#36 指名依頼
翌朝。
マッサージの効果により、疲れも取れ元気ハツラツな女性陣。
対して、一晩中のマッサージで一切疲れが取れていない満身創痍の自分。
そんな中、自分たちはとある目的のために冒険者ギルドへと向かっていた。
実体化したナグサの冒険者登録である。
(さすがに幽霊の登録なんて、前代未聞だろうけど大丈夫なのかな……)
そんな自分の不安を置き去りに、登録の手続きは驚くほどあっさりと進んだ。
「はい、お待たせいたしました。こちらがナグサさんのギルドカードになります!」
「わーい! 私のカードー!」
新しく発行されたカードを手に取り、ナグサが嬉しそうに飛び跳ねる。
この世界は何でもありだなと思いながら、自分は彼女のカードを確認した。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
ナグサ・W・キャンベル 元人族/女 15歳
職業:幽霊 冒険者ランク:E
能力値(最大数値10)
筋力:3
耐久:0
魔力:0
知力:4
俊敏:4
器用:4
運命:2
成長:0
所持スキル
実体化、透明化
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
もともとナグサは病弱だったせいもあってか、ステータスは総じて低めだ。
まぁ、そんな彼女と自分の筋力が同じなんだけどね。
笑っちゃうよね。
(それにしても、ナグサは『透明化』ができるのか……)
姿を消した状態で敵に不意打ちしてもらえば、かなり便利なのではないか。
淡い期待を抱いた自分に、ナグサは首を横に振った。
「あのねクローバー君、私は攻撃ができないみたいなの」
なんでも物は掴めるが、直接・間接を問わずに『他者の肉体にダメージを加える行動』が一切行えないらしい。
だからあの時も、偽物を直接攻撃せず、魔術銃を空に向けて放つのが精一杯だったのだとか。
ということは、彼女に頼める仕事は限られてくる。
危険な場所の偵察や、あるいは敵からの『盗み』などだろうか。
自分がそんなことを脳内で考案していると、手続きを終えた受付嬢が声をかけてきた。
「クローバーさん。実は皆さんのパーティーを指名して、一件の依頼が届いています」
「自分たちを指名で……?」
まだC級の自分たちに、まさかの指名依頼。
受付嬢は小さく頷くと、手元の依頼書を差し出した。
「はい、とある鉱石の採取依頼です。依頼主は――『魔道具工房』さんからですね」
詳細については、工房で直接説明したいとのことらしい。
自分たちはさっそく、魔道具工房へと向かう。
以前にクエストの報酬として、あの便利な『携帯ハウス』をくれた工房だ。
恩義もあるため、自分たちの中での優先度はかなり高い。
工房に到着し、出迎えてくれた人物の顔を見て自分はふと思い出した。
もしかしたら、彼は自分と同じ『転生者』かもしれないと。
周囲のメンバーにバレないよう、こっそり本人に確認を入れてみると、ビンゴだった。
彼は前世がドイツ人の転生者で、こちらでの名前はブルーメというらしい。
そして彼も自分と同じ『神下』の立場で、仕えているのは『魔道具の神』だという。
「自分は『愛の神』の神下なんです」
そう伝えると、ブルーメさんは深く頷き語り出した。
「なるほど、愛か。愛はすべての原動力だからね。本当に、何よりも大事だよ」
彼も武器工房のローズさんと同じく、愛を重要視するタイプらしい。
異国の転生者たちは、そういう熱い思想の人が多いのだろうか。
「クローバー、さっきから二人で何の話をしているのですか?」
コソコソと話す自分たちが気になったのか、ルピナスたちが覗き込んできた。
これ以上はまずいと察し、自分は慌てて本来の話へと引き戻す。
「君たちがCランクに上がったと聞いてね。ぜひお願いしたい仕事があるんだ」
ブルーメさんは表情を引き締め、目的となる素材の名前を口にした。
「とある場所でしか採取できない、『花晶鉱石』を大量に獲ってきてほしいんだ」
「花晶鉱石……ですか?」
初めて聞く鉱石の名前だ。
ブルーメさんは手元の地図を広げ、その採取場所を指し示した。
「採取場所は、ここからかなり離れた場所にある鉱山だ。……ちょうど、アンバー領内にあるところだね」
このラフロー王国には、王家と七つの上流貴族が存在していて、それぞれが固有の色の名前を冠している。
王国の中央に位置するのが栄えある王都。
その周囲を囲むように、上流貴族の領地が綺麗に配置されている。
それはまるで、一枚の巨大な色相図のようだった。
真北に位置するのが、赤色を表す『ヴァーミリオン家』。
北東に位置するのが、橙色を表す『マンダリン家』。
そして東に位置するのが、黄色を表す『アンバー家』。
対して、自分たちが今現在滞在している工房都市ネムノキ。
ここは中央の王都から見て、北西の紫色を表す『バイオレット家』の領内に存在していた。
つまり、ここから東のアンバー領までは凄まじく距離が離れている。
「片道だけでも、馬車で十数日はかかるね」
ランティアが地図を指差しながら、小さくため息をつく。
気の遠くなるような長旅になるのは間違いなさそうだった。
「アンバー領に行くんですか?」
ブルーメさんの言葉に、ルピナス、ハート、ナグサの三人が同時に声を上げた。
「私の故郷はヴァーミリオン領にあります!」
「アンバー領には、私とハートちゃんの家があるよー!」
意外な偶然に、三人は嬉しそうに顔を見合わせている。
今回の長旅の道中には、彼女たちの生まれ故郷や実家が存在しているらしい。
自分は手元の地図で、大まかな位置関係を確認しながら、まずは脳内で女神様へ語りかける。
(女神様。これだけ長期にわたる依頼を、受けても大丈夫でしょうか?)
『大丈夫ですよー! 気にせず進めてください!』
脳内に、いつも通り軽いトーンの声が返ってきた。
お墨付きをもらい、自分は小さく息を吐いて目を開ける。
自分はもう一つの懸念を確認するため、ブルーメさんへと向き直った。
「あの、少し遠回りになってしまうのですが……道中で寄り道をしても大丈夫でしょうか?」
「ああ、もちろん構わないよ」
ブルーメさんは優しい笑みを浮かべ、快く頷いてくれた。
「この依頼に、そこまでの緊急性はないからね。外周ルートをのんびり、寄り道がてら進めばいいさ」
彼はそう言うと、どこか遠い目をしながら大人のアドバイスを付け足した。
「家族には、顔を見せられる時に見せておくべきだからね」
「……ありがとうございます」
彼の深い配慮に、自分は心からの感謝を伝える。
だが、ブルーメさんはすぐに悪戯っぽく微笑むと、地図の一点を指差した。
「ただね、冬に入って雪が深くなるとあのあたりの移動は本格的に困難になる」
ブルーメさんは一度言葉を区切ると、真剣な目つきで自分を見つめる。
「だから、それまでには戻ってきてくれるよう、よろしく頼むよ」
冬が本格的に訪れるまでがタイムリミット。
自分は気を引き締め、新たな長旅への準備を始めるのだった。




