#6 放たれた従者
低い筋力で地獄のような帰路をなんとか耐え、無事にギルドに帰還することができた。
息を整えてから受付にて報告手続きをする。
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クエスト達成報酬 3万フラ
特大粘液コア買取 3万フラ×5個=15万フラ
合計 18万フラ
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今回はルピナスの魔術を使用したため、杖の補充でマイナス5万フラ。
つまり収支はプラス13万フラ。
山分けすると、一人当たり43,000フラ。
トラブルはあったものの、お財布に少しだけ余裕ができた。
今日はいつもよりお高めの宿をとり、汗だくの体をお風呂でさっぱりさせてから食事処に集合した。
キューピッド初のクエスト達成でもあるので、今日は盛大に祝うことにする。
固いパンと味の薄いスープだけのいつもの寂しいメニューとは違う。
鳥の丸焼きやベーコンなどのお肉、豆や野菜たっぷりのスープ、チーズに果物まである。
「すごいですよこのお肉、とってもジューシーでほっぺたが落ちそうです!」
「このスープもおいしい。ちゃんと味がある」
彼女たちも豪華な食事を楽しんでくれているようだ。
「それにしてもヘリオ、先ほどはすいませんでした。十分に距離をとったつもりだったのですが、まさか影響があるとは……」
「大丈夫、多分ボクの問題。クローバーは平気そうだった」
彼女たちの連携についても考えておかないといけない。
ルピナスが魔術を使用するたびに、ヘリオが動けなくなるのでは困る。
何かいい案はないだろうか……、なんとかヘリオが回復さえできれば――
「そういえば、ルピナスは回復魔術が使えたよね」
「……一応使えますが、おすすめはできません」
おすすめできないらしい。
やはり杖の消費問題のせいだろうか?
「昔、魔術学校に通っていた際に回復魔術の授業がありまして……弱ったネズミに回復魔術を使用したら、その……弾け飛んで辺り一面が悲惨なことに」
「…………」
頭の中でその惨状を想像して、一瞬胃液がこみ上げそうになる。
ルピナスにヒーラーを頼むことは永久にないだろう。
それから、難易度の低いクエストをコツコツと受けながら、二週間が経過した。
メンバー募集を開始してからそれなりに日数が経過したが、いまだに反応は一切無い。
よく考えたら、ルピナスもヘリオも正規ルートの加入ではないので、実質的な応募者はゼロだ。
やはりリーダーの自分が貧弱な上に、ヘリオの影響で女性限定募集になってしまったせいだろうか……。
ギルドの受付で今日も進展がないことを確認し、自分は待たせていた二人のところへ戻ろうとした。
その時気付いたが、何やらギルド内の一角がやたらと騒がしい。
どうやら激しい喧嘩が始まったようで、周囲の不謹慎な冒険者がどちらが勝つか賭けを始めて盛り上がっている。
真昼間から実に迷惑な人たちもいるものだ。
――と、他人事のように呆れて見ていたら、その迷惑な当事者たちの片方は、まぎれもない自分のパーティーメンバーだった。
聞けば、別パーティーの冒険者たちが、リーダーである自分の悪口を言っていたらしい。
なんでも、『お荷物な貧弱リーダーが、女の子を誑かして裏で扱き使っている』と。
別に誑かしてなどいないが、ほぼ事実であるために何も言い返せない。
その言葉がルピナスとヘリオの耳にも届いてしまったために、大喧嘩にまでエスカレートしたらしい。
相手は六人。対するこちらは二人と、圧倒的な人数不利だった。
だが、自分が慌てて止めに駆け付けるまでもなく、すぐに決着はついてしまった。
ルピナスがボクシングのように、三人を次々に素手で殴り倒した。
ヘリオは二人の頭を鷲掴みにして、ミシミシと不穏な音をいわせている。
そして、見知らぬ少女が重そうなトランクケースを豪快に振りかぶり、相手の顎へと命中させて、最後の一人が派手にダウンした。
そこへ完全に遅れて自分が到着した。周囲の視線も含めて、ものすごく気まずい。
白目を剥いて倒れている冒険者たちはその場に放置して、自分はひとまず、ギルドの片隅の席に三人を座らせた。
そして、どんな理由があろうとも簡単にもめ事を起こしてはいけないと、真面目にお説教を始める。
たとえ、それが頼りない自分への悪口であったとしても、と。
ルピナスは不満そうに口を尖らせて、不服そうな顔をしている。
ヘリオは相変わらず無表情のまま、一切反省していない様子だ。
そして、何事もなかったかのように座っている少女は……。
一体、どこの子だろう?
