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#40 ルピナスの帰郷①

翌朝。

馬車は無事に、ルピナスの故郷である田舎町へと到着した。

広場の手前で他のメンバーたちと別れ、自分とルピナスの二人は彼女の実家に向かって歩き出す。


「クローバー、あれが私が通っていた魔術学校ですよ」


「立派な建物だね」


「あ、あっちのお菓子屋さんは、子供の頃によく買い食いをしていて」


「思い出の味なんだね。少し寄っていく?」


道中、ルピナスは地元の思い出の場所をたくさん教えてくれた。


「――それで、あの家が私の実家です」


大通りを外れた、閑静な住宅街。

ルピナスが、その一軒家のドアを緊張した様子でノックした。


しばらくして、内側から鍵が開く音が響く。

中から姿を現したのは、一人の女性だった。


ルピナスよりも一回り体格が大きく、髪を長く伸ばしている。

お揃いの面影を残したまま、そこそこ年齢を重ねさせた印象の女性。

間違いなく、彼女の母親だろう。


母親は、目の前に立つルピナスの姿を認めた瞬間、顔を真っ赤にして怒りを爆発させる。


「ルピナス!? あんた、今までどこで何をしてたの!?」


「あ、お母さん、私は――」


「勝手に家を飛び出したかと思えば、三年も連絡をよこさないで!」


ルピナスの母親は止まらない。


「あれほど、あんたは冒険者に向いてないと忠告したでしょう!? まさかあんた、外の世界で悪い男にでも騙されて、借金作って帰ってきたんじゃないでしょうね!?」


どうやら自分は、母親の視界にすら入っていないらしい。

まぁ、自分はもともと影が薄い方なので仕方ない。


冷や汗を流しながら、ルピナスと母親のやり取りを見つめていると。


「お母さん、私は元気に冒険者をしています! これも全部『彼』のおかげです!」


ルピナスが、満面の笑顔で自分の腕を抱きしめながらそう言い放った。


「……えっ?」


母親の動きがピタリと止まる。

そこでようやく、彼女の視線が娘に抱きつかれている自分へと向けられた。


「ル、ルピナス……? そちらの方は?」


「私の所属しているパーティーのリーダー、恩人でもあるクローバーです!」


ルピナスの紹介を受け、自分は一歩前に出た。

失礼のないよう、礼儀正しく頭を垂れる。


「初めましてお母様。彼女の所属しているキューピッドというパーティーでリーダーを務めさせていただいています。クローバー・ラブクラフトと申します。突然の訪問、大変失礼いたします」


「お、お母様だなんて、まぁ! ……コラ、ルピナス! あんた、こんな立派な方に迷惑をかけてるんじゃないでしょうね!?」


母親の態度が一瞬で軟化した。

自分はすかさず、ルピナスの優秀さをアピールした。


「滅相もありません。お嬢さんは我がパーティーの『主力』として、日々とても立派に活躍されていますよ」


「そうなんですよ、お母さん!」


自分の言葉に嬉しくなってしまったのか、ルピナスのべた褒めが炸裂した。


「クローバーは元貴族で、冒険者なのに礼儀正しくてすごく謙虚なんですよ! それだけじゃなくて、料理も家事もできて、工房都市では有名なお店まで手掛けているんです! 本当に、とっても頼りになって優しい人なんですよ!」


