#30 バイオレット家
ガタゴトと揺れる馬車の暗い車内。
横たわるアリウムの寝顔を見つめながら、自分は意を決して、みんなへ頭を下げた。
「みんな、本当にごめん。……今回の件が終わったら、自分はパーティーを抜けるよ」
唐突な言葉に、車内の空気が凍りつく。
驚きに目を見開くメンバーたちへ、自分は重い口を開いた。
「さっきタンジーが言っていた『ボス』は、十中八九、自分の父親だ。あの村に病原菌を仕込ませたのが実の父親なら、これ以上、みんなを巻き込むわけにはいかない」
正直、この世界での父親とはいえ、自分にはその記憶がない。
だから実の親だという実感は、これっぽっちも湧かなかった。
だが、どれだけ実感を持てなかろうと。
父親の罪は、息子である自分にも必ず降り注ぐだろう。
メンバーの安全や未来を、自分のせいで脅かすわけにはいかない。
その尻ぬぐいは、自分一人ですべきなのだ。
「今回の報酬は心配しないで。支払われたらすぐに、全部渡すから、だから……」
自分は隣に座るランティアを見つめた。
「ランティア。自分が抜けたら、次のリーダーは君にお願いしたい。……急なお願いで、本当に申し訳ないけど……」
絞り出すようにそう告げて、自分は再び、深く頭を下げた。
深い沈黙を破り、最初に口を開いたのはランティアだった。
彼女は心底嫌そうに、大きなため息をつく。
「そんなめんどくさい役目、アタシは嫌だよ。リーダーなら、自分でやりな」
「そうですよ!」
ルピナスがランティアの言葉に乗っかるように、強く身を乗り出した。
「クローバーは何も悪いことなんてしてないじゃないですか! 父親が黒幕だからって、なんでクローバーが責任を取らなきゃいけないんですか!?」
「……クローバーがいないと、寂しいー」
ホオズキが自分の袖をきゅっと掴み、潤んだ瞳で見つめてくる。
その横で、ハートがいつになく真剣な表情で、胸元に拳を当てた。
「私はご主人様の従者です。主人がどこへ行こうと、地の果てまで付いていく所存ですよ」
「私も実験台がいなくなるのは困る」
ムスカリがふいっと視線を逸らし、文句を並べる。
最後に、ヘリオが隣からそっと自分の手を包み込み、優しく微笑みかけた。
「だから、心配しないで。みんな、貴方を追い出したりしない」
「……あぁ、うん。ありがとう」
圧倒的な肯定を前に、自分はそれ以上言葉を返せず、ただ頷くことしかできなかった。
――説得は失敗した。
みんなの気持ちは痛いほど嬉しい。
けれど、やはり彼女たちを巻き込みたくはなかった。
この場は、とりあえず納得したフリをしておこう。
ヘリオの実家に着いたら、彼女たちの安全だけでも保障してもらえるよう、ヘリオのお父さんに頭を下げて、助命を乞うしかない……。
馬車がヘリオの実家である邸宅に滑り込む。
そこには、すでに彼女の両親が出迎えの準備を整えて待っていた。
どうやら行きがけの村で、ヘリオが事前に実家へ手紙を送っていたらしい。
その手回しの良さに感謝しつつ、自分たちは馬車を降りた。
元貴族の知識を総動員し、失礼のないよう完璧な作法で挨拶を交わす。
「ご無沙汰しています、バイオレット卿。お嬢さんの所属するパーティーでリーダーを務めております、クローバーと申します。この度は突然の訪問、大変失礼いたします」
だが、ヘリオはそんな再会の余韻を綺麗に無視した。
簀巻きにされたザクロを「ドン」と地面に遠慮なく転がして説明を始める。
「パパ、これウドンコ村の村長。悪いことしてたから引き渡す。それと、連れてきた女の子を、今すぐカモミールに会わせたい」
唐突すぎる要求に、ヘリオの父親は困惑したように眉をひそめた。
「カモミールに? 一体どうしてだい?」
「あの子は、カモミールの運命の相手。パパにとってのママ。ボクにとってのクローバー」
(待って、そんな説明で通じるわけが――)
