#49 第三のスキル
夜、ようやく目を覚ましたホオズキにお説教をする。
「いいかいホオズキ。今回は運が良かったから助かったものの、一歩間違えたら本当に危なかったんだからね?」
自分は彼女の身を案じて必死に語りかけるのだが、のんびりと首を傾げる彼女を見ていると、いまいち理解してくれているのか分からない。
「クローバーがいれば、大丈夫ー」
「いや、全然大丈夫じゃなかったからね?」
なぜこんな貧弱な自分がいれば大丈夫だと思えるのだろうか。
まぁ、こちらも好きでお説教しているわけではない。
これ以上言っても意味はなさそうなので、お説教を切り上げることにした。
すると、そんなやり取りを見ていたメンバーから、ドロップした『スキルブック』をどうするのかと聞かれる。
(スキルブックか……)
自分の脳裏に、あまり良くない記憶が蘇る。
前回これを使用した際は、戦える実用的なスキルを期待していた。
それなのに実際に習得したのは『マッサージ師』という、戦闘には一切役立たないお荷物スキルだったのだ。
メンバーたちは喜んでくれているが、自分にとっては正直良い思い出が無い。
「誰か使ってみたい人はいるかい? もし希望者がいないなら、いっそのこと売り払ってしまおうかとすら思っているんだけど……」
自分はみんなに確認してみるが、返ってきたのは一様に首を横に振るリアクションだった。
「私たちは、今のところスキルに困ってませんからね」
ルピナスが言う通り、彼女たちは優秀なステータスやスキルを既に所持している。
わざわざスキルブックに頼る必要がないのだ。
なんとも羨ましい話である。
「売る必要もないよ。今回のミミックからは宝石も出ただろ? それを売れば結構なお金になるさ」
ランティアにも、もっともな正論を突きつけられる。
「……今回も、クローバーが使えばいい」
ヘリオにいつもの真顔でそう勧められ、自分は思わず言葉を詰まらせた。
前回の件が脳裏をよぎる。
自分は熟考するために、スキルブックを床に置いた。
本の前に正座をして、じっと睨みつける。
今度こそ、戦闘に役立つスキルが覚えられるだろうか。
数分ほど、腕を組んで悩んでいると。
「ご主人様、失礼いたします」
「んっ?」
ハートが床の本をすっと持ち上げ、自分の頭上へ向かってそれを思い切り振りかぶった。
ゴッ!!!
「あぐっ!?」
鈍い重たい一撃が自分の頭頂部を直撃する。
それと同時に、スキルブックがまばゆい光となって自分の体の中へと溶け込んでいく。
「痛いよ……ハートっ」
自分が涙目になりながらハートを見上げると、彼女は耳を伏せて申し訳なさそうな顔をしていた。
(……いや、ハートを責めるのはやめておこう)
彼女は真面目な従者だ。
きっと誰かに唆されたに違いない。
視線をずらすと、案の定ランティアがニヤニヤと楽しそうに笑っていた。
絶対に彼女が余計なアドバイスをしたのだろう。
自分は頭の痛みを堪えながら、ギルドカードを確認する。
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クローバー・ラブクラフト 人族/男 16歳
職業:中級剣士 冒険者ランク:C
能力値(最大数値10)
筋力:3
耐久:3
魔力:0 魔術使用不可
知力:6
俊敏:6
器用:6
運命:6
成長:1
所持スキル
中級剣術、マッサージ師、美容師
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新しいスキルは『美容師』。
相変わらず、役に立たない本だ。
マッサージ師の次は美容師。
スキルの神様がいるのだとしたら、何を考えてそんなスキルを用意したのか問い詰めてやりたい。
「なんでまた生活系スキルなんだ……」
やさぐれた自分を、ヘリオたちが肩を叩いて慰めてくれる。
すると、ルピナスが自身の髪に触れながら、少し恥ずかしそうに口を開いた。
「あの、クローバー。せっかくですから、そのスキルを試してみませんか?」
「試すって、まさかルピナスの髪で?」
「はい。実は今回の遠征が急に決まったので、髪を整えるタイミングを逃してしまっていて……」
それを言われてしまうと、返す言葉がない。
「でもルピナス、男の人に髪を触られるんだよ? 嫌じゃないの?」
「私だって誰にでもは触らせませんよ。クローバーだからお願いするんです」
「でも……初めてだからどこまで上手くできるかは分からないよ? それでもいいのかい?」
「はいっ! どうぞ!」
ルピナスは嬉しそうに、満面の笑顔で頷いた。
彼女を椅子に座らせて、髪を切ろうと考える。
すると、手元に道具類が一式出現した。
頭の中には、ハサミや櫛の用途、切り方のなどの情報が流れ込んでくる。
(……相変わらず、スキルの効果自体はしっかりしているな)
内心で苦笑しながら、自分は目の前の少女に声をかけた。
「ルピナス、どれくらいカットする?」
「クローバーは、どれくらいの髪の長さが好みですか?」
「えっ? そうだな……」
まさかの逆質問に、思わず言葉を詰まらせてしまう。
少し考え、正直に「長めが好きかな」と答える。
「それじゃあ長さはこのままで、綺麗に整えるだけでお願いします!」
ルピナスは頬を少し赤らめながら、嬉しそうにオーダーを出した。
自分は彼女の背後に回り、道具の櫛を手に取る。
さらりとしたその髪を、優しくゆっくりと梳かし始めた。
それにしても、彼女と出会ってからあと数か月で一年経つが、随分と長くなっている。
当時の記憶と比べると、二十センチ以上は長くなっているのではないだろうか?
