#42 道中②
ルピナスの故郷を出発し、アンバー領へ馬車を進めだして数日後。
夜のキャンプ中、自分とムスカリはある実験を行っていた。
そして今回、ついに念願の『回復ポーション』が完成したのである。
「……できたね。これが私たちの記念すべき、完成品第一号だ」
ムスカリがフラスコに入った液体を見つめ、満足そうに微笑む。
試作品の効果はすでに実証済みだった。
切り傷や火傷程度なら、飲むだけで瞬時に治る。
懸念されていた副作用も、今のところは一切ない。
ただし、重傷に効果があるかまでは未検証だ。
流石に実験のために、そこまでの怪我をするわけにはいかない。
機会があった際にでも確認する予定だ。
それに重傷に効果があろうとなかろうと、素晴らしい発明には違いない。
重傷者に効果が薄いのだとしたら、手軽な『軽傷用ポーション』として。
重傷者に効果があるのだとしたら、命を救う『万能ポーション』として。
どちらの結果になろうとも、調達コストの低さを活かして確実に利益の出る形で販売できるはずだ。
だがしかし、たった一つだけ致命的な問題が存在していた。
この回復ポーション、恐ろしく不味いのだ。
味と臭いが致命的に終わっている。
しかも効果を得るためには、これを一瓶(約50mlほど)きっちり飲み干さなければならない。
味や臭いを少しでもマシにするため、アレンジも試してみた。
だが結果は余計にひどくなっただけだった。
「……これは、人の尊厳を脅かす味かもしれない」
制作者本人のムスカリですら、引きつった笑みを浮かべる。
そこで自分は、逆に考えてみることにした。
ポーションは薬なのだから、不味くて当たり前だと。
前世からとある映像の影響で、ポーションは不味い物という固定概念すらある。
説得の結果、ムスカリにも同意してもらえたため、回復ポーションは現状のままにすることが決まった。
もし重傷者に遭遇した場合に備えて、自分とムスカリはこの緑色の液体を容器に詰め、五本ずつしっかりと備えておくことにした。
回復ポーションが完成してから数日後。
馬車で一本道をのんびり進んでいると、前方の道に怪我人が倒れているのを発見してしまった。
馬車を止め、駆け寄って確認すると命に別状はなく、怪我自体もかなり軽そうだ。
しかし、容体を確認していたムスカリの瞳が怪しく光ってしまった。
「ちょうどいい。貴重な検体だ」
自分の制止も間に合わず、ムスカリは躊躇なく回復ポーションを怪我人の口へと流し込んだ。
直後、怪我人は声にならない絶叫と共に白目を剥き、そのまま気絶した。
怪我は一瞬で治ったようだが、あまりの不味さに耐えきれなかったらしい。
一方その頃、その様子を近くの木陰から覗いている不審な二人組がいた。
実は彼らは、この辺りを縄張りにする三人一組の強盗集団だったのだ。
倒れていた男が旅人を油断させて人質を取り、残りの二人が物陰から飛び出して荷物と金を根こそぎ奪うという、いつもの完璧な作戦のはずだった。
「おい、どうなってんだよ……。作戦がご破算じゃねぇか……」
「人質を取るはずの相棒が、なんか緑色の液体飲まされて泡吹いてたぞ……」
あまりの恐ろしい光景に震えながらも、とりあえずリーダー格である人物に悪態をつくことにした二人組。
「くそっ、お人よしな甘ちゃんかと思ったら、いきなり毒を飲ませやがった」
「悪魔みてぇな男だ」
しかしそんな彼らのすぐ背後には、いつの間にかハートとナグサが立っていた。
「……誰に、悪態をついているのですか?」
「憑・り・つ・い・て・やろうかー!」
強盗たちは悲鳴を上げる暇もなく、一瞬で意識を刈り取られて沈んだ。
しばらくして。
「ご主人様、お待たせいたしました」
ハートとナグサが見知らぬ男二人を地面に引きずりながら、自分の元へと差し出してきた。
「二人とも、その人たちは?」
驚いて尋ねる自分に、ハートはいつもの微笑みのまま説明した。
