#41 ルピナスの帰郷②
お父様にマッサージを始めて数分後。
彼はようやく冷静さを取り戻し、テーブルに座り直した。
施術結果を、なぜか我がことのように誇らしげな笑みを浮かべるお母様とルピナス。
対して、気まずさに冷や汗を流し何も言えない自分。
沈黙の中、お父様は真面目な顔になりルピナスを見つめた。
「……ルピナス。外の世界で、お前は楽しく過ごせているのかい?」
「はい! 毎日とっても楽しいですよ!」
元気な笑顔で答えるルピナス。
その曇りのない表情を見て、お父様はふっと優しい笑みをこぼした。
彼は自分へと視線を向け、深く頭を下げてくる。
「クローバー君。まだまだ未熟な娘だが、何かあれば助けてあげてほしい」
「いえ、滅相もありません。自分の方こそ、いつも彼女に助けられてばかりですから」
自分がそう返すと、お父様は満足そうに頷いた。
ひとまず、リーダーとしての信頼は勝ち取れたらしい。
「みんなを待たせているので、そろそろ出ましょうかクローバー」
ルピナスがそう言って、席を立ち上がった。
この町には数時間だけの滞在予定だ。
あまり遅くなると、観光しているメンバーに悪いと思っているのだろう。
「あぁ、そうか。……今度はぜひ、パーティーの皆さんも連れておいで」
お父様が寂しさを隠すように、穏やかな笑顔で見送りの言葉を口にする。
するとその横から、お母様が爆弾を投げ込んできた。
「そうねぇ。その時は、可愛い孫の顔でも見せて頂戴?」
「それは絶対にダメ――」
お父様がまた絶叫を上げて立ち上がろうとした瞬間。
室内に鈍い音が響く。
お母様の強靭な腕がお父様の首に巻き付き、再度チョークスリーパーがキメられた。
「ま、またか……ッ!!」
「はいはい、お父さんは静かにしててねー」
お父様は必死にもがくが、やはり振りほどけない。
「さぁ行きましょう、クローバー!」
ルピナスはその光景を気にする風もなく、笑顔で自分の手を握りしめた。
彼女の実家を無事(?)に出て、メンバーとの合流場所へ向かう。
その道中、ルピナスと同じくらいの背丈をした一人の少年に行く手を阻まれた。
「よぉ、ルピナスじゃねえか! 随分と久しぶりだな!」
少年は不躾にルピナスを指さすと、ニヤニヤと下品に笑う。
どうやら、魔術学校時代の同級生らしい。
せっかくの再会だというのに、彼の口から飛び出したのは幼稚な罵倒だった。
「相変わらず、落ちこぼれのブスが冒険者気取ってんじゃねえよ!」
あまりな悪口に、自分はピキリと青筋が浮かぶ。
だが、隣のルピナスは冷静にため息をついた。
「気にしないでください、クローバー。アイツは昔からこうなんです。私はもう大人ですから気にしませんよ」
大人の対応を見せ、通り過ぎようとするルピナス。
しかし、自分としては大切な仲間に向けられた言葉は見過ごせなかった。
一歩前に出て、彼をまっすぐ見据える。
「君。女性に向かってそんな汚い言葉を使ってはいけないよ」
軽い注意のつもりだったが、それが彼のプライドを刺激したらしい。
「なんだお前! 俺はこれでも将来を期待されてる『C級冒険者』なんだぞ!」
彼はギルドカードをちらつかせ、怒りのままに大声を上げる。
それを見たルピナスが鼻で笑った。
「クローバーだって、あなたと同じ『C級冒険者』ですけど?」
「はあ!? こんな弱そうな男がC級なわけねえだろ! どうせ裏で汚い手でも――」
ゴッ!!!
