#60 これから
三人へ告白して一か月後。
自分たちは愛の神から特別依頼を拝命し、ターゲットの一名を馬車に引き連れて街道を移動していた。
道中、周囲の森を引き裂いて巨大な影が飛び出してきた。
それは結晶のような光沢を放つ、巨大なカマキリの姿をした魔獣だった。
すぐさま馬車から飛び出した前衛メンバーたちが武器を構える。
「アイツも新種の魔獣だね。前方方向は俊敏な鎌が襲ってくるから、後方からの攻撃が弱点だね」
ランティアがスキルで魔獣の特徴を調べ、自分がすぐに指示を飛ばした。
「ヘリオとハートは前衛で敵の注意を引いて! ルピナスは隙を見て後ろに回り込んで!」
「はい!」
激しい金属音が周囲の森に響き渡る。
だが、新種の魔獣の力は予想以上に強大だった。
鋭い鎌の二連撃をハートが防御するが、あまりの威力に受け止めきれずに体勢を崩してしまう。
その隙を突いて、魔獣の攻撃がハートへと肉薄する。
「ハート!?」
自分もつい駆け出すが、距離があるためとても間に合いそうにない。
心臓が凍りつくような感覚に、自分の呼吸が止まる。
その刃がハートに届く直前、ヘリオが体を滑り込ませて彼女をカバーした。
「ルピナス、今!」
「はああああああっ!!」
ヘリオの声に応じ、ルピナスが魔術籠手を構えて後方から魔獣の背へと高く飛び乗った。
至近距離から放たれた火魔術が魔獣の背中を直撃し、巨大なカマキリはその体を激しく震わせながら、地面へと崩れ落ちて動かなくなった。
「ふぅ……。なんとか全員無事でいけましたね」
戦闘が終わり、ルピナスたちが武器を収めてほっと安堵の息を漏らす。
だが、自分だけはその場を動けずに呆然と立ち尽くしていた。
ドクドクと狂ったように脈打つ心臓の音が止まらない。
「……クローバー?」
ヘリオが不思議そうに覗き込んできて、ルピナスやハートも心配そうに自分の手を握りしめてくる。
自分は彼女たちの生きた温もりに触れながら、胸の奥に溢れてしまった感情を口にした。
「……ごめん。すごく怖くなっちゃってさ……」
「怖くなった、ですか?」
「三人とちゃんと付き合い始めて、本当に、心から幸せだって思えてさ。だから、もし今の戦いで、誰かを失ってしまっていたらと思ったら本当に、頭がおかしくなりそうなほど怖くなったんだ」
以前の自分なら、こんな弱音は絶対に吐けなかった。
自分が最底辺のお荷物だから、みんなにいつか捨てられる、そんな劣等感ばかりに目を向けていたから。
けれど女神様に背中を押され、彼女たちの想いに応えて、名実ともに深く結ばれた今。
自分にとって彼女たちは『いつか離れていく優秀な人』ではなく、何があっても失いたくない『最愛の人』へと変わっていたのだ。
愛を知ったからこそ初めて芽生えた、失うことへの本当の恐怖。
自分は情けなく震える手を隠すように、隣にいるルピナスたちの体をもう一度強く抱きしめ直す。
すると、後ろからホオズキが背中に抱き着いてきた。
「ずるいー。わたしも混ぜてー」
「あのねぇホオズキ……」
彼女のマイペースな温もりに、張り詰めていた心が少しだけ緩む。
気がつけば、ランティアたち他のメンバーも全員集まり、自分たちを見つめていた。
「無茶な指示を出すイカれたリーダーよりは、失うのを本気で怖がってくれる慎重なリーダーの方が、よっぽど信頼できるさね」
ランティアがケラケラと笑いながら、自分の肩をぽんと叩く。
そして、わざとらしくジト目を向けてさらに言葉を続けた。
「それはそうとクローバー? その様子だと、アタシのことはまだ愛してくれてないのかい? ちょっと傷ついちゃうねぇ」
「ランティア、今はそういう話じゃ……」
「どうして今更躊躇するかねぇ。でもさ、やっぱりこのパーティーのリーダーは、あんた以外に向いてる奴はいないよ。誰よりもメンバーのことを一番大事に考えて動いてくれるのは、いつだってあんたなんだから」
ランティアの真っ直ぐな言葉に、胸の奥が熱くなる。
すると、隣にいたルピナス、ヘリオ、ハートの三人も、自分の手を握り直して微笑みかけてくれた。
「クローバー、一人で全部を抱え込む必要なんてないんですよ。ただ守られて、支えられるだけが家族や仲間ではありません」
「うん。誰かが危なかったら、助けられる人が支えればいい」
「ご心配をおかけして申し訳ありませんでした、ご主人様。ですが、私一人で戦っているわけではありません。ルピナス様もヘリオ様もいますので、どうかご安心ください」
ハートが自分にそっと手を添え、優しく諭すように言葉を紡ぐ。
「私たちはクローバーのことを、頼りにしています。だからクローバーも、もっと私たちのことを頼って、甘えてくださいね」
「みんな……」
優秀な彼女たちを前にして、自分はずっと一人で劣等感を抱えていた。
けれど、彼女たちは最初から、自分の貧弱なステータスなんか見ていなかったのだ。
ただ一人の人間として、リーダーとして、自分を必要とし、自分の背中を預けてくれていた。
「……ありがとう。本当に……みんなと出会えて、よかった……」
自分はもう震えの止まった手で涙を乱暴に拭い、最高の仲間たちに向けて、心からの感謝を告げるのだった。
「……あの、お取込み中のところ、大変申し訳ないのですが」
そこで、ひどく気まずそうな声がすぐ近くから聞こえてきた。
「感動的なお話の邪魔をして恐縮なのですが……そろそろ移動をお願いしてもよろしいでしょうか?」
「――あ」
その声に、自分は我に返った。
(……そうだ、この場にはもう一人いたんだった)
愛の神からの特別依頼で引き連れているターゲット。
先ほどまでの戦闘とその後の事もあり、彼がいたことを綺麗さっぱり忘れてしまっていた。
自分は大慌てでターゲットに向けて頭を下げた。
「す、すみません! 本当にすみませんっ! ちょっと色々と感極まってしまって、お待たせしてしまいましたっ!!」
「い、いえ、皆さん本当にお仲間のことを大切にされているのだなと、感銘を受けましたので……」
ターゲットの人物は苦笑いを浮かべつつも、どこか温かい目で自分たちを受け止めてくれている。
「ほら、みんな! 早く馬車に戻って出発の準備だよっ! あぁ、新種の魔獣だから亡骸は携帯ハウスに送っとかないと!」
自分たちはそうして、ドタバタと再出発の準備を整えるのだった。




