#34 豊穣仮装祭の夜と世界怪異
本日、工房都市では秋のお祭りが催されていた。
その名も『豊穣仮装祭』。
前世で言うところの、ハロウィンのような行事らしい。
特にお菓子を配るなどの風習はなく、好きな仮装をして食事や屋台を楽しむのが主だ。
「クローバー! 早く来てください!」
当然のようにメンバーに誘われ、自分も仮装をさせられる羽目になった。
前世からの密かな憧れがあったので、自分は『魔法使い』の格好を選んだ。
この世界では一般的な服装のため正確には『仮装』とは言えないのだが、日頃と違う役職の衣装ということで通した。
ちなみに、ルピナスは元気溢れる『吸血鬼』。
ヘリオは小さな鎌を携えた『死神』。
ハートは白い布を被った『お化け』。
ホオズキは、なぜかペンギンの着ぐるみだ。
ランティアとムスカリの二人は乗り気ではないらしく、控えめに林檎とかぼちゃの帽子を被る程度に留めている。
「クローバー、とても似合ってますよ!」
自分の魔法使い姿をやたらとルピナスに褒められ、彼女たちの衣装も丁寧に褒め返す。
お互いの姿に笑い合いながら、まずは屋台で楽しく食事を済ませた。
その後は賑わう大通りをのんびりと歩いていく。
その途中、知り合いのギャル冒険者であるガーベラ一行とばったり遭遇した。
「あ、クローバーじゃん! 何その格好ー、仮装? ウケる!」
いつもの軽いノリで挨拶を交わし、そのままお互い別れて先に進む。
通り過ぎる彼らの背中を、ガーベラはふと振り返った。
賑やかに歩いていくクローバーたちの後ろ姿を見つめながら、違和感を覚える。
(……あれ? クローバーんとこって『八人』パーティーだったっけ?)
少しして、メンバーたちは激しい人混みに巻き込まれてバラバラにはぐれてしまった。
ホオズキとランティアの二人が、周囲を見回して探していると。
「――おーい、こっちこっち」
薄暗い路地裏の奥で、クローバーが手招きしているのを発見した。
何か面白い出店でも見つけたのだろうか。
そう思いながら、二人は足を進めていく。
だが同時期。
ルピナスとヘリオのペア。
ハートとムスカリのペア。
彼女たちもまた、全く同じ状況に直面していた。
それぞれの場所。
それぞれの薄暗い路地裏。
そこには、自分たちを呼ぶ『クローバー』の姿があった。
それぞれが、目の前にいるクローバーへと近づいていく。
路地裏に何か面白いものでもあるのかと、ランティアは周囲を見渡す。
だが、出店どころか人影すらない。
「二人だけかい?」
クローバーがそう聞いてきた。
ランティアが「そうだよ」と頷く。
「ならランティアとホオズキ、少し奥まで付いてきて欲しいんだ」
クローバーは微笑みながら、路地の闇の奥を指差した。
するとホオズキが、突拍子もないことを言いだした。
「ねぇ、貴方はだれー?」
ランティアは、ホオズキのおふざけが始まったのだと思った。
だが、ホオズキの様子がいつもと違う。
「誰ってホオズキ、君の知ってるクローバーだよ」
「……わたしは貴方を知らないー」
その瞬間、ホオズキの衣装の隙間から召喚獣のペンギンが顔を出した。
「やれー」
ズドドドドドッ!!!
クローバーへ向けて、凄まじい量の水が噴射される。
場所は変わり、ルピナスとヘリオのペア。
路地裏のクローバーが何か言い出すよりも先に、ヘリオが容赦のないパンチをその顔面へと喰らわせた。
ドガッ!!!
「ええっ!? ヘリオ、どうしてクローバーを殴るんですか!?」
慌てふためくルピナス。
ヘリオは拳を下ろすと、冷徹にその『標的』を見据えた。
「……彼じゃない。アレからは、何もときめかない」
一方、ハートとムスカリのペア。
「はぐれてしまい申し訳ありませんでした。ご主人様」
ハートが深く頭を下げ、謝罪の言葉を述べる。
だがその途中、彼女の目つきが鋭くなった。
ガンッ!!!
