#26 危ないダンジョン
新たに大金が必要となったため、割のいいクエストがないかギルドを訪れた。
「あの、ランティア様。こちらのクエスト依頼書、読めますでしょうか?」
「あいよー……ってなんだいこりゃ? いろんな言語を知ってると自負しているが、見たこともない言語だね」
ハートがランティアに翻訳を頼んだようだが、知識豊富なランティアでも読めない言語があるらしい。
一体どんな言語なのか気になったので、自分も依頼書を確認させてもらう。
そこに書かれている文字は、この世界の言語ではなく、紛れもない『日本語』だった。
自分は驚きを悟られないようにしながら、その内容を読み進めた。
内容は、新しく作ったというダンジョンのテスター募集。
報酬は人数×30万フラと、今の自分たちにとっても決して悪くない金額だ。
そして場所は、以前にも訪れたことがある迷宮都市アロエの街外れらしい。
おそらく、依頼者は自分と同じ『神下』の転生者だろう。
内容から察するに、『ダンジョンの神』とかそんな感じの上司の元で、新しいダンジョンを作成したのだと思われる。
だが、作った本人だけの確認では不安が残るため、事情のわかる転生仲間にヘルプを求めて、あえて日本語で依頼を出したのだろう。
お金も稼げて転生仲間も助けられる。
まさに一石二鳥の依頼だったため、このクエストを受けることにした。
当然、メンバーには転生関連の事情を明かすわけにはいかない。
そのため他のみんなには、単に『割のいいダンジョンの調査の依頼』とだけ伝えて、全員の賛同を得ることができた。
ただ、頭の良いランティアとムスカリからは「どうしてあの文字が読めるんだ?」と怪しまれてしまったが……そこは適当な理由を並べて、なんとか煙に巻いておいた。
迷宮都市アロエへと移動した自分たちは、依頼主でありダンジョンの作成者、そして転生仲間でもあるサラセニアと対面した。
彼はすぐにでもテストを始めてほしいようで、挨拶もそこそこに、複数の扉が並ぶ場所へと案内された。
その扉の多さから察するに、ダンジョンは一つだけではないらしい。
扉を通ればそれぞれのダンジョンを自由に行き来できるという説明を受け、自分たちはとりあえず、一番手前にある扉を開けて中を試してみることにした。
扉を開けて薄暗い通路を少し進んでいく。
警戒していたが、なぜか敵は一向に出てこない。
その代わり、ダンジョン内の気温が異常に高いのか、進めば進むほど全員が大量の汗をかき、はぁはぁと息が荒くなっていった。
「……みんな、大丈夫? 何か異常とかはない?」
彼女たちは誰一人として自分の問いかけに答えない。
異変を感じて振り返った自分は、その光景に言葉を失った。
潤んだ瞳でじっと自分を見つめたり、衣服をはだけさせながら熱い体でこれでもかと引っ付いてきたりする。明らかにおかしい。おかしすぎる。
あまりの暑さと予想外な状況に、脳が処理落ちしそうでふらついていると、ふと足元に一枚のメモ用紙が落ちているのが見えた。
自分は理性を必死に保ちながら、それを拾い上げ、書かれている日本語に目を落とす。
『強制発情ダンジョン(※テスター待ち)』
――原因はこのダンジョンらしい。
自分は心の中でサラセニアに盛大に悪態をつきながら、彼女たちを引き連れて全力で元の扉へと引き返す。
なんとか元の扉まで戻ってきた自分は、息を荒くしている彼女たちを安全な場所に休ませた。
すると、予想以上に早すぎる帰還に首を傾げたサラセニアが、のんきな声で近づいてくる。
「おや、もう戻ってきたのですか? 何か問題でも発生しましたかな?」
「問題しか発生しなかったんですよ」
その後彼を問い詰めたが、サラセニアはきょとんとした表情を浮かべ、何の問題があるのか本気で分からないといった様子で小首を傾げた。
