもかと堪能。
他に楽しめるものはないかと散策していた、その時だった。
曲がり角から飛び出してきた、フードを深く被った一人の男性と衝突し、勢いよく転倒してしまった。
「すみません、前をよく見ていなくて」
謝罪しながら起き上がり、相手の男性に手を貸そうとした、その瞬間。
フードの隙間から露わになった男性の素顔を見て、自分は息を呑んだ。
そこにいたのは、自分と全く同じ顔をした男だった。
「――っ!? クローバー! 離れてください!!」
ルピナスが鋭い声を上げ、他のメンバーも一瞬にして臨戦態勢を取る。
以前、自分の姿に化けていた怪異の再来かと、メンバーに凄まじい緊張が走る。
しかし、目の前の男には襲いかかってくる気配は微塵もなかった。
むしろ、自分の顔を凝視して目を輝かせると、とんでもない言葉を口にした。
「君! 一日だけでいいから俺の影武者になってくれないか!?」
「はい……?」
突然の無茶苦茶な要求に、自分は呆気にとられるしかなかった。
すると不意に、路地の向こうから血相を変えて誰かを探している一団の姿が目に入った。
男はそれを見るや否や、自分の腕を強引に引っ張り、近くにあった服屋へと雪崩れ込むように駆け込んだ。
店内の物陰に潜み、息を潜めて追っ手の一団をやり過ごす。
ひとまず安全を確保したところで、自分はその男に事情を問い質した。
「……先ほどの、影武者って一体どういうことですか?」
すると男は、苦笑いを浮かべながら自己紹介を始めた。
「驚かせてすまない。俺はシロツメ。……一応、この国の『第三王子』をやっている身なんだ」
「だ、第三王子……!?」
そのあまりにも高貴すぎる正体に、自分だけでなく、メンバー全員が思わず目を丸くした。
シロツメ王子が言うには、現在は仕事のお忍びで、この工房都市に立ち寄っている最中なのだという。
しかし、どうしてもお祭りを自分の目で見て回りたくて、家来たちの目を盗んで部屋から脱走してきたのだと、悪びれもせずに語った。
自分はこれ以上面倒なトラブルに巻き込まれたくないため、丁重に断ろうとした。
しかし、それを察した王子が、ニヤリと悪そうな笑みを浮かべた。
「あー、さっきぶつかった時に、どこか体を痛めたかもなぁ~。なんだか急に腰のあたりが痛くなってきたな~。あーあ、楽しそうなお祭りを見て回れたら、この痛みが綺麗に治るかもしれないんだけどな~」
わざとらしく声を出しながら、チラチラとこちらを覗き込んでくる。
王族への不敬罪、あるいは傷害罪。
もしここで突っぱねて、罪にでも問われたら、自分どころかパーティー全員に被害が及びかねない。
弱みを握られた形になり、自分は断る術を失ってしまった。
仕方なくその理不尽な要求を承諾すると、自分たちお互いの衣装を交換することになった。
「いやー、ありがとう! 本当に助かるよ!」
上機嫌で服を脱ぎ進める王子。
自分も観念して服を脱ぎ、王子の高価な服へと袖を通していく。
その最中、自分は腰に下げていた魔術銃まで渡しそうになったが、ふと手を止めて、彼の魔力について尋ねてみた。
「あの、シロツメ王子。念のため伺いますが、魔力はどれくらいお持ちですか?」
「俺かい? これでもかなりの魔力量だと自負しているよ。宮廷魔術師たちにも引けは取らないね」
どうやら、どれだけ顔が瓜二つだろうと、自分のステータスとは天と地ほどの差がありそうだ。
この魔術銃は、魔力所持者が使用すると暴発する危険な代物。
彼に持たせるのはリスクが高すぎるため、これだけは自分が装備したまま持っていくことにした。
着替えがすべて完了し、個室の鏡を見る。
そこには、きらびやかな衣装を纏った『第三王子』と、見慣れた冒険者の姿になったシロツメ王子が立っていた。
個室から出ると、ルピナスたちが心配そうな表情で自分を囲む。
彼女たちは影武者役の自分に付いてこようとしたが、シロツメ王子に制されてしまった。
王子の側近たちに、見慣れない冒険者の集団が付き従っていれば、それだけで正体が怪しまれてしまう。
それに、もし本物の王子に何かあれば、本当に恐ろしい事態になってしまう。
自分はメンバーたちの目を見つめ、王子の護衛と見張りをお願いすることにした。
