#50 素材採掘三日目と休養日
鉱石採取三日目。
本日は自分を除いてメンバーのコンディションも素晴らしく、かなり効率よく採掘が進んだ。
昼過ぎには目標量を達成することができ、自分たちはガレージに素材を運び込む。
魔道具工房への納品分、そして防具工房の納品分。
どちらも必要量がしっかり箱に収められており、問題はない。
そればかりか、ムスカリの錬金術用と、万が一に備えた予備分までしっかりとある。
完璧だ。
すべてにおいて異常なし。
……ガレージの隅に重ねられた、あの新種ミミックの亡骸を除けばだが。
我がパーティーは以前にも、新種のお菓子ゴーレムを討伐したことがある。
あの時は、妖精たちがゴーレムの亡骸をすべて食べてしまい結果的には何も残らなかった。
後からギルドに報告したところ「新種は可能な限り亡骸を持ち帰ってほしい」と、受付嬢に釘を刺されてしまった。
なんでも、口頭だけの報告では虚偽や勘違いの可能性が高く、信憑性が保てないらしい。
そのためにミミックの亡骸もガレージに保管しているのだが、また不意に動き出さないか不安になる。
あの異形が夜中にミシミシと動き出す光景を想像するだけで、背筋に冷たいものが走る。
だが同時に、我が家にはアレを瞬殺した召喚獣が放し飼いにされている。
万が一動き出したとしても、彼らが対応してくれるはずだ。
多分。
自分にそう言い聞かせながら、そっとガレージの扉を閉める。
とにかく、三日間におよぶ採掘でメンバーはみな疲れ切ってしまった。
翌日を丸一日休養日にして、明後日から帰り始めることに決める。
そして休養日当日。
メンバーの強い希望でマッサージを施し、各自リビングでくつろいでいる。
彼女たちには好評な「マッサージ師」「美容師」スキルだが、これらのスキルは自身に直接使えない。
そのため、効果のほどが自分ではイマイチ実感できないのが難点だ。
(……自分も髪、切りたかったなぁ)
前髪が少し目にかかる。
悩んでいると、ハートがそっと声をかけてくれた。
「あの、ご主人様。もしよろしければ、私が髪をお切りしましょうか?」
「ハートが?」
「はい。ご主人様の手元を見ておりましたから、いくらかはできるかもしれません」
確かに彼女は器用なので、見ただけで覚えている可能性は十分に高い。
それに、切ってもらうのは自分だ。
多少のミスがあったとしても、怒るほど狭量ではない。
「それじゃあ、お願いしようかな」
自分はスキルを発動させ、ハサミや櫛を出現させて彼女へと手渡す。
ハートは緊張した面持ちでそれらを受け取ると、自分の背後へとゆっくり回り込んだ。
彼女の指先が自分の髪に触れる。
耳元で、刃物の噛み合う心地よい音が一定のリズムで響き始めた。
(……問題はなさそうかな)
ハートの手つきは優しく丁寧だった。
自分はそっと目を閉じ、段々と意識が沈んでいくのを感じるのだった。
どれくらい時間が経っただろうか。
周囲の騒がしさを肌で感じ、自分はゆっくりと目を覚ました。
「……あ”っ」
ルピナスたちの声が聞こえ、自分の視界がはっきりと開ける。
その瞬間、側にいたであろうメンバーたちが一斉に自分から距離を取った。
その中には、ハートの姿も混ざっている。
「ハートごめん、寝ちゃってたね。散髪は無事に終わったかい?」
「は、はい……ご主人様……」
ハートに確認すると、彼女はなぜか泳ぐように目を逸らしながら問いかけてきた。
「あの……いかがでしょうか……?」
自分は両手で髪を触って確かめてみる。
長さも綺麗に揃っているし、手触りの感じでは特に問題なさそうだ。
「バッチリだよハート。ありがとう」
「い、いえ……! 滅相もございません……っ」
ハートに感謝を伝えるが、何やら様子がおかしい。
よく見ると彼女だけでなく、ルピナスもヘリオも、ランティアたちも一様に顔を合わせてくれない。
みんな自分の顔から視線を外して、そわそわと落ち着きがない。
「ねぇみんな。もしかして自分の髪、変なことになってる?」
思わず尋ねてみるも、ルピナスが慌てて首を振った。
「ち、違います! 髪は、髪はすごく似合っています! 大丈夫です!」
「じゃあ、どうして誰も目を合わせてくれないんだい?」
違和感を感じつつも、とりあえず細かい毛を洗い流そうと自分はお風呂場へと向かう。
皆の奇妙な態度を考えながら、脱衣所で上着を脱ぐ。
その最中に洗面台の鏡を思い出し、自分はその前に立った。
鏡に映る自分の姿を確認する。
髪型には何も異常はなかった。
むしろ、かなり綺麗に整えられている。
問題があったのは顔だ。
自分の顔中に、メンバーの名前が落書きされていた。
『ほおずき』『るぴなす』『へりお』……。
額から顎の先まで、メンバーの名前で埋め尽くされている。
全てを察した自分は、上着を着直して静かにリビングへと戻った。
そして、メンバーたちに声をかける。
「みんなー、ちょっと集まってくれるかなー?」
「「「「「「「はい……」」」」」」」
彼女たちは観念したように集まり、一列に正座した。
どうしてこうなったのか、事の経緯を問い詰める。
白状した内容によると、最初にやらかしたのはホオズキだった。
自分が熟睡しているのをいいことに、ホオズキがペンを手に取り、自身の名前を落書きし始めたらしい。
曰く「所有物には名前を書くのが当然ー」だそうで。
それを見ていた他のメンバーたちも、おかしな対抗心や遊び心を燃やして、次々に名前を書き込んでいってしまったのだとか。
そして消そうとしたタイミングで、自分が目を覚ましてしまった。
というのが真相だった。
(……まぁ、お遊びの落書きだしね)
実害があるわけでもないし、そこまで激怒するほどのことでもない。
「次からは絶対にやめてね」とやんわり注意するに留め、もう一度お風呂場へと向かった。
洗面台の前に立ち、顔を洗ってタオルで拭く。
しかし、どういうわけか落書きは消えなかった。
石鹸をつけて何度も強く擦ってみるが、全く落ちる気配がない。
自分が困惑していると、ホオズキがひょっこりと顔を出して自慢げに胸を張った。
「落ちないよー」
「どういうことだい? ホオズキ」
「前に行商人から買った特性インク。数日は絶対に消えない代物だってー。2万フラのところ、3000フラで買えた」
「は?」
つまり自分は、これから数日間の帰り道、メンバーの名前が顔に落書きされた状態のまま過ごさなければいけないということか。
通りすがる人々にどんな目で見られるか想像しただけで、目の前が真っ暗になる。