「が、は……っ!?!?」
次の瞬間、少年の顔面にルピナスのパンチがクリーンヒットした。
凄まじい衝撃音とともに、少年が数メートルは吹き飛ぶ。
「ちょっと、ルピナス! 落ち着いて!」
「離してください! あいつ、ぶっ殺してやります!」
怒り狂うルピナスの体を、後ろから必死に抱きとめる。
鼻血を流して這い上がってきた彼は、怒りで顔を歪め叫んだ。
「そこまで言うなら、ルピナスを賭けて、俺と男同士で勝負しろォ!!」
「あのね君。彼女をモノのように扱うのは、男として絶対に許されないことだよ」
自分としては冷静に諭したつもりだったのだが、逆効果だった。
「くそっ、なんなんだお前は! 分かった、じゃあ普通の決闘でいい! 俺と戦え!」
「いや、自分は――」
断ろうとしたその瞬間。
「その勝負、クローバーが受けて立ちます!」
「ちょっと!?」
ルピナスが勝手に勝負を受けてしまった。
自分は雑魚専門の貧弱冒険者なので、本当に戦いたくないのに……。
周囲に人が集まり、即席のリングが完成する。
ルピナスが中央に進み出ると、一枚のコインを指先で弾いた。
「このコインが地面に落ちたら、開始の合図ですからね!」
お互いの距離は十数メートル。
それだけの間合いがあれば、前衛職(剣士)の自分が近づく前に、余裕で魔術を放てると相手は確信しているようだ。
鼻血を拭った彼の顔に、いかにも傲慢な余裕が戻る。
キィィン……と、高く撃ち上がるコイン。
「クローバー、がんばってください!!」
ルピナスが、熱いエールを送ってくれている。
彼女に恥をかかせないためにも、負けるわけにはいかないが、相手はルピナスの同級生だ。
大きな怪我をさせるわけにもいかないし……、だが弱い自分が手加減なんてできるだろうか。
あれこれと考えているうちに、コインが無情にも地面へと落ちた。
その瞬間、同級生の彼が勝ち誇ったように呪文の詠唱を始め出す。
「火の小精霊よ――」
自分はすぐさま、腰のホルスターから『魔術銃』を抜き放った。
引き金を引くと同時に、銃口から水魔術が射出される。
「なっ!?」
いきなり眼前へ飛んできた水魔術に、彼は驚愕した。
慌てて詠唱を中止し、防御魔術を展開して水を防ぎ止める。
相手が剣士だと油断していたら、謎の武器を使って魔術を放ってきた。
詠唱もなしで。
どのような手口か知らないが、とにかく相手の不意打ちは防いだ。
とにかく今すぐ反撃して、あのいけ好かない男に多少の火傷を負わせてやろう。
そうすればルピナスもどちらが優秀な男か、認識を改めるに違いない。
目の前を覆っていた水魔術の霧が晴れる。
前方を凝視して相手の位置を確認しようとすると、すでに目前まで距離を詰めていたクローバーの姿が映った。
「しまっ――」
相手が顔を歪めるより早く、自分は彼の足首を引っ掛けて派手に転ばせた。
仰向けに倒れ込み、背中を痛打する同級生。
その喉元へ向けて、自分は剣の切っ先を突き立てた。
「そこまでです!」
ルピナスが、高らかに勝敗を告げた。
なんとか牽制が効いて勝てたものの、自分の心臓は激しく脈打っていた。
やはり決闘なんて自分には荷が重すぎる。
「クローバー、すごいです! かっこよかったです!」
余韻に浸る間もなく、ルピナスが嬉しそうに自分の体に抱きついてきた。
満面の笑顔で褒めちぎってくれる。
しかし、自分が勝てたのは実力ではない。
相手の慢心と未知の武器による不意打ち、ただそれだけが勝因だ。
再度戦えば、対策されてこちらに勝ち目はないだろう。
そんな自分を、地面に伏せたまま悔しそうにこちらを睨みつけてくる同級生の彼。
自分はその顔を見つめながら、ふと、ある可能性に思い至った。
もしかして彼は、ルピナスのことが好きなのではないだろうか。
いわゆる『好きな子をいじめたくなる男子小学生』のノリ的な……。
だが、相手が嫌がることを繰り返す人物に同情はしない。
「さぁクローバー、みんなのところへ急ぎましょう!」
そんな自分の考察を置き去りに、ルピナスに腕を引っ張られる。
仲間たちとの合流地点へ向かって再び歩き出すのだった。