「向こうの茂みに、同じように倒れていたのを見つけました。きっとお仲間ではないでしょうか」
「そうだったのか……。じゃあこの人たちにもポーションを服用させておこうか。放っておくわけにはいかないからね」
自分はポーションを二人の怪我人の口へと注ぎ込んだ。
気絶している二人の身体が水揚げされた魚のように痙攣した後、動かなくなった。
とりあえず治療は済ませたものの、怪我人をどうするか考えていると一台の馬車が通りがかった。
近場にある町の衛兵たちがパトロールをしていたようだ。
自分たちは彼らに怪我人をお願いすることにした。
「すいません、衛兵さん。倒れていた怪我人を保護したのですが、町まで連れていってもらえませんか?」
「おお、それは災難だったな。よし、我々が引き受けよう!」
衛兵たちは快く引き受けてくれ、気絶して動かない男三人を受け取ってくれた。
「ありがとうございます。よろしくお願いしますね」
自分たちは笑顔で手を振り、衛兵たちと別れて再び馬車を出発させた。
後日。
補給のために立ち寄った町で、一つの奇妙な噂を耳にすることになる。
「ねぇクローバー、聞いたかい? この辺りを騒がせていた強盗集団が捕まったらしいよ」
ランティアが面白そうに情報を持ってきた。
「へぇ、それは良かったね。衛兵さんが頑張ってくれたのかな?」
「それがさ。噂によると凶悪な旅人に返り討ちにあって、毒を飲まされたらしいよ」
「……ふむ、一体どんな毒なんだろうね」
ムスカリが興味を持ちながら、スープをすする。
「世の中には、恐ろしいことをする人もいるものなんですね。できれば関わりたくないものです」
ハートが微笑みながら、自分のグラスに果実ジュースを注いでくれた。
「本当にね。自分たちも変なトラブルに巻き込まれないよう、気を引き締めておこう」
その後一行は補給を終え、再び馬車で出発するのだった。
さらに数日後。
これといって障害もなく、自分たちの馬車は順調に進みついにアンバー領内へと入っていた。
もう少しで、ハートとナグサの実家にたどり着きそうな距離だ。
これまでの経験上、メンバーの実家訪問は何かしらのトラブルや胃痛がセットになっている。
自分は念のためハートとナグサの両名に、あらかじめ親御さんの人柄について聞いておくことにした。
「ナグサのご両親は、どんな方たちなんだい?」
「うーんとね、私のパパとママは二人とも、すっごく過保護なんだ!」
ナグサは無邪気な笑顔で目を瞬かせる。
まあ、彼女はもともと病弱だったのだから、親が過保護になるのも当然だろう。
そこに関しては問題ないと思う。
「ハートの親御さんは、どうなんだい?」
自分の問いかけに、ハートは背筋をピンと伸ばして答えた。
「私の両親は、キャンベル家に仕える執事の父と従者の母です。二人とも、職務に忠実で非常に厳格ですね」
「厳格か……」
過保護な貴族の当主夫妻と、厳格な執事・従者の両親。
何となくではあるが、自分の胃が早くも痛み始めるのを感じた。
自分のそんな様子を見て、ハートとナグサの二人がくすくすと笑いながら声をかけてくれた。
「クローバー君、そこまで緊張しなくても大丈夫だよ?」
「そうですよ。私たちは以前、ご主人様に命を助けられた身。私の両親もナグサ様のご両親も深く感謝していますから」
「そうだといいんだけどね……」
「パパとママもね、クローバー君を私の婚約者にどうかって話も出てたんだよ? お父さんの件があったから、実際に話は進まなかったけど」
「……そうなんだ」
「その時は私も妾として、一緒に愛していただくプランだったそうですよ」
ハートまで真面目な顔で、とんでもない話を暴露してきた。
もし自分の父親がまともな人間だったら、そんな未来もあり得たのだろうか?
だが、背筋に冷たい視線を感じて振り返る。
その先には、ヘリオが両頬を膨らませて自分を睨みつけていた。
……これ以上、仮の未来について想像するのはやめておこう。