「……分かりました。でも、本当に気をつけてくださいね、クローバー」
メンバーたちと一度別れ、自分は一人で服屋の表通りへと出た。
それから歩いて少ししたところだった。
「――いたぞ! 殿下だ!」
「殿下! 探しましたぞ!!」
案の定、血相を変えた家来たちにあっさりと発見され、自分は『シロツメ王子』として、そのまま慌ただしく回収されていくのだった。
場面は変わり、シロツメ王子がお忍びで滞在している豪華な一室。
部屋に連れ戻されるなり、待機していた従者の男性から痛烈なお小言が飛んできた。
「シロツメ様! お祭りを見たいからと脱走するなど、二度とあのような真似はなさらないでください!」
自分は王子の代理として、とにかく正体がバレないよう必死に役割を果たそうとした。
しかし、あいにく中身はただの偽物だ。
要求される所作や判断に能力が追いつかず、完璧にこなすことができない。
案の定、不審に思った従者の男性にじっと見つめられ、体調不良を疑われてしまった。
「シロツメ様……? 失礼ながら、本日はいつもより動きに覇気が見られませんが……どこかお体が優れないので?」
「あ、いや! そんなことはないよ。ただ……その、少し考え事をしていてね」
冷や汗を流しながら、なんとか誤魔化そうと試みる。
少しでも日頃の王子の情報を引き出そうと、自分は言葉を選んで尋ねてみた。
「ちなみに……普段の自分は、君の目にどんな風に見えているかな?」
「そうですな。シロツメ様は武術・魔術ともに秀で、数々の難題を解決するほどに賢く、人の心を惹きつけるカリスマをも備えておいでです。まさに人の上に立つ御方かと。もちろん、足りておられない部分もございますが」
(王子……めちゃくちゃ優秀なのか……)
従者の言葉を聞きながら、自分は内心で大きなショックを受けていた。
顔が全く同じで、中身は超優秀。
自分という存在の、完全な『上位互換』のような人物。
そんな完璧な人物が今、自分の姿をしてメンバーたちと一緒にお祭りを回っているのだ。
……みんなに劣っている自分と、あの優秀な王子を比較されて、彼女たちの心が移り変わってしまうのではないだろうか。
多少は改善されたと思っていた劣等感が、再び蘇ってしまう。
「シロツメ様? やはり顔色が優れませんようですが……?」
あまりにも反応の薄いこちらの様子を心配して、従者の男性が顔を覗き込んできた。
いけない。これ以上詮索されて正体がバレたら、それこそ大ごとだ。
自分は慌てて引きつりそうな表情を押し殺し、従者の男性へ声をかける。
「だ、大丈夫だよ。本当に体調は悪くないから……それより、君こそ自分の脱走のせいで色々と迷惑をかけたね。苦労をかけて、本当にすまなかった」
これ以上深く突っ込まれないための、その場しのぎの労いの言葉だった。
その瞬間。
「シロツメ様が……この私めに、労いのお言葉を……っ!?」
従者の男性は目を見開くと、突如としてその場に崩れ落ち、激しく号泣しだしてしまった。
「ああ……っ! あの思いやりと優しさが常々足りていないと周囲から言われ続けた、あのシロツメ様が……っ! ついに人の痛みを理解される立派な方へと成長なされた……っ! 私は、私はなんと果報者でございますかーーーっ!!」
(王子の従者さんも、色々と大変なんだな……)
激しく涙と鼻水を流して男泣きする彼を前に、自分はただ、乾いた笑みを浮かべるしかなかった。
一方その頃、お祭りを見て回るシロツメ王子とキューピッドのメンバーたち。
顔は全く同じでも、この第三王子とクローバーの好みや行動は、驚くほど真逆のようだった。
普段のクローバーなら甘いものを好むが、王子は顔色一つ変えずに激辛料理を楽しんでいる。
彼はお酒を好まないが、王子はかなりの酒豪のようで、出店の酒を次々に煽っていく。
そして何より、クローバーは決して女性を口説くようなことはしないが、王子は胸の大きな女性を見つけると、息を吸うように声をかけて熱烈に口説き始めた。
そんな自由奔放な王子に振り回されながら、賑やかな大通りを移動していたその時。
この街では見かけない、いかにも柄の悪い冒険者一行と王子の肩が激しくぶつかってしまった。
「あぁ? どこ見て歩いてんだよ兄ちゃん?」
