#39 道中①
遠征が始まり最初の夜。
自分たちは馬車を止め、さっそく携帯ハウスを展開した。
キッチンに佇む、二台の魔力式冷蔵庫。
事前に説明は受けていたものの、実際にその効果を目の当たりにした一同は驚きの声を上げた。
「中に入れたお肉やお魚が新鮮なままです! これでしたら、皆様により美味しいお食事を提供できます!」
ハートが目を輝かせて、冷蔵庫にしまっておいた肉や野菜を確認している。
「お酒を入れといたら冷えたのが飲めるってことかい? 最高じゃないか!」
お酒好きのランティアは、冷やしておいたボトルを抱えてご満悦だ。
「これほどの低温を常に維持できるなら、今まで保存が難しかった素材や薬品の品質保持に活かせるかもしれないね……」
錬金術師であるムスカリは、早くも実験や調合への応用に目を光らせていたが、食品へと影響を懸念して禁止させた。
文句を言われたが、帰還した際にでも専用の冷蔵庫を検討することで妥協してもらった。
「氷もあるー」
今まではホオズキの召喚獣に氷を出してもらっていたが、この冷蔵庫は製氷まで手軽にできる代物だ。
これからはいつでも綺麗な氷が手に入るのも嬉しい。
「シマエナガ、クビ―」
それは言い過ぎ。
ホオズキはもう少しでいいから、召喚獣たちを大事に扱ってあげてほしい。
「クローバー、魔力の消費の方はどうですか?」
ルピナスに聞かれ、冷蔵庫の横についている魔力ゲージを確認する。
ほんの少しだけ、目盛りが減っていた。
この消費具合なら、数日に一度魔力を補充すれば大丈夫だろう。
その後、自分たちは夕食の準備に取りかかった。
普段なら当番制にしているところだが、今日はみんな準備で疲れが溜まっている。
そのため、今夜は家事ができるフルメンバーで手早く終わらせることにした。
自分とハートがメイン、ルピナスとナグサが補助として作業を分担する。
人数が多いおかげもあり、調理は驚くほどあっという間に終わった。
「よし、みんなー、ご飯ができたよ」
リビングのテーブルに、美味しそうな料理が次々と並べられていく。
メンバーたちは冷蔵庫から出した、キンキンに冷えた飲み物をそれぞれ手にした。
「「「「「「「「乾杯――!!」」」」」」」」
グラスを重ね合い、楽しげな声が食卓に響き渡る。
こうして遠征の最初の夜は、賑やかに更けていくのだった。
数日後。
自分たちの馬車は、早くも無事にヴァーミリオン領内へと入っていた。
ルピナスの故郷までは残り二、三日といった距離だ。
ガタゴトと揺れる馬車の中で、ルピナスの故郷について話を聞くことにした。
「ルピナスの故郷って、どんなところなんだい?」
「本当に小さな田舎町ですよ。人口はせいぜい数百名くらいです」
ルピナスは懐かしそうに目を細める。
「私と同じ魔族のラッセル族が多く住んでいて、町の特産品は『魔術師』なんですよ」
「特産品が、魔術師ね」
あまりにファンタジーな特産品に、自分は思わず笑ってしまった。
気になって、彼女のご両親についても尋ねてみる。
「ご両親は、今もその町に?」
「はい。仲が悪いわけじゃないんですけど……私が冒険者になる時は、やたらと反対されました」
ルピナスは少し困ったように苦笑いを浮かべた。
「私のような魔術師が、外の世界で冒険者なんてやっていけるわけがないって、ずっと言われ続けて。意地でも見返してやりたくて、家を飛び出してきたんです」
なるほど、確かに自分がルピナスの親でも、同じように彼女を引き留めるだろう。
実際に、出会った時の彼女はかなり苦労した後だったのだから。
それに加えて、今のルピナスの武器を見たらご両親は一体どんな反応をするだろうか。
魔術師らしい魔術杖ではなく、前衛で戦える頑強な『魔術籠手』。
……間違いなく、いい顔はされないだろう。
あれはどう見ても魔術師らしくない。
お堅い魔術師の親御さんだった場合、「なんて戦闘スタイルを娘に教えてくれたんだ」と怒られてしまう自分の姿が、容易に想像できてしまう。
さらに後日。
馬車は順調に進み、明日にはルピナスの故郷へ立ち寄れそうな距離まで来ていた。
遠征全体の明確な日数配分はまだなんとも言えない状況のため、彼女の故郷には数時間ほどの立ち寄りのみにを予定している。
そういえばルピナスは、実家から喧嘩別れで飛び出したと言っていたが、一人で帰れるのだろうか。
自分は喧嘩をして家を飛び出した経験がないため、どうにも分からない。
一人では気まずいため、ヘリオやハートといった気心の知れた友達の同行を望むだろうか。
馬車の御者台でそんなお節介なことを考えていると、背後からルピナスに声をかけられた。
「クローバー。ちょっと相談があるんですが」
「どうしたんだい、ルピナス」
振り返ると、お揃いの冬用コートに身を包んだルピナスが少しそわそわとした様子で立っていた。
彼女は自分の顔を見つめ、意を決したように言葉を紡ぐ。
「明日、私の実家に、一緒に付いてきてほしいんです」
「……んっ?」
予想してなかった指名に、自分は思わず瞬きをした。
「やっぱり一人じゃ、家に顔を出しづらいのかい?」
「まぁ……」
「ヘリオやハートにも頼んだのかい?」
「相談はしましたが、邪魔をしたくないので二人で行ったらいいと言われました」
つまりは、彼女の実家に自分とルピナスの二人で訪問するということになる。
確かに、他のメンバーでは家出した娘が連れてきた仲間としては不安が残りすぎる。
最悪の場合、今すぐ冒険者を辞めて帰ってこいと言われるのがオチだろう。
「……自分なんかで、大丈夫かな」
メンバーの中では、特徴もなく短所しかない自信がある。
そんな自分が同行して、彼女に迷惑をかけないかと不安になる。
だが、ルピナスはふっと微笑むと、まっすぐな瞳で自分を見つめ返した。
「クローバーが一緒だったら、きっと大丈夫ですよ。いつも頼りにしてますから!」
そんな彼女の言葉を聞いて、自分は覚悟を決める。
「わかった、ついていくよ」
そこからは、彼女の両親の好みや注意すべき点などを確認することにした。
ルピナスの手前、彼女に恥をかかせることがないように最大限注意しなければならない。
後は……とにかく娘さんの優秀さを全力で褒めちぎるのが正解だろうか?。
なんだかまるで、家庭訪問をする先生のような気分だ。