ルピナスが凄まじく絶賛するが、自分はそんな大それた人間ではない。

彼女は過剰評価をし過ぎている。


「……あら、あらあらあら?」


娘の尋常ではないべた褒めっぷりと、その密着した距離感。

母親は何かを察し、自分を上から下までじっくりと眺め回す。


「うふふ、立ち話も何ですし! クローバーさん、どうぞ狭い家だけど中に入ってくださいな!」


「あ、はい……失礼いたします……」


先ほどまでの怒りはどこへやら、母親はすっかりご機嫌な笑顔になり、自分たちを家の中へと案内するのだった。




リビングに通され、お茶とお菓子のおもてなしを受ける。

自分は緊張しながらお茶に口をつけると、お母様が笑みを浮かべて話を切り出してきた。


「それで、二人はどこまでの関係になったのかしら?」


「ぶふっ……!?」


「ほら、もう夜とかにその、気持ちよくとかしてもらっているのかしら?」


お茶を盛大に吹き出してしまい、自分は激しくむせ返った。

初対面の母親が娘の連れてきた男性にする質問として、あまりにもおかしい。


だが、隣のルピナスは動じる風もなく、真面目な顔で回答してしまった。


「はい! クローバーはとっても上手で、すっごく気持ちいいですよ!」


「まぁ……!」


「マッサージです!! マッサージの話です!!」


自分は力の限り訂正した。


「あら、マッサージのことだったの……残念。でもいいわねぇ、羨ましいわルピナス」


お母様は急に肩を落とすと、トーンの低い声で呟く。

自分は気持ちを落ち着かせようと、お菓子に手を出す。


「うちの人はねぇ……夜の方も、マッサージも、どっちも上手じゃないのよ」


「がふっ……!?」


「そうなんですか?」


「そうなのよ。それ以外は、特に欠点のない人なんだけどねぇ……」


仲間の両親のそんな情報なんて聞きたくなかった。

自分は引きつった笑みを浮かべながら、必死に視線を泳がせる。

もうすでに、会う前からお父様と気まずい。


そんな自分を置き去りに、ルピナスが満面の笑顔でお母様へと提案した。


「お母さん、それならクローバーのマッサージ、今から試してみますか?」


「……!?」


自分のフリーズを余所に、お母様の目が輝きを放ち、じりじりと自分へにじり寄ってくる。




ガチャリ、と玄関のドアノブが回る。

ルピナスの父親が、仕事を終えて帰ってきた。


リビングのドアを開けようとしたその瞬間。

ドアの向こうから、何やら妙に艶っぽい声が聞こえてきた。


「んぅ……っ、は、激しいわぁ……そこ、あぁん……ッ!」


(――な、何事だ!?)


お父さんは血の気が引き、慌ててドアの隙間から聞き耳を立てる。

どこからどう聞いても、愛する妻の声だった。


浮気か、それとも強盗か。

最悪の想像が脳内を駆け巡り、お父さんは勢いよくドアを蹴破るようにして飛び込んだ。


「無事か――って、……え?」


目の前に広がっていたのは、予想だにしない光景だった。

見知らぬ若い男が、ソファーに横たわる妻の肩を揉み解している。


「あ、お父さん。お帰りなさい」


状況が分からずフリーズする父親へ、ルピナスがのんびりと手を振った。

そして、本日二回目となるクローバーの紹介を始める。


「この人は、私の所属しているパーティーのリーダーで、クローバーです。私の恩人なんです!」


「は、初めまして、お父様。クローバーと申します。突然の訪問、大変失礼いたします」


だが、お父様からの視線がナイフのように冷たく突き刺さる。


「……礼儀正しい青年のようだが、今の光景といい、私は君をそう簡単に信用するわけにはいかないな」


当然の反応だった。

初対面の男が、自分の留守中に妻をソファーで喘がせていたのだ。

いくらマッサージと言い張ったところで、男の嫉妬とプライドが許すはずもない。


というかそれ以上にこちらも気まずい。

自分は冷や汗を流しながら、必死に視線を泳がせる。


目の前で自分を睨みつけている、このお父様。

この人は、夜の方もマッサージも上手じゃないと、先ほど暴露された当事者なのだ。

どのような表情で相手の顔を見たらよいのかが分からない。




リビングの全員が、改めて席に座り直した。


お父様は腕を組み、尋問するような鋭い目で自分を睨みつける。


「それで君は、我が娘のルピナスと一体どういう関係なのかね?」


重苦しい沈黙を破り、お父様が厳格な声で問い詰めてきた。

自分が答えるより早く、横からお母様が説明を始める。


「決まってるじゃない。ルピナスの『彼氏』よ」


「「えっ!?」」


自分とお父様が驚きハモってしまった。

隣のルピナスは、顔を赤くするだけでなぜか訂正しようとしない。


「かっ、かかかかかかか彼氏!?」


お父様が興奮のあまり、こちらを見ながら震え続けている。

凄まじい剣幕に、自分は慌てて両手を振って弁明する。


「ち、違いますよ、お父さん!」


「お、おおおおおおおおおおおおおおおおおお義父さんっ!?」


「あ、いや、お義父さんじゃなくてっ……」


パニックのせいで、より最悪なワードを口にしてしまった。

火に油を注がれたお父様が、より強力に振動し出す。


だがその瞬間。

お母様が背後から、お父様に向けて鮮やかな『チョークスリーパー』をキメた。


「がは……っ!?」


お父様は必死にもがくが、首をガッチリと固定されて振りほどけない。

関節技のキレが完全にプロのそれだった。


(あぁ、なるほど……)


ルピナスのあの魔術師らしからぬ腕力。

あれは間違いなく、このお母様譲りなのだろう。


もはや手足が出せないお父様は、掠れた声で必死に自分を糾弾してくる。


「こ、この不届き者が……っ! 我が娘のルピナスに、指一本触れてみろッ!! 生かしてはおかな――」


「それじゃあいつまで経っても、ルピナスが独り身じゃないの」


「ぎええええええええええええええええええっ!?!?!?」


さらなるお母様のロメロ・スペシャルが炸裂し、お父様の悲鳴が響き渡る。

リビングがリングと化す中、今度はルピナスが怒ったように腕を組んで立ち上がった。


「お父さん、いい加減にしてください! 今から彼の凄さを見せますからね!」


「えっ……」


ルピナスが満面の笑顔で、熱い視線を送ってくる。


どうやら、父親にもマッサージをやらないといけないらしい。

自分は渋々、悶絶しているお父様の元へと近づくのだった。




「お、おひぃぃぃぃぃぃっ!?!?!?」


リビングの床に、お父様の気持ち悪い声が木霊した。

白目を剥き、体をビクビクと震わせながら奇妙な声を上げ続けている。


「……うわぁ」


さっきまであれほどノリノリだったルピナスが、一歩後ろへ下がってドン引きしている。


「……うわぁ」


技を解いたお母様も、心底冷めきった目で実の夫を見下ろしていた。


「……もう止めたい」


自分も嫌な顔を浮かべながら、無心で指を動かす。

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