#29 救助
翌朝、自分たちはウドンコ村へ向けて馬車を急がせていた。
移動の車中、ランティアにスキルで村のことを調べてもらう。
「これといった特徴のない、本当に田舎の小さな村だよ。村人も五十名程度しかいないね」
ランティアから得られた情報はそれだけだった。
そんな平凡な村で、アリウムという少女が命の危機に瀕している。
狙われているのは魔獣か、それとも賊の類だろうか。
自分たちは道中の村々で疲弊した馬を何度も交換した。
とにかく馬車を急がせる。
強行軍の末、ようやくウドンコ村へたどり着いたのは、二日後の深夜のことだった。
漆黒の闇に包まれた、不気味なほど静まり返る村。
そのまま足を踏み入れようとした――その時だった。
「……この村に入るのは、待った方がいい」
いつになく険しい声で、ムスカリが自分たちを制した。
「ムスカリ? どうかした?」
「村の方から、悪臭に混じって消毒液やハーブの臭いがする。恐らく――何かの流行り病だ。このまま近づくのは危ない」
鼻をひくつかせ、冷徹に分析する彼女の言葉に、自分は思わず息を呑んだ。
何か対抗策はないか、村の周囲を慎重に調べ、小声で話し合っていた――その時だった。
「……誰か来ます」
ハートが鋭く声を潜め、前方を指差した。
自分たちは音を立てないよう、即座に近くの物陰へと身を隠す。
息を潜めて闇の先を凝視すると、現れたのは五名ほどの男女だった。
装備からしてどこかの傭兵のようだ。
彼らは周囲を警戒する風でもなく、だるそうに松明を揺らし、愚痴をこぼしながら巡回していた。
「つーか、俺らの雇い主も大概なクズだけどよ。自分のところの村人に、わざと病原菌を飲ませたあの村長、マジで底が知れねえクズだよな」
「金のためとはいえ、ゲラゲラ笑いながら薬混ぜてたらしいぜ。まぁ、一人だけ妙に耐性があって、生き残った子供がいるらしいけどよ」
「ああ、あのガキな。なんでも『抗体』とやらを調べるために、これから生きたまま解剖されるらしいぜ」
「早くこの仕事終わらないかしら。いつまでこんな薄気味悪い村を見張らなきゃいけないのよ……」
傭兵たちの会話が、深夜の静寂に響き渡る。
生き残った少女――。
間違いなく、彼女が女神様の言っていたアリウムだろう。
自分は隣のムスカリへ、素早く視線で確認を求めた。
「あの傭兵たちの格好や行動とかで、感染の危険性はわかる?」
「……かなり低いとは思う。もし空気感染するなら、彼らもあんな軽装で呑気に巡回しない」
ムスカリの見立てに、自分は即座に決断を下す。
もう、時間の猶予はない。
一人だけを残して全員を排除し、案内役にする。
物陰から、前衛組が影のように飛び出した。
ルピナスが、凄まじい拳で一人を殴り倒す。
ハートが、流れるような剣の一撃で一人を斬り伏せる。
ヘリオが、残る二人を重厚な盾での殴打によって、一瞬で気絶させた。
仲間が同時に崩れ落ち、怯んだ最後の一人。
その隙を、自分がすかさず捕らえて喉元に刃を突きつけた。
「少女の場所まで案内しろ。声を上げたら殺す」
尋問に屈した傭兵に案内させ、自分たちは村外れの一軒家へと急行する。
そこが、彼らの拠点らしい。
警戒を怠らず、捕らえた人質を盾にして前に突き出す。
一行は、勢いよく室内に突入した。
だが、室内の光景は予想外だった。
そこにいたのは、二名の中年男性だけ。
あまりの警備の薄さに驚きつつ、アリウムの居場所を問いただそうとした――その瞬間だった。
視界の端で、一振りの剣がギラリと光る。
「――っ!」
ヘリオに凄まじい力で服を引っ張られ、自分の体が後ろへと弾け飛んだ。
直後、ドサリと重い音が響く。
中年男性が放った、容赦のない一閃。
目の前で盾にしていた人質の首が、綺麗に吹き飛び、床を転がっていた。
転がる生首を見つめ、自分たちの間に張り詰めた緊張が走る。
剣を振るった男は、血の滴る刃を無造作に一振りすると、下卑た笑みを浮かべた。
「なんだ。坊やは大したことないが、お嬢ちゃんの方はいい反応をするじゃないか」
男はそう言って、再びこちらに剣を構え直す。
すると、奥にいたもう一人の中年男性が、恐怖で顔を真っ青にしながらガタガタと震えだした。
「な、なぁ、話が違うじゃないかタンジー! 安全な仕事だって聞いてたんだぞ!?」
