#39-EX 憧れの冒険者
三年前。
「私は絶対に、立派な冒険者になってみせます!」
実家の反対を押し切り、意地になって家を飛び出してきたあの日のこと。
見返してやりたい一心で、私は近場の街のギルドへと駆け込んだ。
幸い、すぐに一つのパーティーへ入れてもらえることが決まった。
夢にまで見た、冒険者としての第一歩。
(お父さんもお母さんも、今に見ていてくださいっ……!)
胸を高鳴らせ、初めて挑んだ魔獣討伐のクエスト。
だが、現実は想像を絶するほどに過酷だった。
「ルピナス! 後ろから魔術で援護しろ!」
「は、はい……っ! 火の小精霊よ、我に力を――」
ドゴォォォォォンッ!!!
「うわっと!? おい、どこを狙ってやがる!?」
「ひゃっ!? ご、ごめんなさいっ……!」
放った魔術は威力も範囲も高すぎて、前衛で戦う仲間たちを危うく巻き込みかけてしまう。
「ルピナス、次はあいつに攻撃を!」
「もっ、もう杖がないので無理です!」
「はぁ!? なんだよそれ!」
その日のクエストは散々な結果に終わった。
ギルドに戻ったその夜。
パーティーのリーダーから通告される。
「悪いが、お前はもうクビだ」
「えっ!?」
「仲間を殺しかけるわ、一回の魔術で戦えなくなるわ。お前みたいな使い物にならない落ちこぼれ、置いておけるかよ」
突きつけられた、あまりにも身も蓋もない現実。
「悪いことは言わねえ。さっさと田舎に帰ってママの飯でも食ってな」
仲間たちの冷ややかな視線と、浴びせられる罵倒の言葉。
(私は、使い物にならない……?)
実家を見返すどころか、外の世界の洗礼にあっさりと叩き潰された。
私は拳を握りしめ、悔しさと情けなさで、ただ一人唇を噛み締めることしかできなかった。
なんとかアルバイトをしながら必死にお金を貯めて、新しく魔術杖を用意した。
「今度こそ、絶対に失敗しません……!」
そう決意を新たにし、幸運にも次のパーティーへと加入できた。
新しい仲間たちは、前の人たちと違って優しく、私の魔術をとても褒めてくれる。
(よかった。今度の人たちはすごく良い人たちだ……!)
そう安心し、必死になって彼らのために魔術を放ち続けた。
流石にクエストの報酬だけでは足りなかったため、アルバイトで魔術杖の費用を稼ぐ必要はあったけれど、仲間のためと思えば頑張れた。
だが、現実はそれほど甘くはなかった。
「はい、これが今日のルピナスの分の報酬ね」
「……え?」
差し出された金額を見て、私は思わず目を見開いた。
今回の報酬が、あまりにも少なすぎる。
今日は確か、高値で取引されるはずの『レアドロップ品』が手に入ったはずなのに。
不審に思ってギルドの査定表をこっそり確認した時、私はすべてを察してしまった。
「あいつさ、お人好しだから少し低めに渡しても全然気づかないんだよね」
「ほんと、都合のいい魔術砲台が手に入ってラッキーだったわ」
陰で私を嘲笑い、報酬を誤魔化して搾取していた仲間たちの醜い本性。
前のパーティーのように罵倒されることはなかったけれど、裏ではただの『都合のいい道具』として騙されていたのだ。
(――あぁ、そっか)
その瞬間、私の中で何かが音を立ててブチ切れた。
実家を飛び出し、アルバイトで泥に塗れながら、必死の思いで買い直した魔術杖たち。
それを、こんな奴らのために使っていたのかと思うと、猛烈な怒りが込み上げてくる。
私は静かに両手を固く、固く握りしめる。
「ちょっと、ルピナス? 何そんなに睨んで――」
言いかけたリーダーの顔面に、私は容赦のないストレートをぶち込んだ。
凄まじい衝撃音とともに、リーダーの体が横に吹き飛ぶ。
「な、何しやがるこの落ちこぼれがぁっ!」
「うるさいですっ!!」
襲いかかってくる残りのメンバーの顔面へ、私は自慢の拳を何度も叩きつけた。
全員をボロ雑巾のように殴り倒し、私は息を荒くしながら脱退届をギルドへ叩きつけた。
二度目の挫折、そして裏切り。
私はまたしても一人になり、赤く腫れ上がった自身の両拳を見つめながら、静かに涙をこぼすのだった。
あの搾取パーティーを殴って脱退したせいで、ギルドには私の悪評が流されていた。
「実力もないのに暴力を振るう危険な魔術師だ」と。
事実無根の噂のせいで、その後はなかなか新しいパーティーに加入させてもらえなかった。
そんなある日、私は掲示板で『高額報酬』を大々的に謳うパーティーの募集を見つける。
「これなら、きっと大丈夫……!」
藁にもすがる思いで加入したそのパーティー。
ここならば、魔術杖の消費だって気にしないで済むはずだった。
だが、現実はまたしても私を裏切る。
「はい、これがルピナスの分ね。色々引いといたから」
「……え? これだけ、ですか……!?」
最初にあれほど提示されていた額とは、あまりにもかけ離れたはした金。
愕然とする私に、リーダーはせせら笑いながら書類を突きつけてきた。
「最初の三ヶ月は『採用期間』だから報酬の分配はその分減ってる。
あと、戦闘で魔獣を傷つけすぎたから、素材の価値が落ちてね。その分の『罰金』ね。文句ある?」
採用期間、罰金。