「なるほど、わかったよ!」
彼女の父親は、ポンと手を打って深く納得した。
すぐにカモミールの部屋へ案内するよう、使用人に素早く指示を出す。
どうやらバイオレット家において、この「運命の相手」というフレーズは、一瞬で通じる共通言語か何からしい。
カモミールの部屋を訪れると、彼は突然の来客と、帰ってきた姉の姿に目を丸くしていた。
「ヘリオお姉ちゃん……? ゲホッ、ゲホッ……お帰りなさい。そちらの、みなさんは……?」
苦しそうに咳き込みながらも、カモミールは健気に挨拶をしてくれた。
やがて、彼の視線がヘリオの腕の中にいるアリウムへと向く。
「ヘリオお姉ちゃん、その子は……?」
「……彼女はアリウム。村が病気で全滅しちゃって、その生き残り。一人ぼっちになって、元気がないの」
ヘリオが静かに事情を伝える。
それを聞いたカモミールは、ひどく悲しそうな顔をしてベッドから這い出ると、アリウムにそっと抱きついた。
「……辛かったね。でも、もう大丈夫だよ。ここには、君をいじめる怖いものは何もないからね」
優しい言葉とともに温もりを与えられ、アリウムの目から大粒の涙が溢れ出した。
亡くなった両親の記憶を思い出したのだろう。
彼女は声を上げて泣きじゃくり、胸に溜まっていた悲しみをすべて吐き出していく。
やがて、泣き止んだアリウムがゆっくりと顔を上げた。
二人の視線が、真っ直ぐに交錯する。
――その瞬間だった。
静まり返った室内に、どこからともなく『パパパパーン!』と、陽気なファンファーレが鳴り響いた。
その音が響き渡る中、二人は照れくさそうに、改めてお互いの名前を自己紹介し合う。
「アリウム、一人ぼっちなら……僕が君の家族になってあげるよ」
カモミールが優しく手を差し伸べると、アリウムは戸惑いながらも、その小さな手をしっかりと握り返した。
――その時。アリウムのお腹が『ぐぅ〜』と大きく鳴り響く。
「お腹空いてるんだね。何か一緒に食べよう!」
カモミールは楽しそうに笑うと、アリウムの手を引いて勢いよく部屋を飛び出し、走り去っていった。
廊下の奥へと消えていく二人を見送りながら、ヘリオが愕然とした様子で呟く。
「……カモミールが、走ってる。アリウムも、自分の足で……」
愛の神の力なのだろうか……その効果は絶大だったらしい。
これならもう、あの子たちの心配は完全にいらないはずだ。
自分は安堵の息を漏らすと、隣に立つヘリオの肩をそっと叩き、真剣な目で見つめた。
「ヘリオ。お願いがあるんだけど」
「……何?」
「今から、君のお父さんと『二人きり』で話をさせてほしいんだ。……お願いできるかな?」
ヘリオは不思議そうに、こちらの顔を見つめた。
だが、すぐに何かを察したようで、小さく深く頷いてくれた。
――さあ、ここからは自分の戦いだ。
仲間たちの安全と未来を、確実に保障してもらう。
そのためなら、どんな泥だって被る。
何としても、この交渉をやり遂げなければならない。
案内された部屋に入ると、ヘリオの父親が穏やかな笑みを浮かべて待っていた。
「さっきはバタバタしていて、まともに挨拶もできなかったね。私はサルビア・バイオレット。ヘリオの父親だ。まぁ、君ならよく覚えているね」
サルビアは一度言葉を区切ると、優しく問いかけてくる。
「それで……私と二人きりでの話とは、一体何かな?」
その言葉が終わるや否や、自分は躊躇なく床に両手を突いた。
滑り込むように、完璧な姿勢で土下座をする。
「バイオレット卿! 突然不躾なお願いですが、どうか、メンバーたちの助命をお願いいたします!」
一世一代の嘆願。
――だが、いくら待ってもサルビアからの返答がない。
不審に思って恐る恐る顔を上げると、サルビアはただただ、困惑しきった顔で固まっていた。
(やはり、黒幕の息子である自分の願いなど、聞き入れてはもらえないのか?)