話が通じない気配を察知した自分は、嫌な予感を抱きながら、他の扉のダンジョンについても聞いてみることにした。
「そうですな。二番目が『服が消えるダンジョン』、三番目が『快楽触手ダンジョン』、四番目が『人格排泄ダンジョン』、五番目が『くっころダンジョン』、六番目が『人数が増えないと出られない部屋ダンジョン』で、その次は――」
「一旦ストップで」
自分は全力で彼の口を塞いで言葉を遮った。
なんだか酷い名前がいくつも聞こえた気がする。
こちらの聞き間違いかと思ってサラセニアの顔を凝視したが、彼は微塵もふざけていない。
至って大真面目な顔をしている。
どうやら本気らしい。
――サラセニアの常識を疑っていると、背後から引っ張られて倒れこんでしまう。
「……んぅ、くろーばぁ……どこ、いくの……ですか?」
すぐ近くから、ルピナスの甘ったるい声が聞こえた。
なんとか起き上がろうとするが、異常に熱い体温たちが、どさりと容赦なく押し付けられる。
まだ『強制発情』の効果が全く切れていないルピナスを筆頭に、ヘリオやハート、果てはホオズキやランティア、そしてまだ幼いムスカリまでもが、潤んだ瞳で自分を包囲していた。
彼女たちは代わる代わる自分の腕や腰にしがみつき、衣服を引っ張り、首筋に熱い吐息を吹きかけてくる。
「くろーばー、あついー……たすけてー……」
「……あんたの体、少し……ひんやりするね……」
「……?……?……?」
彼女たちを引きはがそうと抵抗していると、すぐ側からうるさい声が聞こえてきた。
「おぉ! 強制発情の効果はバッチリと! 小さな子にも問題なく有効っと。……ただ、想定していた光景とは違い、ゾンビの捕食シーンみたいで興奮はしませんな」
サラセニアへの怒りで一時的に火事場の馬鹿力を発揮した自分は、なんとか彼女たちを引き剥がし、再び安全な場所に休ませた。
息を整えながら、自分は今度こそ逃がさないと言わんばかりに彼を激しく問い詰めた。
すると、彼は悪びれもせずにアチラ系の大人なゲームが大好きなのだと、衝撃の告白をしてきた。
そのせいで、ダンジョン作成の仕事にもついつい自身の『癖』が出てしまうのだとか。
(迷宮の神は、どうしてこんなヤバい奴を部下に……?)
他部署の上司を心配して自分の頭痛がさらに悪化しかけたが、話を聞くとさらに驚きの事実が発覚した。
どうやら、通常の真面目なダンジョンはすでに一通り揃っているらしい。
そのため迷宮の神は「違った方向性のダンジョンを追加したい」という考えの元、彼を採用したらしい。
――嫌な適材適所だ。
もはやこれ以上の会話は無駄だと諦め、自分は「彼女たちの体調が回復したらすぐに帰る」とサラセニアに告げた。
すると、せっかくのテスターを失いたくないサラセニアが、慌てて自分を引き留めにかかる。
「ええっ、そんな堅いこと言わずに協力してください! ……というかクローバー殿、本当はあなたも『こちら側』の人間でしょう?」
「……あ”っ?」
突如として浴びせられた身に覚えのない同類扱いに、つい地声のトーンが落ち、威嚇するような低い声が漏れてしまった。
しかし、サラセニアは微塵も気にする様子なく、ニヤニヤと同志を見るような目で熱弁を続ける。
「だって、あなたのパーティーメンバーを見てください。かなりの『好き物』ではないですか。ボーイッシュロリにダウナーロリ、ロリ従者、不思議ロリ、妖精、極めつけには幼女まで囲んでいらっしゃる。これで趣味じゃないなんて言い訳は、無理がありますぞ!」
凄まじい偏見と最悪なラベリングを喰らい、自分は盛大に頭を抱えた。
まさか同類だと思われていたとは。
自分は必死になって濡れ衣を晴らそうと説明する。