次々と並べ立てられる理不尽な名目の数々。
要するに、最初からまともに金を払う気などない、悪質なブラックパーティーだったのだ。
あまりにも割に合わない。
(……もう、いいや)
私は怒りを通り越し、ただただ深い虚無感に襲われていた。
もう拳を振るう気力すら湧かない。
私は加入してすぐに、そのパーティーの脱退届を出した。
実家を飛び出してもうどれくらい経っただろうか。
見返してやるどころか、外の世界に搾取され、騙され続け、私の心はすっかりボロボロに擦り切れていた。
もう、そんなにお金も残っていない。
私は薄暗い路地裏の隅で、杖を抱きしめながら、ただ一人声を殺して泣き続けるのだった。
ギルドの掲示板で、仲の良さを売りにしたパーティーの募集を見かけ、加入させてもらった。
「今度こそ……今度こそ、本当の仲間に会えるかもしれない」
そんな淡い期待は、最悪の形で裏切られることになる。
挑んだクエストの最中。
強力な魔獣に襲われたその瞬間、仲間たちは笑顔で自分を突き飛ばした。
「悪いなルピナス! お前が囮になって時間を稼げ!」
一人、薄暗い洞窟の中へ都合よく置き去りにされた。
ただの使い捨ての囮として。
魔獣の牙から必死の思いで逃げ惑い、泥に塗れ、傷だらけになりながらギルドへと生還する。
だが、受付で待っていたのは信じられない言葉だった。
「えっ……ルピナスさん!? あなた、死亡したって届け出が出ていますよ!?」
あの奴ら、私を死んだことにしてギルドに報告していたのだ。
自分の死亡届を取り消してもらい、私はギルドのロビーで呆然と立ち尽くした。
もう、お金も一フラすら残っていない。
この広い外の世界に、頼れる人なんて誰一人としていない。
(……辛いな)
あれだけ憧れていた、輝かしいはずの冒険者。
それが、どうしてこんなに苦しくて、痛いことばかりなのだろう。
(もう、諦めよう……。私には、無理だったんだ……)
本気で冒険者を辞める決意が頭をよぎる。
張り詰めていた糸が切れ、急に猛烈な飢えが襲ってきた。
ここ数日、まともな食事なんて口にしていない。
ふらふらとした足取りで、ギルドに併設された食堂へと近づいてしまう。
漂ってくる、香ばしくて美味しそうな料理の匂い。
だが、私の財布は空っぽだ。
グーーー。
情けないほど大きなお腹の音が鳴り響いた。
「っ……!」
恥ずかしさと惨めさのあまり、私は必死にお腹を押さえ、ただ深く俯くことしかできなかった。
「――そこの魔術師の子、ちょっとこっちにおいで」
ふいに声をかけられ、肩が跳ねてしまう。
顔を上げると、食堂のテーブル席から手招きしている人がいた。
深い緑色の髪、眼鏡をかけている、優しそうな若い男性だ。
だが、優しそうな顔には十分騙されてきた。
あの男性もきっと、その例に漏れないだろう。
(あぁ、お腹の音がうるさくて、食事の邪魔だと怒られるんだ……)
説教を覚悟し、トボトボと足を引きずりながらテーブルへ近づく。
だが、彼の口から飛び出したのは予想外の言葉だった。
「まぁ、とりあえず座りなよ。……ほら、この料理、温かいうちに食べちゃっていいからさ」
「え……?」
目の前に差し出されたのは、湯気を立てる美味しそうな料理の数々。
(な、何かの罠でしょうか……? あとから法外な代金を請求されるのでは……)
外の世界で騙され続けてきた私は、本能的に身構えた。
だけど、鼻腔をくすぐるあまりにも良い匂いに、空腹の限界を迎えていたお腹が再び悲鳴を上げる。
罠だとしても構わない。
もし悪人であっても、この拳でなんとかすればいい。
私は誘惑に勝てず、貪るように料理へ手を付けた。
口いっぱいに広がる温かい旨味。
これまで誰も優しくしてくれなかった外の世界で、初めて与えられた無償の温もり。
惨めさと、悔しさと、それ以上の圧倒的な幸福感に、目から大粒の涙がボロボロと溢れ出す。
泣きながら必死に食べ進める私を、彼は困ったように苦笑しながら見つめていた。
「そんなに急いで食べると危ないよ。……すみません、こっちに同じものをもう一皿追加で」
彼は私のために、迷わず新しい料理を追加してくれた。
裏切られ続けてボロボロだった私の心に、彼の優しさがじんわりと染み渡っていく。
それから、私の日常は一変しました。
彼のパーティーに入り、一緒にアルバイトをする日々を過ごし、彼の元婚約者や自称従者が現れて、友達になり、パーティーはどんどん賑やかになっていきました。
仲間たちとクエストに出るようになっても、ここでは役立たずと罵られることもなく、搾取されることも、使い捨ての囮にされることもありませんでした。
それどころか彼は、何度も私を庇ってくれました。
仲間はさらに増えていって、トラブルも多いですが、毎日がお祭り騒ぎのようです。
さらに彼は、私の欠点を克服するための専用武器まで一生懸命に考えてくれて……。
一生懸命にお金のやりくりまで、頭を悩ませながらやってくれました。
実家を飛び出してからのずっと、あれだけ辛くて、悲しくて、何度もやめようと思った冒険者。
(……あぁ私、冒険者がすっごく楽しいです)




