#52 冬の訪れ
賊に遭遇して数日後。
季節はいよいよ冬に入ったしまい、雪が降るようになってきた。
馬車移動にはまだ支障はないが、冬が深くなるまでに帰り着きたいところだ。
朝方。
自分は息苦しさと違和感を覚えて目を覚ました。
視界を開けた瞬間、目の前は『黄色いもふもふした何か』によって埋め尽くされていた。
寝ぼけた頭で状況が掴めず、確認のために手でそっと触ってみる。
その瞬間、もふもふがビクッと反応した。
刹那。
今度は視界が『白い何か』によって覆い隠される。
同時に、鼻腔にこれでもかと湿った空気が襲いかかってきた。
突然の窒息感に、自分はたまらずもがき苦しむ。
必死になって抵抗していると、ようやくその白い何かが自分の顔から離れていった。
大きく息を吸い込み、目の前の全貌を理解した。
黄色いもふもふは、大きな狐の『尻尾』。
そして自分の顔を圧迫していた白い何かは『パンツ』だったらしい。
状況を把握して硬直していると、自分の上に乗っていた人物がずるりと回転し、正面から自分に向き合ってきた。
「……あ、う……ご主人、様……っ」
ハートだ。
その姿は、いつもと様子が違っていた。
顔は湯気を吹きそうなほど真っ赤に染まり、吐き出される息は信じられないほど荒い。
目はトロンと潤んでおり、その口元からはだらしなくよだれまで垂れていた。
――『冬になると、あの子は“発情期”を迎えます』
脳裏に、彼女の母親からの忠告が蘇る。
「はぁ、はぁ……っ、ご主人様……ご主人様……っ」
ハートは熱に浮かされたような声で呟きながら、自分の顔を妖艶に睨みつけている。
あまりにも強烈な色気を前に、体がつい反応してしまった。
上に跨がっていたハートもその変化に気づいたようで、嬉しそうに声を弾ませる。
「……あ、はっ……。ご主人様も、その気……なら、何も問題、ありませんね……」
「い、いや! ダメだ、ダメだからねっ!?」
押し切られそうな圧倒的熱量から、自分はなんとか逃れようと必死に声を絞り出す。
「どうしてダメなのかと」と潤んだ瞳で問われ、自分はとっさに言い訳を考えた。
「そ、その……、自分の次の誕生日に、正式にハートが欲しい……かなって。だから、それまでは大事にしたいっていうか……」
期間が空けば彼女の発情期も終わり、冷静になるだろう。
そう計算した上での必死の誤魔化しだった。
ハートはその言葉を聞いた瞬間、感激したように大きな耳をパタパタと震わせた。
「ごっ、ご主人様のお誕生日に……。そこまで私のことを……っ!」
ハートはとても都合よく解釈してくれた。
作戦成功かと思いきや、本能に火がついた彼女はなおも熱い吐息を吹きかけてくる。
「ですが、もう我慢できません……! せめて、せめて首や耳だけでも、私の好きにさせてください!!」
「……ま、まぁ、それぐらいなら……」
最後の一線さえ越えなければと、自分はつい妥協してしまった。
だが、それが第二の地獄の始まりだった。
「んむっ……、ちゅ……、う、……ご主人、さま……っ」
首筋や耳元を執拗に舐められ、甘噛みされ、熱烈なキスを落とされ続ける。
ゾクゾクとする刺激と、これ以上進めないという生殺し状態。
そんな拷問のような時間を、自分は一時間以上もたっぷり味わう羽目になった。
もう限界だと意識が遠のきかけたその時、ふと自室のドアへと視線が向く。
そこには、ルピナス、ヘリオ、ランティアをはじめとしたメンバーが、まじまじとこちらの様子を覗き込んでいた。
どうやら、部屋から漏れ出るハートの甘い声を聞きつけ、途中から見続けていたらしい。
ルピナスとヘリオは顔を真っ赤にして固まり、ランティアはニヤニヤと楽しそうにしている。
「……見てないで、助けてくれないかな?」
自分は頼もしいはずの仲間たちに向けて救いの手を求める。
なんとか彼女たちにハートを引き離してもらい、自分は一応のお礼を伝えた。
服の襟元を正しながら、大きく息を吐き出す。
「……申し訳ありませんでしたご主人様。我を忘れて取り乱してしまいました……」
彼女も少し冷静になれたようで、耳をペタンと寝かせながら深く謝罪してくる。
顔の赤みはまだ引いていないが、暴走状態は脱したようだ。
「気にしないで。体質みたいなものだって聞いていたしね」
自分が優しく声をかけると、ハートは嬉しそうに目を潤ませ言葉を付け加えた。
「はいっ! 初めては、ご主人様の誕生日プレゼントですからね。私も楽しみにしています!」
ハートの幸せそうな宣言が、メンバー全員の耳へと響き渡る。
先ほど窮地を脱するために口走ったでまかせが、最悪の形で広まってしまった。
フリーズしていたルピナスやヘリオたちの視線が、一斉に鋭いものへと変わる。
「クローバー……、誕生日プレゼントは、そういうのが欲しかったんですか?」
「……クローバーもエッチ」
「なるほどねぇ。まさか、誕生日プレゼントに『女の子』をご希望とはねぇ?」
ランティアまでニヤニヤした顔でからかってくる。
メンバーから、誕生日プレゼントの希望を盛大に勘違いされてしまった。
「違うんだよ。それはただの口から出まか――」
全力で否定しようと言葉を紡ぎかけた瞬間、ハートからの張り詰めた視線を感じた。
今この場で否定しようものなら、騙されたと知ったハートが爆発して、有無を言わさず襲われてしまうかもしれない。
それは何としても回避したい。
「……あ、いや……なんでも、ないです……」
自分は言葉を呑み込み、頷くしかなかった。
心の中で必死に神仏へ祈り捧げる、
どうか彼女たちが、今回の件を綺麗さっぱり忘れてくれますようにと。




