#37 長旅の準備
パーティーにとっては、今までにない長距離移動となる。
自分は手帳を広げ、入念な旅の準備を考えていた。
馬車を長期でレンタルするとなると、その費用はかなりの金額になる。
今後の活動も考えると、いっそのこと自分たちの馬車を購入すべきか……。
あれこれと頭を悩ませていると、以前ブルーメさんから貰ったあの携帯ハウスの仕様が気になった。
『携帯ハウス』を格納する時、中の人は強制排出される。
では、馬やペットなどの生き物はどうなるのだろうか。
自分はさっそく、製作者であるブルーメさんに確認を入れてみることにした。
「ああ、それかい? 少しいじれば、馬やペットなんかは排出しないようにできるよ」
「えっ、本当ですか?」
「数時間もあれば終わるよ。……ついでだから、いくつか新しい機能も追加してあげよう」
ブルーメさんは鼻歌を歌いながら、魔道具をいじり始めた。
「あの、ちなみに費用はどれくらいになりますか?」
「今回は僕からの交通費だと思ってくれていいよ。タダでやってあげよう」
「いいんですか!?」
どこまでも太っ腹なブルーメさんに、自分は深く頭を下げた。
「作業には少し時間がかかるからね。今のうちに長旅の買い出しでもしてくるといいよ。荷物は工房内に仮置きしていいから」
ブルーメさんにそう促され、自分たちはさっそく街へと繰り出した。
これから始まる、片道だけで十数日の大遠征。
自分たちは手分けして、必要な物資を買い込んでいく。
旅用の保存食や大量の食料、燃料となる薪、各自に必要な様々な日用品。
かなりの量になった物資を、自分たちは何度も魔道具工房へと運ぶ。
「これで買い忘れはないかな?」
みんなで街を歩きながら最終チェックをしていると、一軒の服屋が目に入った。
(そういえばこれから、どんどん寒くなっていくんだよな……)
万が一の場合、帰還が遅くなってしまう可能性もある。
迫り来る冬に備えた本格的な防寒着が、必要になってくるはずだ。
メンバーにも確認してみると、冬物衣装はまだ誰も購入していないらしい。
幸い、金策と日頃の節制のおかげで自分の懐にも多少の余裕はある。
それこそ、みんなに冬衣装をプレゼントできるぐらいには。
自分は彼女たちの手を引き、さっそく服屋のドアを開けた。
店内に足を踏み入れた瞬間、店主であろう一人の男性が優雅に現れた。
彼は先頭に立つ自分を完全に無視して、後ろにいる女性陣へと愛を囁き始めた。
「チャオ、美しいお嬢さんたち! これから暇だったりするかい? よかったら、オススメの美味しいお店を知ってるんだけど――」
あまりにも唐突なナンパに、彼女たちのリアクションは分かれた。
ルピナスは、いきなりの事態に硬直している。
ヘリオは、虫でも見るかのように無視。
ハートは、辛辣に拒否。
ホオズキは、のんびりと動じない。
ランティアは、眉をひそめて引いている。
ムスカリは、心底嫌そうな顔をして自分の後ろに隠れた。
ナグサは、お呼びじゃないと元気に拒否。
これだけ全員に盛大に振られたというのに、彼は一切動じなかった。
なおも彼女たちを熱烈な口説き続けるが、早くも我慢の限界だったヘリオに頭を鷲掴みにされて、悲鳴を上げだしている。
(……というか今、『チャオ』って挨拶しなかっただろうか?)
自分はすかさずヘリオに彼を放すように頼み、彼と女性陣の間に割って入った。
「みんな、自分は彼と話があるから。奥で商品を見てて」
女性陣を逃がし、なおも追いかけようとする男を引き留める。
奥のメンバーには聞こえないように、声を潜めて確認した。
「……あなたも転生者で、何らかの神様の『神下』ですか?」
その言葉に、男の動きがピタリと止まる。
彼は自分の顔をじっと見つめると、不敵な笑みを浮かべる。
「あぁ、そうだよ。僕は『防具の神』の神下、マルゲリータだ。……ちなみに、ここは服屋じゃなくて、防具工房だからね」
名前まで徹底してイタリアンな男性だった。
「自分も神下なんですよ。『愛の神』の」
自分がそう告げると、マルゲリータさんの雰囲気が変わった。
「……『愛の神』だって!? それは失礼した。まさか愛を蔑ろにしてしまうとは」
彼は急に真面目な顔になり、深々と謝罪してきた。
自分に、というよりは『愛』に対して謝っているようだったが……。
そのブレない姿勢に、自分は尊敬の念すら抱いてしまう。
気を取り直し、ここに訪れた本来の目的を伝えることにした。
「今からアンバー地方まで、長期の移動をする予定なんです。そのため、冬の寒さに耐えられる防寒着を探していまして」
彼女たちへのオススメの防寒防具はないかと、自分はマルゲリータさんへと尋ねた。
すると、彼は少し考え込む。
「本来なら個々の好みや装備に合わせて一つずつ見繕うのが僕のスタイルなんだけどね。でも、それだと仕立てるのにどうしても時間がかかってしまう」
マルゲリータさんは一度言葉を区切ると、奥の衣装棚を見つめた。
「もし、今すぐ必要なんだとしたら、すでに僕が作り込んである特製のコートを人数分買っていくことを勧めるよ」
「それって、お揃いのコートになりませんか?」
「あぁ。同じパーティーのメンバーが同じコートを纏う。それだけで、チームとしての一体感や信頼にも繋がるからね」
