#45 出立
翌日。
自分たちは、キャンベル家から出発しようとしていた。
屋敷の前では、ナグサとご両親が別れの挨拶を交わしている。
「ナグサ、これからどんどん寒くなるからね。風邪には、本当に気をつけるんだよ」
「怪我にも気をつけてね」
「はーい。お父様、お母様も元気でね!」
親の愛が詰まった忠告を聞きながら、自分はふと疑問に思った。
幽霊は風邪をひくのだろうか。
怪我をするのだろうかと。
自分がそんな疑問を抱いていると。
「ナグサ、こっちー」
ホオズキがナグサの手を引き、少し離れた場所へと移動させた。
何をするつもりなのかと様子を窺っていた次の瞬間。
いつの間にか召喚されていたペンギンが、ナグサに向かって極太のウォーターカッターを放つ。
ドゴゴゴゴゴッ!!!
「きゃーっ!?」
「ナグサァァァァァッ!?」
娘を撃ち抜かれたご両親が、悲痛な絶叫を上げる。
あまりにも突然の暴挙に、自分たちメンバーも絶句していた。
「ホッ、ホオズキぃぃぃぃ!!」
自分は我に返り、慌ててホオズキを羽交い締めにして叫ぶ。
一体何を考えているんだ。
恐る恐る、激しい水煙が立ち込める中心へと視線を向けた。
ナグサは無事なのだろうか。
「びっくりしたー!」
ナグサは不等号目で、何事もなかったかのように笑っていた。
全くの無傷。
幽霊って強い。
「ホオズキ! いくらなんでも――」
自分は我に返り、ホオズキを叱ろうと手を伸ばした。
だが、その手は虚しく空を斬る。
そしていつのまにか、自分の腰から剣が消えていた。
「とぉー」
ホオズキが自分の剣を手に、なんの躊躇もなくナグサの胴体に向けて刃を突き刺した。
「きゃーっ!?」
「ナグサァァァァァッ!?」
またしても、娘を刺されたご両親が悲痛な叫びを上げる。
うん、この流れはさっきも見た。
ナグサの胴体には、自分の剣が深々と突き刺さったまま固定されている。
だが傷はないし血も一滴すら出ていない。
不等号目のナグサも、よく見たら口元は笑っている。
どうやら、刺されたり攻撃されたといった『感触』はあるようだが、痛みやダメージは皆無らしい。
なぜか自分の隣では、ホオズキが胸を張りどや顔をしている。
ナグサの頑丈さが分かったのは収穫だが、それはそれとして心臓に悪い。
ホオズキは後でお説教だ。
「大丈夫でしたー!」
ナグサが明るく声をかける。
「ナグサっ……!!」
ご両親がその場で激しく号泣し始めた。
自分はホオズキを睨みつけ、あの様子を見なさいと叱る。
「あの病弱だったナグサが……! こんなにたくましく頑丈な子になって……!!」
嬉し泣きだったようだ。
案外、彼女のご両親もポジティブ思考なのかもしれない。
自分はそっとナグサから剣を引き抜き、ご家族の邪魔をしないように離れた。
気を取り直して、今度こそ本当にお別れだ。
ナグサのご両親は自分やハート、そして他のメンバーをまっすぐ見つめた。
「皆様。どうか、私たちの愛しい娘をよろしくお願いします」
「お任せください」
自分が力強く返すと、主人夫婦は安心したように微笑んだ。
続いて、ハートのご両親が娘の前へと歩み出る。
「ハート。これからも従者として、主人を全力で支えなさい」
「はい。お父様、お母様!」
ハートのご両親が自分へと向き直った。
「クローバー様。どうか、私たちの娘をよろしくお願いいたします」
「いえ、こちらこそ彼女の忠誠にはいつも感謝しています」
礼儀正しく返すが、ご両親の言葉はそこで終わらなかった。
「もし、二人の間に子供ができたら、ぜひ顔を見せにきてくださいね」
「……んっ?」
話の流れがわからない。
どうして突然、そんな話が飛び出してきたのだろうか。
戸惑う自分を余所に、ハートのお母様がクスクスと笑う。
彼女は愛娘と一晩を過ごした結果、確信した。
この子は確実に、主人を本能のままに襲うだろうと。
親だからこそ、娘の欲望と猛烈な情念を察知してしまった。
当のハートは、先ほどのお母様の発言を一切気にする風もない。
「その時はみんなで一緒に、顔を見せに来ますね!」
こうして自分たち一行は、ハートとナグサの実家であるキャンベル家を出発した。