ハートは手にしていた頑丈なトランクケースを、躊躇なくクローバーの顔面へ叩きつけた。
凄まじい力でクローバーが吹き飛ぶ。
ムスカリは突然の出来事に驚いたが、吹き飛んだ彼を見た瞬間に察する。
普段の彼であれば問答無用で気絶しているだろうが、アレは平気そうにしている。
「どうして我が主人を真似ているのでしょうか? それに――」
ハートは倒れた偽物を見下ろし、殺気を孕んだ声で続けた。
「偽物とはいえ、私に我が主のお姿を攻撃させましたね?」
その頃クローバー本人は、いつもの見慣れた街中のはずなのに、なぜか薄暗い路地裏へと迷い込んでいた。
嫌な予感がして、ふと振り返る。
そこには、もう一人の『自分』が立っていた。
「えっ……!?」
驚きに目を見開いたその瞬間、目の前の『自分』の手が伸び、首を強引に持ち上げられた。
「……ッ!!」
凄まじい力で喉を絞められ、声が出せない。
必死に護身用のナイフを相手の首元に突き刺すが、相手はびくともしなかった。
最後の力を振り絞り、ホルスターから魔術銃を抜いた。
しかし、もう一人の『自分』の空いていた手によって無慈悲に腕を押さえつけられてしまう。
ガシャンと虚しい音を立て、魔術銃が地面へと転がった。
腕力では敵わない上に、これ以上武器はもう携行していない。
視界が霞み、もうダメかと思いかけたその時だった。
なぜか地面に落ちたはずの魔術銃が、宙にふよふよと浮かんでいる。
そして、上空に向かって引き金が引かれる。
ドォンッ!!!
夜の街中で、小さな花火のように火魔術が弾けた。
何が起こったのか分からないまま、意識を失いかけていると。
「彼に触れるな!!」
魔術銃の信号を見たヘリオとルピナスが駆け付けてきた。
凄まじい踏み込みから放たれたヘリオの一撃が、自分の首を絞めていた偽物を思い切り殴り飛ばす。
「!?!?」
偽物の体は路地裏の壁を突き破り、そのまま大通りの広場に向かって派手に吹き飛んでいった。
「クローバー、無事ですか!?」
心配して顔を覗き込んでくるヘリオとルピナスに、自分はなんとかお礼を伝える。
すると、魔術銃の発砲を聞きつけた他のメンバーたちも、次々とその場へ集まってきた。
いまだに事態のすべては把握できていないが、とにかく今は吹き飛ばした偽物を追うのが先決だ。
一方、大通りの広場。
夜の賑わいの中、路地裏から突如として吹き飛んできた男に群衆の視線が集まっていた。
「おい、大丈夫か……!?」
人々は倒れた男を見物し、一斉に息を呑む。
男の首には深くナイフが突き刺さっていた。
そればかりか、腕や足、首の間節までがあらぬ方向へと曲がっている。
不思議なことに血は一滴も流れていないが、どう見ても助からない状態だった。
群衆の間で「こいつ、アイスの兄ちゃんじゃないか?」と騒ぎが大きくなりかけたその時。
ゴキリ、と嫌な音が響いた。
男は何ごともなかったかのように、ゆっくりと立ち上がった。
首にナイフを突き刺し、関節を曲げた不気味な姿のまま。
「ひっ……!?」
悲鳴が上がる広場でさらなる異常事態が起きる。
群衆の向こう側から人混みを掻き分けて、全く同じ顔をした人物が近づいてきたのだ。
自分たち一行は広場へと躍り出た。
すぐさま、異形の動きをする偽物に向けて戦闘態勢をとる。
「ランティア、あれの正体は!?」
「今調べる……!」
ランティアが手元の『全能の本』を素早くめくり、偽物を凝視した。
「……嘘だろ、あいつが世界怪異だって!? 実在したのかい」
ランティアはそう叫ぶと、同時に周囲の群衆へ向けても鋭く注意を促した。
「あいつは世界怪異の『仮装祭の影喰らい』だ!! 喰われたくなかったら、今すぐここから逃げろ!!」
その不穏な言葉に、広場の人々はパニックを起こして一斉に逃げ惑う。
世界怪異。
確かこの世界の都市伝説のようなものだったはずだ。
いつだったか、メンバーが怪談話をしていた時にそんな単語を聞いた気がする。
相手がそんな恐ろしい怪異の類だとすると、こちらが勝てる手段はあるのだろうか。
頭の中で対処法を考えていると、さらなる奇妙な現象が起きた。
目の前にいた偽物の体が、まるで影のようにどろりと地面へ溶けて消えていってしまったのだ。
あとに残されたのは、自分が刺した一本のナイフだけ。
「……消えた?」
呆然とする自分に、ランティアが本を閉じながら冷や汗を拭った。
「あまりに大勢の人に、存在を認識されすぎたせいだね」
ランティアは少し声を潜め、怪異の弱点を告げる。
「あの怪異は、自身の存在が実在すると認知されすぎると手が出せないみたいだね。もう安心していいよ。一度捕食に失敗した相手の前には二度と現れないし、実在を認知された都市にもしばらく現れないみたいだからね」
その言葉に、自分は安堵の息を漏らした。
ランティアの説明からすると、弱点は認知されることだけ。
つまり、武力での討伐や無力化は効果がない。
人の大勢いる街中で助かった。
その後、騒ぎを聞きつけて広場に集まってきたギルドの職員や衛兵たちに事情を説明する。
最初は酔っ払いの虚言と全く相手にされそうになかったが、周りにいた市民や冒険者など、目撃者があまりに多すぎた結果、最終的には信じてもらうことができた。




