#4 セカンド・コンタクト
ルピナスが加入してから、一週間が経過した。
――あれから、ルピナス以外のパーティー加入希望者は、誰一人も現れていない。
やはり、リーダーである自分の圧倒的なお荷物さがいけないのだろうか……
空いた時間は、今のところ全てアルバイトに使っている。
前衛職の自分が致命的に頼りないのと、ルピナスが魔術を使うと赤字のため、ギルドのクエストを受けるには不安しか残らないからだ。
今日も先ほどアルバイトを終え、自分はルピナスとともに、夕暮れの街を宿屋へ向かって歩いていた。
「あの……クローバー……」
ルピナスが引きつった顔で、そっと自分の袖を引っ張る。
「あぁ……うん。気づいてはいるんだけど……」
自分の背中からも、滝のような冷や汗が流れていた。
ガシャン、ガシャン、ガシャン。
さっきから、自分たちのすぐ後ろを、重厚な金属鎧を纏った『何か』が、一定の距離を保ったまま執拗につけてきているのだ。
最初は偶然だと思っていたが、途中で意図的に遠回りなルートを選んでも、しっかり同じ距離のままついてくる。
正直、めちゃくちゃ怖い。
自分はまだこの街に来て一週間だ。
何か知らないうちに、誰かの気に障ることでもしてしまっただろうか?
このまま宿屋を特定されても嫌なので、自分は意を決して、振り返りながら声をかけてみることにした。
「あの、何か御用でしょうか……」
「迎えに来たよ、クローバー」
フルフェイスの頑丈な兜の奥から、くぐもった、けれど真っ直ぐな声が返ってきた。
――迎えに来た? どうしよう、全く心当たりがない。
「えっと、大変失礼ですが……とりあえず、お名前を教えていただいても?」
「? あぁ、そっか。兜が邪魔だった」
そう言って、目の前の重装甲な人物が両手で兜を外した。
「久しぶり、クローバー」
兜の中から現れたのは、どこか気だるげな雰囲気を纏った、紫色の髪の美少女だった。
――それでも、自分には誰だかさっぱりわからない。
「もしかして、覚えてない? ボクだよ、ヘリオトロープ」
『ヘリオトロープ』、その単語には見覚えがあった。
たしか、平原で確認した経歴にあった、短期間だけ婚約者だった人物の名前。
ラフロー王国上級貴族、バイオレット家の十三女。
潤んだ瞳で自分をじっと見つめてくるヘリオ。
彼女の表情を見るに、どうやら自分との『感動の再会』を心の底から期待しているらしい。
――だが、困った。
自分にあるのは、十歳の頃にわずか二か月間だけ婚約して、実父のせいで強制破棄になったという知識だけだ。
彼女とどんな会話を交わし、どんな思い出を築いたのか、感情を伴う記憶がどう頑張っても一ミリも引っ張り出せない。
ここで正直に「思い出せません」と言えば、目の前の美少女がどれだけ悲しむかは想像できる。
自分は冷や汗を必死に誤魔化しながら、もっともらしい『言い訳』を口にすることにした。
「……ごめん、ヘリオ。実は自分、実家が取り潰し処分になった精神的なショックが大きすぎて、今までの記憶がすっぽりと抜け落ちて、記憶喪失のような状態になってしまっているんだ」
嘘ではない。
女神様のミスのせいで、自分の頭の中は本当に記憶喪失のような状態なのだから。
「だから……君の名前は頭にあるんだけど、君との思い出とか、どうしても思い出せなくて……。本当に申し訳ない」
自分は大真面目な苦渋の表情を作り、深く頭を下げた。
横では、事情を全く知らないルピナスが、同情の涙を浮かべていた。
忘れてしまったことを怒るか、あるいはショックで泣き崩れるかと身構えていた。
――だが次の瞬間、ガシャリと重い金属音を立てて、ヘリオが自分の体にぎゅっと抱きついてきた。
「……ううん、いいよ。ボクの名前、ちゃんと覚えてくれた……それだけで本当に嬉しい」
鎧越しに伝わってくる彼女の細い体の震えと、真っ直ぐな言葉。
「クローバーは何も悪くない。全部、あなたの父親が悪いだけ。自分を責めないで」
記憶喪失を疑うどころか、実父への怒りと自分への深い慈愛を見せるヘリオ。
しかし、さすがに夕暮れの道端で重装甲の美少女に抱きつかれ続けるのは目立つ。
周囲の視線も痛くなってきた。
「あ、ありがとうヘリオ。……ひとまず、立ち話もアレだから、自分たちの泊まっている宿屋に移動しようか」
宿屋の部屋に移動した自分たちは、ひとまずお互いに簡潔な自己紹介を交わした。
落ち着いたところで、自分はずっと気になっていた疑問を彼女にぶつけてみることにした。
「それで……ヘリオ。どうしてさっき、街の中で自分たちの後ろをずっと尾行していたんだい?」
尋ねると、ヘリオは兜を抱えたまま、どこか照れくさそうに視線を彷徨わせた。
「……クローバーを、ボクの『婿』として迎えに来た。街で見つけて嬉しかったんだけど……クローバーの方からボクに『気づいて』声をかけてほしくて……」
どうやら彼女にとっても久しぶりの再会らしく、恥ずかしくなってしまったらしい。
それにしても、婚約は解消されたはずなのに婿として迎えに来たとはどういうことだろうか?
