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#51 道中③

帰路が始まり数日。

顔の落書きは今日も消えない。

すれ違う旅人や行商人たちからは、怪訝な顔で指をさされ笑われてしまう。


羞恥心に耐えながら、自分は馬車の御者台に座り続けていた。


そんな道中の森の中、自分たちの行く手を遮るように一台の馬車が停車しているのを発見した。

顔中に落書きがあるので、正直なところ声はかけたくない。

だが、困っている人を見捨てるのも寝覚めが悪い。

自分は小さく溜息をつくと、馬車を停車させて声をかけることにした。


「そこの方、どうかしましたか?」


馬車の傍らに立っていた糸目の男性に話しかける。

男性は自分の顔を見るなり一瞬だけ目を見開いたが、すぐに愛想のいい笑みを浮かべた。


「いやぁ、お恥ずかしい。どうにも馬車の調子が悪くて、立ち往生してしまいましてね」


「それなら、少し見せてもらえますか?」


自分は馬車から降り、彼の馬車の車輪や車軸を調べ始める。

調べている最中、糸目の男性は世間話とばかりに軽いトーンで問いかけてきた。


「それにしても立派な馬車ですね。そちらのパーティーは何人いらっしゃるんです?」


「自分を合わせて八人です」


「ほう。ではどうしてわざわざ、こんな見通しの悪い森の旧道を通られたのです?」


「とある依頼で、この先の鉱山へ素材を採集してきた帰り道なんですよ」


自分が作業しながら何気なく答えると、糸目の男性は満足そうに頷いた。

一通り調べ終えたが、彼の馬車に異常は見つけられなかった。


「あの、馬車はどこも壊れていないようですが――」


そう伝えている最中、停車していた馬車の荷台、そして周囲の生い茂る森の茂みから武器を手にした人物たちが大勢飛び出してきた。

あっという間に、自分たちの馬車が取り囲まれてしまう。


「大漁大漁!」


どうやら古典的な待ち伏せらしい。

自分が深くため息を吐くと、糸目の男性は穏やかな声のまま口にした。


「馬車も荷物も全ていただきます。貴方とお仲間も、全員奴隷として捕まえさせてもらうとしましょうか」


このラフロー王国では、奴隷は完全に禁止されている。

それを平然と口にするということは、目の前の彼も言い逃れできない悪党で確定だ。


さてどう対処するべきかと考えていると、悪党たちに自分の顔の落書きを盛大に笑われてしまった。


「それにしても、随分とマヌケは男だな。見ろよ、びっしり女の名前が書いてあるぞ!」


「ギャハハハ! ただでさえマヌケな面なのにまだ足りねぇのか?」


(まぁ……鴨がネギ背負って落書きまでされてたら笑うよな)