マルゲリータさんの提案は機能性だけでなく、仲間たちの『絆』をも重視するアドバイスだった。
「あの……メンバーには妖精やまだ小さい子もいるんですが、彼女たちのサイズもありますか?」
気になって尋ねる自分に、マルゲリータさんは笑って親指を立てた。
「完成品からの手直しなら、僕の腕なら三十分もあれば完璧に調整してみせるよ」
その心強い言葉に安心し、店内で商品を物色していたメンバーたちを呼び集めた。
マルゲリータさんからの『お揃いのコート』という提案を、みんなに伝えてみる。
「わぁ、お揃いのコートですか!? いいですね!」
ルピナスをはじめ、お揃いの衣装という提案に反対意見は誰からも出なかった。
さっそく、マルゲリータさんが人数分用意してくれたコートを取り出し、その場で試着してみることになった。
「肌触りも大変すばらしいですね」
「ふかふかー、ぽかぽかー」
ハートやホオズキが、嬉しそうに声を上げる。
「フフ、気に入ってもらえたようで何より。でもね、そのコートの本当の凄さはそこじゃないんだ」
マルゲリータさんは自慢げに胸を張ると、コートに込められた効果を説明し始めた。
「その特製コートはね、外気温に合わせて自動で内部の温度調節をしてくれる機能がついているのさ。どれだけ極寒の地に行こうと、常に快適な温かさを維持してくれる優れものだよ」
「……すごい機能ですね」
自分たちが驚嘆していると、マルゲリータさんは人差し指を立てて、一つだけ注意点を付け足した。
「ただし、一つだけ欠点がある。もし水没してしまうと、生地が乾くまではその温度調節機能が使えなくなってしまうんだ。まぁ、洗濯をするか、川にでも落ちない限りは大丈夫だけどね」
マルゲリータさんはそう言って、気楽に肩をすくめてみせた。
試着の感触も良さそうだ。
自分はさっそく、人数分を依頼――しかけたところで我に返った。
値段を確認していなかった。
自分は冷や汗を流しながら、マルゲリータさんにこっそりと値段を尋ねてみる。
「あぁ、『とある条件』を呑んでくれるなら、タダでいいよ」
「えっ、タダですか……!?」
信じられない言葉に、自分は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
なぜこれほどの一級品を無償で提供してくれるのだろうか。
不審に思う自分に、マルゲリータさんは悪戯っぽく微笑んだ。
「君たち、これから東のアンバー地方に向かうんだろう? なら、ついでにね――」
マルゲリータさんは自分の顔を覗き込み、その『とある条件』を告げた。
「あの領内でしか獲れない『花晶鉱石』を採取してきてほしいんだ。量はこの木箱に入るぐらいで大丈夫だからさ」
「……はい?」
まさかの納品物かぶりである。
自分は内心で苦笑いしながらも、その条件を快く承諾した。
すると、マルゲリータさんはさらに言葉を付け加える。
「無事に採取してきてくれたらね。男の君には嬉しいものを。そして彼女たちには、もっと良いものを作ってあげるよ!」
何がもらえるのかは分からないが、オマケだろうか。
とても魅力的な提案だった。
「それじゃあ、さっそく採寸を始めようか!」
マルゲリータさんがそう言い出すと、ルピナスたちが一瞬身構える。
だが、彼が指を鳴らすと、奥のカーテンから一人の女性が現れた。
どうやら、彼女が採寸を担当してくれるらしい。
安心した女性陣は、その女性スタッフと一緒にぞろぞろと奥の部屋へ消えていった。
残された自分に、マルゲリータさんがふと思い出したように問いかけてくる。
「そういえば、君たちのパーティーには『エンブレム』みたいなものはあるかい?」
「いえ、そんなものは考えたこともないです」
「なるほどね。じゃあ、パーティー名を教えてくれるかい?」
自分は少し気恥ずかしさを覚えながらも答えた。
「パーティー名は『キューピッド』です」
採寸が終わってから、わずか三十分後。
マルゲリータさんは約束通りにすべてのコートを仕上げてみせた。
「ほら、みんな。仕上がったよ!」
手渡されたコートを見て、彼の細やかな職人技に感嘆した。
それぞれの体型に合わせて、サイズが見事に調整されている。
それだけではない。
内側には、混ざらないように全員の『名入れ』まで施されていた。
そして、背中の部分。
そこには、鮮やかな刺繍が刻まれていた。
三つ葉のクローバーと、優美な天使の羽。
「すごいですよ、クローバー! 私たちのエンブレムですよ!」
ルピナスたちが、背中の刺繍を見せ合いながら嬉しそうにはしゃいでいる。
だが、どうしてだろうか。
なぜか、自分の名前そのものがエンブレムのデザインに入っている。
不審に思ってマルゲリータさんに確認してみると、彼はニヤリと笑って奥の部屋を指差した。
なんでも採寸の最中、女性陣たちにもこっそりエンブレムの案を聞いてみたらしい。
すると全員が「加入したきっかけであるクローバーを入れよう」と言い出したのだとか。
その経緯は嬉しいが、結果としては恥ずかしいので止めてほしかった。
背負っているだけで、なんだか自分を盛大に自己主張しているようだ。
けれど、メンバーはえらく気に入ってくれている。
自分は言葉を呑み込み、気恥ずかしさを胸の奥に秘めておくことにした。