不安に駆られた自分は、縋るように問いかける。
「……やはり、彼女たちの助命は……難しいでしょうか?」
「いや、そうじゃないんだ。そうじゃないんだが……」
サルビアは額を押さえ、ひどく混乱した様子で大きなため息をついた。
「てっきり、娘を嫁に欲しいという話をされるものだとばかり思っていたからね。心の準備をしていたんだが……まさか命乞いをされるとは思わなくて、頭が追いつかないんだ」
「は、へ? 嫁……っ!? い、いえ、そんなわけありません! 嫁に貰うどころか、自分に関わると、皆様に大変な実害が及んでしまうんです! 自分の父親は――」
「あぁ、そのことかい?」
慌てて弁明しようとする自分を、サルビアはあっさりと手で制した。
そして、ふっと優しく微笑む。
「それなら何の問題もないよ。何も心配することはない」
「問題ない、とは……どういうことでしょうか?」
呆然とする自分に、サルビアは椅子の背もたれに体を預け、朗らかに笑ってみせた。
「君とあの父親が無関係であることは、我が家から貴族界や王族にまで、すでに周到に根回しが済んでいるのさ。何しろ、うちのヘリオが君のことを『運命の相手』だと言って譲らないからね」
驚きのあまり、完全に言葉を失ってしまった。
王族にまで、すでに根回し済み……?
「過去に君の父親のやらかしのせいで、二人の婚約が破談になった件もあるからね。あんな男のせいで、これ以上娘の幸せを邪魔されたらたまらない。これから家族になる人間に、国であれ誰であれ、危害を加えさせはしないよ」
サルビアの口から飛び出したのは、貴族としての圧倒的な権力。
そして――規格外の親バカ発言だった。
自分が泥水をすする覚悟で抱えていた悩みは、バイオレット家の恐るべき行動力によって、とっくに粉砕されていたらしい。
「それにね、クローバー君。君も僕と同じで、今更逃げることなんてできないよ」
「……? サルビア様と同じ、ですか?」
「あぁ、実は私は婿養子なんだ。昔、妻のグラジオラスに猛烈な求愛を受けてね。それはもう……今思い出しても恐ろしいほどの執念だったよ」
サルビアは遠い目をしながら、どこか嬉しそうに微笑んだ。
「私は妻を心から愛しているし、婿に入ったことにも一片の後悔もない。……ただ、十四人いる娘たちは全員、妻にそっくりでね。ヘリオもきっと、君を逃がさないだろう。 君もあまり抵抗せずに、バイオレット家の一員になる覚悟を決めるんだね」
サルビアはそう言って、悪戯っぽくウインクしてみせた。
「何も貴族になれってわけじゃない。君は今まで通り、冒険者を続けて大丈夫だよ。この国内にいる限り、何人たりとも君を父親の罪で追及させたりはしない。それに、ヘリオが許すのなら奥さんが何人いたって我が家は問題ないよ。……まぁ、私は妻だけで十分すぎるくらいだけどね」
どこまでも太っ腹な義父(仮)の言葉に、自分が呆気に取られていると――。
サルビアの笑顔から、先ほどまでの柔らかさが綺麗に消えた。
「ちなみに、まさかとは思うけれど。……うちの可愛いヘリオが『邪魔』だなんてことは、ないよね?」
笑顔のまま注がれる、底冷えするような凄まじい『圧』。
「め、滅相もありません! 邪魔だなんて、一度も思ったことはないです!」
自分が全力で首を横に振って否定する。
するとサルビアは、一瞬で元の優しい父親の笑顔に戻った。
「それなら何の問題もない。ヘリオをよろしく頼むよ、クローバー君」
ほうほうの体で部屋を退室した自分は、廊下の窓からふと中庭を見下ろした。
そこには、ヘリオによく似た面影の女性たちが数名、それぞれ別の男性と猛烈にイチャイチャしている光景が広がっていた。
――あの男性たちも、自分と同じように外堀を埋められた仲間なのかもしれない。
自分はそっと窓から目をそらすと、これ以上深く考えるのを、綺麗さっぱり放棄するのだった。




