#56 過ぎた誕生日
目を覚ますと、すぐ傍らにハートがいた。
彼女の目は赤く腫れていて、おそらく泣いていたのだろう。
自分が目覚めたことに気が付き、彼女は慌てた様子でメンバーを呼ぶ。
「ご主人様がお目覚めになられましたっ!」
激しい足音とともに、ルピナスたちが一斉に部屋へと飛び込んできた。
みな一様に、酷く疲れ切った顔をしている。
「……どれくらい、気を失っていたんだい?」
掠れた声でそう尋ねると、ルピナスが泣き出しそうな顔で答えてくれた。
「二日です。丸二日間もずっと、目を覚まさなかったんですよ」
どうやら、あれから丸二日も意識を失っていたらしい。
自分の誕生日のために準備をしてくれていた彼女たちの善意を無駄にしてしまった。
申し訳ない気持ちから彼女たちに謝罪をする。
「せっかく準備してくれていたのに、悪いことをしたね……」
「……貴方は何も悪くない、謝らないで」
自分の右腕に視線を落とすと、不気味な蛇の入れ墨が禍々しく光を放っていた。
「自分は、どうなってしまったんだい?」
錬金術師のムスカリが、沈痛な面持ちで口を開いた。
「高度な『呪術』をかけられたらしい。その入れ墨の蛇が、体内で特殊な毒を出し続けている。激痛で対象者を苦しめながら、徐々に体力を奪っていく極めて悪質なものだよ」
「呪術の毒……。どれくらい耐えられるかな?」
「最大でも、三ヶ月が限界だろうね」
どうやら、残り三ヶ月の命らしい。
いきなりそんな状況になると、なんだか逆に冷静になってしまう。
「解呪する方法は、あるのかな?」
「呪術の解呪手段は二つある。呪術を構成している元の『呪物』の破壊。あるいは『解呪魔術』を施すか。けれども、呪物を破壊するためには特定や捜索と多くの時間が必要だ。解呪魔術にいたっては、伝説上の存在とされている代物だからね……」
ムスカリが拳を握りしめ、悔しそうに視線を落とした。
それにつられて、他のメンバーも俯いてしまう。
優秀な彼女たちだ。
自分が意識を失っている間に、解呪手段をあらかた調べてくれたのだろう。
それでも方法がないのだ。
(自分はここで、終わりかな)
結局自分は、お荷物を改善できないまま死んでいく。
仲間や女神様に迷惑をかけて、なんと無責任で役立たずな人物がいるものか。
我ながら情けない。
悔しさはあるが、自分の迂闊さが招いた自体なので、悲劇の主人公ぶってもいられない。
最後にせめて、彼女たちの足枷だけでも外してあげなければ。
ベッドの横にいたランティアを見つめ、彼女に後処理をお願いする。
「ランティア、お願いがあるんだけど」
「……なんだい?」
「これからパーティーを続けるにしろ解散するにしろ、君が新しいリーダーとして彼女たちをまとめてほしい。この家も他の道具も、今までのお金や今後も商業ギルドから入るお金も、全部みんなで自由にしていいからさ。だから自分のことはもう忘れて――」
役に立てない自分の、彼女たちにしてあげられる最後のささやかな気持ちのつもりだった。
だけど、その言葉を言い切る前に。
「――ふざけんじゃないよッ!!」
ランティアに胸ぐらを掴み上げられた。
いつもの飄々とした、知的好奇心の塊で、お酒好きの彼女からは想像もつかない怒りと殺気が感じられる。
あまりの迫力に自分は押し黙ってしまった。
彼女の瞳には、大粒の涙がたまっている。
「言っていい冗談と悪い冗談があるだろうがっ! アタシたちが、あんたを見捨てて遺産だけ貰って、はいそうですかって笑って生きていけるとでも思ってんのかい!?」
「……ランティアの言う通りです。私たちは絶対にクローバーを助けます! だから、お願いですから、そんな簡単に諦めないでくださいよ……」
ルピナスが自分のベッドにすがりつき、ボロボロと涙をこぼしながら訴えかけてくる。
「……クローバー。ボクたちはそんなに頼りない?」
ヘリオが今にも泣き出しそうな瞳で、こちらを見つめてくる。