「あの……今、『婿』という単語が聞こえたような気が……」
隣で話を聞いていたルピナスにもしっかり聞こえていたようで、震えた声で確認しようとしていた。
「婚約が解消したあと、毎年手紙を送ってた。成人したら、親は関係ないから婿として迎えに行くって」
「あっ、そうだったんですか……クローバーって結婚相手がいたんですね……知りませんでした……」
ルピナスがショックを受けたように、あからさまに頭を垂れ下げてしまう。
「申し訳ないけど、手紙のことも覚えてないんだ。それにしても、よく自分の居場所がわかったね?」
「家の力を総動員した。そうしたら、クローバーが冒険者ギルドでパーティーメンバーを募集してるって情報が入ってきたから、すぐに駆け付けた」
「それはまた……いろいろと迷惑をかけたみたいだね。本当にごめん、ヘリオ」
「クローバーは悪くないから大丈夫。それじゃあ一緒に帰ろう、クローバー」
ヘリオが当然のようにそう告げた瞬間、ルピナスが『帰ろう』というワードに反応して、顔を青くさせている。
せっかく見つけたホワイトな居場所を失い、またあのブラックで孤独な日々に逆戻りしてしまう状況を、想像でもしたのだろう。
「それもごめん、ヘリオ。自分はまだ結婚とか急すぎて考えられないし……それに、今は大事な仕事があるんだ」
自分はルピナスの様子を気にかけつつ、きっぱりと首を横に振った。
「仕事?」
「えっとね……自分にはとある『特別な恩人』がいて、その人から頼まれたお仕事、どうしても頑張らないといけないんだ。だから――」
「わかった。それじゃあ、ボクもその仕事を手伝う」
「えっ? でもヘリオは貴族のお嬢様だし、色々とすることがあるんじゃ……」
「大丈夫。パパもママも、ボクの好きにしていいって言ってた」
「……随分と、寛大なご両親だね」
「うん」
どこまでもブレないヘリオの真っ直ぐな瞳。
この日はもう遅かったので、翌日、自分たちは改めて冒険者ギルドを訪れてヘリオの冒険者登録手続きを行うことにした。
登録完了後、さっそく手渡されたヘリオのギルドカードを見せてもらう。
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ヘリオトロープ・バイオレット 人族/女 12歳
職業:盾騎士 冒険者ランク:E
能力値(最大数値10)
筋力:10+++++
耐久:10
魔力:0 魔術使用不可
知力:5
俊敏:8
器用:2
運命:5
成長:1
所持スキル
怪力、魔術耐性マイナス
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提示されたカードの数値を前に、自分は思わずその場で硬直した。
ルピナスの魔力と同じく、ヘリオの筋力にもプラス記号がこれでもかとある。
もしかしてこの世界において、プラス記号はそれほどレアではないのだろうか?
そして前衛職であるはずの自分よりも、遥かに前衛特化の恐ろしいステータスをしていた。
自分と同じ『成長1』だというのに、なぜここまで能力値が違うのだろうか。
「すごいですよクローバー! 強力な前衛です! ヘリオさん、すごく鍛錬されたんですね!」
隣でカードを覗き込んだルピナスが、頼もしい前衛の加入に目を輝かせて純粋に喜んでいる。
……お願いだから、その『強力』という部分をあまり強調しないでほしい。
前衛であるはずの自分の貧弱さを、嫌でも思い出してしまうから。
「? 別に鍛えてない。筋力も耐久も俊敏も、全部生まれつき。」
ヘリオは兜を抱えたまま、どこか気だるげにそう返事をした。
彼女の規格外なスペックは、血のにじむような努力の賜物などではなく、完全なる天性の才能であるようだ。
彼女は生まれつき常人の数十倍の筋繊維や筋肉密度があり、その超人的な肉体バランスの影響で耐久と俊敏も跳ね上がっているらしい。
カードに書かれた『魔術耐性マイナス』という不穏な項目についてはよく分からなかったが、物理がこれだけ強ければ、まぁなんとかなるだろう。
「どう? ボク、役に立つ?」
「うん、すごく役立ちそうだよ。このまま仲間を集めていけば、強力なパーティーになるかもね」
「よかった。……じゃあ、あとはメンバー募集の条件を変えないと」
「んっ? どうしてだい?」
「ボク、男嫌い。だからクローバー以外の男は、このパーティーには加入させない」
「……えっ?」
盾騎士のヘリオトロープがパーティーに加入した。