一触即発の不穏な空気に、すかさずルピナスたちが王子を守ろうと一歩前に出ようとする。
だが、王子はそれを不敵な笑みとともに片手で制した。
次の瞬間、大通りの喧騒をかき消すような激しい打撃音が次々と響き渡る。
ルピナスたちが見守る中、王子はたった一人で大柄な冒険者たちを瞬く間にノックダウンさせてしまったのだ。
「フン……、折角のお祭り気分が台無しじゃないか。身の程を知るといい」
王子は衣服についた埃を、どこまでも冷ややかに払う。
顔は同じクローバーのはずだが、戦闘における強さはかなりのもののようだ。
同じ顔であまりの差に、メンバーたちも一瞬混乱しそうになってしまう。
さらに歩いていると、今度は目の前で、小さな子供が派手に転んでしまった。
手荷物の木の実がバラバラと地面に散らばってしまい、子供は痛さとショックで泣き出してしまう。
普段のお節介なクローバーならば、真っ先に駆け寄って子供を抱き起こし、荷物を一緒になって拾い集めるであろう、そんな場面。
しかし、シロツメ王子は泣き叫ぶ子供を一瞥することすらなく、スタスタと前を向いて歩き去ろうとしていく。
「……っ」
ルピナスたちは思わず息を呑んだ。
即座に彼女たちが駆け寄って子供を起こし、散らばった荷物を綺麗に回収して優しく手渡す。
子供に笑顔が戻ったのを見届けた後、彼女たちは歩みを進める王子の背中を睨みつけた。
この第三王子は、確かにクローバーと違って圧倒的に強い。
だが、人としての『優しさ』や『思いやり』については、お世辞にも褒められたものではなかった。
(何ですか、今の態度は……)
視線の先にいる人物は、彼と全く同じ顔をしている。
だが、自分たちのリーダーである、あの不器用で、弱くて、けれど誰よりも優しい彼とは決定的に、何かが違っていた。
見掛け倒しの強さと傲慢さを振りかざす王子に対して、メンバーたちは次第に、明確な嫌悪感を抱き始めていた。
夜になり、王子が脱走ルートを使って無事に室内に戻ってきたため、ようやく自分の影武者ミッションは終了を迎えた。
シロツメ王子はお祭りを存分に楽しめたようで、満足げに感謝を伝えてきた。
対して、慣れない執務や王族としての所作に追われ、肉体も精神も限界までボロボロになっていた自分は、やっと終わったと心から安堵しながら部屋を脱出。
裏路地で待たせていた、メンバーたちとようやく再会を果たした。
「あ、クローバー……!」
ルピナスたちが心配そうな、どこか複雑な表情で何かを言いかけようとする。
だが、自分は彼女たちの言葉を遮るようにして、真っ先に確認をしてしまった。
「みんな、怪我とかしていないかい? あいつに振り回されて、何か嫌なこととかはなかった? それと……その……」
自分は背中に冷や汗を流しながら、ずっと脳内を支配していた恐怖を、恋人である三人に恐る恐る確かめてしまう。
「……自分よりも、あの優秀で強い王子の方が……その、好きになっちゃったりとか、してないかな……?」
自分がどこまでも情けない、ちっぽけな本音を漏らしてしまう。
すると、ルピナスをはじめ、メンバーが一斉に笑いだしてしまった。
「ちょ、ちょっとみんな、なんで笑うんだい? ……やっぱり、あっちの王子の方が良かったから――」
自分が本気で狼狽えていると、ランティアがケラケラと笑いながら自分の肩に肘を乗せてきた。
「アンタねぇ、アタシ達よりもよっぽど疲弊した顔して、一体何を心配してるんだい」
「そうです! あんな冷たくて思いやりのない人、私たちのクローバーの足元にも及びません! 私たちには強さよりも、優しさの方がずっと大事なんです!」
ルピナスが目に薄っすらと涙を浮かべながら、激しい勢いでまくしたてる。
「……あの王子、無理。クローバーじゃなきゃ嫌」
ヘリオもいつになく強い語気で首を横に振った。
「ご主人様、半日離れていただけで、私は寂しくて死にそうでした」
ハートに至っては、すでに自分の胸元に顔を埋めている。
ルピナス、ヘリオ、ハートの三人が、自分にこれでもかとすがりついてきた。
どうやら上位互換の王子は、何かがあって彼女たちからは嫌われてしまったらしい。
自分は愛おしい彼女たちやメンバーの温もりを感じながら、我が家へと仲良く帰路につくのだった。