どうやら、剣を持った凶気的な男の名前はタンジーというらしい。
だが、名前を呼ばれたタンジーは、狂気的な笑みを浮かべたままギラリと目を細めた。
「うるせぇよ、ザクロの村長さん」
――ヒュンッ、と風を切る。
タンジーの剣が、真横に払われた。
「ひっ……!?」
タンジーの刃は、村長の喉元、皮一枚のところでピタリと静止していた。
迂闊に名前を滑らせた村長への、「仕返し」のつもりなのだろう。
完全に腰を抜かした村長を見下ろし、タンジーは再び、楽しそうにこちらへと視線を戻した。
互いに武器を構え、膠着状態になる。
じりじりと火花を散らすような沈黙の中、タンジーの視線がふと、ルピナスの手元で止まった。
魔術師のローブを纏いながら、両腕には頑強な『籠手』を嵌めている。
そんな彼女の姿を、男は珍しそうに眺めた。
「なんだぁ? その武器は。魔術師のくせに籠手なんか使いやがって、一体何のつもりだ?」
鼻で笑うような問いかけ。
ルピナスはそれを「馬鹿にされた」と受け取り、奥歯を鳴らした。
「馬鹿にしないでください。これは、クローバーが私のために考えてくれた、最高の武器です!」
ルピナスが誇らしげに言い返した――その瞬間だった。
タンジーの細められていた目が、僅かだが、見開かれた。
「クローバー……?」
男はニヤリと、今までにない邪悪な笑みをその下卑た顔に浮かべた。
剣の先をゆっくりと自分の方へと向け直し、信じられないといった様子で声を弾ませる。
「なるほどなぁ! あんたが、ボスの言ってた『息子』かよ! 確かに、見るからに役に立たなそうな面してやがる」
タンジーがこらえきれずにゲラゲラと下卑た笑い声を上げる。
その刹那。
ルピナス、ヘリオ、ハートの三人が、同時に一歩、前に踏み出した。
それぞれの武器が、怒りに震えて重い音を立てる。
「クローバーのことを、馬鹿にしないでください」
「クローバーのことを、馬鹿にするな」
「ご主人様のことを、馬鹿にしましたね」
「おぉ、怖い怖い。そんなに睨むなよ、お嬢ちゃんたち。よかったじゃないか、女に好かれる才能だけはあったみたいで」
彼女たちから肌を刺すような殺気を浴びながら、タンジーはのんびりと肩をすくめて茶化した。
「相手をしてやってもいいんだがなぁ……別にボーナスが出るわけじゃねぇし。……あー、めんどくさ。やめだ、やめ」
男は急につまらなそうな顔をすると、構えていた剣をあっさりと下ろしてしまった。
「俺の分の仕事はもう終わってるしな。そこにいるザクロも、奥のガキも、好きにしな」
言い捨てるや否や、男は風のように、闇に包まれた深夜の村へと消え去っていった。
「待て……っ!」
追おうとする前衛組を、自分は手で制する。
今は逃げた強敵を追うことより、一刻を争うアリウムの救出が最優先だ。
ガタガタと震えながら喚き散らすザクロ。
主人を虚仮にされて鬱憤のたまっていたハートにより、容赦なく簀巻きにされた
猿轡を噛まされ、一瞬で黙らせられる。
自分たちは、すぐさま奥の部屋へ突入した。
アリウムの無事を確認する。
横たわっていたアリウムは、ムスカリよりもさらに小さな少女だった。
呼吸はしている。生きている。
――だが、呼びかけてもこちらの目を見ようともせず、ほとんど反応がない。
ランティアとムスカリに、素早く容態を確認してもらう。
身体に衰弱は見られるが、致命的な問題はないらしい。
(もしかしたら――)
家族や友人が、あの病気で全滅してしまった。
彼女の生きる気力そのものが、もう残っていないのかもしれない。
自分はアリウムを優しく抱きかかえ、メンバーに告げた。
「とにかく、彼女の保護には成功した。ヘリオの実家に急ごう」
そこでふと、床に転がっている村長に視線を落とす。
ここに放置していくわけにはいかない。
だが、連れて歩くには足手まといだ。
どうしたものかと自分が眉をひそめていると、ヘリオが冷徹な目で村長を見下ろした。
「クローバー、コイツも連れて行こう。ボクのパパに事情を話して、ここの領主に突き出せばいい」
「……なるほど。なら、そうしよう」
ヘリオの提案を採用し、拘束した村長を馬車へ放り込む。
自分たちは、深夜の不気味な村を後にした。
次なる目的地――ヘリオの実家へと、再び馬車を急がせる。