「えっと……彼女は、二人のお知り合いかな?」
「えっ!? クローバーの知り合いじゃないんですか?」
ルピナスが驚いたように目を丸くし、隣のヘリオがいつも通りの気だるげな声で淡々と答えた。
「……その子、クローバーの従者って言ってた」
「えっ?」
自分は慌てて、分身から引き継いだ経歴から情報を探すが、やはり自分が従者を雇っていたという事実は確認できなかった。
「……自分に、従者はいたことないはずなんだけど……」
「それでは改めまして自己紹介を。私はブリーディングハートと申します」
彼女は背筋をピンと伸ばし、年季の入ったメイドのように一礼を披露した。
頭の中で『ブリーディングハート』という名前を探してみるが、やはり該当者はいない。
さっぱり分からない。
そんな自分の困惑した表情に気づいたのか、彼女は静かに言葉を続けた。
「四年前、賊に襲われたときに助けていただいた、キャンベル家のナグサ様のそばにいた従者です」
四年前の人助け……。分身は、そんな立派なことまでしていたのだろうか?
自分は再び頭の中で、四年前の経歴から情報を探す。
確かに情報はあった。その時に彼女たちを助けていたらしい。
ただし、決して分身が大活躍したというわけではないようだ。
彼女たちが助かったのは、警護に就いていた三人の護衛が、それこそ命を懸けて戦ってくれたおかげである。
十数名ほどの賊に襲われ、護衛の二人は途中で力尽き、隊長は死に物狂いで賊の頭領と相打ちになった。
分身が偶然現場に駆け付けた時には、すでにそんな壊滅的な状況だったようだ。
分身は、最後に残っていた賊の下っ端を、三名ほど倒しただけに過ぎないらしい。
分身がその時、どんな感情を持ったのか、今の自分には分からない。
分からないが、自分と同じ人格なので、おそらく……。
護衛の人たちは誰も助けられなかった、素直に喜べない複雑な心中だったのかもしれない。
「……大半は、護衛の人たちの成果だよ。あの時自分は、最後に残っていた下っ端を数人倒しただけだよ」
自分がそう事実を告げると、ハートはまっすぐこちらを見つめて首を横に振った。
「それでも、私たちはクローバー様に助けていただきました。あの絶望の中で手を差し伸べてくださったのは、間違いなくあなた様です」
「持ち上げすぎだよ。まぁ……君がこうして元気そうでよかった。ナグサさんも元気かい?」
自分が話を逸らすように、あの時一緒にいたはずの主人の名を口にした――その瞬間。
ハートはほんの少しだけ視線を落とし、静かに、けれど痛みを堪えるような声で言った。
「……ナグサ様は先日、病死されました」
「それは……ごめん、余計なことを聞いてしまったね」
どうやら、あの時助けた少女は亡くなってしまったらしい。
彼女には、とても言いづらいことを言わせてしまった。
賑やかだったギルドの片隅で、自分たちの周囲にだけ、重い沈黙の雰囲気がなだれ込んでくる。
「……さっき言っていた、クローバーの従者というのはどういうことなんですか?」
ルピナスが、この重い空気をなんとかしようと、気を利かせて会話に入ってきた。
「はい。いつか必ずクローバー様へご恩返しをしよう、とナグサ様と常々お話していました。ですがナグサ様はお体が丈夫ではなく……その約束を果たす前に亡くなられてしまわれました。私も主人がいなくなりお役御免となったため、今度は私が、ナグサ様の分までご恩返しとしてクローバー様にお仕えするために、家を出てきました。」
「それは……キャンベル家への忠誠とか、実家の方の立場は大丈夫なのかい?」
自分が心配から尋ねると、彼女は微塵も揺るがない笑顔で答えた。
「キャンベル家のご子息とご令嬢には、それぞれ私の異母兄姉が専任従者として仕えていますため、心配はいりません」
どうやらそこら辺の問題もクリアしているようだ。
それならば、自分としては特に断る理由はない。
ただ、お給料が支払えるかは怪しいところだが……。
「……二人はどう思う?」
自分はひとまず、メンバーの二人に意見を求めた。
「ボクは問題ない。さっき一緒に戦ったし、彼女は話が分かる」
「私も大丈夫です! ぜひ、よろしくお願いします!」
ルピナスもヘリオも、彼女の加入に反対は一切ないようだ。
「それじゃあ、ブリーディングハート……長いから『ハート』でいいかな? これからよろしくね」
「はい! 不束者ですが、よろしくお願いしますご主人様!」
「……ご主人様?」
自分の困惑を余所に、ハートは今度は二人の前へ向き直り、頭を下げた。
「ルピナス様とヘリオトロープ様も、ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします!」
「仲間なんですから、気軽にルピナスでいいですよ!」
「ボクもヘリオでいい」
「いえ、ご主人様の従者として呼び捨ては……」
従者のブリーディングハートがパーティーに加入した。