「ルピナスは随分と髪が伸びるのが早いんだね。出会った時と比べると、相当長くなってる気がするよ」
自分の何気ない呟きに、ルピナスは鏡越しにじっと見つめ返した。
「……ラッセル族の女性は、好きな人ができると髪が急激に伸びることがあるんですよ」
鏡の中で、ルピナスはいたずらっぽく微笑んでいた。
「まぁ、その人はとっても意地悪な人なので、まだこちらの想いには応えてくれませんけどね」
クスリと笑いながら、ルピナスは言葉を続ける。
「へ、へえ……世の中には酷い男もいるもんだね」
「貴方の事ですよ、クローバー」
逃げようとしたが、全く逃がしてもらえなかった。
ハサミを握る手が震えないよう必死に保ちながら、なんとかカットを続けていく。
少ししてカットが終わり、仕上がりを確認してもらう。
頭の中に流れ込んできた技術の通り、出来栄えはバッチリだった。
ルピナスは鏡に映る自身の姿を見て、大変満足そうに目を輝かせている。
さすがにこの携帯ハウスに、美容院のような専用のシャンプー台はない。
自分はスキルによって手元に出現した、見慣れたボトルの数々を彼女に差し出した。
「あとはこのシャンプーとかコンディショナーを使って、お風呂で洗い流してくるといいよ」
「しゃんぷー……こんでぃしょなー? なんですか、それ?」
ルピナスはボトルを手に取り、不思議そうに首を傾げた。
この世界にはまだ本格的な洗髪料は存在しないようだ。
使い方が分からないという彼女に、自分はそれぞれの効果を丁寧に説明してあげる。
「髪の汚れを落として、こっちの液でサラサラに整えるんだよ。他にも髪に栄養を与えたり、良い匂いがするものもあるね」
「……あの、それなら私の髪を洗ってみてくれませんか? 一度使い方を教えてもらえれば、次からは自分でも大丈夫だと思いますから」
ルピナスはまっすぐな瞳でそうお願いしてきた。
確かに一度手本を見せれば、次からは彼女一人で使えるだろう。
自分は深く考えずにそれを了承し、服を着たまま風呂場でルピナスを待つ。
少しして、浴室のドアが開く。
「お待たせしました、クローバー」
振り返った瞬間、自分はフリーズしてしまう。
入ってきたルピナスは服を脱ぎ、体に一枚のバスタオルを巻いた姿だったのだ。
よく考えれば、風呂場で髪を洗うのだから当然服は脱がないと大変なことになってしまう。
情けないことに失念していた。
自分は必死に平常心を保ちながら、彼女を浴室の椅子に座らせた。
手元に出現したシャンプー、トリートメント、コンディショナーを順番に使用していく。
どうやらスキルは相手の髪質に合わせた最適なものを出してくれるらしく、ルピナスもその心地よい香りをえらく気に入っていた。
自分の指先が彼女の頭皮に触れるたび、うっとりと気持ちよさそうに声を漏らしていた。
どうやら、以前習得した『マッサージ師』のスキルが相乗効果を発揮してしまうようだ。
洗髪を終え、しっかりと髪をタオルで乾かしてから、リビングにいるみんなの元へとお披露目に向かう。
「どう、ですか……?」
少し照れくさそうに微笑むルピナスの髪は、今までにない見事なツヤと絹のような滑らかな指通りへと生まれ変わっていた。
さらに歩くたびにふわりと漂う上品な香り。
その劇的な変化を目の当たりにした、女性陣の目の色が変わる。
「すごい……。ボクもしてほしい」
「いい匂いになりたいー!」
「ご主人様、尻尾のお手入れも可能でしょうか!」
「クローバーくん私もやってーやってー!」
メンバーたちからの依頼が殺到する。
(……結局、今回もこうなるのか)
自分は仲間たちの熱烈な要望を断りきれず、今夜もまた一晩中労働する羽目になることを確信して、ハサミを握り直すのだった。