「違う! 別に自分が狙って集めたわけじゃない! 彼女たちが自分から加入してきて、結果的にこうなっただけだ!」
するとサラセニアは、今度は妙に深く納得したような顔をした。
「……なるほど、ハーレムパーティーの割には、誰一人として経験人数が『ゼロ』なのはそういった理由で。少しばかりの違和感を抱いてはいたのですが、合点がいきました」
「……は? なんでそんな情報を――」
背筋に冷たいものが走り、思わず問い返す。
するとサラセニアは、事も無げに前髪をかき上げてみせた。
「拙者、相手の頭の上に『経験人数』が数値で見えるスキルを持ってるので。羨ましいでしょう?」
彼は所持スキルまでアチラ系らしい。
どこまでもブレないコイツの異常性に、自分は完全に限界を迎えた。
もうとにかく一秒だって関わり合いたくない。
「もういい……とにかく自分たちは帰るから。そういうニッチな需要のテストなら、アブノーマルなカップルとかマゾの冒険者にでもテスターを頼めばいい」
吐き捨てるように言うとサラセニアは情けない声を上げてすがりついてきた。
「拙者だって、別に転生者に限定して募集をかけていたわけじゃないんです! ただ、こっちに転生してからずっとダンジョン作成に引きこもっていたせいで、この世界の言語や外の仕組みとかよく分からないんですよ! ギルドへの依頼もどれだけ苦労したことか!」
涙目で訴えるサラセニアは、どう見ても本気で困り果てている様子だった。
そりゃあそうだ。日本語で募集出したら、この世界の冒険者は誰も読めない。
「お願いしますクローバー殿! 貴方がテスターを引き受けてくれないなら、拙者の代わりにギルドで募集をかけてきていただけませんか? 外に詳しい貴方なら、拙者よりも分かりやすい募集がかけられるはずです! 仲介料はちゃんとお支払いしますので、どうか! どうか!!」
すがりつかんばかりの勢いに気圧され、つい代理募集を引き受けてしまった。
内心、あんなダンジョン内容ではどうせ誰も来ないだろう、と完全に傍観するつもりで。
だが、自分の予想は完璧に裏切られた。
ギルドに募集を出した途端、なんと結構な数の応募があったのだ。
それも、サラセニアが作ったすべてのダンジョンに対して満遍なく。
……どいつもこいつも、この世界の冒険者は一体どうなっているんだ。
数日後。
テスターたちからは貴重(?)な意見が続々と回収され、サラセニアは大喜びしていた。
むりやり押し付けられたアンケート用紙。
そこには地獄のようなフィードバックが並んでいた。
『気になっていた彼の体が拝めてよかった』
『触手にバリエーションが欲しい』
『人格排泄から元に戻るまでの時間が短く、物足りない』
『くっころダンジョンは、辱めの演出がまだ弱い』
そんなクソみたいな感想が並ぶ中、一つだけ異質なアンケートが混ざっている。
『人数が増えないと出られない部屋ダンジョンのおかげで、長年不妊に悩んでいた私たち夫婦に待望の子供ができました! 神ダンジョンをありがとう!』
――あんなダンジョンで、人の人生が救われたらしい
性癖のクレームと、人生救済の感想。
凄まじすぎる温度差に、自分は激しい頭痛を覚えながら、心の中で猛烈に悪態をつくのだった。
そんな自分に、サラセニアがフレンドリーに笑いながら、ガシッと肩を掴んできた。
「クローバー殿! 貴方には感謝してもしきれませんぞ! 今回の協力のお礼に、今度は貴方のために特別なダンジョンを作りますので、楽しみにされていてくだされ! 絶対に完成させてみせますとも、『爆乳化ダンジョン』を!!」
親指を立てて爽やかに胸を張るサラセニアを、ゴミを見るような目で見つめ返した。
誰もそんなことは頼んでいない。
そもそも自分は『貧乳派』だ。
――うん、やっぱり自分は、こいつのことが嫌いだ。