彼らの反応も当然だと感じていた次の瞬間。


「ひっ!?」


「がはっ!?」


自分の背後から凄まじい怒声と悲鳴が響き渡った。

視線を向けると、そこにはルピナス、ヘリオ、ハート、ホオズキの召喚獣たちの姿があった。

どうやら自分が指示を出すよりも前に、暴れ出してしまったらしい。


彼女たちはみな怒っており、声を上げながら周囲の敵を次々に始末していく。


「我が主を笑うなど……万死に値しますっ!!」


ハートが殺気を放ちながら、二振りの長剣で賊を次々と切り倒す。

その手際と刃のキレは、すでに自分より強そうだ。


「……殺す」


ヘリオは杭双盾を構え、間髪入れずに敵を盾で殴打。

杭を射出して賊をブチ抜き、ワイヤーを伸ばして振り回し始めた。


「タダでは返しませんよ!!」


ルピナスは魔術籠手で相手を殴り飛ばしながら、至近距離で雷魔術を放つ。

その一撃で多くの賊が倒れ込んだ。


あまりの猛攻に怯み、賊たちはせめてもの反撃にと小さな召喚獣たちを狙う。


「キューッ!」


襲いかかろうとした男の顔面に、ペンギン(レヴィアタン)が高圧の水を噴射し、遥か彼方へと吹き飛ばす。


「ピィ!」


さらに別の男が剣を振り下ろそうとした瞬間、ヒヨコ(ガルーダ)が口を開いて炎を放射。

男をまたたく間に火だるまに変えてみせた。


僅かな時間も経たないうちに、気付けば賊は半数以上が倒れていた。

残っている賊の顔を見ると、ドン引きしている。


「他に、クローバーを笑ったのはどいつですか」


「……一人残らず、消す」


なおも武器を構えた彼女たちの目は笑っていない。

だが、笑われる原因になった顔の落書きは彼女たちのせいだった気がする。

ツッコミを入れたい気持ちはあったが、そんな度胸は自分にはなかった。


すると、今まで呆然としていたあの糸目の男がニヤリと口角を上げた。


「……クローバーですって?」


男は自分を凝視しながら、笑い声を上げ始めた。


「ハハハ、そうですかそうですか! 貴方がクローバーでしたか。 それでは話は別です。奴隷なんて言わずに、死んでいただかないと!」


糸目の男はそう叫ぶと、怯んでいた手下たちに向けて発破をかける。


「お前たち、他の奴らはどうでもいい! その落書きの男だけでも殺せば特大のボーナスですよ!」


「「「お……おおおおおっ!!」」」


金に釣られた残りの賊たちが、物凄い血相で武器を向け襲いかかってきた。




ドスッ!!!


「――がはっ……!」


ヘリオが最後の一人の胴体を、杭双盾の杭で貫いた。

そのまま彼女は腕を引き、用済みとばかりに地面へと投げ捨てた。

これで、残っていた賊もすべて動かなくなってしまった。


結局、自分は二人ほど倒した程度で、残りはすべて彼女たちが倒してしまった。

あたりを見回すと、あの糸目の男の姿は見当たらない。

どうやら手下を特攻させている隙に、まんまと逃げられてしまったようだ。


頭を抱えていると、非戦闘組のムスカリとランティアが賊の乗っていた馬車を調べ始めていた。

ムスカリが荷台の木箱を開け、中身を鋭い目で観察する。


「クローバー、ちょっとこれを見てほしい」


「何かあったのかい?」


「彼らの積み荷だが、おそらく禁止されている『違法薬物』の類だね」


錬金術師であるムスカリの見立てだ。

ただの賊などではなく、犯罪組織の一団だったわけだ。


違法薬物の輸送に奴隷。

これほどの重大案件、さすがにこのまま立ち去るわけにはいかなくなってしまった。


「……仕方ない。賊の遺体もまとめて彼らの馬車に乗せて、近場のギルドか衛兵に報告しに行こう」


自分は地図を広げて、最寄りの街へのルートを確認する。

ただでさえ顔の落書きで目立ちたくないというのに、余計な手間が増えてしまった。




荷物をまとめ、自分たちは最寄りの街へと移動した。

衛兵所に到着するなり、賊に襲われた旨と彼らが違法薬物を所持していたことを報告する。

だが顔中に落書きされていたせいで、最初は自分の方が不審者扱いされてしまった。


血の気の多いメンバーが衛兵に詰め寄りかけたため必死に抑え、まずは自分たちの身元が証明した。

さらに、ヘリオとナグサの二人がそれぞれ『家紋』を提示してみせた。


「ボクはバイオレット家のヘリオトロープ」


「私はキャンベル家のナグサ。嘘だと思うなら、キャンベル家に確認してみてね」


上級貴族と中級貴族の家紋という印籠を出されたことで、衛兵たちの態度は一変した。

そこからは驚くほどスムーズに信用してもらうことができた。


違法薬物と賊の引き渡しをすべて済ませ、自分たちはようやく解放される。

寄り道を終え、自分たちは再び工房都市への帰路に戻るのだった。




「それにしてもあの糸目、クローバーの名前を聞いた途端に態度を変えましたよね」


「……彼のことを誰かから聞いてる風だった」


「もしや、ご主人様の『父親』と関係のある方なのでしょうか」


「やっぱりみんなもそう思う?」


現世(分身)の記憶を持っていない自分からすれば、家族への情なんて存在しないが……。

実の父親に命を狙われるとは、よほど自分という存在が目障りらしい。


(我ながら、なかなかにハードな人生だなぁ……)


そんなことを考えながら、自分は溜息をついてしまった。


「――クローバー、大丈夫ですよ! その、父親がどれだけ酷い人でも、私たちはずっとクローバーの味方ですから!」


ルピナスが悲しげな瞳で自分の手を握りしめてきた。


「ご主人様、私が命に代えてもお守りいたします」


「ボクも守る。心配しないで」


ハートとヘリオも寄り添ってくる。

他のメンバーたちも心配そうにこちらを見ている。


悲しんでいたわけではなかったのだが、彼女たちには勘違いをさせてしまったらしい。

自分は弁明しながら、馬車を前へと進めるのだった。

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