「……頼りないわけじゃないよ。みんなはすごく優秀だ。そうじゃなくて、自分には助けてもらうだけの『価値』がないからさ。能力だって貧弱だし、パーティーのお荷物で……。だからこれ以上、みんなの足を引っ張りたく――」
自分が胸の奥の劣等感を吐き出すと、今度はハートが両手を握りしめてきた。
「能力や価値なんて関係ありません。私が、私たちが、ご主人様を必要としているから助けたい。ただそれだけなんですっ! どうかそれ以上、ご自身を卑下されないでください……」
普段はあまり声を荒げない従者の、必死の懇願。
「クローバー……」
すると、ホオズキがトボトボと近づいてきた。
彼女の周りには、召喚獣たちの姿もある。
「わたしも召喚獣たちも、すごく落ち込んでる……。危険に気付けなくて、クローバーを守れなかったから。だからわたしも、みんなとクローバーを助けたい……」
ホオズキが自分の腕にそっと触れる。
召喚獣たちも、申し訳なさそうに自分に頭をこすりつけてきた。
「私も実験に付き合ってくれる助手は手放したくないからね……」
「今度は私がクローバー君の命を助けちゃうよー!」
ムスカリやナグサも同調してくれている。
自分は何か言おうと口を開きかけたが、また全身に痛みが走り出し意識を手放してしまう。
「クローバー!?」
「ご主人様!!」
みんなの声が遠ざかっていく。
「ムスカリ! クローバーはどうなったんです!?」
ルピナスが、必死の形相でムスカリへと詰め寄る。
ムスカリはクローバーの胸の鼓動を確かめると、暗い表情で首を横に振った。
「痛みで気絶しただけだね。……このままだと彼の命は持って三ヶ月だ。一刻の猶予もないよ」
「……何が助けてもらう『価値』がないだよ。アタシをこれだけ振り回しておいて、何を今更……」
ランティアが乱暴に涙を拭い、低い声で呟いた。
その場にいる全員の目が、悲しみから明確な決意へと変わっていく。
とにかくメンバーで一度、今後の動きを話し合うことになった。
「まずは情報の整理だよ。クローバーを救うための手段を、一つずつ精査していこう」
ランティアが真剣な面持ち机を叩く。
最初に挙がったのは『呪物の捜索と破壊』だった。
だが、これにはヘリオがすぐに首を横に振る。
「……きっと難しい。ボクやナグサの家に協力を頼んでも、三か月なんてすぐに使い切っちゃう」
「そうだよね。どこかに隠されてたりしてたら、絶対に間に合わないよ……」
ナグサも浮きながら、悔しそうに眉をひそめた。
次に挙がったのは『解呪魔術』。
しかし、これも望みが極めて薄かった。
「ギルドに高額の報酬で依頼を出すことはできますが、伝説と言われるほどの魔術ですから本物が現れるのとも限りません。悪戯や詐欺に振り回されて、時間を浪費する可能性が高そうに感じます」
ハートが冷徹に分析する。
二つの正攻法がどちらも完全に行き詰まり、重苦しい沈黙が広がった。
そこでランティアがふと何かに気付き、ムスカリの方を向いた。
「なぁムスカリ。あの呪術は蛇がクローバーの体内で『毒』を出し続けてるって言ってたよな?」
「言ったね。それが彼を苦しめている原因だ」
「だったらさ、呪いそのものを解くのは無理でも、その毒を『中和』することはできないのかい?」
ランティアのその言葉に、メンバーたちの視線が一斉にムスカリへと集中した。
毒さえ消せれば、少なくとも三ヶ月というタイムリミットを気にせずに済むかもしれない。
ムスカリは顎に手を当て、深く考え込んだ。
「……可能性はゼロじゃない。けれど、あの毒は呪術や魔力が混ざり合った特殊な毒だ。中和薬を作るにしても、まだ誰も試したことがない未知の領域。確実に作れるという保証はどこにもないね」
保証できない。
ムスカリの口から出たのは、やはり厳しい回答だった。
悩むメンバーたち。
原因となる呪物を探すべきか。
伝説の解呪魔術を求めるべきか。
それとも、未知の中和薬の開発に賭けるべきか。
その全ての可能性に力を分散させて注ぐべきか。
どれか一点に希望を集中させるべきか。
残された時間はわずか三ヶ月。
彼女たちは選択を迫られ、リビングの空気は張り詰めたように静まり返る。




